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黙示者  作者: いい月
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RE:START 其の五

 憎悪はすでに僕の約5メートル程に迫ってきている中、僕はゆっくりと目蓋を閉じ、そして、一気に開いた。

 瞬時に世界が静止した。僕に接近途中の憎悪も、ゆっくりと風に運ばれていた雲、目で確認できないモノでは時間や空気の流れすらも静止している。今、この世界で動けるのは僕だけで、この現象を認識しているのも僕だけだ。

「・・・・・」

 僕はゆっくりと憎悪へ歩み寄り、その醜く朽ち果てている顔面に向かって一発だけ殴った。殴った方の右手にはじわじわと痛みが伝わってきたが、今のところ殴られた憎悪に変化はない。僕は憎悪から少し距離を取り指を鳴らした。止まっていた世界は活動を再開し、バッシュっという肉が弾けた音が最初に鳴り、すぐにドサッというサンドバッグの倒れたような音が鳴った。それは、先ほどまでは辛うじて人の形をしていた憎悪からで、殴られた顔面は完全に体から分離していた。首の部分を除けば体は比較的に原型を留めていると言えるが、顔面の方はもう肉塊という二文字でしか表現できない程に酷い状態だ。僕は肉塊となった顔面へとゆっくりと近づいた。

「・・・・・ハァ、ハァ、ハァ。一体・・・・・何が! 何が起こった!?」

 肉塊になった頭部からはまだ憎悪の声が聞こえ、頭部からはまだ黒い煙が出ている。

「もう、終わりにしよう」

 そう呟いて、近くに落ちている鉄パイプを手に取り、僕は憎悪の傍に立った。憎悪の赤い眼光が怒ったように僕を睨んでいる。

「こんなところで、こんなところで、こんなところで、こんなところで、こんなところでー!」

  凄まじい怒りで叫んでいる憎悪へ、僕はゆっくりと鉄パイプを振り上げて、思いっきり降り下げた。グシャっという嫌な音を最後に憎悪の声は聞こえなくなった。

 黒い煙が出なくなると、憎悪の一部だった頭と体は次第に光の粒となってゆっくりと空へと消えていった。憎悪の残骸が完全に消滅すると、同時に黒い煙が出ていた所、つまりは頭があった所から宝石のように綺麗な結晶が出現した。これは憎悪を消滅させると出てくるコアのようなもので、僕ら黙示者はその名の通り『結晶けっしょう』と呼んでいる。結晶は憎悪によって大きさや形、色や透明度が異なっているのだが、空気のように軽いという共通点がある。今回の結晶は空き缶程の大きさのエメラルドのように綺麗な結晶だ。しばらく結晶を見た後、僕は胸ポケットから万年筆を取り出した、キャップを外してペン先を結晶へと向ける。

 すると、結晶はペン先へと一瞬にして吸い込まれた。これはあのネコ型ロボットの持っているポケットのようなモノで、黙示者が憎悪の討伐などに使用する道具や討伐した際の結晶を携帯しやすくするために昔から使われているのモノだ。僕のように外見が万年筆のようなのから口紅のような外見をした物まで様々だが、その時の時代に合わせて様々らしい。まあ、普通の万年筆のようにちゃんと使用することができるので、殆どの黙示者は普段から身に着けている物に合わせている。

 僕は万年筆をしまい、鉄骨に置いてあった鞄を拾い上げて忘れ物がないことを確認した。

「・・・・・まあ、何もないよな」

 独り言のように呟いたその時、ポケットに入れていた携帯からブーっというバイブ音が鳴り響いた。僕はズボンの右ポケットへ手を伸ばし、振動中の携帯を取り出して液晶画面へと目をやる。画面には『手崎てざき てる』とし表示されており、僕はハァという嘆息を漏らして電話に応答した。

「もう、終わったぞ。今から行こうと考えていたんだけど・・・・・どうする?」

「え?そうなのかい? うーん、凪月君、資料にはちゃんと目を通したのかい?」

 手崎が早すぎると言わんばかりに確認してきたため、僕は鞄から資料を取り出してもう一度確認した。資料に載っている文章をそのまま読み上げるわけではなく、所々略して音読する。

