道化に送るシンフォニー②
大臣に連れられるがままに、私はお城のどこか……とても高いところへと移動していた。
迷路のようなお城の内部を何度も曲がり、階段をこれでもかというほどに登る。
メッシュのことが気掛かりで、どうしようもなく不安で。
私は、胸元にある、王立魔法研究所の研究員である証――雫型のルビーを握り締めていた。
……大臣はさっき、フリューゲルが来ると……そう言っていたよね。
つまり、騎士団長とアストが戻っていることになる。
それは私の両親がこのお城に来た……と、そういうことだろう。
でも、なぜか大臣は慌ただしく私を連れ出し、しかも黒い靄が現れるとわかっていたように見えた。
大臣は、なにかを知っているんだ。
――やがて、庭園……ううん。裏庭とでも表現したほうがよさそうな場所に出て、自分がかなり高い場所にいることを実感した。
……空には星が瞬き、海が見渡せる。
びゅうびゅうと吹く風は、潮の香りをはらんでいた。
渡り廊下……なのかな。
翼竜が着地できそうなほどに広く、殺風景な屋上の通路。
数個だけ置かれた花壇には、疎らに草が生えているだけ。
目を引いたのは通路の先、左右対称に設置された、剣を持った四体の騎士の像だった。
彼らは二体ずつが向かい合って剣を掲げ、その切っ先を合わせてアーチのようなものを作っている。
その向こう側には巨大な塔がそびえているけど、まるでお城から隔離されているような印象を受けた。
こんなに高いところにいるのに、まだまだ見上げるほどの塔は、金属製の巨大な扉で閉ざされている。
アーチをくぐると、なんだか生温い空気が頬を撫でていくような気がした。
その扉は、大臣の持つ太い鍵によって施錠されていたらしい。
がちゃりと大きな音を立てて解錠すると、大臣は重そうな扉を押し開く。
ここに、入れられることになるのかな……。
そう考えたら指先が震え、私は……思わず空を――そこに、誰もいないとわかっているのに――探してしまった。
なんでだろう。この塔に入ったら、もう出られないんじゃないかと……そう思ってしまって。
私は開かれた扉を前に、大臣を見た。
「大臣。……なにが起きているのですか……?」
大臣は私が話しかけたことに少しだけ驚いた……んだと思う。
一瞬だけ私と目を合わせ、すぐに冷たく吐き捨てた。
「……知る必要のないことだ」
けれど、大臣は注意深く当たりを窺っている。
なにかを警戒しているのは明らかだ。
「あの黒い魔物のこと……なにか知っているんですか?」
なんでもいいから情報がほしくて。
……口にしてから、しまったと思った。
大臣の眼光が鋭くなり、堅い表情になったからだ。
だけど、もう遅い。私は意を決して、言葉を続けた。
「私は――あの靄に追われているのだと思います。だから、もしいま、あの靄を警戒しているなら……私を連れていくのは、きっと間違いです」
「……」
大臣はなにも言わない。
「信じられないかもしれません。でも……このままじゃ、大臣まで危険に晒してしまう。私は、そんなこと望んでません……」
「――お前の望みはどうでもいい。さっさと入れ」
少し間を置いて、大臣は静かにそう言った。
私は俯いて、唇を噛み締める。
……聞いてくれるわけがなかったんだ……。
私がもし、魔法を使うことのない人間だったら、違っていたのかな……。
込み上げる無力感に肩を落として、私は扉をくぐる。
私の後ろで、大臣が続いて扉を閉め、暗闇が私たちを包み込む。
……すると。
「来たか。待ってたよ」
ぼうっ、と……音がして。
塔の中、等間隔に設置された松明が燃え上がった。
「……え、あ……」
塔の壁に這うようにして、手摺りの付けられたらせん階段が上へと続いている。
天井はかなり高いが、まだ上の階があることがわかった。
そして、私たちの正面には、こちらに背を向けた人物。
燃えるような赤い髪に、白い外套……私は思わず駆け出して、その背中に触れた。
「……ルークス……っ!」
――しかし。
「うん? ルークス?」
振り向いたその人は……違う。
どうしてルークスだと思ってしまったのか……髪もルークスよりは長めで、無精髭を生やしている。
年齢もかなり上のようだ。
翠の眼……それもルークスと似ていたけれど、向かって右側、左眼が、縦に走る太い――唇の横まである傷によって塞がれてしまっていた。
「……っ! ご、ごめんなさい……知っている人と、雰囲気が……」
尻つぼみになり、私はその人から離れた。
視線が痛い。
「彼女が、雷使いか? グリモア」
「そうだ。やはり来たぞ、黒い靄もな」
グリモアと呼ばれたのは、大臣だ。
私はふたりのあいだで、身を竦めた。
「ふむ。……お嬢さん、お名前は」
「……え? ……あの、デューです……」
突然名前を聞いてきた赤髪の男性は、右手で無精髭をざりざりと撫でると、左手の本をパタンと閉じる。
「まあ、とりあえず安心するといい。ここの結界であれば、黒い靄に感付かれることはまずないだろう」
「……結界?」
思わず聞き返すと、男性はうんうん、と頷いてくれた。
「ああ。馬鹿のひとつ覚えでな。……なあ? グリモア。結界だけは得意だものな」
「黙れタルーク。お前のお喋りは昔から好かん」
「まあまあ、そう言うなよ。こんなところに話し相手が来てくれることなんて、そうそうないんだから」
ふたりは未だに私を挟んだまま、会話を続ける。
けど……え? どういうこと?
この結界……大臣が張ったって意味に聞こえたけど……。
私はそこで、気が付いた。
私の牢屋には、メッシュの結界が張られていたはずで。
それを、大臣が弾き飛ばし、私を連れ出したんじゃないか? と。
あのときのメッシュの驚きは、自分の結界が……大臣に破られたから?
私は息を呑み、すぐに周りを見回した。
なにかの骨、魔法に関する資料。
実験のための鉱石や、ランプ……。
この部屋に置かれているのは、王立魔法研究所でも見たものばかり。
つまり、ここは……。
「……ここは私とグリモアの個人的な研究所さ。さあ、デュー。ちょっと実験をしようか」
赤い髪の男性は私の行動に気が付くと、にこりと笑って……大きな水晶へと私を誘った。
なにが起こっているのかはわからない。
わからないけど……ひとつだけはっきりしたことがある。
大臣は、魔法に精通していることを、隠していたのだ。
本日分です!
よろしくお願いします!




