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死亡まほスピンオフ集  作者: 竹内緋色
花火に夜空を
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5. 昨日より速く

5. 昨日より速く





「アンタ、ここで何してるの」


「テメェは――」


 会場から出て行こうとする花火を夜空は止める。花火は事態に気がついたものの、うそぶくことを決め込む。


「俺はただ暇だったからよっただけだ。お前も出てたんだってな。楽しかっただろ」


「楽しかった?」


 夜空の怒りを含んだ語調に花火は苛立ちを募らせる。


「どこの世界にお金をもらって観戦するやつがあるのかしら」


 見られていることに気がついた花火はどうしようかと思案する。しかし、名案は思い付かない。答えられない花火を見て夜空は言葉を続ける。


「アンタは全てをぶち壊した。あの戦いも、負けて悔しがっていた子の心も、全部。ふざけないで!」


「ふざけてんのはどっちだ!わけわかんねーことをごちゃごちゃ言いやがって!」


 花火も夜空同様感情をぶつける。


「別に悪いこともねえだろうが!俺はこうやって生きてるんだからよ!」


「それはどういう――」


「うるせぇ!」


 花火は夜空を突き飛ばしてその場から逃げ出した。




 次の日、夜空は病院に向かった。バスに乗り、山道を駆けのぼる。ただ夜空はいらいらしていたので時々ガンガンと膝を鳴らした。バスの運転手は心配そうな目で夜空の様子をそっとうかがっていた。


 病院と門とをつなぐ道には草木が茂っている。つい先日までは夜空の短い靴下の上あたりにしか生えていなかった草も、今は膝近くまで伸び始めていて、虫が飛び始めていた。そろそろ草刈りをした方がいいんじゃないかと思いつつ夜空は病院の入り口へと向かった。


 そこには先日と同じようにナースが暇そうに待合室を眺めている。病院の大きさはそこそこあるのに診察を受ける人の少なさと人気があまりないことから人はそれほど出入りしているわけではないようだった。夜空は医療関係者以外で人を見たのが恵子ただひとりだったのだ。


 それも仕方がないのかと夜空は無理に納得する。魔法少女という存在は世の中に広まりつつあったが、その真実はうまく隠匿されていた。それが正しいのか夜空には分からない。魔法少女を診察する、その適性を見るということが普通のことではないのは夜空には分かっているので月影家の上位に値する鷺宮の協力者が魔法少女の管理をしている者だと夜空は思い込んでいた。


 夜空はその鷺宮家がほぼ壊滅状態になっていることすら知ってはいない。


 知っていたとしたら、彼女は一つの真実にたどり着いただろう。その真実を知った時、夜空はどうしたのか。それは分かりえぬことであった。


「診察室に先生がいますから」


「はい」


 夜空はナースに会釈した後、診察室に向かう。


 その時、窓から見える庭を見るとそこには恵子がいた。先日と同じく日向ぼっこをしている。夜空は立ち止まり、恵子の様子を見た。恵子は時々自分のお腹をいつくしむような目つきで眺め、手で優しくさすっていた。この前よりお腹が膨れているように夜空には感じた。


 ふと、恵子は気がついたように夜空の方に視線を向ける。夜空を見つけると笑顔で夜空に手を振る。夜空は笑顔を向けられたことが恥ずかしくて、少しうつむきがちになりながら恵子に手を振り返した。その後、会釈をして診察室に向かう。




