二人で出掛けました
私は駅前の時計台に行くために歩いている。
時刻は十一時ちょっと過ぎ。
待ち合わせ場所に着くのは後、五分くらいかかる。
待ち合わせの時間は十一時半だから、このまま行けば待ち合わせの時間よりも少し早く着きそうで、私はちょっと早すぎたかな?と思いながらも歩く。
一昨日の夜に薫さんが日曜日、つまり今日、映画を見に行かないかと誘われ、私はちょうど暇だったので薫さんの誘いを受けた。
久しぶりに映画を見れる事にうきうきしながら、私は待ち合わせ場所に着くと、人がごった返していた。
私は早めに着いたので薫さんを待とうと思い、時計台の真下で立ってようと、そこに行けば、男性二人がナンパをしていた。
女性を見ようと思ったけど、私の位置がちょうど男性達が邪魔で女性の姿が見えない。
私は初めてみたなあと呑気にナンパをしていた男性達の話を聞く。
「ねぇ、君。今暇?」
「一緒に俺等と遊ばない?」
「いえ、人を待っているので……」
何か捻りのないナンパだなあと思い、ナンパをされていた女性の声を聞いて、あれ?と思う。
何か知っているような声だと思い、とりあえず女性が見える位置に移動すると、私は驚いた。
ナンパをされていた女性は、私が待ち合わせの約束をしていた、とても可愛い服を着た薫さんだったのだから。
私は薫さんがナンパをされているのにびっくりしていたが、薫さんは美人さんだから仕方がないか、と思い、どうやってナンパ男達を諦めさせようかなと考えはじめる。
例えば私が待っている薫さんの所に行っても、私もついでにと言う具合に誘うだろうし……。
もし、私が男だったら簡単に引き下がってくれるかなあと考えて、ふと思い付く。
私の今の格好はラフな感じで、パーカーにズボンだ。しかも二つとも兄さんのお古。
どう見ても男が着るような服だし、髪の毛を何とかすれば私でも男に見えるかも知れないと考える。
ちょうど良いことにキャップの帽子も被っているから、帽子の中に髪を入れる。よしっ!と気合いをいれ、出来るだけ声を低くし、薫さんに声を掛ける為に三人に近づく。
「ごめん。待った?」
「…………いつき?」
「うん。早く行こうか」
私はそう言って薫さんの手を握る。
すると男の人達は何こいつ?みたいな感じで私を見てきて、その内の一人が私に言う。
「何?君、彼女の彼氏?」
「……彼女が待っている間、話し相手になってくれて、ありがとうございました」
私はどうにか笑顔を作り、ナンパをしていた人達に向けて言った。
ナンパをしていた人達は渋々ながらも、引き下がってくれて本当に私はほっとした。
もしこれで引き下がってくれなかったら、どうしようと内心ヒヤヒヤしていたから。
薫さんの手を引いてその場を離れ、大分ナンパされていた場所から離れたので立ち止まると薫さんが言う。
「いつき。あ、あの!助けてくれてありがとう」
「どう致しまして。でも、びっくりしたよ。薫さんがナンパをされているなんて」
私は笑いながら言うと薫さんは苦笑し、言う。
「私もナンパは初めてされたよ。彩は何度かあるらしいけど」
「そうなの?でも、確かに彩ちゃんもナンパされやすそうだよね」
私は頷きながら言い、他の生徒会メンバーもナンパとかされやすそうだよなと思った。あ、でも片岡さんは逆ナンとかされそう。どちらかと言えばイケメンって言う感じだし。
それにしても薫さんがナンパをされたのがさっきので初めてだなんて少し驚いた。
薫さんもよくではなくてもナンパをされた事はあると思っていたから。
「いつき。映画の時間が始まるのが一時半頃だからまだ早いけど、どうする?」
「そうなんだ。じゃあ、ちょっと早いけど、お昼ご飯を食べる?お腹も空いたし」
「じゃあ、そうするか。私、お弁当を作ってきたんだ」
薫さんは少し恥ずかしそうに私に言ってきた。
あぁ、だから少し大きめの鞄なんだと私は思った。薫さんは料理上手だとこの前分かったから、このお弁当も美味しいんだろうなと思い、嬉しくなって、私は薫さんに微笑みながら言う。
「それじゃあ、どっかの公園に行ってお弁当を食べようか」
「……そ、そうだな」
「公園ってこっちだったけ?」
私は少し道が分からなくなったので薫さんに聞いてみた。
薫さんは少し顔を赤くしながら合っていると言ってくれた。
「薫さん、顔が赤いけど、大丈夫?」
「えっ?あ、だ、大丈夫だ。ただ少し暑いだけだから……」
