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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
シベリア動乱編―約束―
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第六話 抗うための意志


 神将騎――〈毘沙門天〉。そして、名前以外はほとんど自分のことを語らず、それ故に素性がわからない女性――出木天音。

 奇妙な出会い方をし、そのまま奇妙な形で行動を共にしている護と天音の二人は、〈毘沙門天〉のエネルギーが許す限りに東を目指した。

 神将騎は、時間経過でそのエネルギーを回復させる。今二人は、半日以上移動してエネルギーを使い果たした〈毘沙門天〉を隠し、隠れるように野営をしていた。


「しかし、東ですか。あなたの言うところの参謀は、そこに何を見ている……いや、見ていたのでしょうか?」


パチパチと音を立てながら、二人の前では薪が燃えている。護は、知るか、と言葉を紡いだ。


「俺は元々、策だの何だのはわかんねぇし、興味もねぇ。ただ、あいつは信じられる。それだけだよ」

「まあ、あなたがそこまで信用する相手です。よもや無策ということもないでしょうが……」


 言って、天音は携帯食料を口に運んだ。軍隊などでよく使用するものだ。少量で栄養価……特にカロリーが高い。脱出時に天音が持ち出してきたものに入っていた奴だ。

 それを一息に食べきると天音は、それでも、と呟いた。


「性分といいますか。私は考えてしまうのですよ。その先に何があるのでしょう、と」

「性分?」

「ただただ、臆病なだけともいいますか。無知とは罪ではありませんが、必ず後悔を残します。まあ、要はそういうことですね」

「……よくわかんねぇ」

「いいのですよ、わからなくて」


 天音は微笑む。護は、そうか、とだけ頷いた。行動を共にし始めて一日程度だが、この女性は本当に読めない部分が多い。

 何故、協力しているのか。何故、神将騎などを有してあんな場所にいたのか。

 問うてもはぐらかされるだけで、教えてくれない。だが、まあ、護はそれでもいいと思う。話したくないことなど、人間にはいくらでもある。話せるようになったら話してくれるだろうし、そうでないならそうでないで特に何かが変わるわけではない。


 天音はそんな風に自身の中で整理をつけた護を見据えながら、微笑を浮かべている。そして、隠蔽用の布を被りながら膝をついて鎮座する〈毘沙門天〉を見上げながら、言葉を紡いだ。


「さて、〈毘沙門天〉のエネルギー充電までは六時間かかります。出るのは明朝ですね」

「それは構わねぇんだが……神将騎のエネルギーって、どうなってんだ?」


 護は疑問を浮かべる。彼の言葉は、神将騎が発見された時から疑問とされていることだ。

 黎明時代の遺産――最早、資料さえも残っていないその時代に何があったのかはわからない。だが、神将騎などという物騒なものが存在したならば、碌な時代ではなかったのだろう。

 天音は、そうですねぇ、と飲み物を口にしながら呟く。


「物理学の世界でも問題視されていますね。質量保存の法則やらエネルギー保存の法則やらを無視している……と。まあ、確かに見た目は無から有を生み出すに等しいですね」

「質量保存……?」

「ふふっ、しかし世界とは未だ不明なもの。過去の偉人がその法則を考えたとして、それが未来永劫覆らないという道理はありません。そもそもですね、人の考えたことに確実というものはなく、また、人などという生物が見ているこの世界が『確か』である証明もないのですよ」

