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少女の憧憬

新キャラがいきなり複数登場するので、違和感があるかもしれないです

ロレント・ロックリードとエルゼ・ミルヴァの結婚式は、見物客で溢れかえっていた。

貴族階級の紳士淑女から孤児院の子供達、彼らの純愛に胸をときめかせた市井の少女達まで。

最高の結末を迎えた貴族社会の一大ロマンスに、多くの人々が盛大な拍手を送った。


ひどく冷たい表情のリエラは、祝福と歓喜に満ちたこの空間ではひどく浮いていた。


(あぁ、嫌だ。帰りたい・・・)


花びらの舞う教会の外で、彼女は着飾った主役二人もブーケトスも見ようとしない。たひたすら、機械的に手を叩いている。


「やった、とったわ!!」


どこかの少女がブーケを手にしたのだろう、甲高い歓声が上がった。その後に、周囲の笑い声と拍手の音も続く。

リエラにとっては、この上なく耳障りだった。


(早く終わって)


義兄となる男の結婚式ということで、参加しないわけにはいかなかった。

自分が出席することで、浮かれた雰囲気が硬くなるだけだとわかってはいた。何せ、自分はロレントの元婚約者であり、婚約破棄をずっと渋ってきた人間なのだなら。


加えて、今はロレントの弟と婚約した身だ。他人にどう思われようとあまり気にする質ではないにしても、居心地が悪いことこの上なかった。


(あぁ、そうだ。キースを探しに行ったことにして、そのまま帰ってしまえばいいわ)


キースは今、参列した知人達に挨拶をして回っていた。

こういった場での会話をうまく利用することも、商人として成功している秘訣なのだろう。


(キースが戻ってこないうちに、帰ってしまおう)


キースが傍にいないということに、リエラは絶大な安心感を得ていた。彼の一挙一動に心をかき乱され、不用意に感情を晒してしまうようなこともない。


婚約者を探すという名目でこの場を去っていくリエラだったが、彼と顔を合わせる気は微塵もなかった。



「お前、何してるのよ!!」


表の喧騒から離れた教会の裏口で、女の鋭い声が響いた。


(一体何・・・)


ちょうどその場所を通り抜けようとしていたリエラは、壁に身を寄せて様子を窺おうとした。


見たところ、そこにいる人間は三人。

豪奢なドレスを身に着けた令嬢と、その父親だろう中年の男性貴族。 それに、カップを手にして地面に尻餅をついている幼い少女。おそらく、ロレントとエルゼが支援している孤児院の子どもだ。


「あ、ご、ごめんなさい」


頭を下げた少女は、ずいぶんとびくびくしている。見るからに高慢そうな令嬢になじられて、恐れをなしているようだ。


「謝ればすむと思っているわけ!?このドレス、お前が一生働いたって弁償できないのよ!」


令嬢が、憤怒の形相で激昂する。彼女がまくし立てる様子といったら、唾が飛んできそうなほどの勢いだ。


リエラが令嬢のドレスに目をやると、茶色いしみがべったりと付着していた。

おそらく、あの少女が手にしていたカップに入っていたものだろう。どうやら、令嬢のドレスにカップの中身をこぼしてしまったらしい。

式では確か、子どもたちにホットチョコレートが振舞われていたはずだ。


「おい娘、貴様、あの孤児院の子供だな?嘆かわしいな、あそこでは上の人間に対する礼儀というものを教えていないのか」


令嬢の父親らしい男が、わざとらしいため息を吐く。娘よりは品位がある様子だが、それでも十分高慢そうだ。


「で、でも、ぶつかってきたのはそちらのはずです」


(・・・馬鹿)


子どもの返答を聞いて、リエラは頭を抱えたくなった。

あんなに怯えていたくせに、なぜ余計な所で気が強いのか。火に油を注ぐことになるのは目に見えている。


「何ですって!?」


案の定、令嬢の怒りはすぐさま沸騰した。

しかし、恐怖の一線を超えたらしい少女は、戦士のように立ち上がった。そして、なおも令嬢を逆上させることを言う。


「わ、わたし、悪くもないのに謝りました。この上、弁償なんかする気はありません!」


「はぁあ!?」


(あぁ、もう・・・)


リエラは、冷静に傍観していられなくなった。

このままでは、あの少女の行く末が危険だ。


(見ていたのに何もしなかったことがエルゼ達にバレたら、面倒なことになるわ)


