消えない傷の鎮魂歌⑧
……誰だって万能じゃない。親父にも使えない魔法があったんだ。
そのひとつが、雷。
だから……雷の魔法を使うことができる『彼女』は、親父の依頼を受け、よく研究所に来て実験を手伝ってくれていた。
『彼女』の名前はティルファ。俺より四つ上で、騎士団所属の女騎士だった。
もともと親父の部下で、ティルファは俺にもよくしてくれて……そう、だな。姉弟みたいな関係……だったんじゃないかな。
ティルファは……金の髪を肩上で切りそろえて、前髪もぱっつんでさ。気が強そうな、猫みたいな大きな紅い眼をしてた。
アストと同じ、赤と白を基調にした騎士団服で、細身の剣と、短剣を使っていたのはよく覚えてる。
そして俺が十五歳になった年。
親父が所長になって二十二年、ティルファが手伝いにくるようになってからは五年。
――王立魔法研究所は、敵の襲撃にあった。
知らなくて当然だよ。これは、国が隠していることだからさ。
研究所が襲われたのは、たぶん……親父の研究のせいだろう。そのとき親父が力を入れていた研究が、魔力で作る『器』についてだったんだ。
魔力で『器』が作り出せたら。そこに……『魂』を宿せたら。
親父は、よくそう話していたし……俺もティルファも、毎日のように手伝っていたから……内容はわかっていたよ。
魔力で作る『器』は人の形を想定したもので……そこに『魂』が入れば……それは……魔法で作る軍隊になり得るものだったんだから。
襲ってきた奴らは、自分たちの身元がわかるものを一切持っていなかった。
つまり、何処の誰かバレると困るってことだ。
当時、まだ結界もろくに張られていなかったこの研究所は……酷い有様だったよ。
そのころは、住み込みで働いてくれている人が何人もいたんだけど……王立魔法研究所で戦えたのは親父と俺、手伝いのティルファ、それ以外は研究員数人だけ。
たったそれだけじゃ、何十人も侵入してきた敵に対抗できるはずがなくて……。
…………最終的には、さ。
ティルファとふたりで逃げて、追い詰められて、俺が――魔法を暴走させてしまったんだ。
デューがミミズを見て雷を暴走させたろ? あれと一緒。
……俺の炎は敵を焼き尽くし、骨も残らなかった。
俺は……人を、殺めたんだ。この手で。
ティルファを……守りたかったんだ。
俺に襲いかかろうとした敵の剣を受け止め、雷を閃かせた彼女は『研究内容はここにある。だから、ルークスを逃がして』と……そう言った。
でも、そんなことで止まる敵だったら、そもそも攻めてこないさ。
――斬られたんだ。彼女は、俺の……目の前、で。
いまでも……よくわからない。
彼女が倒れるのを見て、俺は……悲しかったのか、怒ったのか……。
あとはもう、親父に止めてもらうまで、炎を撃ち続けただけだ。
そして――ティルファは星になった。
それだけじゃない。多くの死者を出した責任を取らされる形で、親父は……処刑された。
遺体すら返してもらえなかったよ。
酷いもんだろ。魔法が使える……ただそれだけで、襲われた側なのに、そんな仕打ちされるんだから。
進言したのは、いまの大臣さ。
最初に話したとおり王は公平で、だからこそ、俺の言葉を受け入れて、周りの反対を押し切ってこの研究所を継がせてくれたんだ。
――騎士団が選んだ『監視』を付けるってのを条件に、な。
わかってるんだ。あれが、あのときの最善だった。
襲ってきた奴らは訓練されていたし、魔法を使っていた。
この国の奴じゃなかったかもしれないんだ。
だから、研究が炭になり、その研究を進めていた親父も亡き者になって……それで、再び襲われるのを回避したんだろう。
結局、襲ってきた奴らはわからずじまいのまま、この件は隠蔽されることになった。
幸い、王立魔法研究所は王都から離れた海の上。
隠すのは簡単だったろうな。
当時の研究員たちはほとんどが死に、生き残った人は国外へ脱したよ。処刑のことも知っていたしさ。
ただ、ティルファが当時の騎士団長に、俺たちの研究を報告していたことがわかったんだ。
『私は、監視役の任も請け負っていた。ルークス、ごめんなさい。きっと、これは、騎士団長から漏れたんだ。ごめんなさい』
彼女が呻くように言った最後の言葉を、俺は忘れない。
当時の騎士団長は、王立魔法研究所が襲われたあと、表向きは病気で引退。……実際は、失踪してる。
俺は、この事件が――今回の魔物に繋がっていると考えてるんだ。
魔力で作る『器』、そこに入れる『魂』……その結果が、溶ける魔物だとしたら。
……それを突き止める必要が、俺にはあるんだ。
◇◇◇
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