弛まぬ回想曲⑤
(おはよう、所長、デュー)
どれくらい経ったのか、分厚い扉の向こうからメッシュの声がした。
扉にある小さな窓から入ってくるのは、松明の灯りだけ。
牢屋の中は、ずっと薄暗く、時間がさっぱりわからない。
「……ん」
ルークスがゆっくりと目を開けて、ふーっと息を吐く。
……まだ眠そうだ。
そこでガチャンと鍵が開く音がして、扉が開かれた。
「朝ご飯、持ってきたよー」
「あー。ありがとな、メッシュ……」
メッシュは眠そうにしているルークスを余所に、お盆に載せたスープやパンを私に渡してくれる。
ちゃんと温かくて、なんだかほっとした。
「デュー、大丈夫だった?」
「うん。私はたっぷりと寝てしまったというか……ルークスだけ起きててくれたというか……」
「そっか! 所長は仕方ないよ。さ、所長! 騎士団長のところに行くんでしょ? 早く食べちゃってねー」
「う、わかってるけど……」
にっこりするメッシュに、ルークスが目を擦りながらしかめっ面をした。
「所長がいけないんだからね。僕たちは止めたもん」
「……それも、わかってる」
「ならいいよー。じゃあ僕はこのまま残るね。夜にはまた来るんでしょう?」
「ああ、そうだな。……街道の魔物調査して……デューの両親が戻ってくるとしたら夜中だろうから……」
「ウイングとランス、やきもきしてると思うから……ちゃんと一緒に連れてきてあげてねー?」
「……ふ、そうだな」
ルークスは笑うと、両手を上げてぐーっと伸びをした。
「よし。……デュー、少しの間、我慢してくれ……ごめんな」
******
食事を終えると、ルークスはすぐに出て行った。
メッシュは食器を下げると、今度は桶と布を持ってきてくれる。
「僕は外で結界を張り直すね~。ウイングが着替えを持ってきてくれると思うから、いまはこれで……ごめんね」
あ、これで体を拭けってことなんだ。
私はありがたく受け取って、笑った。
「ありがとうメッシュ! あ、そうだ。このペンダント……」
「ん、ああ、それはデューのだよ!」
「えっ?」
首の後ろに手を回し、外そうとする私にメッシュが笑う。
「王立魔法研究所の研究員の身分証だよ。ほら、僕も持ってるやつー」
メッシュはにこにこしたまま、胸元から同じ形の石を引っ張り出した。
あっ、そういえば最初に会ったとき、見せてもらった気がする!
「これ、私のだったんだ……!」
「そうー。遅くなっちゃってごめんね~」
うわあ、嬉しい。
……そっか。こんな状況でも、皆は私を信じてくれてるんだ……。
掌に載せて眺めていると、メッシュは「それじゃあ一旦、外に出るね」と、扉を閉めた。
……まあ、一応軟禁されている身だしね。
牢番が黙っていてくれるだけ、ありがたいのかもしれない。
私は冷たい水を桶に張り、布で体を綺麗に拭った。
「……つめた」
わかってはいたものの、思わず呟いて、ふと自分が臭わないか心配になる。
……ここを出たら、まずお風呂。
そうしよう、決めた、絶対に。
******
桶と布を回収したメッシュは、さすがに牢屋の中に一緒にいる許可が出なかったことを、申し訳なさそうに教えてくれた。
うん、どう考えてもルークスが異例だったんだよね。
膝枕を思い出し頬を押さえる私を、メッシュが覗き込む。
「……平気? 顔が紅い気がする……熱はない?」
その、ひんやりした手が額に触れて、私は慌てて首を振った。
「わ! 大丈夫! これは、なんというか、不可抗力」
「んー? 不可抗力……?」
小首を傾げるメッシュが可愛かったので、私は笑ってしまった。
「ふふ。ありがと、メッシュ。ほら、とりあえず扉、閉めちゃって!」
「うん。すぐそばにいるから、なにかあったら呼んでね……その、昨日、取り乱してたみたいだから」
「あ……」
私は、眉尻を下げて酷く心配そうな顔をしたメッシュに、申し訳ない気持ちになる。
そうだった。最初に牢屋の扉が開いたのは、私が悲鳴を上げたときだ。
ルークスには報告したけど、メッシュたちに報告する時間はなかったもんね……。
「……あのね、じつは、黒い靄がいたんだ。でも、メッシュの結界があるから大丈夫みたい」
「――え!? 黒い靄って……討伐のときに見た、あの? 待って、所長はそれ知ってるの!?」
「うん。昨日のうちに報告はしてある。だから、心配いらないよ」
「……。なら、いいんだけど……」
メッシュは少し考えるように瞳を伏せたあとで、頷いた。
「偶然とは考えにくいよね。正直、ここじゃ強力な結界は展開できないんだ。ランスがあれだけ取り乱した相手だから、やっぱり警戒しておくべきだと思う」
こんなとき、メッシュはなんだか大人っぽい顔をする。
落ち着いた声も、いつもの子犬のような雰囲気からは想像しにくいかもしれない。
「なにか変だと思ったらすぐに報せて。約束だからね」
メッシュが言うのとほぼ同時に、牢番のやきもきした声が聞こえた。
「……おい、そろそろ扉を閉めろ」
「あ、はーい! ……不安にさせるようなこと言ってごめんね、デュー。でも」
「ううん。警戒は大切だと思う。なにかあったら大声出すよ」
「……うん」
メッシュはしっかりと頷くと、牢から出た。
私が立ったまま頷き返すと、彼は少しだけ笑顔を見せてから、扉を閉める。
それでも、すぐそばにいてくれるんだ。
いまはそれがすごく心強い。
私は硬いベッドに腰を下ろして、自分のことを思い返すことにした。
月額のつもりでしたが、来てくださってるかたがいらっしゃるので!
よろしくお願いします!




