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死神は命を助けてくれた

「う……」


 小さな呻きを上げて起き上がる。


「ここは……」


 今、自分が立っているのは、川沿いの砂利道。ズキズキと痛む頭を手で押さえ、自分が目を覚ます前の事を思い出そうとする。


「確かタクシーに乗って……事故。事故に遭ったんだ」


 一つひとつ、確かめるように口に出していく。しかしタクシーの事故とこの謎の空間に自分がいる理由が結びつかない。訳が分からない。


「もしかして……」


 ここがあの世というものなのか。自分はさっきの事故で死んでしまったのではないか、とヘンリーは思った。それなら、この不可解な状況にも説明がつく。


 ヘンリーは砂利の上に座り込み、独りで、これからどうしようかと考える。しかし何も思い浮かばない。

 顔を横に向けて遠くの方を見てみるが、そこには深い霧が広がるのみ。この先に何かあるようには思えなかった。

 目の前の川に流されてみようか、なんてことを不意に思いついたが、服が濡れるのが嫌なのでやめた。

 ならばどうするかというと、霧と川に囲まれた牢獄の様なこの場所で、ヘンリー・カタルトフは横になった。特に深い理由があったわけではない。ただそうしたかったからである。そして、そのまま目を閉じた。

 程なくして、ヘンリーの意識は闇へと消えていった。






 ―






 ヘンリーは目を覚ます。川のせせらぎに混じって、何者かの足音が聞こえたからだ。


「こんな所でお昼寝かい? 随分と恐れ知らずなもんだ」


 女の声が聞こえ、立ち上がる。そこには肩に大きな鎌を預けた女の姿があった。


「なんだかボーっとした顔をしてるね。聞こえてるかい?」


「あ……ああ。その鎌は一体?」


「見ての通り。私は死神だからだよ」


 当たり前だろ? といった顔で女が言う。その様子にヘンリーは一歩後ずさる。


「どうしたんだい? ひょっとして怖いのかい?」


 女の顔にいやらしい笑みが浮かび上がる。彼女は鎌を手に持ち、こちらに歩み寄る。


「この鎌をあんたに向かって振り下ろせば……あんたの魂は私の物。三途の川を渡って閻魔様のもと行きさね」


「う……」


 迫り寄ってくる女に合わせてヘンリーも後ずさる。しかし後ろには川がある。ヘンリーは追い詰められてしまった。


「さあ、観念しな! 御命頂戴ってね!」


 とうとう鎌が振り下ろされた。ヘンリーは反射的に目を瞑る。だが、いつまで経っても刃が触れない。その代わりに女の大きな笑い声が聞こえてきた。何事かと思い、目を開ける。そこには腹を抱えて笑う、今まさにヘンリーに鎌を振り下ろそうとしていた女の姿があった。