「うん。問題はないね」


 診察が終わり、夜空は服を下ろす。


「ちょっと二三、問診をしてもいいかな?」


 もんしん、という言葉が夜空にはよく分からず、思わず医師を睨んだ。医師はにこやかな笑みのまま、少し目を丸くしたかと思うと説明をする。


「いや、別に月影さんに問題があるわけじゃない。ちょっとあまりいい表情をしてなかったからどうしてかなって。あまりストレスを抱え込むのもよくないから」


「そうですか」


 夜空は自分が普段の顔をしていないと知り、どのような顔をしているのか気になった。


「最近なにか変化はあったかな?例えば、何かをした、とか、何かを感じた、とか」


 夜空はそう言われて悩む。恐らくはこの前の診察から何があったかを聞いていたのだと夜空は予測する。


「そうですね。まず、なぎなたの大会に出ることになりました。そのための練習をしました」


「ふんふん」


「そこで、月影の極意みたいなものを習いました」


「どんな?」


「それが、心に武器を持つな、とか、何のために戦うかとか難しいことの答えを見つけろと」


「なるほど」


 机に向かう医師の目が少し光ったように夜空には感じた。


「それで、答えは見つかったのかな?」


「それが、今一よくは。でも、なんとなく分かった気がします」


「そうか。それで――」


「なにかおかしなところでも見つかったのですか」


 夜空の肩に自然と力が入った。だが、医師は安心させるような笑みで夜空を見る。


「おかしなところはないんだけど、最近月影さんが自然体になったなって。いつもは今みたいに肩に力を入れていたけど、今日は肩の力が抜けていたから」


 そう言われて夜空はリラックスを心掛ける。すると、医師は首を軽く縦に振った。


「他になにか悩みとかは?言いたくなければそれでいいんだけど」


 夜空はなるべく現状を知ってもらった方がいいと医師になるべく事情を話すことにする。


「それが、遠足で少し仲が良くなったかもと思った子がいました。その子の責任感の強さなどに少しいい印象を持って。けれど、その大会の日、決勝の相手がその子で、私は負けました。負けた後その子であることを知ったのですが――」


 どこまで花火の事情を話せばいいのか夜空は困惑する。


「その子が金品の授受をしているのを知って、その子のことが未だ許せない状況です」


 夜空はそれほど医師を信頼してはいない。事実をすべて話すことができるほどには。しかし、夜空一人で抱えられない事情であったので、つい口に出してしまっていた。


「そうか。それは悪いことかもしれないね。別にぼくはそのことを他の人に言うことはないけど。で、それでちょっと許せない気持ちなんだね?」


「はい。裏切られたような気持になりました」


 夜空はそう言い切って、どうして自分は裏切られたような気持になったのだろうか、と考え始めた。真面目な性質が故に許せないのか。しかし夜空は数日前であったらそのような気持ちになることはなかったのではないかと思った。夜空は真面目な性質であった。しかし、それは自分とその物事に対してだけ真面目であった。他人がどのような行為をとろうと、我関せずという態度であったのだ。一体何が自分をそんな気持ちにさせたのか――


「月影さんはその子を『ともだち』だと思ってたんだろうね。だから、自分のことのように思えて許せなくなってしまった」


 そのようなものなのだろうか。


 夜空は自分に起きた変化に困惑し頭を悩ませる。


「ともだちっていうのは信頼できる存在っていう意味でもあるんだ。ちょっと難しい言葉になるけれど、人は認識の範囲をそれぞれ持っていて、その認識によって、それぞれの問題に直面するんだ。例えば、世界について考えている人なら、どうして戦争がなくならないのか、どうしたら平和な世界を作れるのか。自分のことだけを考えている人は、どうしたらお金持ちになれるんだろうかって具合にね。きっと月影さんはその子に出会って、その子のことが自分にとっての問題の一部になったんだよ。簡単に言うと、その子のことが気になって、それで、少し危ない道に行こうとしているのを見て危機感を持ったという具合かな。それは悪いことじゃない。人は生きていくうちに色々と守るべきもの、もしくは、守りたいものができてくる。家族ができれば家族を守りたいって思うし、自分をより守りたいって人もいるから。ある意味、大人に一歩近づいたってことかな」


「お姉ちゃんは、どうだったんですか」


 医師の手が止まる。しばらく医師は手を止めた後、夜空に笑顔を向ける。その笑顔は張り付けたような不気味なもので、夜空は嫌悪感を抱いてしまう。


「キミのお姉ちゃんは――そうだね。かつての君のように責任感で動いていた。こういう言い方は悪いけど、ちょっと前までの夜空ちゃんよりひどかったかもしれない。ちょっとのことで壊れてしまわないかぼくも心配だった。けれど、魔法少女になれないと知って、彼女は解放された気分になったんだと思う。とっても安らかな笑顔に変わった」


