RE:START 其の四
手崎はふぅと嘆息をもらして、机に置いてあるタバコを見てしばらく考え込んだ。おそらく、吸うか吸わないかという事と僕に何から話そうか考えているのだろう。
「タバコ、そんなに吸いたいなら無理しなくてもいいんじゃないか?」
「うーん・・・・・そうだ!今回の問題を終えることが出来た時に吸うことにしよう」
ようやく考えが整ったようだが、話を聞く限り今回の依頼はすぐに解決できるらしい。
「さて、凪月君。本題に入ろう、ここにいる冬丘 冬華さんは生まれた時から黙示者だ。それに両親も黙示者だ、だけど黙示者としての能力は冬丘さんも両親も低くて普通の人と変わらない程だった。だけど、注目すべき問題はどうして冬丘さんだけが突然、黙示者として成長したのか?っていう事だ」
ふふんと自慢げに、そしてとても興味津々な様子で手崎は話を続ける。
「冬丘さんの場合、生まれた時から黙示者としての能力は殆どなかった。だけど突然、並レベルにまで黙示者として成長した。一体どうしてだろうね?」
「手崎・・・・・それは、普通の人が黙示者になることがなくても、黙示者が黙示者としてなら、ある日突然、才能が開花するってのは普通にあり得る事なんじゃないのか?」
僕の返答をあざ笑うかのように手崎はニヤリと笑みを浮かべた。
「いいや、そんなこともあり得ないんだよ。何せ、冬丘さんの家族は全員が黙示者だけど、黙示者と言えないほどに低レベルなんだ。なにせ憎悪を認識する事すらできないからね」
「つまり、憎悪が認識するできない黙示者の場合、才能が開花することはないって事か?」
「残念ながらその通りだ。憎悪を認識することが出来てそれなりに経験を積んでいた黙示者ならあり得たんだけどね。まあ、この前説明した通り凪月君の場合は君自身の黙示が原因だったからね」
僕はハァと浅いため息を着いて、手崎の方を睨んだ。
「それじゃあ、どうして冬丘は突然、並レベルにまでの黙示者になったんだ?」
手崎は笑みを変えずによくぞ聞いてくれましたっと言うと、急に真剣な表情をして話を続けた。
「冬丘さんの記憶を覗いてみたら、ちゃんと原因があったよ。凪月君、やはり睨んでいた通り冬丘さんは憎悪によって操られていたようだ。だけど、普通に操るわけだけではなく操った者の力を限界まで引き出せる程、強力な憎悪だ。一応、自我は保たせていたみたいだけど、正直、ソイツがどこまで操れているのかはわからない、だけど、おそらくソイツは相当に強力な憎悪だと思ってもいいだろう」
僕は軽く相槌を打って、ある事を思い出した。
「ああ、わかった。手崎、聞きにくい事なんだが・・・・・今回の依頼、もう達成したことになっているんじゃないのか?」
手崎は少し呆れたようにハァとため息をして僕を見た。
「いや、まだだ。残念ながら操られていた冬丘さんの意識というか魂のようなモノは取り返せなかった。まぁ簡単に説明すると、このままでは彼女は目覚めることが出来ない。操っていた憎悪を討伐しない限りはね」
「・・・・・」
「まあ、そんな嫌そうな顔しないでくれよ。それに考えていた通りではあったことなんだし、君に依頼した内容は『クラスメイトを連れてくること』って内容だったけど、彼女の魂を連れては来てないから依頼達成とはまだ言えないんじゃないかな?」
手崎の言っている通り冬丘の魂を連れは来ていない為、ちゃんとした依頼達成になっていない。そのことに関しては詳しく聞かなかった僕が悪いのだろう。
「わかったよ。つまり僕が冬丘を操っていた憎悪を討伐すればいいって事なんだろ?」
僕は深いため息をついて、仕方なく了承した。あからさまに顔に出たため手崎から見てもいやいや了承したように見えただろう。まあ、本人は了承したとたんから悪い笑みを浮かべているが。
「ああ、つまりそういうことになる。いやー悪いね。人助けだけではなく憎悪の討伐まで任せてしまって。 まあ、冬丘さんの事については安心していいよ。ちゃんと契約書通りの事はしたから、冬丘さんは今までと変わらない低レベルの黙示者に戻っているはずだ。それに君が討伐しに行っている間は僕と古山でちゃんと面倒見ているからね」
「まあ・・・・・古山さんがいるのなら安心だな」
そう言って、僕は座っていたソファーからゆっくりと立ち上がり部屋から出ようとしたその時、手崎は心配するようにただ一言、任せたよっと呟いた。僕は振り返ることもなく。
