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父親

今まで出てこなかった名や姓がいきなり判明するので、非常に今更感があります。申し訳ありません・・・

その夜、夕食の場は重々しい空気で満ちていた。この屋敷の息苦しい雰囲気に慣れた使用人たちですら、異常に感じるほどだった。


「残念だったが・・・仕方あるまい」


唐突に、屋敷の主人が口を開く。


使用人たちは、また異常を感じた。

娘と食事を共にしながらも、この主人は滅多に喋らないのだ。娘の方も静かだから、二人とも挨拶を済ませた後は黙々と食事をとるだけだった。


「それに、新たな縁談もすぐに見つかったようだな。・・・ロレント君の報告の後に、弟君がお前を妻にと言いに来たのには驚いたよ」


相手の応答が無いと見るや、言葉はさらに続けられる。

使用人たちだけでなくリエラも、普段と違う父の様子を感じ取っていた。多弁すぎるのだ。

どう答えるべきか迷っていると、更なる念押しが耳に届く。


「どうなんだ?」


リエラはナイフとフォークを操る手を止め、父の方を向いた。


「そのことなんですが・・・商人に嫁ぐとなれば、やはりこの家に不利益をもたらすのでは、と。貴族の方と縁を結んだ方がいいのではないでしょうか」


ロレント達一行が用を済ませて帰った後、うまく回らない頭で用意した台詞だ。

キースの求婚を断れなかった手前、後は父の判断にすがるしかない。


キースに深く関わると、今まで築いてきた心の砦が壊れてしまう。

リエラの心は、確かな予感に怯え震えていた。


だから、父の意向によって破談となるように仕向けるつもりなのだ。


自分の信条を裏切って、リエラ自身が求婚を断ったのではない。父が命じたから、そうなったまでだ。


そんな子供じみた考えが、リエラにとって最後の希望だった。


しかし、それはいとも簡単に崩れ去った。


「そんなことはないと思うが。彼――名は何と言ったか・・・」


父の答えは、どこまでも無慈悲に響いた。

あきらめたように、彼女は力なく答える。


「・・・キース・ロックリードです」


「そのキース君は、聞いたところによるとかなり将来有望な青年らしいな・・・年中閉じこもっているわたしの耳にすら、噂が届くほどだ」


父が今のようになってしまった理由を知るリエラには、あまりに笑えない自虐だった。

押し黙っていると、父はさらに言葉を続ける。


「お前は縁と言ったが、彼の店を通じて知己が増えることもあろう」


「そう、ですか」


「くだらん晩餐会や舞踏会に参加するよりは、気楽に実りある関係を築くことができると思うぞ」


父の言うことには納得できるものもあったが、リエラは困惑していた。

やはり、今日の父は饒舌すぎる。

まるで、この縁談を進めたがっているかのような――


「なるほど・・・」


リエラのか細い声と中身のない返事に、父も感じ取ったものがあったらしい。

娘の表情をを探るように見つめたあと、彼は静かに息を吐いた。


「・・・リエラ、お前が嫌だと言うなら私は断ろう」


「そんなことはありません」


気持ちを見透かされたことで、リエラの冷淡な声音は焦燥を孕んでいた。

給仕をする使用人たちは気づかなくとも、彼女の父にはそれがわかる。


「彼とは何か・・・確執めいたものがあるのか?」


「違いますから」


今度は、父以外の者も気がつくほどに荒っぽい口調だった。父も、驚いた様子でリエラの方を見つめている。


我に返ったリエラは、俯いて言い訳めいたことを口走った。


「申し訳ありません・・・ただ、その・・・さっき言ったような懸念があったもので」


「そうか・・・では話を進めておいていいんだな?」


