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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
束の間の平穏―理由―
76/85

追章 西洋の大国 前編

ええと、遅くなりました。すみません。

時間軸は本編開始より四年前。『乞われた世界、壊れた世界』の二年後です。


では、お楽しみに頂けると幸いです。


 覚えているのは、ベッドの上で苦しむ姿だけ。

 私を生んでくれたその人は、いつも哀しそうに笑っていた。


「いつもすまないねぇ……」


 これが、母の口癖。母の年齢を考えればもっと綺麗なはずなのに、病気に伏せったその姿はあまりにも弱々しく、美しさからは程遠かった。

 いや、美しかろうとどうであろうと関係なかったのかもしれない。

 母は、母の愛した男に捨てられたのだから。


「ごめんねぇ、本当ならあの人が……」

「もうやめてよ母さん!」


 この問答も、一体何度目だったか。耐え切れなくなった私は、いつものように母へと怒鳴る。


「何が紳士!? あの男は母さんを捨てたのよ!? そんな人を、国を、どう信じろって言うの!?」


 学校に行くことはできず、日々を労働で過ごす毎日。同じ年頃の女の子たちはファッションだのお洒落だのと言って小奇麗な服を纏い、美しい肌と髪を毎日手入れをしている中で。

 ボサボサの髪。邪魔だと短く自分で切ったせいで不揃いな髪に、あまり栄養が足りていないせいで小さな体。指先には仕事先のインク工場でのインクが染み込み、爪の周囲が黒く染まっている。これは取れないと先輩である男の職員に言われた時は、本当に泣きそうになった。

 今でもこの荒れた手と肌。手入れも何もしていないせいでボサボサの髪を見る度に思う。

 ――どうして、と。

 どうして私はこんな目に遭わなければならないのか、と。


「それどころか……! あの男は母さんから仕事まで奪って! こんなところに押し込めて! ねぇどうして!? どうしてよ!? どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないの!?」

「違う、違うのよ」

「何が違うの!? あの男は逃げた! 私たちを捨てて逃げたじゃない! どうして……どうしてそんな男を母さんは信じてるの!?」


 そう、それが私にとって許せなくて、納得できないこと。

 もう帰ってくるはずのない男を、私たちを不幸の底へと叩き落したあの男を信じる母が――許せなかった。


「……違うのよ。そうじゃないの」


 母は弱々しく、しかし、苦笑するような表情でこちらを見。

 そして、いつもの言葉を紡いでくる。


「あの人は、仕方なかったのよ……」


 ギリッ、と血が滲むほどに拳を握り締める。もう、何を言っても無駄だ。

 故に私は、母へと叩き付けるように言葉を紡いだ。


「母さん、私、軍隊に入る」


 そうして取り出したのは、一つのバッジ。軍隊所属を示す階級章だ。階級は当然、一番下。


「私は軍隊に入って誰もが認めるような結果を残す。もう私たちのことを誰にも馬鹿にはさせない」


 背を向け、部屋を出る。そして、扉を閉める瞬間に。

 ――ごめんね。

 そんな小さな呟きが、聞こえてきた。


「…………ッ!!」


 私は拳を握り締め、逃げるようにその場を去る。

 本当に――どうにかなってしまいそうだった。



◇ ◇ ◇



 極東の島国、大日本帝国。

 かつては黄金の国ジパングなどとも呼ばれ、一時期は多くの探検家や海、賊国家が目指した秘境の地。『世界は丸い』という事実が認識されるまでは『世界の果て』とも呼ばれた場所。

 だが、歴史上にその国が姿を見せる回数はかなり少ない。

 しかも歴史に名が残る際の事件、その多くが他国による侵略であり、大日本帝国がそれを退けるというものばかり。故にその国は真の意味で『鎖国』を体現する国家であった。

 故に多くの憶測や物語が語られているのだが、その国も砂金は少しずつ表に出てき始めている。

 その象徴とも呼べるのが『自由の国』とも呼ばれる近代国家、合衆国アメリカとの同盟だろう。完全に対等な同盟、及び条約。それだけのものが大日本帝国にはあるのかと、世界は驚かされた。

