立場違いのトリオ③
******
当然、皆が起きてから、私がルークスと同行することが報告されたんだけど。
少し遅めの朝食を片手に、ウイングとランスが、もの凄い勢いでルークスに噛み付いた。
「なにを言っていますの!? いきなり大臣だなんて、それは……!」
「馬鹿言うなよ! いくら王や騎士団長がいたって、なにもいまデューを連れていく必要はねぇだろ!」
ルークスもメッシュも、やっぱり……って顔で、ちらりと視線を交わす。
アストですら、眉間に深い皺を寄せたほどだから……大臣は本当に、皆が警戒している人物なんだろうな。
「おいデュー! お前、呑気に構えてるけど、わかってねぇんだよ! あの大臣、俺らを人だと思ってねぇ――なにされるか!」
ランスはずいっと私に詰め寄ると、右手の人差し指を、私の鼻先に突き付けた。
「いま会えば、間違いなくルークスの噂を持ち出されるぞ。今回の魔物だってきな臭いんだ! ……くそ、ルークスはわかって言ってんだろうけど……だからって……」
ランスが何度も首を横に振り、それに合わせて長いバンダナが揺れるのを、私は黙って見つめる。
……心配、してくれてるんだよね。
「ありがとう、ランス。でも、噂のことも魔物のことも、ちゃんとルークスから聞いて……『広報の出番だ』って思って!」
「……こっ……広報!? いや、おまっ……そうだけど、そうじゃねぇだろ……あーもう」
ランスはがっくりと肩を落とし、左手に持っていたパンを、挟んだ肉ごとがぶりと噛みちぎった。
「デュー、申し訳ないけれど、大臣は本当に……その、とても酷いことを平気で実行しますのよ。広報だからと、わざわざ今回行かなくとも、良いのではないかしら」
仏頂面でもぐもぐと口を動かすランスの隣で、ウイングが憂いた表情で目を伏せる。
でも、私は首を振ってみせた。
「私のことを隠していても、なんにもいいことないよ。むしろ、あとで知ったら、王様も大臣も、余計に不審がるんじゃないかな? それは結果として、私たちに不利だと思う」
「……それはそうかもしれないのですわ……でも……」
「大丈夫! なにか言われても気にしなければいいんでしょ? 立ち直りは早いほうだしね」
「デュー……」
ウイングは私をじっと見たあとで、小さくため息をついた。
「止めても聞きそうにない、というのはなんとなくわかりましたわ……それなら、ルークス」
「……わかってる」
「……」
応えたルークスに、ウイングは無言で頷いた。
そこに、静かに食事していたアストが一言。
「……虫だ」
「虫?」
私が聞き返すと、アストはお茶を飲んで、大真面目に応えた。
「ああ。あれを人と思うな」
「あ……大臣のこと……?」
思わず言うと、メッシュが笑い出す。
「虫って……あははっ、虫に失礼~!」
「いや、お前らなぁ……曲がりなりにも三権者だぞ」
ルークスが渋い顔をして窘めると、食べ物をすっかり呑み込んだらしいランスがふんっと鼻を鳴らした。
「なんだって構わねぇけど、これで俺たちも晴れて魔物討伐の指揮権がもらえるんだろ? ……あいつ、絶対にギャフンと言わせてやる」
******
私は再びルークスと一緒に紅蓮の翼竜に乗って、空が暗くなったころに王都へと帰り着いた。
剣の国、ジェスタニア王国の王都は、海沿いに栄えた港町だ。
弧を描いた湾へと飛び出すように、緩やかな曲線を描いてせり上がった崖があり、その先端に石造りの巨大なお城が聳えている。
そこから大陸内部へと扇状に広がった町は活気があって、大きな船が往来できるので、国内の港町との取引だけでなく、ほかの国との輸出入も盛んに行われているんだと、ルークスが教えてくれた。
アストとメッシュが先行しているので、お城では王様や大臣、ルークスの幼馴染みだという騎士団長さんが待っているはず。
……私たちはお城の一画にあるバルコニーに降り立ったんだけど、どうやらここは翼竜専用らしい。
私たちを降ろした紅蓮の翼竜は、敷き詰められた藁にその巨軀をゆっくりと横たえると、大きな欠伸をした。
「ありがとうな。少し休んでいてくれ」
『グルル……』
ルークスの労いに、翼竜は低い唸りで応える。……うん、幸せそうに鼻先をルークスに擦り寄せているのを見るに、たぶん猫が喉を鳴らすのと同じなんだろうな。
紅蓮の翼竜は、ルークスにとても懐いているようで……ちょっと羨ましい。
私は、バルコニーからお城内部へと繋がる扉へと視線を移す。
あたりは松明が煌々と燃えていて明るく、見通しはよかった。
「行こうか」
「あ、うん」
ルークスに続いて、私はその重そうな扉を通り抜ける。
目の前は真っ直ぐに伸びた廊下で、等間隔に並ぶランプが柔らかい光を纏っていた。
お城というものは、たくさんの侍女がいて、騎士や貴族が往き来し、夜でもどこか喧騒にまみれた雰囲気だと思っていたんだけど……。
「……なんだか、静かだね」
ぽろりとこぼした私に、右隣にいるルークスはふふっと笑った。
「城の中はいつもこんな感じだよ。もうちょっと見回りくらいしてもいいのにな」
ワインレッドの絨毯には蔓と葉の模様が描かれている。
妙にふかふかした感触で……なるほど、きっとものすごく上等な生地なんだよね……。
これから会うのは、国の偉い人ばかり……ううん、それどころか頂点である。
いまさらになって、少し気が引けてきたかも……。
「デュー」
「はっ、はいっ!」
「たぶん、なにか聞かれると思うけど……思ったとおりに応えていいからな」
「え?」
「大丈夫だ」
だ、大丈夫? 本当に?
自信たっぷりに言い切ったルークスは、前を見据えたまま口元に笑みを浮かべていた。
横目で彼の横顔を見上げていた私は、うんと頷く。
……ルークスがそう言うんだったら、大丈夫なんだよね。きっと。
そうして、階段を上ったり下りたりを何回か繰り返し、私たちは大きな扉の前にたどり着いた。
「……」
「……」
金属製の厳かな扉には、剣の紋が刻まれている。
その左右に、それぞれ帯剣している騎士がふたり……って!
「あ……」
言いかける私に、右の騎士が、喋るんじゃないと鋭い眼光を浴びせてくる。
――そう。右の騎士は、アストだったのだ!
琥珀色の短い髪は、ランプの灯りでいつもよりほんのりと温かな色だった。
その瞬間、私の腰に、ルークスの左手がぽんと触れた。
「――ッ!?」
びっくりして見上げると、ルークスは思いのほか真剣な顔をしていて、私に頷いてみせる。
(行くぞ)
(あ、は、はい……)
「――王立魔法研究所、所長ルークス。参りました」
皆さまこんばんは、いつもありがとうございます!
すみません肺炎になっていたことがわかって、しばらくはちょっとゆるゆる更新となります。
引き続きよろしくお願いします!