父の問いかけに、リエラは絶望を感じた。

ここで止めてほしいと懇願することは、自らの誓いに対する裏切りになる。それは、絶対に許されないことだった。


「・・・えぇ、よろしくお願いします」


金のために嫁ぐ、ただそれだけだと。


胸元の銀貨を握りしめて、リエラは自らに言い聞かせた。



「立派な店構えだ。たった一代で、しかもその若さでここまで成功を収めるとは」


「まだまだ学ぶことの多い身ですよ」


数日後の朝、キース・ロックリードの元に来客があった。

彼が驚いたことに、その人物とはリエラの父、キリアン・ファリスだ。


社交嫌いで有名な男の訪問に困惑しつつも、キースは彼を招き入れた。

仮にも、妻に望んだ女性の父親なのだ。訪ねてきても何ら不思議はないはずだ。


キースの部下が茶を運んできたあと、彼ら二人は話を進めた。

しかし、当たり障りのない会話は一瞬で終わった。キリアンが、早速本題に入ったのだ。


「さて・・・私の娘を、妻にと望んでいるそうだな」


「ええ」


「娘には、我が家を通じて顧客を増やしたいと伝えたようだね。兄君のために広めた醜聞に収拾をつけたいとも」


「ええ、おっしゃる通りです」


「正直なことだ」


キリアンは、キースの端的な物言いに苦笑した。

この若者には、求婚した娘の親相手には媚びるような気配は全くない。貴族社会に蔓延するごますりが嫌いなキリアンには、気持ちのいい青年に思えた。


しかし、キリアンは緩んだ表情を瞬時に引き締めると、キースに鋭い視線を向ける。

ドスの効いた低音で脅迫するかのように、彼は言い放つ。


「だが・・・あの子を求める理由がそれだけだと言うのなら、君に娘は任せられない」


キリアンのその言葉にも、刃物のような視線にも、キースは怯まない。

ただ、噂に聞く人物像とはずいぶん違うとだけ感じていた。それは、数日前に彼と対面した時も感じてたことだ。


「あなたのお嬢様は納得してくださいましたよ?そもそも、利益目的だと言わなければ求婚に同意してくれなかったでしょう」


「だろうな。しかし、君の本心を見極めなければ、わたしはあの子を差し出す気にはなれん。幸せな夫婦となるためには、必ず必要なものがあるだろう?娘にきちんと示してくれ」


その言葉に、キースは僅かな怒りを感じた。

キリアンの言っていることはわかる。要は、利益以外の結婚の理由を――リエラへの愛情を求めているのだ。


だが、愛情で結ばれたロレントたちを必死で否定しようとする彼女を見て、キースは悟っていた。

『愛している』などという台詞を、リエラは決して受け入れない。自分の心を侵す毒くらいにしか思わないだろう。


(この人は、自分の娘の心を理解していないのか?)


憤りを隠し切れず、キースは非難めいた口調で

告げる。


「彼女に、愛情を示せと?金が全てだと信じている――いや、信じたがっている者を、壊すだけだとわかっているのに?俺だって、気持ちを伝えられればどんなにいいかと思いますよ」


キースの言葉に、キリアンは目を見開いた。

信じられないものでも目にしたかのように、キースを食い入るように見つめている。


「君は・・・娘から何か聞いたのか?」


「いえ、彼女は何も言ってくれませんよ。たまに素顔を見せてくれたかと思えば、すぐに冷徹で強欲な人間の振りをする」


苦しげな表情のキースを見て、ふいにキリアンが微笑んだ。

その柔らかな笑顔に、今度はキースが目を丸くする番だった。


「やはり、わたしの見込みは間違っていなかったようだ」


「それは、一体どういう――」


「君が、娘を欲しいと言いに来たあの時、感じていたんだ。この青年は、あの子の本当の姿に気づいているんじゃないか、とね。完全に直感だったが、今思えば天啓のようなものだったのかもしれない」


