立場違いのトリオ⑤
「魔物は討伐完了しております。昨日の報告どおり、細長い八面体で黒い魔物です。下部より触手が三本生えているのも確認しました。紅く明滅することで、仲間を呼ぶことも間違いないでしょう――もう一体も現れました」
ルークスの報告に、騎士団長の顔が険しいものになる。
大臣はつまらなそうな顔で、腕を組んでいた。
「まずは八面体ですが、こちらは魔力で構成されたもので間違いないかと。討伐後、空気中に魔力となって拡散し、消えました。ただし、騎士団の脅威にはならない強さだと判断します。攻撃には触手での刺突と魔法――雷の魔法を使用」
ここで、ぴくりと大臣の眉が跳ねる。
騎士団長は険しい顔のまま、さらに眉を寄せ、大きな眼を眇めた。
ほんのわずかの間。黒いテーブルの中央で、燭台の蝋燭がゆらめく。
そのとき、身じろぎひとつしなかった王様が、ゆっくりと……口を開いた。
「――ルークスよ」
低く、轟くような厳かな声。
頭の中にまで響き渡るような――これが王たる者の資質なのだろうか。
私は思わず、頭を少し垂れる。……そうしなきゃいけない空気が、そこにあったのだ。
ルークスは小さく息を吸って、慎重に応えた。
「……、はい、王」
「まずは座らんかね。女性を立たせたままとあっては、余の居心地が悪いのでな」
「……! は、はい!」
女性……って、私のこと?
理解するのに、瞬き数回の時間がかかったけど……姿勢を正しながら、ちらと周りを窺った私の目に、王様の口元が緩むのが飛び込んできた。
え、笑って――?
すぐにルークスが私の左側へと移動して、「失礼」と、騎士団長の隣の椅子を引く。
「では、先に彼女の紹介を。王立魔法研究所の研究員、雷使いのデュー。本日は、よからぬ噂にも触れるだろうと考え、連れて参りました」
ルークスに促されて、私は慌てて礼をする。
「デューと申します。雷を――使います」
頭を上げると、すでに王様の口元は真一文字に戻っていた。
騎士団長が微笑んで……大臣は面白くなさそうだけど……王がもう一度「座りなさい」と言ってくれる。
どうしていいのかわからずルークスを見ると、彼が頷くので、私はそっと椅子に腰掛け……って、柔らかっ! うう、こんなふっかふかな椅子、座ったことないです。
い、いいのかなぁ。
もじもじしていると、ルークスが私の右隣に腰掛けた。
彼が椅子を引く音に被せて、耳に、柔らかい声がふわりと届いたのはそのときだ。
<大丈夫、僕たちに任せて>
「!」
それが、騎士団長の声だということはすぐにわかった。
なんていうか、甘い。甘い声だ。
「――お気遣い痛み入ります。では、続きを」
私がなにか反応をすべきか迷っている間に、ルークスが再び口を開く。
なんだか私ひとりだけ、あくせくしている気がしないでもない。……落ち着こう。
「八面体の魔物のほかに現れたのは、人型の黒い靄です。ほかに表現のしようがない。瞬時に現れたことから、これも魔力の塊である可能性があります。……八面体が空気に溶け始めると同時に姿を消したため、攻撃は受けておりません。――騎士団に被害を与えたのは、この人型の靄と考えています」
「……それについては、私からも補足を。先の報告で身柄を拘束した元隊長が、八面体の魔物程度であれば新人でも大丈夫だと判断したと訴えています。――その靄について、ほかの隊からの報告がないことから、一体だけである可能性も」
ルークスの言葉を、そのまま騎士団長が引き継ぐ。
いくぶんキリリと締まったものだったけど、やっぱりさっきの声は彼だ。
「――ついては、私たち王立魔法研究所は『騎士団と協力し』、残りの魔物の討伐とその調査に当たりたいと考えています。協力方法については、このあと協議したく――」
「ふん。協力などと。雷使いを連れてきたのはけん制か? それなら堂々と言ってやろう。王立魔法研究所所長、ルークス。貴様、『彼の研究』を続けているのではあるまいな? 火のない所に煙は立たぬぞ」
きた、と。
私は息を呑んだ。
威厳の塊みたいな強い口調に、場の空気は一気に凍りつき、剣呑なものへと変わる。
大臣は吊り上がり気味の目を細め、じろりとルークスを睨んだ。
「はっきりさせてもらおう。その『いわく付き』を、なぜ迎え入れた」
ルークスは、瞬きすらせず、真っ向から大臣の視線を受け止める。
彼の挑むようなその眼に、いつもより暗い色が宿っている気がして……私はテーブルの下、膝の上でぎゅっと手を組み、指先が白くなるくらい力を込めた。
「――ひとつずつお答えしましょう。まず、『彼の研究』についてはすでに片が付いております。それは……誰よりも貴殿が詳しいのでは? そして件の『噂』は、貴殿がくだした罰により火がつき、そこから立ち上った煙であると認識しております。……そして最後。迎え入れたのは、彼女が優秀な人材であったからです。これは同じ三権者としての進言ですが――彼女を『いわく付き』などという権利は、貴殿にはない」
……!
私は、はっとしてルークスを見た。
ルークスの瞳は、彼の魔法のように燃え上がっているように見える。
いわく付きだと言われようが、私は構わなかったのに――それを怒っているのだ。
どうしよう、止めるべきかも。ちゃんと説明すればいいのであって、いま、私のことを庇う必要はないはずだし……。
そう思ったとき、左隣からカチャリ、と小さな音がした。
「……」
鎧が鳴ったその音に、一瞬、騎士団長へと意識が向く。
すると、彼はゆっくりと瞬きをしながら、微かに首を振った。
え……止めなくていい……ってこと……?
ルークスは大臣から視線を逸らさず、言葉を続ける。
「……『いわく』なんてものは存在しません。彼女は……ティルファは戻りません。その魂は、すでに星となった。貴殿も見たはずだ――違いますか?」
お昼ですが更新です!
いつもありがとうございます。
肺炎は……肺自体に神経は通ってないそうで、普通にしてると痛くありません。
(呼吸がしにくいとか、微熱とか、そういうのはあるのですが)
それが、神経の通っている膜に接している部分だと痛むようで、笑ったり、深呼吸したり、くしゃみが痛いわけです。
……こういうのも、戦闘描写では役に立つかもしれないなーなんて思っています。
それでは引き続きよろしくお願いします!