 夜空は医師の言葉を聞いて気持ちが軽くなった気がした。


 結局自分の首を自分で絞めていたのだと夜空は気がついた。


「ありがとうございます。あと、なのですが」


「なんだい?」


 夜空は思わず視線を医師の足元に向ける。


 すると、黄色いものが動いているのが見えて夜空は一度瞬きをした。すると、黄色いものは跡形もなく消えていて、気のせいかと思い、首をかしげる。


「どうかしましたか?」


「いえ――」


 夜空は大きく息を吸って言葉を紡ぐ。


「恵子ちゃん――いえ、恵子さんについてなんですが」


「聞いたんだね」


 医師は深刻な顔でうつむく。それほど悪いのか、と夜空は遠くに飛ばされるようなそんな感覚を得る。


「今は――それほど大変な状況じゃない。いつ、容体が変化するのか分からないということと、病気が病気なだけにうちで預かっているんだ。でも、子どもを産めば、どうなるか分からない。正直、危険だ。命に関わる。そのことを分かって恵子ちゃんは子どもを産むことに決めた。みんな恵子ちゃんのことが大好きだったから、会議では荒れた。みんな涙を流したよ。でも、恵子ちゃんは一度も泣かなかった。そんな恵子ちゃんの前で悲しい顔をするわけにもいかないからね。もともとあと何年生きられるか分からない体だから。ぼくも乗り気ではないけれど、恵子ちゃんの意志を尊重することに決めた。恵子ちゃんがいなくなったりしたら、子どもたちをみんなで育てていくつもりでね。それだけ――それだけみんな恵子ちゃんのことが好きなんだ」


 ぽとり、と医師の目から涙が落ちる。今すぐ号泣しそうなほど嗚咽がこぼれている。


「こんなことをキミに頼むのは筋違いだろうけど、恵子ちゃんの不安をなるべく取り払って欲しいんだ。できればなるべく声をかけてあげて欲しい。ぼくらにできることは本当に小さい。例え神に通ずるほどの力を持ち合わせようとも……人一人救うことができやしない。こんなの、もう嫌だ。ぼくは、ぼくは……」


 夜空はどう声をかけていいのか分からなかった。医師は必死で自分自身と戦っているのだろう。


「分かりました。私には何ができるのか分かりません。けれど、私も恵子ちゃんが大好きですから」


 夜空は自然と笑顔になった。その笑顔を見た医師は救われたような顔をして夜空を見ていた。


「ありがとう。やっぱり、人間は強いんだね」


 診察は終わったよ、という言葉を聞き夜空は診察室を後にした。




「彼女のはざーどれべるはどうなっている?」


 医師以外存在しないはずの診察室に声が響く。明らかな怪現象であるにもかかわらず、医師はなれているという風に机にあるカルテに診察結果を書き込む。


「監視、ドリル?」


 先ほどまでの医師の声ではなく、甘ったるい、子どものような、いや、アニメの妖精のような声が医師の口から放たれた。しかし、医師は口を一つも動かさず、閉じたままだった。


「彼女はライが見えていたザウルス。それはつまり何を意味するのか分かっているザウルスか?」


「ああ。彼女のはざーどれべるの上がり方は異常ドリル。年を追うごとに上昇しているドリル。それも、ここ最近、さらに上昇し始めたドリル」


 医師は3.6と書いてある数字に矢印を引き、3.9と書き足した。夜空の数値は上昇しているようだった。


「0.3も上がったザウルスか。何があったザウルスか?」


「魔法少女に一歩近づく決意をした、いや、してしまったドリル」


 医師はペンを置き、頭を抱える。その顔には苦痛が滲んでいた。


「彼女は12才を迎えるまでに使えるようになるザウルスか?」


 医師は机の上にある物を両腕で勢いよく弾き飛ばす。すさまじい音が診察室に鳴り響いた。


「まだ、そんなことを言っているのか!ライ!イスカたちは何をしているのか、ライには分かるドリル!」


 謎の声――これもまたアニメのような甲高い声が落ち着きを払いながら述べる。


「イスカ。ライたちは妖精ザウルス。妖精は人が子を産み繁栄を本能をするように――」


「妖精もまた、本能で魔法少女を生み出す、とでもいうドリルか!」


 医師はカーテンを引っ張る。カーテンの奥には小さな診察用のベッドがある部屋があった。


 そこに黄色いたくあんのような生き物が鎮座している。一見、ぬいぐるみのようなそれは言葉を発し始めた。


「それが母親サギノミヤの意思ザウルス。そのことをイスカも分かっているザウルス」


「でも、ぼくは――もう、これ以上悲劇を生みたくないんだ。あんな悲惨なことがあって、少女一人の命を失ってしまって、それで平気でいられるだなんて、ぼくには、イスカには、そんなことできないドリル」


 黄色い妖精は溜息を吐く。その溜息は静かに病室の壁が吸い取っていった。


「お前が言うザウルスか。心がなかったからということを言い訳にしていいザウルスか?逃げて逃げて、未だ逃げまくって。でも、お前の、イスカのするべきことはそんなことではないはずザウルス」


