呼び捨てじゃなくてもいいと思う
そういえば昨日、薫さんと彩さんと友達になったんだよね、と少しだけ寝ぼけながら思った。
「おはよう!いつき。早く行かないと朝ごはんを食べれなくなるよ」
私の頭は朝ごはんと聞いて、少しはっきりとしてきた。
「おはよう、葵。少し待ってて、すぐに用意するから」
私の住んでいる寮では朝の決まった時間内に食堂に行かないと朝ごはんを食べられなくなるのだ。
朝ごはんを食べ損ねないように私は早く起きる。
今日の朝ごはんは焼魚とご飯とみそ汁、納豆というまさに日本の朝ごはんの定番メニューだった。
美味しかった。
ご飯も食べて、学校に行く支度をする。と言っても、教科書の用意はもう終わっているから、制服に着替えるだけ、だけどね。
「しっかし、まさかあの会長さんと姫宮さんに告白されるなんて……。いつき、いったいどんな接点があるのさ?」
「…………さあ?」
制服に着替え終わって、後は学校に行くだけだ。
でも、後少し時間があるから葵とお喋りをする。
葵が聞いてきた事は私も知りたいです。
そう思いながら、葵に言葉を返す。
「それなら、一目惚れなのかな?」
……一目惚れ、ねぇ。
私は黒色の眼鏡をかけて、髪の長さは肩よりも長いが腰までの長さはなく、顔つきは少したれ目がちの中性的な、何処にでもいそうな顔立ち。髪が短かった時によく男の子と間違えられたので、中性的なのだろう。
至って普通で、一言で言うなら地味なオタクっぽい感じ。
なのに、なんででしょうね?
※※※
学校に着くとやっぱり人が群がってきた。
理由は薫さんと彩さんの事だ。
「あの二人に告白をされたって本当?」「二人と付き合ってるの?」とかいろいろと矢継ぎ早しに質問をされて、私は何も言えなくなった。
次第に何故か質問をしていた私をほっぽって二人の噂話とかになっていき、ついには二人の話とは全く関係ない話になっていた。
なんで話がそれたのかなあと思い、いや、質問をされなくなって、それは私にとっては良いことだからいいのだけど……。
せめて、私の席の周りを囲んで話さないで欲しいと思った。
暫くすると先生が来て、やっとその状態から解放され、助かった。
次の時間は移動教室なので筆記用具などを持って教室から出ようとすると、声をかけられた。
「児山さん、さっきは大変だったね。大丈夫だった?」
「うん。大丈夫だったよ」
「そう。何か困った事があったら気軽に言ってね」
私がうん。と頷きながら言うと、委員長の田中さんが離れて、先に教室から出ていったグループの集団に入って行った。
田中さんはお世話好きなのか、よく私に話しかけてくる。
もう少しで二学期も終わりそうな時期に、まだクラスでよく一人になっている私を見て、心配しているのだろう。
私は人見知りが激しく、未だに葵以外とは用件のみの会話でしか話をしていない。
その上、いつも不機嫌そうな表情になっているみたいで、私に話しかけづらいのだそうだ。
私はそれを葵から聞いて、不機嫌そうに見えていたなんて、と少しショックを受けた。
その後、葵が「まぁ、いつきと過ごす内に本当はわかりやすい子なんだと分かったけどね」とも言われたけど、それはそれで何とも言えない気分になった。
その事を思い出していたら溜め息を吐きたくなってきた。
「おーい、いつき。何辛気臭い顔してるのさ」
「……そんなに辛気臭い顔になってた?」
「なってたよ~。どうしたのさ」
「別に何でもないけど、強いて言うならさっきのあれ、私が困っているの見て、面白がってたでしょ」
「いやあー、うん。面白かったよ。最後には関係のない話になってたしね」
葵が笑いながら言うのを見て、溜め息を吐くと、葵は「溜め息を吐くと幸せが逃げるんだよ」と言ってきたので私は「そうだねえー」と不機嫌そうに返す。