私は少し気になっていた事を聞くと、薫さんは慌てたように答え、確かに、と思う。
もう十二月に入ったのに今日はとても暖かい。
だから私はその事に疑問も持たずに納得した。
◇◇◇
私は戸惑っていた。
初めてナンパをされていたからだ。
何時もは彩が目当てだと分かるナンパで、私がそれらを追い払っているのだが、私だけの時は今までなく、困惑した。
だけど、待ち合わせていた相手のいつきが助けてくれて何とかナンパ達は引き下がってくれた。
その時はとても嬉しかった。
私の事を彼女とか言ってくれたし……。
思い出しただけで顔が熱くなりそうだ。
「薫さん、顔が真っ赤だけど、どうしたの?」
「えっ!?いや、なんでもない」
「そう?」
どうやら、なりそうではなく、なっていたようだった。
私が作った玉子焼きを食べた後、おにぎりを持ち、首を傾げながら聞いてくるいつきに私は「大丈夫だ」と返すと、いつきは少しだけ顔を訝しげになった後、おにぎりにかじりついき、うん。美味しいと言いながら顔を綻ばせた。
どうやら、なんとか誤魔化せれたようだ。
いつきがナンパを追い払ってくれた後、私達は今、公園で昼食を食べている。
また私の料理を食べて貰って、しかも美味しいと言われて、とても私は幸福者だ。
思わず顔が緩んでしまう。
「あ、梅干しだ」
「確かいつきは梅干しが大好きだったよね」
「うん、大好きだよ」
いつきは笑顔で私に向かって、そう言うから私は顔を真っ赤になり、思わず「私も!」と少し声を上げて言ってしまった。
「薫さんも梅干し好きなんだ。やっぱりおにぎりには梅干しだよね」
いつきは頷きながら言い、またおにぎりにかじりついた。
恥ずかしくて死にそうだ。
会話の流れから梅干しの話だと分かる筈なのに、何で私に向けられた言葉だと思ったのだろう。
……願望か。多分、いや、絶対にそうだ。
「そう言えば、この前にも思ったけど、何で私の好きな食べ物を知っているの?」
その言葉を聞いて私はやっぱり覚えていないんだな、と少し落ちこんだ。
私といつきは小さい頃に少しだけ遊んでいた事があるのだが、いつきは忘れているらしい。
仕方がない事だとはわかってはいるのだ。随分前の事だし、遊んだと言っても二日くらいしか一緒に遊んでいないのだから。
だけども、やっぱり落胆する。
いつきはあの時の約束も忘れてるんだ……。
「……薫さん?」
いつきが気遣うような声で私を呼んだので慌てて、私は俯かせた顔を上げると、とても心配そうな顔をしたいつきが私を見ていた。
「何?いつき」
「何か、泣きそうに見えたから……」
いつきの言葉を聞いて、私は思った以上にいつきが約束を覚えていない事にショックを受けていたんだと分かった。
いつきに心配を掛けたくないから、私は表情を何とか笑みを浮かべながら言う。
「見間違いじゃないのか?……いつき、お茶いる?」
いつきは何かを言いたそうにしていたが、私はいつきのコップが空だったので続けざまにいつきにお茶がいるかどうかを聞き、いつきが困惑をするように頷いていたので、コップにお茶を入れる。
さっきまで良い雰囲気だと思ったのにな……。
私といつきは少し微妙な空気の中で昼食を食べ終え、映画館へと足を運ぶ。
先程とは違うのは手を繋いでないだけだ。
なのに何だか寂しく感じる。
それにいつきは私が女の子らしい服装をしているのに、ちっともその事に気がついていない。
まぁ、仕方がない事だとは分かってはいる。
いつきと会うときは殆ど学校なんだから、私の普段着なんて知らない筈だし……。
せっかく彩にお洒落をさせられたのに……。
……駄目だ。
違う事を考えよう。せっかくいつきと一緒にいるんだしネガティブに考えるのはよそう。
そう言えばいつきは何時まで髪の毛を帽子の中に入れているのだろうと思い、聞いてみたら、単に忘れていたようだ。
いつきは帽子を外して髪の毛を下ろす。
その様子を見て私は、初めていつきと会った時はまるで男の子の様に髪が短かったな、と思い出す。
まるで、と言うかいつきを学校で見かける前までは私はいつきが男の子だと思っていたのだけど……。
◇◇◇
映画を見終え、外に出ると私はまだ興奮をしていた。
なにしろ先程見た映画は大当たりで、とっても壮大で感動的だったからだ。
王道のファンタジーで三部作らしく、今回見たのは一作目で続編がとても待ち遠しい。
二作目も絶対に見る事に決めた。
私はちらりと薫さんを見ると、映画のパンフレットを見ていて、薫さんがふと、顔を上げて私に話しかけてきた。
