水に没して
暗い部屋。その中で膝を抱えて座り込む一人の男。それを照らし出すかのように、外から光が差し込んでくる。
男は顔を上げる。こちらを照らし出すその光の眩さは、男が長い間忘れていたもの。
「立て」
男は立ち上がり、鉄格子の近くへ歩み寄り、外に向かって両手を差し出す。その両手首に手錠が掛けられる。
「今日が出所だな。おめでとう」
自分の手首に掛けられた手錠を見ていた男が顔を上げる。その視線の先には、笑みを浮かべる看守の顔。看守は格子を開き、男を外へと連れ出した。
「どうだ? 長かったか? それとも短く感じたかな?」
看守と肩を並べて歩く男は何も言わない。そんな彼を看守は気にしていない様子で、独り言のように話し続ける。
「何はともあれ、お前が無事この日を迎えられてよかったよ。最初は問題を起こしやしないかって、皆ハラハラしてたんだぜ?」
二人はエレベーターに乗る。看守がボタンを押すと、エレベーターはガコンと音を立て、一階に向けて動き出す。
ドアが開き、二人は再び歩き出す。長い廊下の先にはこの刑務所のメインホールがある。そこで男は手錠を外してもらい、荷物を受け取る。
「綺麗に洗濯しておいたぜ。せいぜい元気でな」
看守はこちらに手を振って元来た道を戻っていった。男は書類の『ヘンリー・カタルトフ』の欄にチェックがあるかを確認して外に出る。
「二度と来んじゃねえぞ」
入口を守る警備員の一人が声をかけてくる。ヘンリーは会釈して門をくぐり、刑務所から出た。
七年という期間だったが、いざ外に出てみると、人々や街の風景はあまり変わっていないように見える。
そんな光景を奇妙に思って辺りを見渡していると、道路の奥からタクシーがやってくるのが見えた。サインを出すと、タクシーは路肩に停まり、ドアを開いてくれた。
「どこまで?」
「モリス・アベニューまで」
「了解」
タクシーが動いている間、ヘンリーは外の景色を眺めていた。季節は冬で、外はすっかり雪景色。街中のイルミネーションや電光掲示板の光を雪が反射してとても幻想的だ。
自身が罪を犯し、逮捕された時もこんな風景だった。あの頃は荒み切っていて、景色など気にしたことはなかったが……。
物思いにふけっていると、突然強い衝撃に襲われる。何事かと思い運転手の方を見る。運転手は雪道で滑る車体を必死に制御しようと、右に左にハンドルを動かしていた。
それに同乗しているヘンリーは、制御が効かなくなったタクシーの後部座席で激しく揺られていた。身体中を打ち付け、痛みに呻きを漏らす。
「落ちるっ!」
運転手が叫ぶ。その声につられて窓を見る。車体は既に水中に没してしまっていた。
頭を強く打ち、意識が遠のく。ぼやける視界の中に見えたのは、蜘蛛の巣状に亀裂が走る車の窓。そこから入り込んだ水が車内を濡らしていく。