すると、いつの間にか次の時間に使う教室に着いていたので中に入って行き、席に座る。
葵は田中さんとは違うグループの子達に呼ばれ、そっちに行ったので授業が始まるまでの間、図書室から借りた本を読む事にする。
※※※
「いつき~。一緒に食堂に食べに行こう!」
「うん、いいよ」
お昼休みになり、葵が一緒にご飯を誘ってくれて、私はその誘いに嬉しく思いながら頷く。
葵はいろんなグループの子達と仲が良い。
なのでいろんな所で休み時間を過ごすけど、お昼ごはんは大体私と一緒に食堂で食べる。
食べ終わったら別行動になる事が多いけどね。
そして、いつものように葵と食堂に行こうと教室から出ると、私の名前を呼ぶ声がして、振り返って見るとそこには彩さんがいた。
「どうしたの?」
「一緒にご飯を食べませんか?」
何か緊張している様子の彼女に疑問を思いながら、首を少し傾げて聞くと、彼女は不安そうに言ってきた。
私はなんで不安そうなんだろうと思いながらも言う。
「別にいいけど、葵も一緒だけど、いい?」
「はい、良いですよ」
「なら、一緒に食堂行こうか」
彩さんは、はい!と笑顔で言うと、私の横を歩く。
そういえば、葵に彩さんも一緒で良かったのか聞いてないのに今気づいた。
「そういえば、葵。彩さんも一緒で良かった?」
「何言ってんの?良いに決まってるじゃん!」
葵がそう言ってくれるのは、何となく分かっていたけど、実際に聞いて少しほっとする。
「何食べる?」
「私は、Aランチかな。葵と彩さんは?」
「あたしはCランチ。もちろんご飯は大盛りで!!」
「わたしもAランチにします」
Aランチはラーメンとお好みでご飯がつく。
私はご飯も頼もうと思っている。
「そういえば、姫宮さんはいつも食堂でご飯を食べるんですか?」
「いえ、時々でしか食堂でご飯を食べませんよ。……あと、青柳さんもわたしと同い年なんですから敬語は良いですよ。名前も呼びやすい方でお願いします」
「んじゃ、彩でいい?あたしの事は葵でいいよ」
「はい、葵さん」
「彩は時々でしか食堂を使わないって事はいつもはお弁当なんだね」
「はい、そうです。薫さん達とと一緒に生徒会室で食べるんです」
「……達って事は会長さんだけじゃなくて他の生徒会のメンバーとも一緒に食べるんだ」
彩さんは「はい」と頷き、葵は「へー、すごいな」と返す。
私は会話の中に入らずに、ただラーメンとご飯を食べる。
内心はそうなんだ。と思いながら。
なぜ、会話に入らないかと言うと、食べるのが遅いからだ。
葵と食べてる時も大体、葵が話して私は相づちを打っているだけなのに、私よりも早く葵が食べ終わるのだ。
葵が食べる量は私よりも多い筈なのに……。
まぁ、葵が食べるのが早すぎるのもあると思うけどね。
私はこのラーメン、あっさりしていて美味しいな、とのんきに思いながらも二人の話を聞いてると、彩さんが私の事について葵に聞いていた。
いや、本人が真横にいるんだから本人に聞いてよ。
ついでに言うと、私の目の前が葵だ。
「葵さん、どうしたらいつきさんに呼び捨てで名前を呼んで貰えるでしょうか?」
「彩はいつきに呼び捨てで呼んで貰いたいんだ」
「はい」
彩さんは真剣な顔で頷くと、葵は私を見て、神妙そうな顔をし、その後に困ったような顔をして話す。
「んー、その相談はあたしには無理かなー。あたしだって呼び捨てで呼んでくれるようになったのって最近だしね」
彩さんは意外そうに「そうなんですか」と言うと葵が「そうそう」と何だか楽しそうに続けて言う。
「一ヶ月くらい前かな。いつきが呼び捨てで呼んでくれたのって。しかも、夏休みに入っても名字でさん付けだったし、やっと名前で呼んでくれたと思ったら名前でさん付け……。彩は今“彩さん”て呼んで貰ってるんだから、多分もう少しで呼び捨てで呼んで貰えるんじゃない?」