「どういう意味だ?」

「少々ややこしい話になりますが……そうですね、あなたは『呪い』というものを信じますか?」

「は? 呪い?」

「そうです。言霊で相手を呪う。感情で人を病の床に伏せさせる……そのような概念を信じますか?」

「いや、そんなオカルト信じてどうすんだよ」


 護は言い切る。科学が進歩した昨今、病気の原因も大抵が判明している。それこそ細菌だの位ウイルスだの……顕微鏡とかいう装置を開発した学者の功績によるところも大きい。

 それに対し、天音は微笑を浮かべた。


「オカルト、ですか。ふふっ、科学至上主義というのも一種のオカルトですよ? 病気の原因は細菌やウイルスと言いますが……あなたはそれを目にできるのですか?」

「そう言われたらそうかもしんねぇけど……写真とかあるだろ?」

「あんなものいくらでも偽造可能でしょうに」

「けど、呪いなんてオカルトじゃ、病気になるかならないかはわかんねぇし……」

「それは細菌やウイルスでも同じですよ? かかる時とかからない時がある……ふふっ、曖昧で実に都合のいい台詞です」


 言って、天音は笑った。護は、じゃあよ、と言葉を紡ぐ。


「あんたはオカルトを信じてんのか?」

「いいえ? 信じていませんよ」

「おい」

「ふふっ、こんなものはただの言葉遊び。真に受けるだけ損ですが、あなたは真に受けた。要はそういうことです」

「意味がわかんねぇ」

「それもまた、然り。……面白きことなき世を面白く。私の理由など、そんなもので十分ですよ」


 言って、さて、と天音は立ち上がった。そうしてから、とある一方向――東を見る。その口元には微笑が浮かんでいるが、目は笑っていなかった。


「少々、気に入らない臭いがしますね……どうしますか?」

「何の話だ?」

「私の杞憂で終わればそれまで。しかしそうでなければ、血生臭い結果を見ます」

「…………」

「さてさて、氷原の餓狼殿は如何なさいますか?」


 そう言った天音の目は、酷く楽しそうに笑っていた。護は、どういうことだ、と問いかける。


「何を言ってる?」

「まあ、私にも色々ありまして。わかるんですよ。これは……戦場の匂いですね。大方、どこぞの村が襲われているのでしょうが――」


 天音は言いつつ、護から視線を逸らさない。

 そして。

 ――どうする、と、問いかけてきた。

 

 護は。

 少年は――……



◇ ◇ ◇



 夜闇に紛れて二人は走っていた。当初、護は天音の運動能力を不安に思っていた。この寒空で白衣と短いスカート……コートを着ているとはいえ、そんな寒い恰好で平然としているのには驚愕するが、しかし、彼女は女性だ。

 見たところバランスはいいが鍛え上げられたという雰囲気はない。だが、今の彼女はこの二年、ほとんど休みなく戦場に身を置いていた護と並ぶようにしてついてきている。


「ふふっ、流石。鍛えていますね?」

「いや、あんたも大概だろ」

「いえいえ、あなたはそれを背負っていますからね。それが無ければ私よりは遥かに速いですよ?」


 天音の視線の先にあるのは、天音が持ち出してきた木箱だ。一メートル近い大きさのあるそれは中に何が詰め込まれているのか、相当な重量である。確かにこれがなければ護はもっと速いのだろうが、彼はアスリートではない。何かを背負っての行軍は日常だ。

 二人は走る。地面には雪が積もり、行軍は困難ではあるが、二人は気にした様子はない。特に護はこの国の出身だ。雪の中を走るという行為は最早日常である。


 走ること、約三十分。二人共が白い息を吐きながら辿り着いたのは、小さな村だった。時間は深夜を迎えている。故に寝静まり、音などほとんど聞こえないはずなのだが――


「悲鳴と……銃声か?」


 ――聞こえてきたのは、これ以上ないくらいに不快な音だった。天音が頷く。


「ご明察。――野党の類か、それとも違うのか。まあ、大体予測はついていますが……どうします?」

「決まってんだろ」


 即答だった。護は背負っていた木箱をおろし、同時に突撃銃を手にした。


「こちらは二人。分が悪いですよ?」

「知るか」


 数の不利というのは、護にとっては今更である。いつだって多勢に無勢で戦ってきた。臆す理由はない。


「ふむ。なれば二手に分かれましょう。行動は迅速に行わなければなりません。私は裏へ。――武運を」


 言うと、天音は木箱を抱えて行ってしまった。護はその背を見送り、大きく息を吐く。

 ――行こう。

 天音の言う、戦場の匂い……ここまでくれば、その意味がわかる。

 胸糞悪い。気分が悪い。

 この鼻につくような匂いは、まるで。


 ――救えなかった命。

 潰された温かな場所。


 まるで、あの時のようで。

 


 ――護の中で、何かが振り切れた。



◇ ◇ ◇



 眼前に広がるのは、文字通りの地獄絵図だった。

 現在、シベリア連邦における一定年齢の男性は強制労働に従事している。また、元軍人はそのほとんどが収容所送りだ。故に、村や町には女子供と老人しかいない。

 そして今、蹂躙されているのは――そんな力のない彼ら。


「わ、わしらが何をしたというのですか!」

「あぁ? 見せしめだよ。首都の方で反乱があったからな。その抑制だ」

「そ、そんな……」

「お前たちには、逃げたテロリスト共を匿っているという嫌疑がある」

「言いがかりだ!」


 ――パンッ!


