第26話 族長であり、父であり
ダンジョンに入るようになって1週間が経った。
俺たちは順調に階層の攻略を進め、現在は9階層まで到達している。
ダンジョンで手に入る素材の販売により、お金もある程度貯まってきた。
そろそろ防具でも買おうか、と思う今日この頃である。
別荘から宿の一室に戻り、いつものように朝食を取る。
今日の朝食メニューは、サラダ、黒いパン、赤い豆スープだ。
スープの味はまずまずだが、パンはそのままでは固く、スープに浸して食べなければならない。
なまじ別荘で前世そのままの食事を取っているので、そんなところにも不満を感じてしまう。
唯でさえ、毎朝作ってくれているスラ坊特製お弁当が絶品なだけに、その不満を感じているのは俺だけでは無いはずだ。
現に、ミウは俺の食べている朝食を少し分けるだけで「おなかいっぱい、もういらない」と言うが、昼食のお弁当となると、自分の分を早々に平らげ、さらに俺の食べている弁当まで欲しがる。
その事からも、朝食に不満を感じているのは確かだろう。
朝も別荘で軽く食べてくるか……。
そんなことを考えながら固いパンをかじっていると、ある噂話が俺の耳に入ってくる。
「ペタの村付近の森にオークが集団で現れたらしいぜ。近くギルドで討伐隊が編成されるらしい。ひょっとしたら稼げるぜ…」
それを聞いた俺は、朝食タイムを即座に終了させ、急いでギルドに裏取りに行く為に立ち上がる。
「……どうしたの」
ミサキが聞いてきたので、ミサキ、ミウにも事情を話す。
「カナタ、行こう! オークさんたち危ないよ!」
ミウが珍しく慌てた様子で俺を急かす。
言われるまでもない。
俺たちは足早にギルドへと向かった。
どうやら情報は正しかったようだ。
ギルドでは討伐隊の募集がされていた。
屈強な戦士たちが続々討伐隊にエントリーしている。大規模な討伐隊になりそうだ。
「あなたたちも討伐隊に参加希望の方ですか?」
カウンターだけでは追いつかず、フロアで冒険者の整理をしているギルドの女性職員に声をかけられた。
俺はそのことを否定しようとするが、別な場所からの声がそれをさえぎる。
「そんな坊ちゃん、嬢ちゃんが参加なわけないだろう! お子様は帰ってママのおっぱいでも吸ってろや!」
目をやると、斧を担いだマッチョ系のおっさんが、にやにやとこちらを見ている。
おそらく先ほどの声はこのおっさんだろう。必殺技はスクリューパイルドライバーかな?
とりあえず無視を決め込み、職員に違う旨を伝える。
「おら小僧! 無視してんじゃねえぞ!」
おっさんは顔を真っ赤にして怒りをぶつけてくる。
もう得たい情報は手に入れた俺たちは、ギルドの出口へと向かう。
「糞ガキが!」
おっさんが後ろから俺に殴りかかってくる。
ある程度予想が出来ていた俺は、すんなりとそれを躱す。
あまりの大振りのパンチの空振りに、おっさんは足がもつれ、その場に転倒する。
「あっはっはっ! 逆に軽くひねられてちゃ世話ねえや!」
周りの冒険者がそれを見て笑い出す。
もうおっさんの顔はゆでダコのように真っ赤だ。
「やめてください! ギルド内での私闘は処罰の対象ですよ!」
先ほどの女性職員が大声を上げて静止する。
「ちっ! わかったよ!」
おっさんは立ち上がり、仇でも見るような顔でこちらを睨みながらギルドから出ていく。
いや、俺は何もしてないから。
さて、状況は確認できた。
明日にでも討伐隊が編成され、討伐に向かうそうだ。
俺たちは馬車を飛ばし、オークたちのいる森へと向かう。
「急いで、ユニ助!」
「ふん。チビに言われんでも分かっておるわ!」
ユニコーンの末裔というだけあって、かなりの速度が出ている。
下手をすると馬車の方が壊れてしまいそうだが、そこは見極めてくれているらしい。この分なら小一時間もしたら着きそうだ。
焦る気持ちを抑えて、俺はじっと馬車の中で到着を待った。
「来るなら来い! 返り討ちにしてくれる!」
「おう! 我らの力を見せつけてくれようぞ!」
「仲間の敵討ちだ! やってやるぜ!」
狭い小屋の一室が、今にも壊れそうな位の怒号が乱れ飛ぶ。
族長たるゴランは、胡座をかき、目をつむりながらその怒号をじっと聞いている。
周りもゴランの様子に気がついたのか、次第に怒りの声が収まっていき、最後には水を打ったようにように静かになる。
ゴランはゆっくりと目を開き、穏やかな声で俺たちに言った。
「皆の総意は聞いての通りだ。儂は族長としてその総意を汲まねばならん。伝えに来てくれたことは感謝する。すまんな」
そう言い終わると立ち上がり、集まっているオークに対して号令を出す。
「野郎どもは戦いの準備をしろ! 愚かな冒険者どもに儂らの力を見せつけてやるぞ!」
「「「「おおっ!!!」」」
その号令とともにオークたちは小屋から出ていく。
どうにかならないものか、と俺が思案に暮れているところに、再びゴランが話しかけてくる。
「お前らに頼みがある。グランを連れて行ってくれないか?」
俺はゴランの目を見返す。
そこには族長ではなく、父親としての優しい目があった。
「あいつはまだ若い。まだまだ色々なことを見て、成長し、生を全うして欲しい。族長としては甘いかもしれんがな」
そう言うとゴランは笑った。
俺には、それはもう死ぬ覚悟のできている男の顔だと感じた。
「わかった。グランのことは任せてくれ」
俺がそう言うと、ゴランは俺に頭を下げ、小屋を出て行った。
「どうするの?」
ミウが聞いてくる。
「わからない。本当は皆を避難させたいけれど、ゴランは決して頷かないだろう…」
俺は心の中で葛藤する。
「とりあえずグランの所に行こう」
そう言って、俺たちも小屋を後にした。
集落の奥へと俺たちは足を進める。
そこには、小岩の上にうつむいて座るグランがいた。
どうやら全て分かっているようだ。
俺はグランを呼びかける。
「グラン。大丈夫か?」
大丈夫な訳はないが、俺には他にかける言葉が見当たらなかった。
グランが驚いたように頭を上げる。見ると目には涙が溜まっている。
「お兄ちゃん……」
みるみるうちに新たな涙が溜まっていく。
その涙が限界まで溢れ、とうとうポロポロと流れ出す。
俺はグランを何も言わず抱き寄せた。
グランの押し殺した泣き声に、俺は回した手に力を入れることしか出来なかった。
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