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住んでいる部屋から実家まで、車で三分。古い鍵で古いガラス引き戸の玄関を開け、目的の二階寝室押入れ前に辿り着くまで一分。要は、合計で五分以内ということである。
相田は頭を抱えていた。
父が幼い頃から使っていたという部屋、そこに置いたままの勉強机。引き出しを恐る恐る開けると、中学生時代と思わしきテスト用紙が大量に出てきた。
「……三十二点!」
カッスカスの点数である。自分は勉強やら宿題やらを全て居間で行っていたため、この勉強机に手を出したことはなかった。その結果がこのザマである。
別の引き出しからは、かなり昔のパソコンゲームソフトが出てきた。
「……XP!!」
すっかり非対応になってしまっている。どうしろというのだ。
これはまずい。一旦これらは放置して、押し入れから処理しようと開けてみたところ。
「……積みプラ!!!」
母の趣味だ。天袋から下までみっちり、プラモデルの箱が詰まっていた。相田でもぼんやり分かるものからさっぱり分からないもの、そもそも何のジャンルだか見当もつかないもの、接着剤を使い塗装もしなければならないようなもの、それら全てが中途半端に組み立てられたまま放置されているのだ。
日本に帰ってくるたびに買い、出立ぎりぎりまで組み立てていた姿を今でもはっきりと覚えている。時間がない、といつもぼやいていたっけ。
「片付けろォ! せめて! 片付けてから! 片付けェ!」
ゲームもプラモデルも、これでは売ることもできない。その辺は佐伯からよく聞かされているので知っている。
捨てるしかない。引き取り手がいるならいいが、これを全てというわけにも行くまい。
そして、部屋の隅にうず高く積まれたままの段ボール箱。とてつもなく嫌な予感がするが、確認しないわけには行かない。恐る恐る開けてみると。
「漫画かぁ」
昔の少年漫画が詰まっていた。やたら重かったのはそのせいだ。確かこれはアニメでやってたな最近、こっちはドラマでやってなかったっけ、と、相田でも分かるようなものがちらほらと見受けられる。
「途中からは読んだんだよね……第一部は知らねえや」
と、一冊手に取ってしまったのが運の尽き。相田は知らなかったのだ。片付けをするとき、本でもアルバムでも、その中身を決して見てはならぬという古代からの教えを。
先輩に「明日の朝ごはんはいらない」と伝えなければ、と思い出したのは、第二部を読み終えた辺りだった。
「うっわヤベヤベヤベヤベ」
慌てて畳の上に放り投げていたスマホを取り、チャットツールで要件を打ち込む。明日の朝にでも確認してもらえれば良いだろうというつもりで。
それなのに、すぐさま返答が来たのだ。了解、というスタンプが。
「…………ん?」
手が空く状況なのか? そんなはずはない。はずだ。だってそのつもりで。
疑問に思ったら即聞く。素直に、相田は「今、お手すき?」とたずねた。返答、「うん」。間髪入れず、相田は通話ボタンを力いっぱい押していた。
「はいよーもしもしー、朝飯いらねえの?」
「どうして! 今! 手が! あいて! るんですか! おかしいだろ!」
コール音一回にも満たぬ段階で出た網屋に対し、絶叫した。きっと、向こうには音が割れている状態で聞こえているだろう。
「どうしてって、そんなぁ、あいてるもんはあいてるんだよ」
「椿は? 帰ったんですか?」
「うん」
「ウンじゃねえ! どうして!」
「どうしてって、そりゃ遅い時間だからさあ、マスターさんとか心配するでしょ」
「そうじゃねえええええええええええああああああああああ!」
「え? え? こわいよぉ」
「これだから先輩はさぁ! どうしてわざわざ俺が部屋から離れて実家にまで来たのか! ちょっと考えてみてくださいよ!」
「え、お前実家行ってたの? …………あ」
息を呑む気配。がたり、と音。崩れ落ちたか。
「あ……ああー?! そういう? ええ? そういう……うわああああああ?!」
「馬鹿! のんちゃんのバカーッ! 軟弱者ォ! そんなんだからモテナイ村なんだ!」
「えっ、えっ、素直に帰ったよ椿さん、親御さんも心配するから早く帰りなって言ったら、うんって」
「椿も椿だ、なんでアイツ帰っちゃうんだよ! 帰れって言われても粘れや! 帰らないっていう姿勢を見せろ! 両方ともボケナス! おバカ様!」
「うわあああああああああああ?!」
「今頃悟ったか! レースが終わった後に気付いても遅いんだ! レース中に! 悟って!」
「わっ……わあッ……」
「泣いても遅いんじゃ!」
大きな溜息が出る。なんでこんなことになってしまったのか。
とりあえず、網屋の声のトーンから察するに無事くっついたのは見当がつく。それだけはヨシとしよう。
「先輩、やっぱ明日の朝飯、食います。いつもの倍量用意して」
「ひゃい」
「あと、漫画持ってくから読んで」
「なんでぇ?」
「うるせえ! 巻き込んでやる!」
知らん。もう知らん。アレとコレも全巻持ってってやる。で、先輩の部屋に置いとく。絶対に許さん。
「あと角煮食いたいから作って。でかいやつ。なんか祝い的な感じで」
「角煮?!」
「あとすき焼き」
「すき焼き?! クリスマスシーズンにすき焼き?!」
「じゃかあしい! しのごの言うな!」
口からは罵詈雑言のようなものが出てくるが、相田の顔は笑っていた。こうやって、外堀から埋めてしまえば良いのだと悟ったからだ。
先輩、貴方が思っている以上に、周りの人間は先輩のことをこっちに引きずり込もうとしてるんですよ。
手を差し伸べてばっかりの先輩。これからはこっちから、手を掴んでいくんだ。
知らん。もう知らん。どいつもこいつも、救われてしまえば良いのだ。
「相田、なに笑ってんだよ」
「アラヤダ漏れてました? ウフフー! ドゥフフフフー!」
「怖い!」
「ドゥフフフフヒヒヒヒヒ! ウェヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
「笑い方怖ぁい!」




