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強敵

「頼むリエラ、諦めてくれ」


苦しげに嘆願する自分の婚約者に、リエラは冷たい眼差しを向ける。

細められた薄青の瞳は、彼女の心と同じように冷え冷えとしていた。

彼女は呆れ果てていた。

全く、何度目の同じやりとりだろう。


「ですから、何度も申し上げているでしょう?あなたの大事なエルゼ様を、愛人として迎え入れればよろしいではありませんか」


「できない・・・。そんなことをしても、エルゼも君も、幸せにできない」


整った容貌に悲痛の色を浮かべ、ロレントはリエラを見つめた。

決意を固めている彼の瞳には、リエラがその目に浮かべることのできない光がある。

どこまでも真っ直ぐで、濁りのない光。


(あぁ、本当に忌々しい・・・!)


殺意を抱くほど憎い存在を思い出させるその光が、リエラは大嫌いだった。

衝動的に、ドレスの襟の下に隠れたペンダントを握る。


「わたくしの幸せとは、父の命令に従ってあなたの妻となり、あなたとの間に無事男の子をもうけることです。それさえ叶えば、愛人など一人いようが十人いようが気に致しません」


リエラの声音はどこまでも冷たく、その美貌も相まって冬の女神を思わせた。

しかし、ロレントはこの美しい婚約者を愛することはできなかった。


「リエラ・・・頼む。僕は、エルゼを愛しているんだ。君と夫婦になっても、僕は君を愛せない。君だって僕を愛していない。虚しさを生むだけだ」


「貴族の結婚に、愛など関係ありません。わたくしたちには、この婚姻により双方の家に利益を生む義務があります」


「・・・君と僕は、どこまでも考え方が違うようだ」


ロレントは苦々しげに呟き、側に控えていた使用人を呼んだ。

『彼女を馬車まで』とその使用人に指示し、リエラに顔を向ける。


「リエラ、今日はもう帰ってくれ。これ以上話していても埒があかない」


「・・・わかりました。どうか、早くお気持ちを改めてくださいね」


「君もね」


疲れ切った様子で、ロレントは去って行った。

その後ろ姿に冷たい視線を投げ、リエラも婚約者の屋敷を後にした。



互いへの愛に目覚めた二人が、数多の障壁を乗り越えて結ばれる。

そんなロマンスは、現実世界にそうそうあるものではない。


現に、身分差を乗り越えて結婚にまで至りそうになったところで、ロレントとエルゼの恋は阻まれた。

ロレントの婚約者、リエラの出現によって。

名門貴族の息子と貧乏貴族の娘の恋物語は、社交界では有名だった。慈善事業で知り合った二人は、長い時間をかけて惹かれあっていったらしい。

そして、ともに人に好かれる性格の彼らの恋は、周囲の人間からも応援されていたという。


そこに登場したのが、ロレントに愛を抱かない、冷たい婚約者。

恋人二人は苦難に陥り、彼らを見守っていた多くの者達がリエラを敵視した。

しかし、リエラにとってはその全てがどうでもよいことだった。

重要なのは、婚姻によってもたらされる利益。


――そう、金だ。


リエラは、この世の何よりも金が大切だった。


――金が欲しい。


普段の冷静な仮面の下に、彼女はその欲を隠していた。

金に比べれば、ロレントとエルゼが語る愛情などまやかしだ。


だから今日も、リエラはロレントの屋敷に赴く。

愚かな婚約者に、自分が身を引いたりはしないことをわからせるのだ。


(――最悪だ)


午後、ロレントの屋敷にたどり着いたリエラは、見覚えのある男を見かけて足を止めた。

思わず家に帰りたくなったが、長く居座る口実のため、馬車は数時間後に迎えにくるように仕向けて戻らせてしまった。


(こっちに来るし・・・)


屋敷の扉に続く階段前で、リエラは思わず立ちすくむ。

彼女が最近最も会いたくなかった人物が、優雅に階段を降りてやってきたのだ。

リエラは、自分の不運を呪った。


ロレントによく似たその男は、リエラを見下ろす位置で足を止めた。

端正な面立ちに、意地の悪い笑みが浮かぶ。

が、それは一瞬のうちに消え去り、男はすぐに甘く柔らかな笑顔をリエラに向けた。

涼やかな声で、役者が台詞を読むように大仰に告げる。


「やぁ、愛しいリエラ。兄貴と――エルゼ義姉さんに、何か用かな?」


周りに控えている使用人に知らしめるように、兄の婚約者に『愛しい』と言う。

そして、『エルゼ義姉さん』の部分をわかりやすく強調し、リエラの神経を逆撫でする。

毎度毎度、見事な演技と挑発だ。


「それとも、俺に会いに来てくれた?」


「違います」


酔わせるような甘い声に怖気が走り、リエラは思わず即答してしまう。

彼女の婚約者の弟、キースは、相も変わらず厄介な男だった。


閲覧ありがとうございましたm(_ _)m

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