 老人の叫びに重なるようにして、銃声が響く。物陰に身をひそめていた護は目を見開く。

 撃ったのは、統治軍の制服を着た男だった。老人は血を流し、その場に倒れる。誰が見ても間違いなく、死んでいた。


「お前たちは黙って従えばいい。おい、お前たち――」


 言いかけた男の言葉は。

 吹き飛んだその右腕によって、遮られた。


「な――――」


 男は呆然と自身の右腕を見る。肘から先が千切れ飛び、骨を露出させていた。

 その場にいた全員が思考を停止させる。男は、声にならない悲鳴を上げた。


「――――――――!」


 しかしそれも、更なる銃声によって断ち切られる。

 撃ち殺したのは、護だ。突撃銃を手に、護はゆっくりと歩み出る。そうしてから、鋭い眼光を周囲に撒き散らした。


「何なんだよ、テメェらは……!」


 目の前に突如現れた、銃を持つ黒髪の少年――明らかに敵だとは認識しているのに、誰もが動けない。


「なんだってんだよ、どいつも、こいつも!」


 納得がいかない。受け入れたくない。

 だから、護は銃を握った。

 戦ってきた。

 だからこそ。


 今、目の前にある理不尽を。

 無視して進むことなど――できやしないのだ。


「一度だけ言う」


 銃を構える。そこで、相手はようやく自身を取り戻したらしい。十人ほどの人間が、一斉に銃を構えた。

 だが護は、微動だにせず言葉を紡ぐ。


「とっとと消えろ」


 ――返答は、銃弾だった。



◇ ◇ ◇



 出木天音は、村から聞こえてくる銃声にふむ、と吐息のような声を漏らした。流石に若い。戦闘が始まっているのか。

 ――血気盛んなのはいいことです。

 天音は木箱から取り出した様々な火器を用いつつ、内心で呟いた。自分も若いころは色々やったものだ。いや、今も若いのだが。現役現役。

 さて、と天音は呟く。


「準備は終了。私も参戦しましょうか」


 笑みを浮かべる。彼女がいるのは、村の裏手……思った通り、下手人は統治軍の兵士たちだったようだ。ここへ来るために使用したのであろうトラックが並んでいる。


「目的はまあ、見せしめでしょうね。……この国に個人的な想いはありませんが、これを招いたのは私たちの失態。償いというわけではありませんが、参りましょうか」


 ジャキン、という音を両手に持った拳銃に響かせ、天音が歩き出す。

 その口元は例えようもなく。


 ――歪んでいた。



◇ ◇ ◇



 兵士たちは、ただただ困惑していた。

 シベリア連邦は、元々各地を治める領主が国王によって統治されることで国として成り立っている。この村もそんな場所の一部だ。

 戦争時、ほとんどの領主がシベリア連邦を裏切った。自身の保身のためだ。しかし、そんな奴らをEUが信用するわけがない。結果、戦争後にほとんどの領主たちは戦犯として処刑された。そして新たに全体を管理するために総督としてイギリスの名門貴族の当主、ウィリアム・ロバートが派遣されたわけだが、シベリア連邦の広さがそこで問題になった。あまりに広大な国土は、管理が難しい。

 結果、統治軍において佐官の地位にある者が地方に散らばり、総督の手足となって動くことになる。その際、どこに誰を派遣するかでEU内で随分と揉めたようだが……そんなことは関係ない。


 ここにいる兵士たちは、千年ドイツ大帝国出身の者たちだった。理由は単純。ここら一体の管理を任されているのがドイツ軍の佐官で、その部下というだけである。

 そして、ここの管理を任されている佐官は典型的な小物だ。首都で起こった叛乱騒ぎ……それを聞いただけで、自分たちを派遣してきた。普段から搾り取れるだけ搾り取るためにふざけた税徴収をかけられた女子供に叛乱などできるはずがないのだが、そんなことは兵士たちにはどうでもいい。