それらしい理由を考え出して、窮地に立っている少女の元へと走る。


「このっ・・・!汚い孤児風情が!!」


高く振り上げられた令嬢の手は、少女の頬を打つことはできなかった。

突然の乱入者が、後ろから彼女の手首を掴んでいたからだ。


「何の騒ぎですか?」


リエラの詰問する声は、冷たく威圧的に響いた。が、誰も彼女の問いに答えるけはいはない。その場にいた三人とも、リエラの登場に驚いた様子だ。

近くでよく見てみると、少女以外の二人は見知った顔だった。


「これはこれは・・・ミス・ファリス、いや、じきにミセス・ロックリードかな?いやはや、相変わらずお美しく――」


「つまらない挨拶は不要です。何をしているのかと聞いているのです、ルシアン卿」


リエラに愛想笑いを向けたのは、ハロルド・ルシアンという名の貴族だった。令嬢の方は、彼の娘であるアンリエッタだ。


リエラも社交界で何度か会ったことがあるし、彼らの噂――悪評はよく聞く。

権力をかさに横暴な振る舞いをする、民衆に嫌われる貴族の典型例なのだ。


アンリエッタの方が、困ったように笑って弁明する。


「なんでもありませんのよ、リエラ様。この子供がわたくしにぶつかってきて、ほら・・・ドレスがこの通り」


「わたくしが見た限りでは、その子に非はないように思えましたが」


リエラは、実際に二人がぶつかった瞬間を見たわけではなかった。ルシアン親子の人柄から考えて、少女の言い分が正しいと思ったまでだ。


だが、アンリエッタの狼狽ぶりからすると、リエラの予想は的中していたようだ。


「なっ、そ、そんなこと!」


「幼い子供を虐げるなど、貴族にあるまじき振る舞いですわ。誉れ高き貴方がたの御名に傷がついてしまわないか、心配になってしまいます」


ルシアン親子を思いやっているかのような言い草は、アンリエッタには余計に屈辱的に感じられた。


(何なのよ、この女!)


アンリエッタは、沸き立つ激情を抑えられなかった。

元からリエラ・ファリスという女が気に食わなかったことも、彼女の怒りに拍車をかけた。冬の女神のように美しいと言われるリエラは、アンリエッタの嫉妬の対象だったのだ。

このまま引き下がることなど、自分のプライドが絶対に許さない。


しばし押し黙った後、彼女は挑戦的な笑みを浮かべてリエラに向き合った。


「・・・あらあら、いやしい孤児を庇われるなんて、リエラ様は随分とお優しいこと。それとも、ご自分の境遇を重ねて同情なさっているのかしら?」


「何をおっしゃりたいのですか?」


アンリエッタが精一杯挑発しても、リエラの反応はあくまで冷静だ。


「やめなさい、アンリエッタ」


結局、アンリエッタの台詞は父を慌てさせただけのようだった。ハロルド・ルシアンはハンカチで額の汗を拭き、誤魔化すような笑顔をリエラに向けている。


「申し訳ありません、娘が失礼を――」


父の謝罪を遮って、アンリエッタはまくし立て続ける。


「お母様は早くにお亡くなりになって、お父様は愛人に夢中。その愛人も死んだ後は、子どもを顧みずに四六時中引きこもり・・・これでは、孤児も同然ですものねぇ!」


リエラの形のよい目が見開かれたのを、アンリエッタは見逃さなかった。あのいけすかない女は今、自分の言葉に動揺している。自分に言い負かされている。


(勝った!)


