戦いの輪舞曲③
ランスの報告を聞き終えたルークスは、目を閉じて少しのあいだ考えに耽っていた。
ランスの見たものがなんなのかわからないけど……菱形の魔物だけじゃなく、ほかにも『なにか』いたことになるよね。
しかも、彼の焦りようからすると、『なにか』はとても危険なのだろう。
「……皆、体調はどうだ」
そのとき、突然ルークスが目を開けて、私たちを見回しながら体調を聞いてきた。
「問題ない」
最初に答えたのはアスト。
メッシュはゆったりとお茶を飲んでから、にっこりと笑った。
「僕も元気」
「ふう。夜更かしは好きじゃないですわ。早く片付けますことよ」
ウイングがそう言いながら頬に片手を当て、もう一度ため息をこぼす。
そこで、ようやくルークスの意図を理解した。
――戦うつもりなんだ。これから!
「わっ、私も大丈夫!」
身を乗り出して口にすると、落ち着いたランスが、神妙な顔で言った。
「あーくそ。ヤバイ奴だってのは間違いねぇからな! 皆も気を付けろよ? ……その前に、せめて軽く飯にしようぜ。それからでもいいだろ?」
******
未知の魔物へと進路を取り、夜の闇のなかを進む私たち。
私にとって、皆と一緒に魔物と戦うのは、王立魔法研究所のミミズのとき以来だ。
皆をちらと盗み見ると、彼らは怯える様子もなく、いつも通りな気がした。
皆はミミズだけじゃなくって、こういう討伐にも慣れているのかな。
平気そうにしている彼らに、私は唇をぎゅっと引き結ぶ。
私も、頑張らないと……。
「大丈夫か、デュー?」
意気込んでいたところに、右隣にいたルークスに言われて、はっとする。
いつの間にか、街道に視線を落としてしまっていた。
「う、うん……! ちょっと緊張してるみたい……!」
気を遣われたのは明白だ。
私の様子にまで眼を配るのだから、ルークスはきっと余裕があるんだろう。
ところが、次に聞こえたのは、ルークスの意外な呟きだった。
「緊張するよな。こればっかりは本当に」
「えっ、ルークスも!?」
驚いて見上げると、ルークスは苦笑を返す。
「そりゃあな……誰も怪我してほしくないけど、戦果は求められる。まして今回は得体の知れない魔物だし」
「……」
「毎回、予測は立てられるし、今回だって手こずらないと思ってたけど、何度やってもどうしても」
「そう……なんだ」
驚いた。ルークスみたいに強くても、そう思うんだ……。
ううん。もしかしたら、ティルファさんをを守れなかったこと……それが原点にあるのかもしれない。
「こういうこと、よくあるの?」
「ん、討伐のことか? ……そうだな、ちょこちょこと。今回みたいに、騎士団の手が回らなくてってことは稀だ。大概は『協力要請』とかいって、わざわざ討伐しなくてもいいような魔物を相手させられる」
「……それって」
言いかけた私の言葉に被せるようにして、ひょいと左から、緑色が飛び出した。
「嫌がらせの延長だなー。一番ひでーのは沼地に行かされたときだよ! ヘドロ臭くって吐きそうだったぜ?」
「わっ、ランス」
戻ってきたときとは打って変わって、彼は飄々としていた。
思わず、歯を見せてこっちに笑顔を見せるランスを凝視する。
もしかしたら、ランスも緊張とか……。
「硬いな、お前! ははっ、頬引き攣ってるぞ~」
「……」
ない。この態度で、緊張してるとか有り得ない!
思わず噛み付こうかと思ったとき、右隣のルークスが鼻先で笑う。
「ランス、お前あんだけ焦った顔見せたからって、照れ隠しか?」
「ぶっ……! そんなわけねぇだろルークスっ!」
「あははっ」
「あははっ、じゃねぇよデュー!」
出鼻を挫かれたものの、しかめっ面のランスが面白くて、私は頬を緩めた。
少し、緊張がほぐれたような気がする。
そうして、ほかの皆とも――アストは必要最低限だったけど――話しているうちに、目的地へとたどり着いた。
******
夜の闇にぽつりと浮かぶ赤い光。
目を凝らせば、それが菱形の黒っぽい物体が発するものだとわかる。
縦に細長い……八面体だ。
地面と空に向かってそれぞれ細くなっていき、その地面側の先端からは三本の触手のような足。
まだ遠いけど、ランスの言っていた靄のかかった人影は見当たらないのは判断できる。
「気を付けて。僕たちに気付いてるよ、あの魔物」
メッシュが小声で言うと、アストが黙って剣の柄に手を伸ばす。
まるでその動きに反応するように、魔物の明滅がやんだ。
「……どうしますの? このままお相手、するのかしら?」
「もう一体が確認できればよかったけど……そうも言ってられないからな。ランスの話じゃ瞬間移動でもしてきたように現れるってことだし、まずは警戒に三人、攻撃三人だ」
ウイングにルークスが答えると、アストとランスが前に出た。
「出よう」
「俺が行く。さっきはびびっちまったからな!」
「助かる、二人とも。あとは……」
「私、ですわね。メッシュは警戒要員。デューは感覚を掴むために、私たちを見ていてほしい……そう考えているのではなくて? ルークス?」
「……ふ、そうだな。それで頼む」
ウイングは優雅に微笑むと、私の右手を取り、そっと包み込む。
「デュー、恐かったらルークスの傍にいれば大丈夫ですわ」
心配してくれているのだと感じて、私はしっかりと頷いた。
「わかった。……もし、そうなったら……ルークスに頼るね」
「じゃあ、僕も頼ろうかな~。ふふ」
メッシュが戯けてみせると、ウイングは口元の笑みを大きくして、ばちりと片目を瞑ってみせる。
「まあ! ルークス、大人気ですわね」
「大人気って……まぁいいや。いつものことだけど、締まらないなぁ、ははっ」
ルークスが声を上げて笑い、皆を見回して、ゆっくりと首を縦に振る。
「行くぞ! 危険があればすぐ報せる。そのときは深追いするな。これは、俺たち王立魔法研究所の、新たな歴史の第一歩だ!」
『おお!』
――こうして、戦いの合図が平原に轟くのだった。
15日分となります!
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