 統治軍の任務は酷く退屈だ。故に、兵士たちはそれこそ女子供相手に暴行を働こうとしてここへ来た。

 しかし。

 今、目の前には――


「な、何をしている! 相手は一人だぞ!?」

「う、撃て! 撃ち殺せ!」

「くそっ、くそ――うあっ!」


 また一人、銃弾の前に倒れた。そう、相手は一人だ。ここではまず見ることがない黒髪と碧眼の、突撃銃を持った男。

 味方ではない。味方であるならば、こんな状況になっていない。こんな、たった一人を相手に蹂躙されるようなことには。

 最初に指揮官をやられたのがマズかった。そのせいで、碌に統率も取れていない。


「ひ、ひいっ!」

「に、逃げろっ!」

「殺される!」


 そして、遂に逃げ出す者が現れた。臨時で指揮を執っていた男は、くそっ、と呟く。

 元々、戦闘など想定せずに来たのだ。士気が低い。

 くそっ、と男はもう一度呟く。そして。


 ――男の目に、動けずにしゃがみ込んだ状態の子供が映り込んだ。



◇ ◇ ◇



 護は、高鳴る心臓を黙らせて走り続けていた。不意を衝いて敵の指揮官らしき男を撃ち、そのまま一度身を晒しつつ戦闘を行っている。理由は単純で、逃げている者たちから注意を逸らすためだ。

 護は従軍経験がある上に、この二年でそれこそ毎日のように戦闘を行ってきた。

 しかし、だからといって誰よりも強いというわけでもなければ、人よりも頑丈というわけでもない。

 故に、神経をすり減らして護は戦う。その最中。


「――動くなッ!!」


 声が響いた。護が動きを止め、そちらを見ると、そこには子供を人質に取った男の姿がある。

 護は舌打ちを零した。人質――小さな女の子は銃口を向けられ、怯えている。


「武器を捨て、両手を挙げて出て来い」


 どうする、と護は自問した。ここで出て行けば、文字通り護は殺される。その後、あの子も殺されるだろう。それは最悪の展開だ。

 ならば、見捨てるか?――有り得ない。そんな結論を出すくらいなら、死んだ方がマシだ。

 それが受け入れられないからこそ、護・アストラーデはあの時、飛び出したのだから。

 どうする、と自問する。だが、相手はその時間を許してくれない。


「十秒数える! 出て来い!」


 猶予はない。護は、銃を投げ捨てた。

 ガシャン、という音を響かせて銃が地面に落ちる。護は、物陰から姿を現した。


「出てきたぞ」

「いいだろう。ゆっくりこちらへ歩いてこい」

「…………」


 応じるように、護はゆっくりと歩き出す。その中で、思考を占めるのはどうする、という感情だ。

 この状況を崩すのには、どうすれば――?


「止まれ」


 言われ、護は両手を挙げたまま足を止めた。視線の先で、男がこちらを睨み付けている。


「何故だ」

「…………?」

「何故、日本人がここにいる!?」


 言われ、護は眉をひそめた。日本人――大日本帝国の住民。

 世界最強の帝国、大日本帝国。その力は前大戦で証明された。国際連盟……世界の七割の国が加盟しているその連盟に参加しない身でありながら、その発言力はかなりのものである。

 極東の島国。父親の祖国。だが、その国は――


「貴様は――」


 ――タンッ。


 響いたのは、渇いた銃声だった。男の持っていた銃が、砕け散る。――狙撃。

 誰がやったのか――それについての答えは出ていた。何故こんなことができるのかは疑問だが、それは今はいい。

 地面を蹴る。距離は近い。飛び上がり、膝を出す。

 直撃。顎をかち上げるようにして一撃が入った。子供が、慌てて逃げ出す。護は男の両手を封じると、地面に倒れた男の上に乗り、腰から抜いたハンドガンの銃口を突きつけた。


「貴様ッ――」

「黙れ」


 引き金に指をかける。容赦はしない。


「俺は、日本人じゃねぇ」


 大日本帝国。極東の島国であり、他国との交流を長年に渡って絶ってきた国。それ故に独自の文化を持つというその国――父親の国に、憧れなかったわけではない。

 しかし、今はもう、その国に対しては暗い感情しかわいてこない。

 戦争のきっかけを起こし。

 そして――シベリアを蹂躙した国など。


「俺は――シベリア人だ」


 そして、引き金を引く。

 鮮血が頬に触れ、体を濁った紅に染め上げた。



◇ ◇ ◇



「ふふっ、無残ですねぇ。哀れですねぇ」


 月夜の下、微笑を浮かべるのは天音だ。その視線の先では統治軍の兵士たちがここに来るために乗っていたのであろう軍用トラックが爆発、炎上し、また、細切れになった死体がいくつも地面に転がっていた。夥しい量の血液が地面に池を作っている。