「いつき。どっかでお茶をしないか?」
「うん。いいよ」
「じゃあ、お勧めの所があるんだ。そこに行こうか」
薫さんがそう言うと、歩き出し、私はその隣を歩く。
映画を見る前は少し微妙な空気だったが、今はそんな事もなく、映画のおかげかな、と思った。
薫さんに連れられて着いた場所は裏通りにひっそりとある結構古そうな喫茶店だった。
中に入る時にカランコロンと音が鳴り、その音でカウンターでテレビを見ていた白髪の歳を取った男性がこちらの方を見ると、微笑んで「いらっしゃい、薫ちゃん」と言ってきた。
「お邪魔します。才藤さん」
「珍しいねぇ。薫ちゃんがお友達を連れて来るだなんて。……いつものでいいかい?」
「私はいつものでいいよ。いつきはどうする?」
「私も薫さんと一緒でいいです」
「はいよ」
老人はそう言いながらカウンターの中に入っていく。
私達は奥にある四人掛けのテーブルへと座る。
店の中は外見どおり古い感じで、有線ラジオが流れていてとても落ち着く所だ。
卓上にはメニュー表、塩と砂糖がある。塩は市販に売ってある物だが砂糖は亀の陶器の入れ物に入っていて、何かこういうのいいなあ、と思った。
「はい、お先にお冷やとおしぼりをどうぞ」
老人がお冷やとおしぼりを置きながら言い、私は軽くお辞儀をしながら「ありがとうございます」と言った。
「ここにはよく来るの?」
「あぁ、月に数回程度だが」
私は周りを見渡しながら、ふ~んと呟く。
ふと、出入口方面を見ると、雑誌と新聞、漫画が数冊だけ置いてあり、こういう雰囲気は結構好きだなあ、と思った。
「はい、お待たせ」
暫くすると、おじいさんが来て、紅茶とクッキーを置いて、おじいさんはカウンターの中に入って行った。
少し意外だ。
薫さんはてっきり、コーヒーをいつもとは言わないけど、コーヒーを頼んでいると思っていが、まさかの紅茶だった。
「薫さんは紅茶が好きなんだね。何か紅茶かコーヒーって言ったらコーヒーってイメージだったから少し意外」
「そうだね。どちらかといえば、コーヒーをよく飲むけど、ここの喫茶店は紅茶も美味しいから、ここでは紅茶を頼むんだ」
薫さんはカップを手に取り、紅茶を飲む。
薫さんが紅茶を飲む姿は様になっているなあ、と思いながら私も紅茶を飲む。
「おいしい。私、初めてこんなにおいしい紅茶を飲んだよ」
「そうか、それは良かった」
薫さんがほっとしたように微笑んで、カップを持ち上げて口に付けた。
それから私達は薫さんのお勧めの喫茶店で、先程見た映画の話で盛り上がり、二部作目も今度は二人で見に行こう、と薫さんが言ってきたので、それを私は楽しみだね、と約束をして喫茶店を後にした。
「いつき。手を繋がないか?」
帰り道の途中、薫さんが顔を真っ赤にし、意を決したように、その上緊張しているみたいで、しかも何か不安そうに私に言ってきた。
私はどうしたんだろう、と思いながらも薫さんに良いよ、と言い、手を伸ばす。
薫さんはおずおずと私と手を繋ぐ。指と指を絡めるように。
確かこれって、恋人繋ぎって言うんだっけ。
「今更だけどさ、その服可愛いよね」
「……え?」
「学校でのイメージではキリッとしていてかっこいい感じだったから、服装はスカートじゃなくてジーンズとかだと思ってた」
私はそう言えば、と本当に今更ながらの事を言ったら、薫さんは立ち止まり、俯きながら言う。
「やっぱり似合わないかな?……彩に無理矢理これを着させられたんだ」
私も薫さんと手を繋いでいたので、私も立ち止まり、薫さんの方を見る。
薫さんは俯いていて顔を見れなかったけど、声で不安そうにしているのがわかり、慌てて私は言う。
「似合ってるよ!薫さんはとっても可愛いよ!!」
「……本当か?」
「本当だよ!その服、似合ってるし薫さんも可愛いよ!!」
薫さんはこちらを伺うようにチラリと自信がなさげに見て、私に聞いて来たので私は自信満々に答えると、薫さんは頬を染めて、ほっとするように笑う。
その笑顔はとても綺麗で、思わず見惚れた。
私が見惚れていると、薫さんは不思議に思ったのか聞いてきたので、私は正直に見惚れていた事を言うと、薫さんは恥ずかしくなったのか、顔がとても赤くなり、涙目になって、少しだけ俯いてこちらを伺っていた。
私はそれを見て、ドックンと心臓が脈を打つのがわかった。
薫さんがマジで可愛すぎるんですけど……。
心臓がドキドキ言ってて、私の顔も赤くなっていくのがわかる。
