機械と私は鬼のいない世界へと向かう。9
「――起こったのです。起きてはならない事が。タイムパラドックスによる修正作用が起きない代わりに時空の歪みの顕在化というべき現象が。時間の歪みは修正されないのだと我々は考えております。ただただ歪んだまま、その煽りを受けるべき存在へと押し寄せるのです」
「それで……何が起こったのだ?」
ヴィンセント博士が固唾を呑んで問う。
この男も嬉しいのだろう。自分の研究の。実際にタイムワープを体験したという者も話を聞くが。
この男は参加の決断を渋っているように見えて既に甘い誘惑に負けているのだ。
「自分であって自分でないような感覚。そうですね。手足や体の全てが、自分の知りえる世界が拡張する感覚といえばいいのでしょうか。頭もそうです。自分の考えの様で他人の考え、思考が混じる感覚。あの世界を股にかける感覚は何とも言えません。このまま思考の波に飲み込まれてもいいと思えるほどの心地よさは」
自分の体験の様に語っている。この男、チャーチルは出会ってしまったのだろうか。
自分に。自分と少しずれた違う自分に。
「チャーチル博士……あなたは。あなたがそれを体験したのですか!知りたい。もっと詳しく。そうだ詳細に私にも教えてほしい!何が起きたのか。私も同じような体験が。ああ、私には出来ないのか!そうなのか博士!」
ヴィンセント博士もとても興奮した様子で嬉しそうに笑う。
研究者というのはどうにも好きになれない。
こんな頭のおかしな会話などドラッグでもやっているかのようだ。
私もあまりに信じられない事をまるで事実の様に語り合う二人に目眩がした。
このままここにいてはこの二人の毒気にやられてしまいそうだ。
椅子に深く腰掛け、目を閉じ、会話をシャットダウンする。何とかこの馬鹿げた会話が早く終わらないかと考えながら。
「ヴィンセント博士。あなただってきっと自分に出会えば感じるはずです。もしかしたら、よりずれが大きい博士たちならより強烈な現象に出会えるかもしれません。」
チャーチルがそう言い放って、息を整えだすのが息遣いから分かった。
「すいません。私も興奮しまして。話を戻しますとね、あちらからの侵入が合っても大丈夫なのですよ。彼らの中には必ず私がいます。このクロノスを開発したのは我々だけなのだと。今までの調査から我々以外は成し得なかったと信じております。」
「それではあちらの博士が協力者に成りえると?」
「そうです。我々の仲間になると。私はどの世界でも同じようです。異なる点など僅かばかりでした。そんな私同士が出会えば必ずこちらの手助けをしてくれます」
「博士。質問がある。未来には、未来の様な世界には行った事はないのかね?過去や現在へ行けるなら未来へだって行けるだろう?」
一瞬チャーチル博士が黙ってしまったのだろう。今までは息つく暇もないほど喋っていたのにしばしの静寂が部屋に流れた。
「未来へは一度だけ、そう一度だけ行きました。そこではクロノス‐1の開発がやっと終わったようなのですが、そこから連れてきたのが彼。さっき皆様が出会ったあの主任研究員の私です」
これには私も驚いた。
世界を行き来するだけには飽き足らず、そこから人間をこちらに連れてきてしまったというのだ。
「そんなこと許されると思っているのか!」
今まで聴衆に甘んじていた中の一人が大声で叫んだ。




