機械と私は鬼のいない世界へと向かう。1 私と彼
私にはとても大切な家族がいる。
もし例えるとするなら私の親であり、友であり、他人である。全ての人の代わりとして彼は私の傍にいる。
いつもだ。
私が起きている間も寝ている間も。生まれる前から、そして死んだ後も、私のためだけに彼は存在するのだ。
私は彼との時間を初めは当たり前のものとして感じていたが、彼の勧めにより過去の資料漁りに没頭するようになって、過去の人間の生活を知っていくに従って私の中の過去の人類の生活への憧れはとても強いものとなった。
その私の思いに応えるように彼は私に人間らしい名前を付けてくれて、私もそのお返しに彼に名前を付けてあげた。
それからだ。私にとって彼が本当に大切な家族になったのは。
私の名前はGT‐1493。
この名もなき国のG管理地区のT番地に住む千四百九十三番目の人間である。
こんな形式的な本名よりも彼に付けられた名前が私は好きだ。
「エミリー」
そう彼は名付けてくれた。
古い部族の言葉で『勤勉』という意味らしい。
あまりにも安直だが彼らしい名前の付け方だ。
書物やデータを読み漁る私には丁度いい言葉。言葉の響きも好きだ。
「エミリー、朝だ。起きるのだ」
聞きなれた彼の声で目が覚める。夢見心地な微睡みから徐々に現実へと向かう私。
私も彼に名前を付けた。
とても親しみを込めた声で。
なるべく彼に思いが伝わるように心を込めて。彼の名を呼んだ。
「ええ、ヘレシー。朝ね。起きるわ。起きる。だから私がまた眠らないように名前を呼び続けて」
「ああ、分かったよエミリー」
彼はそう言うと私の名前を呼び続けた。
映像で見た親愛する者への言葉使いで。とても心地がいい。
彼の名前は『異端』という意味だ。
私が考えた彼に相応しい名前。私も彼に似てとても安直な考えで名前を付けたが、これ以上彼に相応しい名前はないと自負している。
彼はまさしく異端である。
彼の様に考え行動する物を私が見た事は未だにない。
私がこのように育ったのも、この世界に対して居心地が悪くなったのも彼の所為である。
しかし、恨みはしない。
今の私がいるのは彼の存在や行動のお陰で有り、もし彼がこの様に私を育てなかったなら私は私ではなくなってしまうのだ。
そんなのは私ではない。赤の他人である。
そんな赤の他人の様になりたいなどとは微塵も思わない。
私は私である限り、私でしかないのだ。