「そう、ですかね」
彩さんは少し不安そうで、でも嬉しそうにしながら、ちらちらとこっちを見てくる。
葵の方はまるで子供が楽しそうなおもちゃを見つけたようにこっちをニヤニヤと笑っている。
私は恥ずかしいやら、申し訳無いと思っていると葵がそういえば、と言う。
「彩は呼び捨てで呼んでないよね、いつきの事を」
「……えっと、確かにそう、ですけど。あの、恥ずかしくて無理そうです」
私は葵の言葉にうんうんと頷き彩さんの方を見ると、彩さんは言いづらそうに言ったら、顔を赤く染め、俯いた。
彩さんは肌が白いので赤くなるとすぐにわかる。
本当にかわいい子だなあ、と思い、まぁ呼び方は嫌なあだ名とかじゃなかったら何でも良いけどね、と考えた。
私はご飯を食べ終えると二人も食べ終わったらしく、食器を返却口に返す。
まだ少しお昼休みの時間があるから、もう少しお喋りをする事になったので、彩さんに聞いてみた。
「なんで呼び捨てで呼んで欲しいの?」
「その方が仲が良さそうに見えるじゃないですか」
「まぁ、確かにそうかもね。でもさぁ、呼び捨てじゃなくても仲が良い人達もいるじゃん?」
私はナイスだ葵!と思い、それに同意するようにうんうんと頷く。
もう一つ二人を呼び捨てで呼ばない理由がある。
それは、ファンクラブの人達が怖いからだ。
というかこの理由が大きいと思う。
「確かにそうですけど、ほとんどの人ががわたしを“さん”付けするので、いつきさんにはただ“さん”付けして欲しくないんです」
「そっかぁー。ならいつき、ちゃんと彩を呼び捨てで呼んであげなよ!」
葵が楽しそうに言ってくるのを見て、私で遊んでいるんじゃあと思ってしまったのは仕方がないことだと思う。
「…………じゃあ、彩ちゃんでいいかな?」
呼び捨てじゃなければ“ちゃん”付けで良いんじゃないかと考えて彩ちゃんに聞いてみる。
「……はい!」
彩ちゃんは満面の笑みで私に頷いてくれて、私はそれに少しだけ見惚れた。
チラリと葵の方を見ると葵も彩ちゃんに見惚れているようだった。
可愛い娘が笑うと目の保養になるよねぇ。さすが、彩ちゃん。などと意味もなく感心していると彩ちゃんが私に向かって話しかけてきた。
「あの、明日も一緒にお昼ご飯を食べませんか?薫さん達とも一緒に!」
「えっ、いいけど」
「ありがとうございます。じゃあ、明日は生徒会室で食べましょう!」
私はえっ!と思い、彩ちゃんに話しかけようとしたら、ちょうどチャイムが鳴る。
「あ、次の時間は移動教室なのでわたしはもう行きますね。じゃあ、明日のお昼にまた生徒会室で」
私は驚き過ぎて頷く事しかできなかった。
「ねぇ、葵どうしよう。生徒会室でお昼ご飯だなんて私には無理そうだよ。しかも私、弁当作れないよ」
私はいつも食堂でご飯を食べる。
何故ならご飯が作れないから。
「売店で買えば良いじゃん」
「そう言う問題じゃないよ!生徒会室で食べるんだよ!?多分、他の生徒会のメンバーとも一緒に食べるんだよ!」
「良かったじゃん。あの人達と近付けられる、だなんて嬉しい事だよ」
「そうかも知れないけど、私は目立ちたくないの!!」
「……それは、今更じゃない?」
私は葵に言われて、確かに、と思った。
あの二人に告白をされて断り、友達になったのだから嫌でも目立つ事になったのだから。
「葵も明日、一緒に食べよう!」
「嫌だし。誘われたのはいつき何だからいつきだけで行きなさい。明日のお昼何があったのかは教えてね♪」
そんな!と私は言うけど、葵は意に介さない様に教室の中に入って行くと二度目のチャイムが鳴り、先生が来るのを見て、急いで私も教室に入って自分の席に着いた。
私はまた何時も以上に授業の内容が頭に入らなくて困ったけど、それよりも明日のお昼が不安でいっぱいだった。