「だからといって、魔女になるかもしれない魔法少女を作り出すというドリルか!」


 医師は血走った目で黄色い妖精を睨んだ。しかし、妖精は知らぬ顔である。


「でも、イスカの生み出してしまった魔女は新たな魔女を生み出そうとしているザウルス。それを放っておくのザウルスね」


 それだけ言い残すと、妖精は素早く動き出し、少しだけ開いていた窓から外に出て行った。


「歩……君は一体――」


 医師はもとの成人男性の声に戻り、口を動かして呟いた。




 夜空はそっと恵子に近づいて行く。別にそのようなことをしなくともよいはずだが、つい忍び足で恵子のもとに向かってしまった。


「おぉ?誰かと思ったら、ツキちゃんだー」


 恵子はここに座りなさいという風に自分の横の開いている席をポンポンと叩いた。夜空はしぶしぶ横に座る。


「お久しぶり。ツキちゃん、元気だった?」


「ええ」


 2週間ほど前にあった恵子が昨日会ったばかりのような反応であるので夜空は困惑する。


「なんというか、あれだね。奇妙な縁なのかもねー」


「そうなんですか?」


 恵子は頬を膨らませて人差し指を夜空の唇に密着させる。冷たい手だと夜空は思った。けれども、それがとても気持ちが良かった。


「敬語はダメ」


「う、うん」


 夜空はさて何を話そうかと迷う。自分にできる会話など、たかが知れていると思ったのだ。


「どう?ツキちゃん。なにか楽しいこととかあった?」


 そう聞かれて、夜空は一体どんな話が恵子を喜ばせることができるかと考える。


「そんなに難しい顔しなくてもいいよー。そうだねー。今日何を食べたとか、こんな子と一緒に遊んだとかー。恵子ちゃんはそういうの大好きー」


 夜空はそう言われて、朝に何を食べたのか思い出す。


「卵焼きを食べたかな。美味しかった」


 そんなことでいいのかと夜空は不安に思いながら口に出した。


「そうなんだー。何味?ガーリック?それともケチャップ味?」


 どうしてそんな味が出てくるのだろうと夜空は呆れながら笑ってしまった。


「普通のちょっと甘いやつ。お母さんは卵焼きを作るのが上手なの」


 いつか自分もとは思いつつもまだ夜空にとって台所は敷居が高かった。物理的にもである。


「そっかー。こんなきれいな肌だから、お母さんもきれいなんだろうねー」


「恵子ちゃんもきれいだよ」


 そう言ってしまって夜空は物凄く恥ずかしくなった。


「うふふ。ツキちゃん、お世辞が上手―」


「ううん。本当にそう思う」


 そう思うからこそ、夜空はつらく感じた。これほど愛されている存在がどうして早くにこの世を去らなければならないのか、と。夜空の暗い顔を見て恵子は夜空の頬をぷにぷにとつつく。


「ツキちゃんは笑顔の方が可愛いよ。きっとずっと笑顔ならいろんな男の人がアタックしてくると思うな」


「それはそれで困るけど」


 複数の男性から襲われれば夜空は無傷ではいられないだろうと考える。そしてしばらく、男たちがタックルを仕掛けてきたときにどう切り返すのか頭でシミュレートした。


「体の切り返しが重要か……」


「ちょっとずれてると恵子ちゃんは思うなー」


 恵子はくすくすと笑う。その姿を見て夜空は心が穏やかになった。


「どうなの?気になっている子、いたりするー?」


 夜空の脳裏には花火の姿が映った。そして、喧嘩別れしてしまったことも。


「うん」


 夜空は静かにうなずいた。


「どんな子?どんな子?」


 夜空は恵子が自分のことのようにはしゃぐので気持ちが明るくなる。


「そうだな……うん、ちょっと乱暴で、怖いところもあるんだけど、本当はすごく優しいの。いつも他の子のことをよく見てるような感じで。でも、他の人を避けているような、そんな気がする」


