弛まぬ回想曲②
「じゃあ結界張るから、所長はデューと中で確認して。いったん閉めるよ」
メッシュがそう言って、ぱちりとウインクしてくれる。
私は思わず身を固くした。
きっと、ルークスと話す時間をくれるつもりなんだろう。
でも、また牢に入らなければならないなんて……。
「ルークス……」
「……デュー?」
……。
怖いけど……ここから出してもらえるとも思えない。
「ううん。大丈夫……とにかく、中に」
私は、ルークスを促して牢に入った。
時間はそんなにないはずだ。
それなら、早く報告しなければ。
ガチャリ、と扉が閉められる。
私はすぐにルークスに向き直り、その袖を握った。
「どうした、なにがあった……?」
「ルークス、あのね。いま、ここにあの黒い靄がきた」
「――なっ」
「私、気のせいだと思ってたけど……最初に遭遇したときに『アッタ』って言われたの……今回は『カラダ』って……」
「……ッ」
ルークスの表情が、見る間に曇る。
いまはあの靄はどこにもいない。
だけど、もしまたここに現れたら……と思うと、指先が震えてしまう。
怖い。
震える声で、私はルークスに向かって呟いた。
「……私、あの靄の『器』にされようとしてるのかな……?」
「――させない、大丈夫だ」
「……あ」
瞬間、ルークスが私の腰を引き寄せ、すっぽりと私を覆った。
「そんなこと、俺がさせない。……デュー、お前を連れてきたこと、後悔してる。ごめんな。ウイングやランスにも怒られたし、メッシュも……いまはあんなふうにしてるけど、かなり怒ってる。……俺がお前を守れなかったから」
ルークスのぬくもりは、私の不安を溶かしてくれるようだった。
胸がぎゅーっとして、切なくて……私は、肌に伝わるルークスの熱に身を委ねた。
「ううん。ルークスは……来てくれた。いまここに、いてくれた。……私、すごく嬉しいよ」
彼の背中に、そっと腕を回すと、ルークスが、少しだけ身動いだ。
「デュー……あの、嫌だったら言ってくれていいから、な?」
「ふ、ルークスこそ」
「――俺は、その……お前が落ち着けるなら」
なんていうか、ルークスらしい。
それが、本当に嬉しくて、胸がどきどきする。
……あー、そっかぁ。
――気が付いちゃった……。
私、ルークスの力になりたいんだ。ルークスの傍にいたいんだ……。
ルークスのこと、好きになってたんだな……。
「ごめんな。……怖かったろ」
「……うん」
素直に応えると、ルークスは私を抱き締める力を、少しだけ強めた。
「ここの結界は、お前が出られなくするものじゃない。お前を守るために張らせるものだ。メッシュには、そのままここに残ってもらう。さすがに扉の外だけど」
「……うん」
「アストをフリューゲルに……騎士団長に同行させて、翼竜でお前の両親を連れて来させる。それなら日帰りでなんとかなる」
私は、ルークスの腕の中で、ゆっくりと頷いた。
――一日。
この一日を、ここで耐えればいいんだ。
メッシュも傍にいてくれるなら、こんなに心強いことはない。
「夜のあいだは、俺がここに残るよ」
「……え」
「皆に言われた。『代わりにお前が牢に入ってろ』って。はは、あいつららしいよな。……俺がちゃんと見張ってるから、安心して休んで。……ちょっとベッドは硬そうだけどな」
ルークスはそう言うとちょっとだけ体を離し、右手の親指で、私の目元をそっと拭った。
ち、近い。
途端に、私の心臓が跳ね上がる。
そんな場合じゃないのは、重々承知しているんだけど……す、好きだって気付いたら、たまらなく恥ずかしい……。
それに、ルークスが私を見詰めるその瞳ときたら、薄暗いなかでも力強く輝く、綺麗な翠色で。
吸い込まれそうになる。
「……ルー、クス」
「……ん?」
「あ……わ、私……」
今日は、隣にいてほしい……なんて。
わがままなのはわかってるんだけど……。
「どうした?」
そのときだ。
(そろそろ結界が完成するよ)
扉の外から、メッシュの声が聞こえた。
「あ、あぁ。わかった……! 確認する」
ルークスが応えて、私を見る。
「……もう、大丈夫」
私が苦笑すると、彼は黙ったまま頷いて、そっと私から離れた。
考えてみたら、ルークスは最初から優しかったもんね。
いまこうしてくれたことも、私を安心させようとしてくれたんだろうな。
ちょっとだけ、胸がちくりとする。
「……うん、壁は問題なし。床と天井も大丈夫だな」
ルークスはぐるりと牢屋内を確認しながら、扉を開けた。
「結界塔はここに設置したよ。僕と所長の魔力は通れるようになってる」
「よし。……メッシュ、お前は城内で休んでくれ。夜は俺が着いてることにした」
「え? 所長、残るの?」
「うん……さすがにこの牢屋見て、自分だけ戻る気になれなくてさ。……アスト、お前は明日、フリューゲルに同行してくれないか? 翼竜で行ってくれ」
「いいだろう」
応えるアスト。
メッシュは苦笑すると、牢屋にいた私のほうへやって来て、ぎゅっと私の手を握った。
「デュー、ごめんね。僕たち、なんにもできないけど……皆そばにいるよー」
「メッシュ……うん、ありがと!」
メッシュは私ににっこりして頷くと、小声で付け足した。
(今夜だけ、本物の結界塔は『これ』なんだ。もし誰かになにかされそうなら、『これ』にデューの魔力を少しだけ注いで。あ、それが所長でも容赦しなくていいからねー。僕が止めるから)
「……!」
なにかつるりとしたものが、ぎゅっと握られた手のなかに収まっているのがわかる。
というか、ルークスでも容赦しなくていいって……?
「それじゃ、僕は休ませてもらうね。アストも行こう~」
「そうだな。ルークス、デュー、お前たち、なにも食べていないだろう? 夜中だが、なにか運ばせる」
あ、そういえば。
緊張しすぎてたからか、全く気付かなかった!
「お、オッホン……ちょ、ちょっと待ってくれ。王立魔法研究所所長ルークス様。ここに、残るのです、か?」
そのとき、牢番が居心地悪そうな声を出した。
確かに、三権者のひとりが夜通し近くにいたら嫌だろうな……。
「安心してくれ。俺もデューと牢屋に入れてもらうから。鍵もかけてくれていいぞ、朝、メッシュが来たら出してくれるか」
「ろっ、牢屋にですか!?」
「ええっ!?」
狼狽える牢番と、私が驚く声が重なる。
ルークスは笑うと、一歩、牢屋に入った。
「じゃあ、あとは頼んだ」
本日分です!
恋愛要素が活動を始めますー!
よろしくお願いします。