弛まぬ回想曲④
誰かが、私を覗き込んでいる。
――よし、いいぞ、おいで。
男の人の声が聞こえて、私は手を伸ばした。
――ちゃんと認識してくれているわ。
違う人……女性の声がして、私を覗き込む影がひとつ、増えた。
――やっぱり、これは――。
景色は美しい星空が広がる平原に変わり、私を連れた誰かが、私を軽々と抱き上げる。
――、――。
なにを、言っているんだろう。
とても、とても、大事なことのはず……なんだけど。
******
「ん……」
自分の吐息に、目が覚めた。
これ……この前も見たような気がする。
どこか懐かしい夢だけど、やっぱり誰なのかはわからない。
聞こえたはずの声がどんな音色だったかも、すっかり記憶から抜け落ちてしまっていた。
「……」
まだもう少し、微睡んでいたかったんだけど……なんだか体中が軋んでいるので、私は寝返りをうって仰向けになる。
すると、声が降ってきた。
「眠れたか?」
「……えっ?」
見上げた瞬間、私は……固まるしかなくて。
紅い髪。翠の眼。優しい眼差しで、私を見下ろすのは……。
「あっ、ひゃあっ!? ルークス!」
ま、ま、待って! なんで!
跳ね起きた私に、くすくすと笑い声が届く。
し、心臓ごと跳ねたよ……!
「ご、ご、ごめんなさっ、い、いつつ」
そ、そっか、ここ……牢屋だ!
どおりで体が軋むわけだよね。
そう。私は――ゴツゴツした岩の上で、ルークスに膝枕されていた。
いつの間に膝枕なんて……うう。
しかも、私の体に掛けられていたのは、ルークスの白い外套で。
「嘘、いつの間にか寝ちゃってた……?」
「ああ。……寒くなかったか?」
「さっ、寒くはないよ! むしろ、ルークスが……っ」
「俺は平気。なんなら火も出せるから」
「……出せるって……まぁ、そうだけど……」
うう、恥ずかしい。
寝顔も見られていたってことになる。
そこまで思って、私ははたと気が付いた。
「ルークス……あの、もしかして眠ってないの?」
「ん? ああ、大丈夫だよ」
「だっ、大丈夫なはずないでしょ! ……私、もう結構眠らせてもらったはずだから……その、眠っていいよ」
「え? いや、一日くらいなんとかなるから。それに、おかげでいろいろと考えも纏まったしな」
「わ、私だけ寝顔を見られたのは、納得いきません……」
「はっ? ……ぶはっ、ははっ! ……大丈夫、大丈夫! 可愛かったよ」
「か、かわ……ッ、し、失礼にもほどがありますッ!」
か、可愛いって! 可愛いって……!
心臓が飛び出してしまいそうなほど脈打つ。
恥ずかしくて、私は呻いた。
「ふふ、じゃあ、メッシュがくるまでのあいだ、仮眠するかな。……結界が効いてるみたいだから心配ないと思うけど、もし黒い靄が出たら言ってくれ」
「う、うん……」
すごく笑ったあとで、ルークスは目を閉じると……すぐに吐息を立て始める。
ほら、やっぱり疲れてたんだ……。
私は、そっとルークスの外套を彼にかけて、隣にぴったりと身を寄せ、座った。
……これくらいなら、許されるよね。
「……」
ちら、と伺えば、ルークスは腕を組んで、少し俯いたまま微動だにしない。
規則的な呼吸が聞こえて、それだけでも胸がきゅーっとした。
自分がルークスを好きだと気が付いた途端、なんだかこう、落ち着かない。
……変に思われないといいな……。
あと一日はここにいることになるし、頭を冷やそう。
――だけど。
「ルークス、一緒にいてくれてありがとう……」
ひとことだけ。そう思って小さく言葉にすると、ふ、と吐息が途絶えた。
「――そばにいたかったから」
……!
起きてたのかと思って焦ると、ふたたび吐息が聞こえてきた。
……それ以上の反応がないところを見るに……反射的な寝言だったのかもしれない。
私ははぁーっと息を吐き出して、肩の力を抜いた。
うん、まずは落ち着こう。
たくさんの問題を抱えているのはわかってる。
お父さんとお母さんがここに来たら、もっと慌ただしくなる可能性もあるよね。
街道の魔物たちも討伐しないといけないし、その活動をたくさんの人に知ってもらって、少しでも魔法への偏見をなくしたい。
まだわからないことも多いけど……それは、これからはっきりさせていけばいいのだ。
私は胸元のペンダントにそっと触れた。
皆も、私を信じてくれてるんだもん。私が頑張らなくちゃ。
黒い靄の魔物は怖いけど、メッシュの結界があれば大丈夫みたいだしね。
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本日分です。
次は月曜更新予定!
ようやく復帰できそうです。
よろしくお願いします!