第五話 恐怖・そして過去
「佐藤がどうかしたのか?」
思わず声が震える。どうしたらいいかなんてわからない。
「……前みたいなことになっても、そうやって冷静にいられるんでしょうかね……」
くすくす笑われても、あまり不快だとは思わない。
それよりも、自分の無力さがとても嫌になる。乙葉と同じように、佐藤まで巻き込んでしまう……
「佐藤を巻き込むな」
口に出したら声は震えていて、思った以上に自分は怖いのだという感覚に襲われる。
「巻き込みたくない、そう思っても遅いですよ。あなたにはまだまだ苦しんでもらう必要があるから」
海藤成実は容赦なく達也に告げる。でも、その声は微かにかすれていた。
どうしようもないのだ。止まらない。もう戻れない。
どうすればいいというんだ? 乙葉のときのように、また俺は――……
「っじゃあどうすればいいんだよ!?」
わかっているのに、うまくいかない現実がそこにある。
誰も、触れない。止められない。
「私のところに来て下さい。丁度進藤先輩もいることだし」
海藤成実は表情を消し去って、ぽつりと呟いた。
「大切なものなんて、所詮すぐに消えてしまう」
そして、達也は意識を失った――
「愚かなものね。人間って」
暗闇の中で、海藤成実の声が響き渡る。
「……そう? 案外使えるものかもよ」
凛としたその声は、かつて『守護者』として働いた進藤由香本人のものだった。
しかし、彼女の声は冷たく、情など抜き去ってしまったかのように冷酷だ。
「愚か……そうね。私も貴方も……よ」
海藤成実は、由香にそう言って、また暗闇の中に消えていく。
「愚かだから、守りたくなるのよ――……」