「なるほどなるほど」


 恵子はうんうんと頷く。


「ギャップ萌えなんだねー。そりゃあ、恵子ちゃんでもきゅんときちゃうなー」


 ギャップ萌えという聞き慣れない言葉に夜空は首をかしげる。なんだか会話がかみ合っていない気が夜空にはした。


「でも、その子と喧嘩でもしちゃったのかなー?」


「どうしてわかるの!?」


 すると恵子ちゃんはむふふと満足そうな顔をする。


「女の子の勘なのです!」


 またも夜空は首をかしげる。


「もう女の子じゃないでしょって思ったー?」


 こら、と恵子は夜空の頭を優しく叩く。


「そうじゃないけど」


 そこで夜空はふと恵子の歳について考える。成人しているとは思えないほど若々しかったのでより、意識してしまった。すでに第一子を出産しているのは分かっている。その子は今2歳くらいだろうか。


「遠足とか行った?」


 何故恵子が遠足のことを知っているのかと夜空は不思議に思うが、この前言ったのかもしれないし、この町の病院にいるということはこの時期の遠足を知っていてもおかしくないと思った。


「うん。行った」


「楽しかった?」


「とっても!」


 そう言ってしまって、はしゃぎ過ぎたかなと夜空は恵子を見る。恵子は満足そうに微笑んでいた。


「どんなことをしたの?」


 そう問われて、夜空は花火とともに過ごしたことしか覚えていないのに気がついた。


「そうだね……ロープウェイで登って行ったり、原っぱでご飯を一緒に食べたり、レクリエーションしたり。ちょっと大変だったけど」


 花火の興奮がロープウェイを見た瞬間に最高潮に達したことを思い出し、夜空は苦笑する。ちょっと男の子っぽい子なんだなと夜空は思い出した。


「そっか。そこでその男の子と喧嘩しちゃったんだ」


「?違うけど。どうして男の子?」


 少しの沈黙を季節外れの鶯が埋める。少し鳴き方が下手で残ってしまったんだなと夜空は考えた。


「え?ツキちゃんが好きな子って、女の子だったのー?うん、いいと思うよ、恵子ちゃん、とってもいいと思う。でも、赤ちゃんは産めないし。うーん、こういう時どうすれば!」


「大丈夫だよ。恵子ちゃん。ただ、気になってるってだけで異性としてとかじゃないから」


 夜空は少し慌てて恵子を宥める。


「なんだー。びっくりしちゃった。そうだよね。まだ6才のツキちゃんには恋とか分からないだろうし」


 恵子はふっと安堵の溜息を吐く。


「恵子ちゃん。お腹の方はどう?」


「赤ちゃん?」


 恵子は少し膨れているお腹をさする。その目はとても慈愛にあふれたもので、その横顔の美しさに夜空は思わず心臓が高鳴ってしまった。


「元気に育ってるって。生まれるのは秋ごろなのかな?元気な子が産まれるといいな」


「そうだね」


 夜空も思わず目を細めて恵子のお腹を見た。


「恵子ちゃん。そろそろ病室に戻りましょうか」


 遠くからナースの声が響いた。


「えー。やだー」


「だめだよ、恵子ちゃん」


 夜空は苦笑しながら恵子に言った。


「小さい子に叱られちゃったー。恵子ちゃんショックー」


 とはいえ恵子はゆっくりとした動きで椅子から立ち上がる。そして、ナースの待っている扉の方へと進み始めた。


「ツキちゃん。また、今度は病室に来てね。最近晴れの日が少ないから、ここでは会えないかもー」


「うん分かった!やくそく!」


「やくそくー」


 二人は手を振り、そこで別れた。




 夜空はバスに乗って帰る。最寄りのバス停で降り、少し歩いたところで見知った人物を見て、声をかけようとする。しかし、なんだか様子がおかしいので声をかけることが憚られた。


 いたのは師範だった。師範は見知らぬ人の垣根に頭を突っ込んでいる。尻を突き出し、垣根を覗いているようで、あからさまにおかしな格好だった。


「師範。何をしているんですか?」


 すると師範はばたり、とその場で倒れる。夜空は驚き急いで師範のもとに駆け寄る。


「大丈夫ですか?師範!」


「あ、なんだ。夜空ちゃんか」


 師範は何事もなく立ち上がり、背中についた土を払い落す。


「どうしたの?夜空ちゃん」


「それはこっちのセリフです」


 夜空はまた師範が倒れてしまわないかと不安になりながら様子をうかがう。


「いやあ、警察に声をかけられたのかと思ってね。死んだふりをしたら見逃してくれるかなーと」


 夜空は通報しようと携帯電話を取り出す。


 だが、当然そんなものを夜空は持ち合わせていない。


「通報だけはやめてください!」


 だが、師範には効果があったようで、勢いよく土下座を始めた。


「覗いていたんですか?」


「すいません!ほんの出来心だったんです」


 夜空はどうするべきか迷った。師範は少しおかしなところがあるものの、犯罪に手を染めるとは夜空はあまり信じていなかった。半々くらいである。


「僕の信用度低いなぁ」


「普段のセクハラが物語ってます」


「またも罪状が重くなる!?」


 とにかく師範から話を聞きだそうとした時、足音が聞こえる。家の人が騒ぎを聞きつけたのだろうと夜空は予測した。話を聞きだすのにちょうど良い、と夜空が目を離した隙に師範は逃走した。


