第1章 1
まだ冷たい初春の風が凍刹山を見渡せる断崖の原っぱで
昼寝をしている青年の劉・小狼【りゅう・しょうろう】に
凍刹山から優しく、吹き降ろされている。
「きゃぁぁぁ……」
突然の少女の叫び声に気持ちよく、寝ていた劉・小狼を
たたき起こされた。
どうやら、その少女の叫び声を劉・小狼が寝ている後ろの
深き森から聴こえてくるようだった。
その深き森は昼間でも日が差さず、盗賊などの住処になっている
村の者も誰も近付かない”魔の森”と呼ばれ、恐れられている森だった。
『なんだよ! 人が気持ちよく、昼寝をしているのに……』
劉・小狼は少し面倒くさそうに飛び起きると直ぐ近くに繋いであった
愛馬に跨り、肩に隼によく似た白い鳥を乗せるとそのまま、飛ぶように
その”魔の森”へと駆け出した。
その森の中を今にも泣き出しそうな表情をし、まだ幼さが残る
少女・水蓮【すいれん】が下っ端の盗賊らしき小鬼【ゴブリン】らから
必死に逃げ惑っていた。
「こらぁ。待てぇ!…… 大人しくするんだよ!」
下っ端の盗賊のゴブリンの一匹が水蓮の服を
掴み掛かろうとしたその時……
水蓮の服に掴みかかろうとした下っ端の盗賊のゴブリンの手を
飛んできた矢が射抜いた。
「何者だ!……」
盗賊のゴブリンらが飛んできた矢の方を一斉に見ると
そこには凛々しい顔をし、馬上から弓を構える劉・小狼の姿があった。
「邪魔をするな!……」
自分達に矢を射掛けた劉・小狼に怒った盗賊のゴブリンらは
小狼に目掛けて、襲い掛かってきた。
だが、劉・小狼は慌てることもなく、すばやく弓に矢を番【つが】えると
連続して、襲い来る盗賊のゴブリンらに矢を射掛け、一瞬にして
彼らの動きを止めた。
すっかり、劉・小狼の私の強さに恐れ怯えた盗賊のゴブリンらを
呼び戻すかのように”魔の森”中に甲高い口笛が響き渡った。
それを聴いた盗賊のゴブリンらは
「覚えていろよ!……」
と言い、蜘蛛の子を散らすかのように劉・小狼の元からいなくなった。
「……た、助かった。」
水蓮は自分に対する危機が去ったのを感じてホッとし、
力が抜けたかのように泣きながら、その場に崩れるように座り込んだ。
劉・小狼は馬から降りると水蓮の元に歩み寄り、
「大丈夫か?……」
水蓮に優しく手を差し伸べた。
その様子を”魔の森”の中の小高い丘の上から
馬上の上から険しい表情で見詰める長い髭の男がいた。
「もう大丈夫だから……。さあ。戻ろう。
家まで送ってあげるから……」
劉・小狼は泣きじゃくると水蓮を優しくなだめた。
「……うん。」
優しい劉・小狼に一頻【しき】り、泣いて落ち着いた水蓮は
小さく頷くと劉・小狼の手を強く握り締めた。
劉・小狼も水蓮の手をグッと握り締め、水蓮の体を
引っ張り起こすと自分と共に愛馬に跨らせ、”魔の森”から
抜け出た。
劉・小狼は愛馬を走らせながら、
「家はどこ?……」
と水蓮に尋ねると水蓮は劉・小狼にしっかりと抱きついたまま、
「翔樺邨【しょうかそん】。」
自分の家がある場所を劉・小狼に教えた。
「翔樺邨ね……」
劉・小狼は愛馬を走らせ、白雲庄の西にある小さな村の翔樺邨に
水蓮を送り届け、
「じゃあ!……」
自分のそのさらに西にある、かつて関邦の配下で今は杜闑の配下と
なっている孔游が守る砦・凍炎【とうえん】に戻った。