ほんの少しの間、私は固まっていたけど、視線を感じて周りを見ると、人が私達をチラチラ見ていて我に返った。
……そう言えばここ、歩道のど真ん中だった。
それに気づくと私は慌てて薫さんの手を引き、待ち合わせ場所にしていた駅に向かう。
薫さんはいきなり私が歩き出したのに驚いてき、私に引かれている様な感じになっていたけど、薫さんは少し私よりも背が高いから、直ぐに私の隣で歩いていた。
薫さんは私にどうしたのか聞いてきたけど、私はそれを答えずに薫さんに笑いかけながら言う。
「もう暗くなりかけてるから家まで送るよ」
「えっ、大丈夫だから送らなくても良いよ。いつきが危なくなるし」
「私は大丈夫だよ。昔、合気道習ってたし」
「それでも危ないから」
「大丈夫。この前送って貰ったしね」
私は強引に薫さんの家まで送る事に成功した。
私が何で慌てて歩き出したかというと、視線が恥ずかしかったのもあるけど何より、あの薫さんを他の人達に見せたくなかったのが大きい。
自分が何でそう思ったのかわからなかったけど。
そう言えば、薫さんの手を引いていた時、何か前にもこんな事があったような気がしたけど何でだろう?
私はどちらかと言えば、手を引かれる方だし……。
まぁ、後で考えよう。
※※※
薫さんと一緒に歩いている間はほとんど話さなかった。
何故かと言うと、私は口下手な上に、受動的な人でもあるからで、相手の人に話題を作って貰う方が多いのだ。
でも、何も話さなくても気まずい空気ではなかった。
薫さんと手を繋ぎながら暫く歩いていると、大きな家が見えてきて、薫さんはあれが自分の家だと言った。
家の前に来て思った事は純和風の家だなぁとでっかいな、だけだった。
「いつき、送ってくれてありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
私が笑いながら、そう返したけど、薫さんは私の手を繋いだままの向かい合わせになっていて、薫さんはそのまま俯いてしまった。
私はどうしたんだろうと思い、聞こうとしたら、急に薫さんが近づいてきて驚いた。
私の頬に何かが当たったなと思ったら、薫さんが顔を真っ赤にしていて、私はそれにもびっくりした。
「いつき、今日は本当にありがとう!また明日!」
「え、あ、うん。また明日」
薫さんは捲し立てて言うと、家に入って行った。
何だったんだろう、と思いながら寮に戻るため歩く。
多分、頬にキスをされたんだと私はわかり、キスをされたであろう部分に手を当てる。
ほっぺたにキスをされるのは久しぶりで、その上薫さんの真っ赤になった顔を思い出したら何だか恥ずかしくなって、顔が少し暑くなった。
※※※
寮に戻り、夕飯も食べ終わって兄さんから借りた漫画を読んでいたら、お風呂から帰ってきた葵が話しかけてきた。
「いつき、今日は会長とデートだったんでしょ。どうだった?」
「どうって、楽しかったよ。映画も面白かったし」
「いやいや、何か進展はなかったの?」
葵はそう聞いてきて、少し疑問に思う事がある。
「葵。そう言えば、何で今日は薫さんと一緒に遊びに行ってたって知ってるの?まだ話してなかったよね」
「えっ、いや、彩にその事を聞いたからね。だからだよ」
葵は何故か少し慌てて言い、私は少し納得をする。
確か、薫さんの服は彩ちゃんに着せさせられたって言っていたっけ、と考えながら、今日あったことを思い出す。
「うーん。とりあえず、進展はなかったと思うよ」
「いや、あるでしょ。キスをされたとか」
「あぁ、そう言えばほっぺにキスをされたよ。……でも、これって進展って言うの?」
「…………。まぁ、どうだろうね。うん」
葵は唖然として、でもほっとしたようになった後、呆れたように言うと、私が兄さんから借りた漫画を読み始めた。
私は何なんだ?と思いながらも漫画の続きを読み始めようとして、ふと思う。
やっぱり小さい頃に会った事があるのかな、薫さんと……。
今日あった事を振り返るとそんなような気がする。
あぁ、何で私は記憶力が悪いんだろう。
こういうのは自力で思い出した方が良いんだろうけど、兄さんに聞こうかな。
やっぱりずるいよね。
でも、早めに思い出した方がいいから、兄さんに明日か明後日にでも電話で聞いてみよう。
お久しぶりです
遅れてすみません
しかも何か長いし……
おかしい部分があったら教えて下さい。
ありがとうございました