「コラ!待て!」


「なんだ?テメェ?」


 聞き覚えのある声に夜空は振り向く。そこには花火の姿があった。


(近くに住んでたんだ)


 初めに思ったのはそんなことだった。


「あれか?覗きか?テメェにそんな趣味があるとは思わなかったが」


「違います!」


 夜空はそう言って、少し馴れ馴れしかったかと思い直した。


「アンタこそ、こんなところで何やってるのよ」


「いや、俺の家なんだが」


 花火は呆れたように言った。


「あの、な。この前のことなんだが」


 夜空は何も言わない。まだ、許せていなかったのだ。ムキになり過ぎていると夜空は思ったが、それでもこみ上げる感情に逆らえないでいた。


「さっき、そこから覗かれてた。誰かこの家にいる?その人が覗かれてたのかも」


「俺一人だけしかこの家には住んでいない」


 じゃあ、やっぱりロリコンなのか、と夜空はそろそろ近いうちに師範をボコボコにしなければならないと決意を固めた。


「うん?一人……?」


(さっき、一人で住んでるって言った。今は一人しかいない、じゃなくて)


「何でもないなら帰るぞ」


「ちょ、ちょっと……」


 花火は踵を返すとさっと家に中に入り、勢いよく扉を閉めた。それは誰からの干渉も受け入れないというような強固な意志の表れに夜空には感じられた。


(あの子、一体どういう生活をしているんだろう)


 しばらく夜空はその場で花火の閉めた扉を見つめていたが、これでは師範と同じだと家に帰ることにした。




 花火は夜空が帰ったことを確認するとほっと胸をなでおろす。


(どうして俺はこれほどまでに必死なんだろうな)


 花火は首を傾げながら、扉にロックをし、玄関を上って居間に到達する。和風の部屋で、掃除は行き届いている。全て花火が掃除していた。


 誰もいない家。


 だが、花火にとっては慣れた空間だった。なので、思い入れもない。唯一の肉親である母親はこの家に足を踏み入れたことすら数えられるほどだった。


「もらった金でなんとか食い物くらいは調達できた」


 花火が棚から取り出したのは猫缶だった。


「ったく、俺の食費より高いってのはどういうことだよ。まだシーチキンの方が安いっての」


 猫缶を手に取り、外に出て行こうとして花火はやめることにした。


 まだ夜空が外にいるとも限らず、偶然鉢合わせしてしまう可能性もあったからだ。


「やっぱ、まだガキだとしっかりしたものを食わせなきゃいけねえし、それに、ここは貸家だから、置いとけねえもんな」


 落ち着かない様子ながらも花火は食事を作ろうと猫缶を棚に戻し、台所へ向かった。





次回予告☆


「さて。なんだか回を追うごとに文字数が増えちゃってる『花火に夜空を』なわけですが、いかがですか?花火ファイアーアーツさん☆」


「下の名前で呼ぶんじゃねえ」


「あれ?覇気がないな☆元気が一番だぞ☆しもの名前?」


「わざわざ取り付けるんじゃねえ!シタ、だ!ルビでも振っとけ!」


「これで五話目なんだね☆なにか感想とかある?」


「ああん?三人称の時「花火」って書いているところと、ファイアーアーツなのかファイアー・アーツなのかはっきりしないところだ」


「多分、正確にはファイアーアーツなんだよね。キラキラネームだし」


「キラキラネームとか言うな!」


「じゃあ、どうする?改名する?一応生活に支障をきたすようなら変えることもできるんだよね。詳しくは悪魔ちゃん事件を検索☆」


「変えねえよ。絶対に変えねえ!だって、ママがつけてくれた名前だから……」


「じゃあ、照れ隠しか」


「ち、ちげぇつってんだろーが!」




次回、『授業とかだるいわー。というか、就活どうしようか』


ちっとは焦れよ?



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