機械と私は鬼のいない世界へと向かう。11 ノアの塔
「エミリー、あそこは駄目だ。お前の入る事が許されていない場所だ」
私の思考を読むようにヘレシーが私を諭す。
視線の先にあるのは、廃棄する目的以外の人間が踏み入ることが禁忌とされる領域、通称『ノアの塔』である。
あの塔の様な構造物に入る事が許されるのは監視者やその他機械たち、そして一部の適齢期に達した人間だけである。
中では様々な生物の遺伝子の保存や人間の資源への返還などが行われているとヘレシーから聞いた。
私たち人間の遺伝子も保管されているらしい。
私たちは最も飼育に適した様に遺伝子を改良されているがあそこには原始の人間の設計図がある。
私はそれがとても見たかった。
書物やデータだけでは私が人間と呼べる存在なのかどうか確信が持てなかったのだ。
自分の遺伝子がどのように改造されているかも教えてはもらえない。
ヘレシーによれば人間は自分の設計図を直視して耐えられるようには出来ていないらしく、その自己の喪失を防ぐためなのだそうだ。
だが、私がもし設計図通りにしか生きていないとしたらこのように禁忌を犯したいと願う事は何なのであろうか。
私には禁忌を破るように。
機械たちの支配者は私が自分の起源を見て人間としてどう感じるかを実験しているのではないだろうか。
その様に私を作ったのではないかと勘ぐってしまうほどに、私はこの欲求をどうにも抑える事が出来ないと思っている。
いつか必ず私はあの中に入り、自分の設計図を人間の設計図と見比べる自信がある。
処分される適齢期はまだ太古の人間にしても若い年頃だ。
何とか監視の目を掻い潜り、塵芥にされる前に最後に一目だけでも確認しなければ私の腹の虫が治まらない。
死んでも死にきれないというやつだ。
ヘレシーはその時どうするであろうか。
またただの機械としてではなく意思を持った機械として私の手助けをしてくれるのだろうか。
それともただ機械として私の行く手を阻むか。
願望としてはそれまでに機械に人間性という物が備わり、ヘレシーが機械ではなく、機械と人間性の融合した新たな種として私に手を貸してくれる事だが、その希望が叶うことはないだろう。
あまりにヘレシーたち機械は、機械の範疇からまだ抜け出せていないように思えた。
これも人間である私の傲慢なのかもしれない。
機械が人間の様になるなど出来はしないだろうという。
「エミリー行くぞ。ここにいても仕様がない。データベースを見に行こう。エミリーがまだ知らない事が山ほどある」
私はヘレシーに手を引かれその場を後にする。
このように毎日様々な場所へと散策に出かけるのはこの地区では私たちだけの様である。
他の人間たちは何があるか分からない、何をされるか解らない人間という物に怯えて外に出てこないのだろうか、それともただ飼育されるだけの怠惰な生活に甘んじているのか、私には理解が出来ない。
私という個人には到底他者の事など解るはずもないのだ。
人間が作った機械の派生であるヘレシーたちがなぜ人間性を求めるのか、その理由も解るはずがなかった。
データベースの保管場所へと行く道中で珍しい物を見た。
人間が男女二人で歩いている。
普段交流がない人間たちの中でそうした光景は見た事がない。
しかし、二人は人間だと私は感じた。
一人は男で時折痙攣するようにしていたが、一目で意思のある物だと判断出来た。
もしあれが人間ではなく機械の監視者だとしたら私はヘレシーよりかなり人間味に溢れる物を見たことになる。
そんなことはないだろうと思うが、その不自然な二人組に少しの間だが見入ってしまった。
ヘレシーは全く気にしていなかったので、あれはきっとただの人間と監視者であったのだと私は納得した。
あのようにヘレシーも人間と見間違うほどの存在に成り得るであろうか。私は少し期待せずにはいられなかった。




