混沌のワルツ②
翼竜が下りるには狭い。
仕方なく、少し離れた場所に一頭ずつ降りて、翼竜たちは空で待機させることにする。
「少し待っててくれ。ごめんな」
『グルル……』
鼻先を押しつけてくる紅蓮の翼竜を、精一杯の感謝を込めてなで回してやると、彼女は満足したのかゆっくりと翼を広げ、跳ね上がるようにして空へと飛び立った。
ランスとウイングも順番に下りてきて、彼らの翼竜も空で待機してもらう。
メッシュの甲斐甲斐しい世話のお陰か、翼竜たちは驚くほど賢く、従順だ。
簡単な指示でも、十分に理解してくれる。
俺は遙か上空で旋回する三頭を見上げてから、視線を山へと戻した。
白と黒の刃は、右から左から突き出している。
骨が折れそうだ。
「……よし、騎士の陣までは十五分ってとこか。怪我するなよ?」
「あいよ」
「ええ」
ランスとウイングからの返事とともに、俺達は歩き出した。
******
「誰だッ! ここは現在、我々騎士団が閉鎖している!」
まだずいぶん先にいるのに、俺の人差し指くらいの大きさに見える騎士のひとりが大声を上げた。
小さな陣だったけど、ちゃんと見張りを立てているようだ。
そういえば、どうやって声かけるか、考えてなかったな……。
「おーおー、威勢がいいね騎士様は」
「あなたは黙っておくべきですわね。ルークス、とりあえずここは私が」
悪態をつくランスを、ウイングはしかめっ面で注意する。
わざと声にしているランスは、へらっと笑ってみせた。
確かにランスに喋らせると騎士と喧嘩になるのは目に見えてるしな。
俺がウイングに頷くと、彼女は歩きながら、鈴のような……けれど大きな声で名乗った。
「私たちは、騎士団長フリューゲルからあなたたちのことを聞き、訪れましたの。ここの責任者にお目通りを願いたいのですけれど」
「団長だと? ……武器も持たぬ一般人がなにを……うん?」
そこで、大声を上げている騎士のむこうから、もうひとり騎士が現れる。
彼はこっちを見ると、大声を上げている男になにか告げ、慌てて走っていった。
どうやら俺たちのことがわかったみたいだな。
残された騎士が、改めて大声を上げる。
「……そのまましばし待たれよ!」
「あら、こんな距離で待たされますの? そちらからいらしてくださるなんて、良心的ですわね」
「……」
ウイングの声が聞こえているはずなのに、騎士はそれを無視。
うん。ウイングも十分攻撃的だった。人選を誤ったかもしれないなぁ……。
俺が呆れていると、ランスが頭の後ろで手を組んで、は、と笑った。
「あからさまな態度だな。騎士団長殿に言いつけちまうか? あいつの首が飛ぶかも」
「もう。あなたが喋ると騎士団と喧嘩になりますわ? 絶対に口を開かないでくださいまし」
俺はため息をついて、ふたりに釘を刺すことにする。
「まったく……仲良くなるために来たんだからな。忘れるなよ?」
◇◇◇
数分後、この騎士たちの責任者と思われる男がこちらにやってくるのが見えた。
焦らすようにゆっくりと歩いてくるけど、こんなのいつものことだしな。
のんびり待っていると、騎士は俺たちの顔がはっきりわかる距離で立ち止まる。
灰色の髪は短く刈ってあり、鋭い眼光を放つ目は蒼い。
着ているのはほかの騎士と同じ団服だけど、翻るマントの刺繍が「隊長格」であることを告げていた。
三十後半……いや、四十過ぎだろうか。
皺の寄った眉間が、重ねた年数の苦労を物語っている。
「これは……王立魔法研究所所長とお見受けするが」
「ああ。ルークスだ」
「……騎士団長に遣わされたと聞いたが?」
「いや。遣わされたんじゃなく、王立魔法研究所が、この討伐を預かることになった」
「……なんだと?」
途端、隊長の眉間の皺がさらに深くなった。
こんなこともあろうかと、俺はフリューゲルから預かった書状を差し出してみせる。
隊長は俺の手からそれを受け取るのを一瞬ためらったが、最終的には少しだけこっちに寄って、ふんだくるようにして書状を受け取った。
「……、……なんと。確かに、王立魔法研究所に討伐についての一切の権限が移ったと……」
「そういうことだ。とりあえず、貴殿の名をお伺いしたい。隊長殿とお見受けするが?」
俺が質問をすると、隊長はさらに顔をしかめ、眉間の皺をますます深くする。
そうやって顔に出すから深くなったのかもしれないな、あの皺。
「私はこの小隊を率いるランドワール。……して、王立魔法研究所所長ともあろう者が、なにをしに?」
「討伐に協力しに。……とりあえず、状況の報告をお願いしたい」
「はは、ご冗談を。こたびの魔物など、我が剣で十分」
わかってはいたけど、簡単に手伝わせてくれそうにない。
いつもなら説得を続けるんだけど……今日ばかりはデューのことを優先したくなる。
……どうする、命令するか……?
一瞬迷った俺を、鼻で笑ったのはランスだった。
本日分です。
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