弛まぬ回想曲⑥
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物心ついたときには、私はもう馬車で生活をしていた。
馬車の荷台は、生活用品を積む場所や机、お母さんやお父さんの仕事道具があって、大きな町では露店にもできるように、横に長い窓も付けられていた。
お母さんが宝石や鉱石を細工し、さまざまな宝飾品に仕上げたものを、お父さんが売るのだ。
お母さんの作る宝飾品はとても美しく、貴族にも収集家がいるほどで、お抱えにならないかーなんて話も両手では足りないくらいだった。
それでも、両親はやんわりと断って、旅を続けていたんだよね。
そうやっていくつもの国を回ったけれど、そんな貴族たちから、近くに来たときは必ず立ち寄るようにと、身分証のようなものを貰えたのも役に立った。
それを通行証として、入国が許される国もあったのを覚えている。
……でも、あの日。
私たち家族の運命を変える出来事が、まるで……そう、突然雷が落ちたように、襲いかかってきた。
いまだって、はっきりと思い出すことができる。
あれは、五年と少し前。
街道と銘打ってある山道を、馬車で越えようとしていた私たち。
周りは鬱蒼と生い茂る木々に囲まれ、見通しが悪い。
足場はところどころに大きな石や木の根が張り出し、かなりの悪路だった。
慎重に進むべく、お父さんが馬車をゆっくりと御し、私とお母さんは馬車を降りて、道を確認するのを手伝っていたんだけど……。
突然、がらがらした声が行く手を阻んだ。
「止まれェ!」
それを合図に、茂みから複数人の男たちが飛び出してきて、私たちの馬車を囲む。
汚れた布切れを体に纏い、反りのある大きな剣を携えた男たちは、一目でならず者だとわかった。
「デュー、中へ! 扉を閉めなさい!」
お母さんが私を荷台に避難させ、お父さんと一緒に男たちの前に立つ。
私は、言われたとおり荷台の扉を閉めて、窓からそっと外を窺った。
旅では魔物に襲われることもあったけど、悪意に満ちた「人」は初めてで、不安で胸がどくどくと脈打つ。
「金を置いていけ、命までは取らねぇでやるよ」
「その女を貸すってのも忘れちゃいけねぇぜ?」
ぎらぎらと刃を見せ付けるように翳しながら、男たちが笑う。
けれど、お父さんは一歩も引かなかった。
「……。お金は渡しましょう。しかし、それ以上はなにも出せません」
がしゃり、と重そうな音を立てて、革袋が地面に落ちる。
あれは、私たちの生活費が入っている袋だ。
「……!」
一瞬、ならず者たちの目がその袋へと向く。
それはそうだろう。あの袋には、かなりの金額が入っていたはずだもの。
音だけで十分に想像できたはずだ。
「へ、かなり持っていやがるじゃねぇか……おら、もっと寄越せ!」
ガツッ!
頭を下げるお父さんが、ならず者のひとりに剣の柄で殴られて、地面に突っ伏すのが見えた。
「やめてください!」
お母さんがお父さんへと駆け寄って身を屈めると、すぐそばにいた男が、彼女を蹴り上げる。
「……っ」
彼らは、人を傷付けることをなにひとつ厭わない。
私は、ひゅっと息を吸い込んで、震える掌を向かい合わせた。
その間を、パチリ……と、蒼い光が流れるのを確認して、今度は必死で呼吸を整える。
いざとなったら、私がやらなきゃ。私がふたりを守らなきゃ! そう思って、震える体を叱咤した。
――自分が魔法を使えることに気付いたのは、この出来事より少しだけ前。
でも、両親には内緒にしていたんだ。
ふたりは、なぜか魔法の話を避けているようだったし、たぶん、魔法差別があるジェスタニア王国のことも知っていたからだと思う。
むやみに魔法を使うことを、よしとしていなかったんだよね。
「……っう」
「はっ、甲斐甲斐しいねぇ!」
呻いて転がるお母さんに、男が手を伸ばす。
駄目、捕まったら、殺されてしまうかもしれない!
「……ッ!」
瞬間、頭のなかが真っ白になって……私は。
「う、あああぁっ!」
叫び声を上げながら、馬車の荷台を飛び出し、手を突き出していた。
ババババッ、バチバチバチィッ!
蒼白い光りが、ものすごい速さでならず者たちへと奔る。
屈折を幾重にも繰り返すそれは、尾を引きながら男たちを貫いた。
「がっ、アガアァァッ!」
男の悲鳴が聞こえた気がしたけど、そんなのはどうでもよかった。
やれ、もっと、やってしまえ!
「ああああっ!」
塵も残さぬよう、ここから消してしまえと……本当に思った。
やらなきゃ、私たちがやられるんだ。
「うわああぁっ!」
蜘蛛の子を散らすようにバラバラに逃げていく男たちを、逃がすわけにはいかない。
私は、両腕を広げて、放射線状に雷を走らせようとして――。
バチィンッ!
なにかに、弾き飛ばされた。
「っ、う……え……?」
転がった私に、お母さんの怒鳴り声が届く。
「デュー! やめなさい、それ以上は命を奪ってしまう!」
「く、ソフィ、デューを頼む!」
私に掌を向けているお母さん。
蹌踉めきながら、煙を上げて倒れた男に駆け寄るお父さん。
転がったまま訳もわからずにいると、驚いたことに、お父さんはその男へと「魔法」を使った。
それは、柔らかな緑色の光。
傷付いた男の肌が、みる間に治っていくのが、遠目でもはっきりわかる。
「……え」
お父さんが魔法を使えるなんて、聞いてない。
……じゃあ、お母さんは……?
そこで、私を弾き飛ばしたのはお母さんの「魔法」なのではと気付いて、今度こそ我に返った。
「わ、私……」
周りを見渡すと、ところどころで木々が燻り、何人もの男たちが転がっていて。
……それは、恐ろしい光景だった。
「――――!」
なんてことをしてしまったのかと……声にならない悲鳴が喉を突き抜けていく。
「……デュー!」
その間にお母さんが駆けてきて、転がったままの私を引き起こすようにして抱き締めた。
「大丈夫、なにも怖くないわ。ごめんなさい、ごめんなさい……」
体の底から、ゾッとした。
私は、男たちの命を刈り取ることだけを考えていたのだ。
「大丈夫、大丈夫よ」
繰り返すお母さんの声は、泣いているように聞こえて。
「ご、ごめん……なさ……い」
謝る私に、彼女は何度も首を横に振った。
そのあとは、男たちへの手当てを手伝ったけれど……彼らの瞳に宿るのは恐怖だけ。
「うわああっ、来るな! 来るな――!」
明らかな拒絶をうけ、自分のしたことがいかに恐ろしいことだったのか……胸を突き刺されたような痛みを覚えるだけ。
……結果的に誰ひとり命を落とすことがなかったのは、運がよかったにすぎない。
お父さんの治癒魔法が、彼らを助けただけだった。
……その後、あれだけどこかに根付くことを拒んでいた両親が、ジェスタニア王国の町に落ち着こうと言ってきたのは、きっと偶然なんかじゃない。
私が魔法を使えることを知って、旅を続けるのを辞めたんだと思ってる。
私が、魔法を暴走させ、誰かを殺めそうになったから――。
魔法は、誰かの命を奪うためのものではない。
魔法は、誰かのために使うものなのよ、と。
お母さんの言葉は、私の心のなか、ずっと楔のように刺さったままで。
だから、私はここに――王立魔法研究所に、きたのだった。
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