混沌のワルツ③
彼は、俺の前……隊長であるランドワールの真ん前までずいずいと進むと、その鼻先に人差し指を突き出したのだ!
「……なぁ、おっさんわかってんのか? 指揮権はルークスにあるんだぜ? そもそも、派遣されて何日だよ? ほかの場所で被害が出てるってのに、呑気だな。あんたは」
「お、おっさ……!? 呑気……!?」
ギラギラしていた目が、驚愕に見開かれる。
額が持ち上がったお陰で、眉間の皺に改善がみられた。
「ランス。あなたはお黙りなさいまし」
「なんだよ、お前だって目が吊り上がってるくせによー」
「まあ!」
頬を膨らましたウイングだったが、さすが、淑女とでも言おうか。
彼女はすぐに首を振って深呼吸を挟み、ランドワールに向き直る。
「とにかく、隊長さん? いまは少しでも早く魔物を討伐し、まだ先へと隊を進めるべきではないのかしら? ……犠牲が出たのは本当ですの。尊い命が奪われるなど、あってはなりませんのよ?」
「ふ、ふん。言われずとも。すぐに討伐してくれるわ」
その勢いに気圧された……というよりは、たぶんウイングの容姿に戸惑っているんだろう。
ランドワールの眉間には、再び皺が寄った。
そこに。
「言ったな? よーしおっさん! 早速行こうぜ! とどめは任せるから、おっさんはドーンと構えとけよ!」
ランスが、にやにやと笑いながら、ランドワールの肩をバシバシと叩く。
さすがに我慢ならなかったのか、ランドワールはその手を払いのけた。
「おっさんと呼ぶな。王立魔法研究所には敬意という言葉はないのか? これだから魔法を使う者は……」
その言葉に、ウイングの目がすっと細められる。
俺は彼女を制して、ランドワールに向かって頷いた。
「……ランス。確かにお前には敬意が足りない。謝れ」
「……っ、な、なんだよ……あーもう」
驚いた顔をして振り返ったランスは、俺を見てため息をこぼす。
彼はすっと姿勢を正すと、まるで貴族のような美しい動作でそのまま片膝を突いて、最大限の敬意を示した。
「申し訳ありませんランドワール隊長。私の不徳の致すところでした」
「……な、なにを……」
「どうかお許しを」
驚いたのはランドワールのほうだろう。
まさか、ランスにそんな振る舞いができるとは思っていなかったはずだから。
そのまま動かないランスを前に、ランドワールは慌てたように口にする。
「……お、王立魔法研究所所長。このようなことをされては……」
じり、と後退ったランドワールに、俺は頷いた。
「敬意は、それを示したい相手に自ずと示されるものだと俺は思う。貴殿はそれがわからない愚か者ではないのでは?」
「……っ」
「俺みたいな若造にこんなことまで言わせるのは、貴殿の品位を貶める行為だ。自分の意志で、魔法と……それを使う俺たちを評価してもらいたい。……まあランスの態度は、貴殿が俺たちに向けた感情そのものだってことに気付かないなら、貴殿はその程度だな。……状況は移動しながら聞く。案内を」
「……う、く」
「……」
ランスは、その間も黙って頭を垂れていた。
ランドワールは俺とランスを交互に見て、やがて唇を噛んだ。
「……私のほうこそ、失礼した。ランスといったか。顔を上げよ」
「なんだ、もういいのか?」
へらっとした面持ちでランスが立ち上がると、ランドワールは嫌な顔をしたが、なにも言わずに踵を返す。
けれど、すぐに気持ちを切り替えたのか、話し始めた。
「鋭い岩が重なる急勾配の地形に、魔物がいる。そのため大人数での討伐が難しい。……距離はここから一時間程度だ」
頭を冷やせば、これだけまともな対応ができる人なんだな。
ま、そのぶん眉間の皺が深くなったんだろう。
俺は苦笑して、そのあとに続いた。
かわいそうだから、こっちからもひとつ伝えておこう。
「ランスが失礼なのは確かだから……そこは申し訳ない」
「ぐっ、おいルークス! なんだよそれ!」
「そのままですわ。ほかの騎士にまで喧嘩を売るのでしたら、討伐を手伝わせませんことよ」
「ウイング……お前だって恐ぇ顔してたくせに……!」
「まあ! 女性に向かって恐い顔ですって? 失礼にもほどがありますわ!」
そのまま騒ぎ出すふたりに、俺が肩を落としていると……
「……どこにでも、血の気の多い若造はいるものだな……」
小さな声で、ランドワールがこぼしたのが聞こえた。
本日分の投稿です!
順調に更新できています。
よろしくお願いします~!