 その中空には、きらりと光る糸のようなものがあった。ワイヤーだ。それらは血を纏い、その光景により凄惨さを加えている。


 遠くで、爆発音が響いた。天音は、おや、と呟く。


「トラップにかかりましたか。爆死はあまりお勧めしないんですがね……ワイヤーでバラバラにされるなら、五体は残りますが爆死だとそれはもう、見るも無残になりますし」


 微笑む彼女は、その手で鞘に収まった日本刀を弄んでいる。ある種、狂気さえ感じる笑みだった。


「ワイヤーというのは便利でいいですね、頑丈な分、人を斬るのも容易い。ブービートラップにも利用できますし……」


 そういう彼女の視線の先には、死体がある。しかしそれは、統治軍の兵士たちのものだけではない。

 この村から逃げようとした住民も、混ざっていた。


「これだけが失態。まあ、バレなければ大きな問題でもなく。……今ここで、彼に嫌われるのは避けたいところですし、撤退しましょうか」


 言い、天音は無線を取り出した。周波数を合わせ、護へと繋ぐ。


「少年、こちらは片付きましたよ」

『……こっちも終わった』

「それは重畳。では、住民を集めましょうか。今後について協議しましょう」

『わかった』


 通信が途切れる。天音は、ふふっ、と笑みを零した。


「さてさて、統治軍に手を出したのは大きいですよ。楽しい楽しい作戦タイムです」


 その口元と瞳は。

 例えようもなく、歪んでいた。



◇ ◇ ◇



 広場に集まったのは、二十人くらいだった。村の規模からするに、もっと多くいるはずだったが……ここにいないということは、そういう結果になったのだろう。

 護は唇を噛んだ。自分の不甲斐なさに。

 自分は何をしているのか。首都での戦いでも、ここでも。何もできていないではないか。

 そんな護の服の裾を、誰かが引っ張った。見ると、そこにいたのは一人の少女。先程救い出した、女の子だった。


「……どうした?」


 膝を折り、視線を落としながら言うと少女は頷いた。そして。


「ありがとう」


 呟くようにそう言った。護は目を見開き、次いで、微笑を浮かべる。


「ああ。……ごめんな」

「…………」


 少女は無言で首を左右に振る。だが、その体は震えていた。当たり前だ。あんな……人質に取られるようなことをされたのだから。

 護は手を伸ばし、少女の頭を撫でる。二年前も同じことをしたような気がするのは、気のせいだろうか。

 涙を堪える少女を優しく撫でてやる。そんな護の背後から、天音が声をかけてきた。


「早速スペアを使うことになるとは……残念な限りです。さて、少年。働いていただきますよ」


 文字通り真っ赤になった白衣――何をしたらあそこまで返り血を浴びれるのかわからない――を新しいものに着替えた天音が言う。護は、何の話だ、と首を傾げた。


「俺に何をしろって?」

「責任を取ってもらおうかと」

「責任?」

「ええ。――彼らを救った責任です」


 天音の視線の先。そこでは、口論が発生していた。これからどうするのか――それについて言葉を交わし合っている。天音は、どうするのです、と呟いた。


「まさか、救っておいて何もしないなどという無責任を通すつもりはないでしょう?」

「それは」

「難しく考える必要はありません。……あなたは、この国の人間です。私は違う。ならば、どちらが言葉を紡ぐべきかはわかり切っているでしょう?」

「…………」


 思案する。自分は、確かにあの時そう結論を出した。自分はシベリア人だと。

 口論を続けている者たちを見る。彼女たちを救ったのは、自分だ。自分たちだ。勝手な行動を起こし、救い出した。確かに、責はあるだろう。


 護は一度、大きく深呼吸をした。こういったことは普段、レオンに任せている。故に、苦手だ。

 そもそも人と話すという行為自体が苦手なのだから、仕方ないのかもしれないが――



「――全員、聞いてくれ」



 不思議と、その言葉は響き渡った。護は、言葉を続ける。


「単刀直入に聞く。あんたたちは、生きたいのか? それとも、死にたいのか?」


 全員が息を呑んだ。護は更に言葉を続ける。


「この国は戦争に負けた。それはそうだ。歴史に刻まれてしまった。だけどそれを、あんたらは納得できんのか?」


 息を呑む気配が伝わってきた。護は、自身の中にある想いを言葉にする。ただそれだけを貫く。


「勝手に始められた戦争で。勝手に負けたと言い渡されて。父を、兄を、弟を、夫を、恋人を奪われて。それで本当にいいのか? そのままでいいのか? こんなことでいいのか?」

