第47話 そして帰路へ
俺は奥の扉を開ける。
そこには、簡素な椅子の背もたれに寄りかかるように座っている夫人――カトレーナの姿があった。
カトレーナは、俺たちの姿を見て一言――
「そう……、負けたのね……」
残念な、それでいてどこかすっきりしたような顔で俺たちを見つめる。
俺は、不思議とカトレーナへの一歩が踏み出せずにいた。
その時、彼女がおもむろに袖から何かを取り出し、口に含む。
「あっ!」
気づいた時にはもうすでに遅く、カトレーナはその何かを飲み込んでいた。
「――これで終わり。私も……、そして憎むべきマリアンヌも……」
そう呟くと、カトレーナはそのまま頭を垂れる。
黒いもやのようなものが彼女の体から発せられる。
「……カナタ! 早く浄化を!」
珍しく慌てた様子でミサキから声がかかる。
俺はその言葉に従い浄化の詠唱を唱える。
「ホーリーフィールド!」
聖なる光が正体不明の黒いものを包み込むように発生する。
その時、俺の意識が遠のきそうになる。
一度経験したことがあるので分かる。おそらく魔力をごっそり持っていかれているのだろう。
「カナタ、手伝うよ!」
ミウが俺の魔法に重ねて浄化魔法を唱える。
ようやく黒いもやのようなものが、少しずつであるが消えていく。
どれくらい経ったのだろう?
随分と長い時間に感じられた。
黒いもやは綺麗さっぱりとなくなり、満足げな表情で永久の眠りについたカトレーナの姿のみがその場に残る。
「……ふぅ」
俺はその場で尻餅をつく。
疲れた……。今の状態はその一言のみで表せる。
「ミウも少し疲れたよ……」
地面にへにょんと突っ伏すミウ。
助かったよ、ミウ。お疲れ様。
「……お疲れ様、カナタ。自らの命を賭しての強力な呪いを浄化、さすが私の旦那様。これで呪いのこれ以上の進行は無い。」
ミサキがそのまま膝枕をしてくれた。
ここが部屋なら、このまま寝てしまいたいところだが、今の状況ではそうもいかない。
ミサキの発言に突っ込む気力は無いが……。
「よっ……と」
軽く勢いをつけて立ち上がる。
多少ふらつくが、何とか大丈夫なレベルだ。
その時、俺たちが入ってきた扉から勢いよくサツキが入ってきた。
「…………遅かったようですね」
カトレーナの姿を見てそう呟くサツキ。
どうやら加勢してくれるつもりだったらしい。
金ピカの姿が見えない所を見ると、何処かに避難させてきたようだ。
「ああ、かなり疲れたけどね。それより呪いを分析しないと……」
「それなら心配はないです。もう始めています」
そういえば、隣の部屋から人の気配がする。
聞くと、公爵家のお抱え魔術師たちが、急ぎ分析を開始しているとのこと。
加勢の為の部隊だったらしいが、既に戦闘が終わっていた為、呪いの分析に回ったらしい。
「なら、俺たちはもう大丈夫かな? さすがに疲れた」
「ええ。前の分と含めて後でお礼をさせてもらうわ」
いや、それはいいんだけどね。
とりあえずお言葉に甘えて、この場を退場することにしよう。
俺たちは隣の部屋で魔法陣などの分析をしている魔術師たちを横目に、部屋を通り抜け屋敷の外に出る。
太陽の光が俺の顔に照りつける。その眩しさに思わず目をつぶる。
小さい体を震わせ、一生懸命のびをするミウ。
ミサキは相変わらずのポーカーフェイスだ。
「よし、帰ろう! 俺たちの家へ」
俺たちは疲れた体を癒すべく、帰路についた。
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「ぐぅ……っ、痛っ!」
薄暗い空間に、膝をついた影が一つ――。
「どうしたのだ、アレスよ。このようなひどい状態で……」
その空間の奥から、威厳のある声が響く。
「はっ、少し不覚を取ってしまいまして――。だが、二度はありません」
その声の主に、少し緊張した面持ちで答えるアレス。
「キャハハハハッ! ドジだなぁ。弱くなったんじゃないのかい?」
「何だと!!」
アレスはその声の主をにらみ返す。
声の主は、その睨みにも悪びれることなく空中を旋回する。
「やめるのだ、チック! ――――しかしアレスにそこまでの傷を負わすもの、興味深い。傷が治り次第、詳しく聞かせよ」
「はっ!」
声の主に頭を下げ、奥へと下がるアレス。
そこには重厚な声の主とチックのみが残る。
「ふぅむ。――ヴニーレ!」
「はっ! ここに!」
声に従い、黒を黒で塗りつぶしたような翼を持った男が現れる。
「アレスが活動していたのは、たしかコルソの街だったな……。お前に部下を付ける、情報を集めてこい。ただし深追いはするな。アレスにあれほどの傷を負わせた者、おそらくお前では敵うまい」
「かしこまりました」
一礼をし、飛び立つヴニーレ。
その漆黒の翼は、夜の闇へと消えていった。
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