機械と私は鬼のいない世界へと向かう。3
あの事件までは他の物と変わらないただの機械であったヘレシーはあの日を境に私にとても感傷的なように思える。
それが私たち人間が機械に飼育されている理由の一番の理由である。
人間とは何か。
その明確な概念を保存することを目的としてヘレシーたち監視者は私たち人間と暮らしている。
他にも人間を、草や微生物や動物の食物連鎖の様に地球環境を整えるための作用を起こす工場のようにも扱っているがそれは重要ではない。
副次的なものだ。
あくまで人間の性質のコピーが最優先にされているとヘレシーから教わった。
それは機械である彼らがこれから先、さらに生物に近づくための実験なのだそうだ。
人間の思考のコピーなどという空想を文献から知っているが、それと比べてもずいぶんと気の長い事である。
自己で学ばせる。
無から学ばせるなど到底無理だと感じるが機械たちはそうは考えていないらしい。
ヘレシーたちには感情の様な複雑な働きをする回路はあるが、それ自体は何かを生み出す訳ではない。
機械に魂といっては変だが、その様な物を持たせることが目的なのだそうだ。
自発的に、ただただ頭を動き回る電気信号を機械全体で受けてどのように動作として現実に発露するか、ヘレシーの場合は怒りが始まりであったという訳だ。
「エミリー、いったい何度呼ばれたら起きるのだ?」
これもその思考回路を駆ける電気信号の成果である。
機械としての彼の理にそぐわない合理的ではない事象に対して、彼は馬鹿正直にその原因を突き止めようとする。理になぜ合わないのかと疑問に持つ。
それもそうだ。
私が彼に何度呼ばれても起きないのは彼の声で私の名を聞きたいから、ただその一点のみである。
だから、何度呼ばれても起きないのは私の理の上では合理的な行動である。
私は私が満足するまで起きない。
これは何も不自然なことではない。
私と言う人間が、その欲求に対して正直に行動しているにすぎない。
そんな私の感情が読めないとはまだまだ彼も未熟である。
私に知恵を付ける事を勧め、私が名を持つ事を欲した事を見抜いた彼だが、まだそれは機械的に情報を分析した結果でしかないのだろうか。
私の知識欲の深さを見抜いたのではなく、ただ生体活動の低下を見て彼は学問を勧めたのか。
私を人間として扱いたいのではなく、ただ私の心臓の音が高鳴るのを分析して彼は私に名を付けてくれたのか。
彼の様に機械でない私には到底解るはずもない。
私がただ、私の都合の良いように解釈しているにすぎないのだ。
「朝食の準備をしよう。もう食事をしなければならない時間だ。私はエミリーを呼び続けるから、この受話器から私の声を聞いて早く起きなさい」
そう言って懐から機械を出すと、すたすたとヘレシーは部屋を出て行ってしまった。
これだ。
彼はやはりまだまだ未熟だ。
私が何を望んでいるのか全く理解していない。
しかし、私も恥ずかしくて直接声を聞き続けたいなどとは頼む事は出来なかった。
ただ頷き受話器を受け取ると耳に当て彼の声が響くのを真剣に聴いて気分に浸ろうとするだけだった。
「エミリー……エミリー……起きるのだ」
やはり直接聞かなくては効果が薄いようであった。