「えっと、元々は肉体を持たない類の憎悪で、死にかけの体とか精神的に不安定になっている体に憑りついてから活動する。憑りついた体の運動能力は非常に高くなり憑りついた体の自我は完全になくなり憎悪のモノになる、憎悪としての能力は『人間を操る』事が出来る事。出現場所は最近工事が始まった✖✖丁目✖✖番✖って細かく書かれているぜ?」

 手崎は、ハァーという呆れたようなため息を吐き捨てた。何か忘れていることでもあるのだろうか?

「凪月君、そこにいた憎悪は一体だけかい? 複数いるってことは考えられないのかい? それに君は操られたのかい?」

 それを聞いて僕はハッと気が付いた。

「つまり、今この場所には一体だけじゃなく、複数体いるって事か?」

「うーん、それは現場にいる君にしかわからないだろう?」

 僕はもう一度書類を読み直していると、一番下の空白だった所に文字が浮かび上がってきた。

「・・・・・凪月君、悪い。古山が書き忘れていたみたいだ。今、文字が浮かび上がってきたんじゃないか?」

「・・・・・ああ、今読んだよ」

 浮かび上がってきたのは『2体』という文字だ。つまり、この憎悪は2体いるという事なのだろう。

「まあ、悪いね。そういう事だから最後の一体もよろしく頼むよ」

 一方的にそれだけを伝えると、手崎はそのまま電話を切った。僕は携帯をズボンの右ポケットに入れると同時に背後から突然青白い手が出てきて僕の首を絞めた。

「ヴぅ!」

 反射的に少しだけ蒸せたが、空気を吐くことが出来たのは一瞬だけで首を絞める力はもの凄く強く、空気を吸うことも吐くことも出来ない。空いた両手で首を絞めている手に全力で抵抗するが全然弱まることはなく、絞めつけている指の形がハッキリとわかる程に強くなってゆく。

(っく、呼吸が全くできない。苦しい、・・・・・死ぬ)

 指は次第に首の皮膚を超え肉の方へとめり込んでいく。ゆっくりと指先から血があふれてゆく。

「悪いわねぇー、こんな卑怯なことをして。でも、あなたはアイツを簡単に殺す程の力があるのだから別に問題ないわよねぇ?」

 綺麗に透き通った女の声が背後から聞こえる。意識が少しずつ遠くなっていく、僕が久しぶりに味わう『死』という感覚。視界は周りから少しずつ暗くなっていき、体はぐったりとして自然と力が抜ける。

「あらあら、もう終わりみたいねぇ」

 襲撃者はゆっくりと両手の力を緩め、首から手を放した。僕の体は重力に従って前へと倒れ、首筋に空いた浅い穴から少しずつ血が流れている。


 少しの沈黙が続いた。襲撃者は10秒程僕の死体を見ていたが見飽きたようにしてその場を立ち去ろうとしてまるで独り言のように呟いた。

「案外、弱かったわねぇ。遠くで見てたからよくわからなかったけど、どうして彼は討伐されたのかしら?」

「・・・・・油断していたからさ」

 襲撃者の背後、つまり、死んだはずの僕の方から僕の声が聞こえた。襲撃者は驚いたように振り返った。そこには、つい先ほど首を絞められて殺されたばかりの人間、つまり僕が立っていた。絞められた首には痛々しい手跡が残っており、指先が当たっていた部分にはやはり浅い穴が開いてある。しかし、穴からはもう血は流れておらず、先ほど流れていた血が制服の首部分に付いているだけだった。