「いつも通り、何とかなるさ」
そう言い残して、その部屋を後にした。
受付で古山さんから今回の依頼に関する書類を受け取った後、僕はお礼を言ってそのまま外に出た。夕日はすでに沈んでおり、空には数えられるくらいの星と淡い光を放つ三日月が浮かんでいた。僕は来た道を引き換えしながら受け取ったばかりの書類へと軽く目を通した。書類の内容は今回の原因である憎悪について詳しく書かれてあり、ちゃんと出現場所まで書かれていた。
「・・・・・なるほどな」
僕は誰もいない帰り道で独り言のように呟き、その憎悪が現れる場所へと向かった。
そこは、最近建設工事が始まったばかりの工事現場だった。最近になって工事が始まったせいなのか様々な重機が複数留めてあり、建設に必要な材料もその近場に放置されていた。一応、両方とも邪魔にならないよう端っこにまとめられている。工事現場の半分くらいはすでに綺麗な平場になっており、その中央付近に何やら人影が動いている。
「・・・・・」
じっとそのまま見ていると、雲にか隠れていた三日月が顔を出し、淡い月光がその影を照らした。それは辛うじて人の形をしていたが、人とは全くもって異なる姿をしていた。髪は薄く、所々に白髪が残っている。鈍器で殴られたかのように右側の頭部部分が砕けており、そこから黒い煙のようなものが立ち焦げていた。目玉の代わりに赤い光のようなものが点いている、口は大きく開いた状態で辛うじて顎が繋がっているような感じだ。朽ちかけの服を着て、体は痩せていて、見た目を簡単に表現すると『腐り途中の死体が動いている』と言った方が分かりやすいだろう。
「書類通り、確かに気持ち悪い外見をしているな」
僕がそう言って、ようやくこちらに気づいた憎悪はまるで獲物を見つけたかのように赤い眼光をこちらに向けた。
「一応、話せるんだろ?」
「・・・・・これはこれは、こんなところに黙示者が来るとは、まさかこの俺様を討伐しに来た言うわけではないだろうな?」
その声は憎悪の開ききった口からではなく、右側の砕けた頭部から聞こえる。声は甲高い男の声をしており、あざ笑うかのように話しかけてきた。
「その『まさか』さ、お前はすでに被害者を出してしまった。別にこの先何もしないのなら僕は別にそのままでよかったんだ、だけど、放置するとこの先も被害は増えるらしいからな」
僕は書類を鞄に収め、傍にある鉄骨に鞄を置いて、話を続ける。
「さて、お前に一応、聞いておきたい事があるんだけど聞いてもいいか?」
「別に構わないぜ、どうせ死ぬのはお前なんだからな」
一応、今回の憎悪は見た目も口調も最悪だが、悪役としての良心は持ち合わせているらしい。
「お前は・・・・・どうして人を襲うんだ?」
「ハーハハハハハハ、面白いことを聞く黙示者だ。いいだろう、話してやる。俺様は人間が人間を殺す瞬間を見るのが好きなんだ。そいつらは必ず『殺したくない』とか『殺さないで』とかお互いに泣きじゃくりながらそう叫ぶんだ。それはもう傑作だぜ。まあ、最近その中でも一番面白かったのがあってな、子供に両親を殺させた時だったかなー。あれはもう絶対に忘れられない一番の最高傑作だったぜ。何せ、そいつら3人とも黙示者なのに俺様を認識する事すらできてなかったんだからな。俺様が操って、ようやく自分達が普通の人間じゃないってわかったらしいが、わかってからではもう遅すぎるんだよなー、自我は保たせていても体は俺様が操っているんだからどんなに嫌なことでも逆らうことはできないのによー。ハーハハハハハ、思い出すだけでも笑いが止まらないぜー」
憎悪は嬉しそうに、そして、楽しそうに話している。コイツの話を正義の味方やちゃんとした黙示者、善良な誰かが聞いていたのなら、この憎悪に対して怒りや殺意、被害者に対して様々な感情がこみ上げるのだろう。だけど、今の僕は主観的に見ても客観的に見てもとてつもなく冷静だった。
「もう、話さなくていい」
僕は双眸を細めて憎悪を見つめ、醜い笑いを続けている憎悪に嘆息を漏らすように呟いた。憎悪はすぐに笑いを辞めて、赤い眼光を再び僕に向けなおした。
「お前の腹綿を今すぐ引っ張り出して、痛みを感じさせながらゆっくりと殺してやる」
憎悪は狂ったように叫びながら、もの凄い速さで突っ込んできた。