立場違いのトリオ⑥
どう出るのかと固唾を呑んだ私の前で、その真っ向からの視線と批判を、大臣は堂々と受け止めた。
「は……これは笑止。そのぶんだと、貴様は知らぬのだな」
ルークスの眉が、つ、とひそめられる。
大臣は吊り上がった目を細め、顎を上げ、ルークスを見下すような体勢で……突然、矛先を変えた。
「――雷使い。お前は、この国の生まれではなかろう」
「……ッ!?」
私は、びくりと自分の肩が跳ねるのを押さえられなかった。
「……え?」
ルークスが、驚いた顔でこっちを見る。
「己の研究所で雇う人間の素性を調べぬなど、あってはならぬ。どこぞの民族や盗賊まがいを仲間とし、他国の人間までをも引き入れるとは」
大臣が言い連ねていく。
まさか、ここでそんな内容を持ち出されるとは思っていなかった。
私がルークスに自身のことを話していなかったせいだ。
私が――ルークスを追い詰めるのに使われるだなんて……。
体の芯が冷えていく。
焦りで支離滅裂なことを口走ってしまわないよう、私はとにかく呼吸を整えようと、できるだけ細く、長く……深く息を吐く。
私はこの国の民。そう、自負している。
でも確かに……生まれがこの国だったのかまでは、わからなかったのだ。
大臣は、震える私に冷たい眼を向けて、訥々と話し出した。
「その雷使いは、王都から離れた小さな町に住む夫婦の娘。ところがその夫婦、町に住み着いたのは五年前だった。その前はどうしていたか――町の管理簿にははっきり記載されておる。『旅の商人』……根無し草とな。しかも、ジェスタニア王国籍を調べたが、申請せねばならないはずの籍はなかった。つまり、他国の人間ということであろう? 何処の馬の骨かは知らぬが、不法に滞在していたものと判断する」
――え?
聞こえてきた話に、私は自分の耳を疑った。
「王国籍が……ない? そんなはずは……」
大臣の言葉に、思わず呟く。
大臣の説明は、大半は正しい。私は旅の商人の娘で、長い年月を、どこかに留まることなく馬車で旅していたんだから。
……でも。
「……デュー、お前……」
ルークスの瞳が、揺れる。
私は、首を振った。
調べられていた、過去まで……。確かにそれは仕方のないことかもしれない。でも、皆には話すつもりだったのだ。
――問題は、そのあと。王国籍がないって……どういうことなの? さっぱりわからない。
「ま、待ってください。確かに、私は幼いころより馬車での生活を営み、母の細工を売って生活をしていました! それを、まだ、皆には話していません……。でも、おとうさ……父と母は、この国の民である籍を申請し、ちゃんと認可が下りたと話していました――町に根を下ろすと決めたそのときに! だから、この国の民でないというのは、納得できません!」
「ふん。見苦しい。現に、王国籍がないままだ。申請された形跡すらない」
「そんなはずは! ――それなら、なぜ私が王立魔法研究所で働きたいと言ったのを、両親は止めなかったのですか! こうやって調べられるかもしれないのに!」
「――お前は、自分の過去が調べられたことに驚いているのであろう? お前の両親も、間抜けだったのだな」
「……ッ!」
かあっと、頬が熱くなる。
自分が間抜けだってことは、認めるけれど。
お父さんとお母さんに限って、そんなことは絶対にない。
なにかが、おかしいのだ。
それなのに、反論すればするほど全てがねじ曲がっていくような焦燥感が、全身を蝕んでいく。
「――この国の魔法研究はどうだ、諜報員? おあつらえ向きに雷の魔法を使う娘……どうやって拾ってきたかは知らんが、それを簡単に迎え入れた所長の責任も重かろう」
「ルークスは関係ありませんッ! わ、私に王国籍があるのかは、両親に……聞く、しか……」
「なら、早速お前の両親に問うとしよう。……よいですな? 王」
研ぎ澄まされた刃のような言葉が、首元にぴったりと当てられている。
私は、ぎゅっと唇を噛んだ。
王様が、ゆっくりと口を開く。
「……騎士団長。指揮を執り、雷使いの両親、これを拘束しすぐに連れて参れ。……王立魔法研究所所長。引き続き、魔物討伐を命ずる。どこからこの国へと侵入し、なにが目的か、調査せよ。大臣、そこの雷使いについては、お主に身柄を任せる」
「――お待ちください! デューを大臣には……!」
「本日はこれにて終了とする。……あとはお前たち三人に任せよう。三者三様、しかと意見を交わすがよい」
ルークスの声に、困惑と焦りが感じられる。
王がそれをばっさりと切り捨て、がちゃりと鎧を鳴らして立ち上がると……奥にあったもう一枚の扉が開かれた。
その向こうへと消えていく、剣の国の偉大なる王に……私は、項垂れるしかなかった。
こんな……こんなことになるなんて思わなかった。
私がここに来たせいで、王立魔法研究所を……ルークスを、窮地に立たせてしまった。
「――では、私も行くとしよう。おい、誰か。この雷使いを押さえよ!」
『はっ』
部屋の外から、金属の扉越しにくぐもった返事が聞こえる。
ルークスの後ろにある扉が、ギギギと重い音を響かせて開くと、外に控えていたのであろう騎士がふたり、入ってきた。
そのひとりは……アストだ。
「……」
座ったままの私と、目が、合う。
でも……アストはいつもどおり、無表情で……。
「ま、待て……待ってください大臣! デューと、話す時間を……!」
ルークスが、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がり、右手を振り払いながら声を上げる。
「――ルークス」
それを止めたのは、騎士団長だった。
本日もかけたので……!
日々体を休めつつですが、だんだん元気になってきました!
更新速度を戻せるよう努めます。
よろしくお願いします!