 襲撃者の外見は先ほど討伐した憎悪に似ており、体の所々が朽ちている。先ほどの憎悪と異なる所は20代程の若い女性で比較的に美人ってところだろう。

「あなた! なんで? どうして? 確かに殺したはずなのに・・・・・・」

 僕が何事もなかったように立っているだけで、女は酷く困惑している。

「・・・・・」

「何か答えなさいよ! ありえないわねぇ! まあ、もう一度殺せばいいだけよねぇ?」

 女憎悪は一方的に話を進めると、おぞましい表情で僕を睨みつけた。今すぐにでも攻撃してきそうな感じだが、憎悪はまだ動かない。どうやらタイミングを見計らっているらしい。

「僕を操る事を考えているのか? それとも、僕の黙示について考えているのか?」

 女憎悪は僕の質問に答えることなく、一瞬として隙を作らない。


 しばらくの時間が流れた。それは集中しているから時間が永く感じるのかもしれない。女憎悪は姿勢を変えずに硬直し、その光景を見飽きた僕は呆れたようにゆっくりと双眸を細め、そして閉じた。

「アハハ、アハハハハ。 諦めて死んでくれるのねぇ」

 女憎悪はそう言うと同時に先ほどの憎悪とは違い自分の手を前に出し、僕を指さした。僕は自然と目が開き、両手で爪を立てて首を掻きむしり始めた。それは僕の意思ではない。おそらくこれが操られている状態なのだろう。

「どう? 自分で死に向かっていく気分は? 見ていてとても滑稽よねぇ」

 女憎悪は僕を見据えながら笑みを浮かべている。首からは次第に皮が剥けてゆき、流れる血の量も増えていく。痛みが激しくなっていき、先ほどと同様に意識が遠くなっていく。

「アハハハ、ねぇどういう感じ? 痛い? 苦しい? それとも私に対しての怒りでいっぱいかしら? ねぇ」

 消えかけの意識の中、微かに聞こえる声は僕がそろそろ死ぬという事が確実に決まっていると言わんばかりにの自信で言っている。

(ハァ、もう十分楽しんでくれただろう)

 僕は口には出さず、そう思って。自分の意志でゆっくりと目を閉じ、先ほどと同様に一気に目蓋を開いた。それと同時に、またしても世界は静止する。

「・・・・・苦しかったよ。でも、痛みを感じさせずに一瞬で終わらせる」

 誰一人として居ないに等しい世界で、僕は正面で止まっている女憎悪に呟いた。すでに自分の意志で体を動かすことが出来る僕はまず、眼鏡が傷ついていないか確認した。幸いにも無傷だった。眼鏡を掛けなおして、女憎悪へと歩み寄り、顔面を軽く2回殴った。そのあと、僕は女憎悪から少し離れて指を鳴らした。

 世界はまた流れ始めた。女憎悪の顔は破裂音とともに弾け、弾けた肉片は体からそう遠くない周囲に巻き散った。体は僕が元々立っていた方へと進路を変えずに突っ込んできたが、すぐに地面へ滑り込んだ。僕は最初に出来た穴と僕自身が掻いた傷を確認するように優しく首を撫でた。しかし、僕の黙示によって首の穴と掻いて出来た傷はすっかりと消えて無くなっていた。いつもの事なので気にせず、女憎悪の体へと振り返る。女憎悪の弾けた肉片と分離した体はすでに消滅してきており、最初に来た風景に少しずつ戻っていった。


 僕はしばらく淡い光を放つ三日月を見ていた。沈黙が続いているが時折爽やかな心地いい風が吹いてくれた。その後、すでに結晶へと変わった女憎悪の結晶を拾い、先ほどと同様に万年筆へとしまい込んだ。自分の鞄を拾うとすぐに携帯へ着信が来た。相手は手崎だった。

「もしもし」

「あー、凪月君。冬丘さんが目を覚ましたよ。でも、彼女はもう自分の家に帰ったよ。一応、報酬はいつでも受け取りにきていいよ。まあ、結晶も忘れずにね」

 一方的にそれだけを伝えると、手崎は一方的に電話を切った。僕は呆れたようにハァと嘆息を漏らして時間を確認した。時間は20時を過ぎており、僕は手崎の所へ行くべきか少し考えて行くことに決めた後、来た後と変わらない工事現場を後にした。

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