道化に送るシンフォニー③
「デュー。君にはこの水晶に触れてもらう。これにはちょっとした魔法をかけてあって、君の体に流れる魔力を感知するんだ。そうすると、この水晶には君の記憶が映し出される。ざっくりと見たい記憶の時期は調整できるから、まだ幼い君の――古い記憶を見せてもらいたい」
私は説明を聞きながら、台座に載せられた大きな水晶へと歩み寄った。
「……はい」
「あれ。拒否されるかと思ったんだが」
赤髪の……タルークと呼ばれた男性は、ひとつしかない眼で面白そうに私を見詰めた。
私は目を伏せ、少しだけ迷ったけど……思ったことを吐露する。
「それがあの黒い靄や街道の魔物と関係があるってことなんですよね? だから……私をここに連れて来たんでしょう? それなら、協力しないとならない。それだけです」
「ふ、なかなか賢明な判断だね。私だって、無理強いするような事態は避けたい。……その前に、グリモア。賢明な彼女に伝えるべきことはなんだろう?」
タルークと呼ばれた男性は、優しい笑みをこぼして私の肩をぽんと叩いた。
それが……ルークスを思い起こさせて、胸がぎゅーっとする。
会いたいと思っても……ルークスはきっと、ここに私がいるなんてわからない。
後ろにいた大臣は、部屋の隅に置かれた紅い布張りのソファに腰を下ろし、肘掛けに右肘を突いた状態で頭をもたせかけていた。
その視線からは、やはり嫌悪ばかりが感じられる。
私は身を竦めたんだけど……大臣はそんなの気にも止めずにふんと鼻を鳴らした。
ところが。
「雷使い。お前の家はもぬけの殻だった。……酷く荒らされていたとフリューゲルより報告を受けている」
「……え?」
その、予想外の内容に。
私は、間抜けな声で聞き返す。
え、いま、なんて……?
じわじわと理解が広がるに連れて、私は目を見開き、首を振った。
「荒らされて? もぬけの殻? ……おとうさ……私の両親はどこにいるんですか……!?」
「わからぬ。逃げ果せたか、狩られたか」
吐き捨てた大臣は、ますます渋い顔をするだけ。
私は愕然として、必死に冷静さを保とうとしているにも関わらず、へなへなと座り込んでしまった。
「おいおい。相変わらずグリモアは言葉選びがなってないな。そんなだから誤解されるんだぞ」
慌てたように、タルークと呼ばれた男性があいだに入ってくれる。
でも、私はそれどころじゃなかった。
……どういうこと? どうして荒らされてなんか。
心臓は狂ったように脈打っているのに、指先は氷のように冷たい。
震える私の肩にそっと手を置いて、タルークと呼ばれた男性は話を始めた。
「……君の両親は、ある魔法国家の生まれでね。とても優秀な研究員だった。彼らの研究は、魔法によって『生物』を生み出すこと。……でもね、17年くらい前か。彼らは、突如離叛し、いなくなってしまった」
私は、タルーク……さんを見上げ、小さく首を振ってしまった。
わからない。
なんの話なんだろう。
なにを言っているのだろう。
私の両親が、どこかの魔法国家の研究員だなんて。
「血眼になって捜していたはずだ。……魔法国家にとって、彼らは重要な研究を担う存在だったのだから。……でも、見付けられなかった。……それが、どういうわけかいまになって、この剣の国……ジェスタニア王国にいることがわかったんだ。……だからね、デュー。グリモア――大臣は、君を盾にして、彼らをここに連れてくるつもりだった」
その言葉に、私はかあっと頬に血が上るのを感じた。
「……私を……人質にしたんですか……? 王国籍がないっていうのは、嘘だった……?」
信じられない思いで、声を絞り出す。
掠れた音が、ともすれば震えてしまいそうで、必死に気持ちを押し殺す。
いま声を荒げたところで、なんにもならないのはわかっていたからだ。
「うん、その通りだ。……でもねデュー。私たちは彼らに……勿論、君にも……危害を加えたいわけじゃない。むしろ逆だ。協力してもらいたかったんだよ。魔法国家の放った魔物が我が国を侵略しようとしているのなら、対抗する必要があるからね」
タルークさんの声音は、強い意志に満ち溢れている。
それが本心なんだってことは、ちゃんと感じ取ることができた。
この人は、あの八面体の魔物たちが魔法国家の放ったものだと確信してるんだ。
「君には、彼らがどうして離叛したのか……そのきっかけを見せてほしいんだ。それがわかれば……私の予想が正しければ……街道の魔物と黒い靄がなにか、はっきりする。……あとは構成する魔力を持ってきて、ちょいちょいと……」
「タルーク。さっさとしろ、時間がない」
タルークさんは大臣に向かって肩を竦めると、話を続けた。
「こっからがいいところだってのに……まあ仕方ない。とにかく、君の家を荒らしたのは、間違いなく魔法国家の人間だろうね。……君の両親は頭がいい。君をここに……王立魔法研究所に送り出せば、自分たちが何者なのかバレてしまうとわかっていたと思うよ。きっとなにか意味のあることだったんだ。……彼らが簡単にやられるなんて、私は思わない」
私に右手を差し出したタルークさんは、優しく微笑んだ。
「では椅子を用意しよう。あとは……温かいミルクも」
私はその手を取り、頷いてみせる。
両親は大丈夫だと……気休めでも言ってくれたタルークさんは、この国のために動いているんだって……わかったから。
メッシュだって、騎士団長と行動していたはずのアストだって、きっと戦ってる。
ここで私がなにもしないのは、きっと間違ってると思ったんだ。
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