グアテマラの香り * 02
「すいません、レジお願いします」
ぼうっとしながらカウンターの中でうろうろしていると、不意に声がかけられた。
「あ、はい」
我ながら間抜けだ。いつもだったら彼女が席を立った時点で気付くのに、今日はどうかしている。
「……五四六円になります」
レジを打ちながら、彼女の手ばかり見つめてしまう。どうしたって顔をあげることができない。
「一〇〇六円ですね、お預かりします。四六〇円のお返しです」
一瞬、彼女の手に触れた。小さい手だ。指も細い。彼女の肌はきっと絹のようにさらりとなめらかで、触れようと伸ばしたこの手をすりぬけていくのだろう。
そんなことを考えている僕は、重症かな。すっかり彼女に恋をしている。名前も聞けずに。
そんな僕だからあれで精一杯なのだ。
いくつになろうとも、恋愛だけは、コーヒーを入れるようにうまくはならない。
「ありがとうございました、またお越しくださいませ」
丁寧に彼女へ礼をした。いつもだったら僕が顔をあげる前に彼女は店を出て行く。だが、一向にベルの音が聞こえない。
僕はゆっくり視線をあげた、彼女の笑顔があった。
「あの、タバタさん、ですよね」
「ああ、はい。そうです」
「あの、クッキーありがとうございました。おいしかったです」
「え?」
「また明日も来ますね。それじゃ」
「あ……あ、ありがとうございました」
彼女はヒールの音を残して、光あふれる外へ歩いていく。はじめて見た愛想笑いではない彼女の笑顔が、脳内に焼きついて離れてくれなかった。
まだ、走れるだろうか。
あの光の中へ。
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