 現在の世界は合衆国アメリカとシベリア連邦の二大国家を中心に、その思想の違いから対立が起こり始めている時代だ。今のところそれは技術力の戦いになっているが、二十数年前に発見され、その後世界中の『遺跡』と呼ばれる場所から発掘された古代遺産〝神将騎〟――その兵器の存在が、人々に『戦争』という不安を与えている。

 人間とは力を持てば使いたくなる生物だ。そして神将騎とはかつて栄えたというれ名の時代が遺した古代遺産。その力は実戦投入すればどれほどの力になるか、想像できないレベルである。

 だが、今のところ戦争は起こっていない。人々は平和に暮らしている。

 ただ、誰もが思う。歴史上一度もなかった、『世界』を巻き込んだ戦争。そんなものが起これば、どうなってしまうのかと――……



「……精霊王国イギリス、ですか」

「ええ、そうです。どう思います、天音?」


 世界が抱える不穏な空気などお構いなしに、大日本帝国はいつもの調子を崩さない。首都である古都・京都。そこの最奥にある御所――大日本帝国最高位、帝が君臨する場所には今二つの人影がある。

 一つは、透明感のある蒼い髪を有する少女だ。大日本帝国最高位、帝。文字通りこの国の最高権力者であり、全てを統べる絶対的な王である。

 対し、もう一人は眼鏡をかけた白衣の女性だ。短く切り揃えられた艶のある黒髪と、薄く化粧の施された表情が作る笑みには妖艶な雰囲気が漂っている。大日本帝国《七神将》第三、第四位、《女帝》出木天音。その歴史の中で何度かある大日本帝国における叛乱で歴史上、唯一国家と和平の状況まで持ち込んだ天才――否、〝天災〟。

 一度は投獄された身だったが、今より二年前に九州地方を中心に起こった叛乱を鎮圧するために釈放され、これまた史上唯一《七神将》において二つの位階を同時襲名している人物である。

 二人共この国においては重要な人物であり、通常なら護衛がいるべき身分だ。しかし、この部屋には二人しかいない。

 ――無意味なのだ。

 護衛も、刺客も。この二人を敵に回そうとした瞬間に、その息の根が止まっている。そういう生き方と戦い方をこの二人が心得ているが故に。

 話を振られ、天音は帝から投げ渡された書簡を見た。そこには確かにイギリス王室の印が押されている。


「偽物ではないようですね」

「まあ、偽物寄越す意味がありませんしねー。こっちに喧嘩売ったらそのままアメリカも敵に回すことになりますし」

「アメリカなしでも十分やれますが……まあ、盾には丁度いいでしょうか」

「ええ。資源は有効活用しなければ」


 天音の言葉に帝が笑いながら応じる。仮にも同盟国である合衆国アメリカをこの二人はいざという時の弾避けくらいにしか思っていない。それは自分たち以外を信用していないということであり、同時に信じる必要がないと考えているということでもある。

 絶対的な自信と、誇り。

 大日本帝国には民草一人――それこそ物心ついたばかりの童にさえそれがある。

 そんな国が多少経済が成長して調子に乗っている国如きに負けるはずがない。


「しかし本気となると……アメリカのように同盟でも結びたいのでしょうか?」

「中身も見ずによくわかりますねー」

「見る必要もありませんよ。宣戦布告をするような国ではありませんし、それにこの手紙を持ってきた小隊の態度が終始こちらを配慮したものでしたからね。あの若い隊長さんは苦労しているようですが」


 思い出し、天音は思わず笑みを零す。帝の容姿が幼い少女であることに驚いたのであろう、この書簡を持ってきた使者と小隊――七人ほどのイギリス軍人たちは皆驚いていた。だが、帝が大人げなくも少し不機嫌そうに振る舞ったせいで焦り出し、隊長らしき少女は必死で平静を装っていた。その姿がどうにも微笑ましく、天音は笑ってしまう。

 隊長と思しき少女はまだ十五、六程度だった。随分と若いが、大日本帝国の常識からしてみるとそこまで珍しい話でもないというのが実情だ。二年前には当時十歳の少女が《七神将》の一角を預かるようなこともあったくらいなので、年齢については今更思うところはない。