「ああ、愉快な男だねぇ!」


「……え?」


 困り果てるヘンリーを見て、女は更に笑う。一体何が面白いのかと、ヘンリーは女に問うた。


「いやぁ、ごめんごめん! そんな怯えた顔をする人間は久しぶりに見たもんでね」


 女は笑顔で言った。ヘンリーはというと、女が何を言っているのかわからず、首を傾げる。


「誰だってそんな真似をされたら怖がると思う……」


「そうなのかい? 私が知ってる奴らは大抵無反応か怒って喧嘩を吹っかけてくるのばっかなんだけどね」


「肝が据わり過ぎてる。それに貴方は一体? 死神だなんて言っていたが、どう見ても人間じゃないのか?」


「ああ。そう言えば、まだ自己紹介を済ませてなかったね。私は小野塚小町。この三途の川から彼岸に死者を渡すしがない船頭さ」


 小野塚小町と名乗ったその女は背後を親指で指す。そこにはいつ泊めたのか、木でできた渡し舟が浮かんでいた。


「あれがあなたの舟?」


「死んだ者はこの川を渡って私の上司に裁かれる。裁かれて転生を果たすことができるか否かはその罪人次第だけどね」


 そう言って小町は舟に乗る。


「ここに来たからには乗るんだろ?」


 小町がこちらに手招きする。ヘンリーはそれに従って舟に乗り込もうとするが、小町に引き留められた。彼女の顔は、さっきまでの明るい笑顔とは一転した厳しい表情だった


「不思議だね。あんたは確かに死んでるのに、はっきりと生気を感じる」


「え?」


 彼女が何を言っているのか、ヘンリーにはわからなかった。そもそも死後の世界のことなど考えたことがなく、本物を目の前にしても、未だ死神という存在を信じられずにいる。

 そんなヘンリーの様子を見た小町は何かを思いついたような顔をする。


「ああ。あんたひょっとして外来人?」


「何?」


 唐突に出てきた『外来人』と言う単語を思わず聞き返す。それを見て何かを察した小町は、『外来人』が何を意味するのかを教えてくれた。


「その言葉の意味を知らないってことは、やっぱりあんたは外の世界からやってきた人間ってことだね。この世界はあんたのいた世界とはちょっとばかし違うんだよ。だから私たちは違う世界から来てしまった人間を外来人とか外の人とか、そんな呼び方をするんだよ」


「ちょっと待て。外の世界とか、訳が分からない。ここはニューヨークじゃないのか?」


「にゅー……よーく? 何だいそれ?」


 噛み合わない会話の内容を必死で飲み込み、理解しようと互いが首をひねる。しかし先に口を開いたのは小町だった。


「そのニューヨークってのが何なのかは知らないけど、ここはもうあんたが知ってる世界じゃないんだ。外の世界で忘れ去られた存在が流れ着き、自分勝手に過ごしてるのさ」


「忘れ去られた? それじゃあ私はどうなる? 私がこの世界にいる理由は?」


「この世界に来る外来人は大抵忘れられてなんかいないよ」


「じゃあどうして」


 小町はヘンリーの目を見据えて言う。


「入り込んでしまうんだよ。偶然ね。この世界と外の世界は、ある妖怪の能力で上手い事隔てられてる。けれどそれは時々緩んじまう。その時にね」


「私のような人間が、入り込んでしまうということか」


 小町の言葉にヘンリーが付け足す。それを聞いて小町は頷く。そんな彼女を見て、ヘンリーはようやく自分がどうなってしまったのかを理解した。


「落ち着いたみたいだね。ここがどこで、自分はどうなったのか、理解できたかい?」


「まあ少しは……」


 それを聞いて、小町は満足そうに微笑んだ。ゆっくりと歩いていく彼女を目で追う。


「あんたは死ねない。死人じゃないからね」


 小町が不意に立ち止まる。それを見てヘンリーは怪訝な顔をする。


「だから生ある者の世界へ還してやる」


 小町は右の掌を前に向ける。すると、手が向けられた方の空間が歪んだように見えた。


「道はできてる。もう行きな」


 小町がこちらに振り返って言った。どういうことだと思いつつ、小町が掌を向けていた方を再度見る。そこには、両側に赤い花が咲き乱れる細い道が、遠くに見える光に向かって伸びていた。

 

「これは……」


 一体何が起きたのかを聴こうと、小町の方を振り返る。しかし彼女の姿はもうなかった。河原に一人、取り残されたのだ。だが、進むべき道はある。

ならばと、ヘンリーは光に向かって歩き始める。細い道を歩き、光を目指す途中で不意に意識が遠のく。膝をつきそうになるが、気合で持ちこたえる。


「くらくらする……まるで貧血の時のような……」


 今の自身の状態を、確認するように口に出して言う。それと同時に、前に進まなければならないという強い想いが胸にこみ上げてきた。その想いに突き動かされるように前に進む。足を一歩前に運ぶたびに、脳を直接掴んで揺さぶられるような、不快な感覚に襲われる。それに耐えられず、ヘンリーは地面に倒れる。

 薄れゆく意識の中で、誰かがこちらに近づいてくるのが見えた。その正体は、はっきりとはわからなかった。

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