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鼻歌。小気味よく動く手と、包丁。リズミカルに厚めの輪切りにされてゆくのは大根。
網屋は今、本日の夕飯であるおでんの支度をしている。キッチンに置かれた、山のような練り物と野菜とその他諸々。卵は既に茹でてあり、後で殻を剥かなければならない。
大根は皮を厚めに剥いて面取りをし、下茹でする。少しの手間がうまさに繋がるのなら、惜しみなくかけるべきだ。そう、網屋は考えている。
下ごしらえをしながら口ずさむ鼻歌は、歌詞が混ざったり混ざらなかったりであやふやだ。歌も日本のものやら英語圏のものやら、新しいのから古いのまでとりとめもなく並ぶ。身近な人間が聞いていたものを覚えてしまった、というのが大半だ。佐嶋やシグルドやボルドは、よく歌っていたなという記憶。
包丁を動かしながら、網屋の意識は料理とは別のところに飛んでいた。
楠木という男との邂逅のこと。
その時の仕事のこと。
顔を合わせてしまったおまわりさん達のこと。
塩野に余計な手を煩わせてしまったこと。
相田に死亡現場を至近で見せてしまったこと。
物理的な証拠は一切残していないはずだが、その後に確認できたわけではないこと。
あと。椿さんのこと。
これ以上、誰も巻き込むべきではない。ただでさえ相田を巻き込んでしまったことに対し、未だ後悔の念が渦巻いているのに。
だから、だから、まだ間に合う。そのはずだ。間に合わせなければならない。何かあった後では遅いのだ。何もなかった、で済むならそれが一番良いのだ。
だから、自分が我慢すればいいだけ。なかったことにすればいいだけ。
そもそも、こんな想いは分不相応だ。抱くべき感情ではなかったのだ。浮かれすぎていた。調子に乗っていた。もしかしたら、なんてことを考えたりもした。今の空気感が崩れるのを恐れもした。
もう、それどころじゃない。そんな場合ではない。現実を見ろ。今、ここしかないのだ。
ぼんやりと口ずさんでいた英語の歌詞が網屋自身に突き刺さる。
愚かな男。うまくいくと思っているのはお前だけ。あの娘はきっと立ち去って、もう二度と振り返らない。うまくいくと思っているのはお前だけ……。
皮を剥けばいいだけの厚切り大根を、限界まで桂剥きしていたことにようやく気付く。左手に残っているのは鉛筆ほどの細さになった大根の真ん中部分。
「何やってんだよ……俺はさぁ」
吐き出す溜息は長い。