キースは、数日前のキリアンの様子を思い出していた。

リエラを妻にしたい旨を告げるやいなや、それまでの生気のない様子が一変したのだ。急に目つきが鋭くなり、値踏みするかのようにキースを見つめ始めた。

そして、『詳しい話はまた後日』と言い、キースを部屋から退出させたのだ。


「さっきのは、カマをかけてたんですね」


キースは苦笑した。

この間の対応といい、今日の様子といい、やはりキリアンは噂に聞くような廃人ではない。


「娘の本当の心を理解している人間でないと、きっとあの子は救えないからね――近頃のリエラは、精神的に脆くなってきているから尚更だ」


その台詞に、キースは表情を歪めた。まるで、責められているかのようか気分だった。

不用意にその心に触れようとしたことで、やはりリエラは苦しんでいたのだ。


「それはおそらく、僕たちの――いや、ほとんど僕のせいだと思います」


キリアンは、何も言わなかった。

キースを許すでもなく、責めるでもなく、ただただ遠くを見つめている。


沈黙が部屋を包み、建物内で働く者たちのざわめきがたまに響く。 室内の空気とは打って変わった、活気に満ちた商人の声だった。


そんな状態がしばらく続いたあと、唐突にキリアンが口を開いた。


「・・・十一年前の」


「はい?」


「十一年前の悪夢を、君は覚えているかね?」


“十一年前”と聞いたキースは、悲痛な面持ちになった。

キリアンの言う十一年前の悪夢が何を指すかはわかっている。それで、大勢の人間が地獄の苦しみを味わったことも。

だが、キースにとっての十一年前の悪夢は、バルカスの死に他ならなかった。


苦しみを抑えて、彼はキリアンの問いかけに答える。


「・・・えぇ、流行り病の・・・」


「誰か、親しい者を喪ったりは」


「・・・幸い、病で誰かを亡くすようなことはありませんでした。一番ひどかった地域からは、離れていましたので」


――だが、病のせいではなくても大切な人を喪った


その思いは、口には出さなかった。


「そうか。幸運なことだ」


「・・・貴方は?」


心無しか悲しげなキリアンの様子を見て、キースは尋ねずにはいられなかった。

もしくは、バルカスの死を思い出したまま、鬱々と沈黙しているのが嫌だったのかもしれない。


「私の父――リエラにとっての祖父が亡くなったよ。もともと他の病で余命宣告がなされていたし、私達父娘とは折り合いも悪かったからね・・・別段悲しみに沈むことはなかった」


キリアンは、視線を宙にさまよわせながら答えた。自嘲めいた笑みを浮かべ、ひどく憔悴しているかのような様子だ。先程までの威圧感は、もはや跡形もない。


キースは、かけるべき言葉を見つけられなかった。かろうじて出たのは、情けないほどにありきたりな台詞だ。


「・・・それでも、お辛かったでしょう」


「そうだな、あの時は本当に――本当に辛かった」


キリアンの様子は、どこか虚ろだった。


――やはり、父を喪っても悲しまなかったというのは嘘なのか。


キースは訝しんだが、そうではないという直感があった。

父親の死以外の何か他のことが、十一年前の彼を苦しめたに違いない。

しかし、それを聞くことは躊躇われた。


キースが別の話題を探そうとしていると、またしてもキリアンがふいに話を始めた。


「リエラはね、明るく思いやりに溢れた子だったよ。不器用なくらい真っ直ぐで、少し男勝りで、私たちが心配になるぐい活発だった――信じられるかい?」


「正直言って・・・意外です」


突拍子もない言葉とその内容に驚きつつ、キースは本心を告げた。

キリアンは、遠くを見たまま話し続ける。


「わたしはね、あの子の心を守ることができなかったんだ。あまりにも、自分勝手だった。あの子がおかしくなってしまったことに気づいた時には・・・もう遅かった」


その姿はまるで、己の咎を告白する罪人のようだった。

すがるようか視線をキースに向け、キリアンは告げる。


「わたしでは、あの子を救えない」


「そんな――」


「だから、君の兄君の誠実さと優しさに期待していた。あの子の心を溶かしてくれるのではないか、とね・・・そう都合よくはいかなかったが」


キリアンのその弱々しい笑顔に、ロレントを責めているようか気配は見られない。

だが、キースは兄を庇わずにはいられなかった。


「兄は、篤実な人です。愛する女性を悲しませるようなことは、できなかったんだと思います。例え、貴族としては愚かな決断であったとしても」


キリアンは苦笑し、慌てて両手を振った。


「誤解しないでくれ、ロレント君を責めるつもりは毛頭ない・・・全てはわたしの、自分勝手な考えだったんだ」


「どうしてそこまで――」


キースが言いかけたところで、部屋に飾らている時計の鐘が響いた。

窓の外を見ると、もう日が暮れかけている。巣に帰る鳥の群れの様子を、キリアンは切なそうに見つめていた。


「少し、しゃべり過ぎたようだな・・・キース君」


「はい」


「娘を頼む」


キースの肩に手を置いてそう告げ、キリアンは部屋を出て行く。

去り際のその背中に向かって、キースは告げた。


「必ず彼女を――守ります」


『幸せにします』と言い切れない自分が、キースは歯がゆかった。

無理矢理彼女を手に入れた自分には、ふさわしくない言葉のような気もした。


閲覧ありがとうございましたm(_ _)m

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