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王立魔法研究所 ~魂の在処~  作者:


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52/67

道化に送るシンフォニー①

******


 微睡みのなか、私は誰かの声を聞いた。


 ――ルークス。


 彼女が呼ぶのは、私の心を温かくさせる名前。

 でも、その声は……とても儚げで、私の胸はずきりと痛くなった。


「……」

 岩の壁にもたれ掛かったまま、やることもなくぼんやりしていたので、いつの間にか眠っていたらしい。


 私は目を開けて、薄暗い牢屋を見回した。


 いま何時くらいなんだろ……夕飯は出てきたから、長い時間眠ってたんじゃなければ夜……なんだろうけど。


 誰かがルークスのことを呼ぶ夢が、胸のなかに黒い影を落としているようで、私はカビ臭い空気を思い切り吸ってゆっくりと吐き出す。


 きっと……好きだって気が付いちゃったから、こんなに意識した夢まで見るんだろうなぁ。


 私はそう結論づけて立ち上がり、扉に近寄った。


「……メッシュ、いる?」


 いまは誰かの声が聞きたかったんだけど……はたして、すぐに返事はあった。


(大丈夫、いるよー! お話する?)


「ありがと。メッシュは疲れてない? 付き合わせちゃってごめんね」


(ふふ、そんなの気にしないで! あとで所長にはケーキ奢ってもらおうね! 王都にはね、すっごく美味しい店があるんだよー)


 分厚い扉の向こう、メッシュの声はくぐもって聞こえるけど、明るい口調に思わず頬が緩む。


「ケーキかぁ、楽しみにしなくちゃ!」


 応えてから、私はふと付け足した。


「……ねえ、いま、何時くらいなのかな?」


(……んー、たぶん八時とかー? アストと騎士団長がそろそろ帰ってくるんじゃないかな! 所長たちも、早く戻ってくるといいね)


 その言葉に、私はほっとする。


 そっか……もうすぐお父さんとお母さんもここに来るんだよね。

 きっと、すぐに疑いも晴れる……はず。


 ルークスとランス、ウイングはどこまで討伐に行ったんだろう?


 早く帰ってくるといいな……。


 考えながら、もう少しだと自分に言い聞かせた――そのときだった。


 慌ただしい靴音が聞こえてきて、メッシュの声が響く。


(えぇっ! ちょ、ま、待ってくださっ……そこは結界が……!)

(構わん!)

(かっ、構わないわけには……うわあっ!)


 牢の外で、メッシュと誰かが争うような音がする。

 私は慌てて扉に両手を付け、小さな窓に向けて声を上げた。


「……メッシュ!? どうしたの……!」


 そのとき、私のいる牢の周りで、バチンッと……なにかが弾け飛んだ。


 ガチャ……


 重い音を立てながら、扉が開く。

 私は、そこにいる人物を認識して、言葉を失った。


 白髪交じりの黒髪に、きっちりと揃えられた顎髭。吊り上がり気味の眼が、薄暗いなかでも鋭く射貫くような視線で私を見下ろしている。


 ――大臣。


「……え、いま……」

 メッシュはその後ろで呆然としたまま呟いた。


 でも、大臣は彼に見向きもしなくて。


 いきなり屈強な右腕を伸ばして私の左手首を掴むと、力任せに引っ張ったのだ!


「……来いッ」

 

「え……きゃあっ!」


 い、痛い!


 鍛えられているのだろうその手の力は、ものすごく強かった。

 体勢を崩す私を引き摺るようにして、大臣はそのまま牢屋を出る。


 なにか、尋常じゃない空気を纏っているのはわかるけど……いったいなにがあったのかはわからない。


 どうしていいかわからず、私はそのまま引かれるがままになってしまった。


「だ、大臣っ! 待ってください!」

 

 我に返ったメッシュが、私を連れ出そうとする大臣を引き止めてくれたのは、そのときで。


「なにがあったんですか、デューをどうするんですか!」


 その言葉に、大臣はギリ……と歯が鳴るほどに食い縛り、空いていた左腕を振った。


「説明する暇はない! その牢屋を結界で囲め、いますぐ!」


「え、け、結界……?」


「こいつを助けたいなら早くしろ愚か者!」


「うわっ!」


「メッシュ!」

 

 突き飛ばされたメッシュは、私が入れられていた牢屋の前で尻餅をつく。


 思わず彼を呼んで駆け寄ろうとする私を、大臣の手は放さない。


 メッシュはすぐさま体勢を立て直すと、キッと大臣を睨む。


「……っ、どういうことか説明してくれないと……判断できません!」


「いいから結界を張れ! ……さもないと――」


 大臣はなにか言いかけて、小さく呻いた。

 その目線をたどった私は、思わず悲鳴に近い声を上げてしまった。


「う、あぁ……っ、メッシュ! 離れて!」


 ――私がいた牢屋から、黒い靄が染み出していたのである!


「……ッ!」


 メッシュはすぐさま飛び離れると、手を地面に当て、魔力を注いだ。


 ――ぐにゃ、と。


 空間が歪んだように見え、一気に広がったそれは、空気の膜のようなものだった。


 あれは……たぶん、簡易的な結界だろう。


 メッシュの表情が、ぎゅっと険しいものになっている。


「そのまま耐えておれ! 牢番! なにかあればお前が食い止めろ!」


 大臣はそう言って、再び私をぐいっと引いた。


「え……わ、私が……!? いや、は、はっ!」


 控えていた牢番は、狼狽えながら、おそるおそるメッシュのそばへと並ぶ。


 黒い靄はメッシュの結界に阻まれているのか、それ以上出てこられないようだ。


 けれど、メッシュの額には、すでにびっしりと脂汗が浮かび、唇は白くなるほど噛み締められていた。


 あのまま耐えられるなんて思えない……!


「待って……メッシュ! メッシュが!」


 私が、雷で……! 


 そう思って、掴まれていない右手を咄嗟に上げる。

 しかし、大臣に左腕を捻り上げられて、私は悲鳴を上げてしまった。


「あ、ううっ」


「デュー! ……くっ」


「すぐにフリューゲルが来よう。……それまで持ちこたえる力もないのなら、王立魔法研究所にいても意味がなかろうて!」


 吐き捨てるように言う大臣に、私は目を見開いた。


 魔法を嫌う人間の筆頭のようだと思っていたけど、その言葉が、なぜか暗にお前なら耐えられる……と励ましているように聞こえたのだ。


 メッシュもそう感じたのか、ちらりと私に目配せして唸った。


「……デューに、なにもしないって……約束してくださいっ……大臣……!」


「……ふん。それはこの雷使い次第だろうな。……行くぞ」


「メッシュ……!」


「大丈夫……っ、僕は、大丈夫だから……行って、デュー!」


 震える体は、容赦なく大臣に引き摺られ、細い階段へと押し込まれた。


 私は、背中に剣の柄のようなものが当てられているのを悟り、無言で階段を上がる。


 いったいなにが起きているのか。


「……ルークス……」


 こぼれた名前は、誰が応えるわけでもなく――闇に消えた。



ぽちっと!

投稿ですーデューのターンがやってきました!


よろしくお願いしますっ!

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