 それに、見たところあの小隊は所謂『汚れ役』を請け負う部隊だろう。正規部隊の兵たちにしては、その目と身に纏う雰囲気があまりにも昏過ぎる。


「使い潰されるための部隊。そんな印象ですね」

「ああ、やっぱり天音もそう思いますか?」

「むしろそう思う以外に何と思えというのですか? まあ、イギリスにしてみればよくわからない国に密使を送るのです。正規部隊を使い辛いのでしょうが」

「プライド高そうですしねー」

「かつて世界の頂点に君臨した国ですしね。プライドは一級品でしょう」


 不要なものですが、と天音が肩を竦める。そんな天音の様子を見て、クスクスと帝が笑みを零した。


「あなたが言うと重みがありますね、その台詞には」

「そういう人生を送ってきていますから。……それで、どうされるおつもりですか?」

「別に同盟自体は組んでもいいですよ? ただまあ、利用されるのは少しばかり癪に障りますねー」

「子供のような思考回路ですね」

「私は子供のままに生きてきた存在ですから」

「そうですか。それは羨ましいことです」

「あなたは『子供でいることが許されなかった』人ですからねー」


 互いに笑みを浮かべながらの会話。しかし、どことなく近寄り難い雰囲気を放っている。

 ここに第三者がいたら気付いたであろう。互いの口元には笑みが浮かび、小さな笑い声も響いてこそいるが……どちらもその瞳が全く笑っていないということを。

 そんな張り詰めた空気さえ放つ二人。その空気の中で不意に思い出すように帝が言った。


「そういえば、あちらからの使者さんたちはどちらに?」

「書簡を持ってきたイギリスの議員を名乗る男は枢密院ですね。護衛には一応正好を付けていますが」

「ああ、本郷家最後の生き残りですね。彼はどうです?」

「才能はありますよ。それは保障します。後二年もすれば《七神将》に入れるという選択肢も浮かんでくるでしょう」

「それは楽しみですねー。今はあなたが二つを襲名しているというのに席が空いていますから」

「別に暁に二つ襲名させればいいでしょう? アレの才能は見ているこっちが怖くなるほどです」

「アキちゃんは難しいですよ。今はまだ、ね」

「……まあ、何でもいいでしょう。とりあえず、どうしますか? 私としては受けようと受けまいと大局に影響はなさそうだと考えますが。とりあえずこの後は吉原に招く予定でもありますし」


 壁から背を離し、天音が問う。その天音に対し、帝が笑みを浮かべながら言葉を紡いだ。


「どうせなら、お互いの立場をはっきりさせたいところですねー。つつけばいろいろ出てきそうな気もしますが……どう思いますか?」

「あの可愛らしい隊長さん辺りを探れば何か出そうではありますね。勘ですが」

「天音の勘は当たりますし……少し探りを入れましょうか。適任はいますか?」

「私の元部下に一人。今は枢密院で特別管理官などということをやっている者がいますよ」

「優秀ですか?」

「優秀です」


 天音は断言する。彼女が《七神将》第六位、紫央千利と共に立て直した枢密院はいわば帝と共に政治を行うための機関だ。そこには天音や千利を始めとする者たちが選んだ優秀な者たちが集められており、そこに二十にも満たない若さで配属されている天音の元部下に、適任がいる。

 昔は青臭かったが……最近は随分と変わってきた。それが良い意味でなのか悪い意味でなのかはわからないが。


「へぇ……その人の名は?」

「――蒼雅隼騎」



◇ ◇ ◇



 大日本帝国東北地方。そこは最日本帝国において一種の『聖地』ともされる場所だ。

 今より約四百年前、戦国の世を天下泰平の世へと導いた一族――『藤堂家』。彼らの武勇は最早伝説として語られ、立ちはだかる敵を悉く打ち倒してきたその一族は間違いなく天下人の一族であった。

 その一族を政務の面を含めた裏方で支え続けたのが、二年前に反乱を起こした『御三家』の一角でもある『本郷家』である。現在はその直系でもある一人の青年を残してお家お取潰し状態なのだが、逆に過去の功績があったからこそ青年が生き残ったともいえる。