「……いい、わけがない」


 誰かが呟いた。しかし、それはか細い声だ。

 いいわけがない――しかし、受け入れるしかない。そういうことだろう。故に、護は言った。


「仕方ない? それを、未来の子供に言えるのか?」


 仕方がないから、戦わなかった。

 戦えないから、仕方がなかった。

 そんな、戯言。


「だって」

「だって、仕方がないじゃない」

「私たちには、戦うことなんて」


 いくつかの呟きが漏れる。護は、そこで大きく息を吸った。



「――だからってそれでいいのか!?」



 凄まじい怒鳴り声だった。護は、更に言葉を続ける。


「俯いて! 黙り込んで! 耐えて耐えて耐えて……! その先に何がある!? なにもねぇだろが! あんたたちはそれでいいのか!?

 手を伸ばせよ! 前を見ろよ! 理不尽に! 不条理に! そんなもんに屈してんじゃねぇよ!

 俺は戦う! 戦ってきた! これまでも、これからもだ! 俺にはそうすることしかできねぇ! それしか知らねぇ! あんたたちはどうなんだよ!?」


 諦めない。約束に縋り付き、護はその意志と共に戦ってきた。

 そうして多くを救い――救えなかった。

 一人では、救えない。

 それを思い知らされた。


 ――だからこそ。


「手を、空に向かって伸ばしてみろよ」


 護は、一転、呟くよう言葉を紡いだ。


「星を――奇跡を掴むのは難しいけど、泥を掴むこともねぇ」


 だから、と護は言った。


「――戦おうぜ。理不尽な世界に、負けてなんかいないで」



 記録に残らない、小さな小さな演説。

 だが、後に語られる。


 ――英雄は確かに、この時に誕生したのだと。



◇ ◇ ◇



 演説を行う護の後ろ姿を見ながら、天音は微笑を漏らした。想像以上。実にいい。

 あまり期待はしていなかった。確かに拙い部分も多い。勢いばかりで、結論がおざなりだ。反省点を挙げようとすればいくらでもある。

 だが――この空気。女子供、老人しかいないというのに、誰もが戦う方へと意識を向け始めている空気が。


 ――いいですねぇ。


 本来、戦うということが概念にない者たちが、その意識を戦いに向けている。この、空気を無意識のうちに掌握する能力は、持とうと思って持てるものではない。


 ――実にいい。


 まるで、と思う。

 自分たちが戴いた、大将のようだと。

 面白い。故に、天音は護に問いかけた。


「それで、如何なさいます? まさか無策というわけでもないでしょう?」

「…………」

「……まあ、いいでしょう。策なら私にもあります。とりあえず、あなたは〈毘沙門天〉をここへ移動させなさい。私は策を練ります」


 無策というのは予測していた。この少年はどちらかというと、人を最前線で率いるタイプだ。頭脳よりも武功による英雄。

 策……流石にこんなところで死ぬわけにもいかない。最悪、少年と共に二人だけで脱出することも考えておかなければならない。


「相手の到着はどれくらいになる?」

「そうですね……定期連絡が途絶え、部隊の編制を考えると、二日でしょうかね?」

「明後日か……」

「優秀ならそんなものでしょう。そうでないならもう少しかかりますが」


 というより、その可能性の方が高い。が、念には念を押しておく。

 常に最悪の事態を想定するのは、指揮官の務めだ。


「いずれにせよ、正念場ですよ」


 笑みを浮かべてみせる。護は頷いた。

 それを見、天音は内心で呟く。


 ――さてさて、ここからどう転んでいくのやら。

 楽しみだと、呟いた。



お待たせしまして本当にすみません。

難産でした、本当に……未熟者であるとは自覚していましたが、やはりまだまだですね。もっと精進しなければ。


とりあえず、今回大活躍の天音先生はかなりキレてますね。まあ、彼女については近いうちにその正体含めて色々語れるでしょう。


護の演説に、『歪み』を感じてもらえれば幸い……でしょうか?


では、次回は小隊でアリスやらソラやらリィラやらヒスイやらが活躍していく予定です。楽しみにして頂けると幸いです。


感想、ご意見お待ちしております。

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