そう思ったのも束の間、ハロルドの鋭い視線と険しい声が、アンリエッタに向けられる。


「いいかげんにしろ、アンリエッタ!」


「でもお父様っ!」


アンリエッタは、引き下がることができなかった。何としても、完膚なきまでにリエラを叩きのめしたかった。

だが、父の脅すような低い声が、彼女の身を震わせる。


「今は、いらぬ騒ぎを起こすべき時ではない・・・わかっているはずだな?ドレスなんぞ、後で代わりのものを買ってやろう」


「・・・わかりましたわ」


渋々といった様子で、アンリエッタは折れた。

それでもなお、ドレスを汚した少女とリエラを睨み据え続ける。


ハロルドが、再び娘を叱りつけた。


「いいかげんにしろと言ったはずだ、アンリエッタ・・・申し訳ございませんでした、ミス・ファリス。我々はこれで失礼します」


頭を下げて笑う男にも、リエラは愛想の欠片もない態度で応じる。


「そうですか、どうぞお元気で」


「あなた様も。キース殿にもよろしくお伝えください」


未だ不満気な表情の娘とともに、ハロルド・ルシアンはそそくさと去っていった。


取り残さた少女とともに、リエラはその場に立ち尽くす。


「あ、あのっ、ありがとうございました・・・!」


ふいに、少女が口を開いた。

輝かんばかりの憧憬の眼差しが、まっすぐリエラにそそがれている。


そんな少女をしげしげと見つめたあと、リエラはそっけなく言った。


「後ろ、草がついているわよ」


「え?あ、はいっ」


頬を赤らめて尻についた草を払った後、少女は再びリエラに向き直った。


「あの、何かお礼をさせてください!」


少し考えこんだ後、リエラは口を開いた。


「私は自分の婚約者を探していた。でも、見つからなかったのでそのまま帰った」


「へ?」


「そういうことにしておいて」


少女は、何がなんだかわからないといった様子だ。

困ったような表情で、たどたどしく言葉を紡ぐ。


「え、でもあの、その、きちんとお礼を――」


「いらないわ。さっき言ったことを誰かに伝えておいてくれれば、もう十分よ」


そう言うや否や、リエラはその場から去っていった。


「あ、あの!本当にありがとうございました!」


少女の懸命な声が耳に届いたが、自分には相応しくない言葉に思えてならなかった。



「あ、キース様」


「ラダか。どうした、一人で?」


式の喧騒の中に戻った先ほどの少女――ラダは、リエラを探しているキースにかち合った。


「キース様、今お忙しいですか?」


「いや、そうでもないが」


キースがそう答えると、ラダは彼を比較的静かな場所まで引っ張っていった。

ラダになされるがままのキースは、普段とは違う行動的な彼女に困惑しているようだ。


キースは孤児院の資金援助者であり、たまに孤児たちの相手もしてくれる。

ロレントやエルゼと同じく、ラダにとっては馴染みのある相手だった。


「ラダ、他の奴らはどうしたんだ?」


「オルジェが嫌がらせしてくるから、一人で裏の方に逃げてたんです、私」


「あーあ、あいつはまた・・・」


キースは呆れたようにため息を吐いた。

だが、今のラダにとっては、いじめっ子の幼なじみなどどうでもよかった。


「キース様、あの」


「なんだ?」


「リエラ・ファリスさんって人の、婚約者さんって知ってますか?」


「・・・俺だが」


キースの答えに、ラダは目を丸くした。


「え!?そ、そうだったんですか。いつ結婚されるんですか?」


「いやまぁ、その話はその内な。それで、リエラがどうしたんだ?」


キースは、少し動揺しているようだった。

いつも余裕のある彼は、子どもの質問を遮ってまで、話を急かしたりしない。


不思議に思いながらも、ラダは恩人の依頼を全うしようとする。


「えーっと、リエラさんは、婚約者さんを探していました」


「ん?」


「でも、見つからなかったので、そのままお帰りになりました」


キースはラダの言葉を完全に理解することはできなかったが、リエラが帰ったということだけはわかった。


(余程、この場にいたくなかったんだな。それとも、俺が傍にいたのが嫌だったのか)


キースは、情けない表情で笑った。


「・・・そうか」


彼とは対象的に、ラダはの方は恋する少女のように陶然とした様子だ。


「あの、リエラさんって、とても優しい人なんですね。それに、すっごくかっこいい・・・わたし、リエラさんみたいになりたいです」


「なんでそう思うんだ?・・・というか、リエラとどこで知り合ったんだ?」


今更ながら当然の疑問をぶつけるキースに、ラダは先ほどの出来事を告げる。

ずいぶんと興奮している様子の彼女は、かなり細かいところまで長々と説明しきった。


「ね、リエラさん、かっこいいでしょ!?」


ラダから話を聞いたキースは、少し複雑な表情になった。


「・・・なるほどなぁ、ルシアン卿ね。災難だったなラダ、本当に怪我はないか?」


「全然平気です。それで、リエラさんみたいになるには、どうしたらいいんでしょう・・・キース様、リエラさんのこと教えてくれませんか?」


ねだるラダの瞳を見て、キースは硬い表情を崩して微笑んだ。

師に憧れていた自分の目も、きっとあんな風に輝いていたことだろう。


「もう、どうして笑ってるんですか。リエラさんのこと、教えてくれないんですか?」


頬を膨らませるラダの頭を、キースは優しい手つきで撫でた。

それから、少女に向かって哀しげに微笑んでみせる。


「・・・すまん、ラダ。俺は正直言うと、あいつのことよくわかってないんだ」


「・・・?どうしてですか?リエラさんは、キース様の奥さんになるんですよね?」


「まぁ、そうなるな。来週あたりに」


「奥さんになる人のこと、よく知らないんですか?」


幼いラダの純粋な疑問は、キースの心に強く突き刺さる。


「ははっ、情けないよなぁ・・・式を挙げて正式に夫婦になったら、少しはマシな関係にしないとな」


自嘲気味に微笑んだキースは、人々から祝福を受ける兄夫婦の方を見つめた。


お互いを強く愛し合い、支え合う二人。

自分とリエラの関係とは、天と地ほどの差がある。


(やっぱり、俺のやり方は間違ってるのか、バルカス)


自分を導いてくれた師に答えを求めるが、彼はもうこの世にはいない。


(でも、俺はやっぱりリエラの傍にいたい)


キースは、甘い幸福に満ちた二人を見つめ続ける。

間近に迫った結婚式の日、リエラはあんな風に笑ってくれるだろうか。

いや、そんなはずはない――


「キース様」


ラダの呼びかけで、キースは我に返った。

子どもに特有の純真な瞳が、痛いほどの強さで

真っ直ぐに彼を射抜いている。


「リエラさんを、幸せにしてくださいね」


義父の前で、キースが誓うことのできなかった約束だ。


「・・・あぁ、必ず幸せにするよ」


力無く答えたキースは、ラダの目をまともに見ることができなかった。



閲覧ありがとうございましたm(_ _)m

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