 そして、その本郷家とは違う形で御三家に数えられる一族がある。それが『神道家』だ。

 東北の地に根付く『強者こそ是』であるという思想。厳しい自然の中を生きてきた彼らは自然と力を求め、その結果として生まれたのが『神道家』であり『神道流』という流派だ。

 今の時代、個人の力よりも組織として、軍隊としての力こそを求められる。それはある意味で当然の流れであり、規模が大きくなればなるほどに個人の及ぼす結果など霞んでくるのが道理だ。しかし、『神道流』はその現実に今も尚真っ向から戦いを挑んでいる。

 一騎当千。

 たった一人であろうとも戦局に影響を与える力を。そんなものを戦国時代よりも以前から本気で追い求め、今も尚形を保つ一族と流派。かの『藤堂家』でさえも『神道家』には戦いを仕掛けることはなく、交渉によって傘下に加えるという方法をとったほどだ。

 その『神道家』が伝える『神道流』という流派だが、これは世間一般で言うところの『達人』と呼ばれる領域に至った者しか門を叩くことを許されていない。それ故に『神道流』というのは大日本帝国の侍たちが目指す流派であり、同時にその正当継承者である神道家の当主は憧れの存在だ。

 歴史上、その武勇を以てただの一度も《七神将》から名を外されたことがない一族、神道家。現在の当主である人物もまた、《七神将》の第二位を預かる女傑だ。

 大日本帝国における『武』の象徴であり、『最強』の象徴。

 それこそが、『神道』という名である――……



 ――異様な空気が道場内を覆っていた。

 決して広くはない道場の中心。そこで向かい合うのは、二人の男女だ。

 片方は、右目を刀の鍔をあしらった眼帯で覆っている女性だ。木刀を正眼に構え、文字通りピクリとも動かずに相手を見据えている。

 対し、もう一人はまだ少年とでも呼ぶべき若い姿をしている。あまり手入れのされていないのであろう黒髪に、鋭い目つき。まるで空腹の肉食獣のような目つきをしているが、その体は女性と同じく木刀を正眼に構えたまま微動だにしていない。

 そして、動いていないというのは周囲にいる者たちも同じだ。二人の姿を見守る、二十人ほどの道着を着込んだ者たち。彼らもまた、目の前の光景に沈黙を強制されている。

 動くことはできない。許されない。

 ここにいる者たちは、『神道流』とは別に『神道家』が開いている道場の門下生たちだ。『神道流』が達人しか修めることができない流派である以上、普通の者を迎え入れる道場も存在する。実は門下生自体はそれこそ千人以上存在しているのだが、一日に集まるのは精々五十人前後である。まあ、門下生が全国にいるのだから当然なのかもしれないが。

 そして、ここにいる二十人はその門下生の中でも住み込みで修練を行うような者たちだ。更にその中でも上位の実力を持つ者たちを集めている。

 しかし、そんな彼らでさえも目の前で起こっていることはただ見ているしかない。

 一時間。

 二人が向かい合ってから経過した時間だ。その間、二人は一瞬たりとも動いていない。

 ここにいる者たちには、僅かに見える。想像の世界。加速する思考の世界。その中で二人が無数に打ち合っている姿を。

 だが、互いに決定打はない。それ故に動けない。

 探り合い――互いにその実力が『神道流』の中で上位にあるからこそ、僅かな差が全てを決める。故に……動けない。

 いつ、動くのか。動き出すのか――動くことが許されぬ空気の中、幾度目かもわからない門下生たちの疑問が内心で呟かれた瞬間。


 それが、来た。

 視界の端を横切る、一つの物体。――扇子だ。それが、向かい合う二人の間を通過する。


「――――ッ!!」


 直後、門下生たちは地震が起こったのかと錯覚した。向かい合う二人が裂帛の気合いと共に踏み込み、轟音を響かせながらその木刀を振り抜いたのだ。地震が起こったかと錯覚したのは、二人の踏み込みによる振動だ。

 女性は上段から、少年は下段から木刀を全力で振り抜く。神速の一撃。門下生たちはどうにかその動きが追えるが、それだけだ。相対すればただ見えるだけ――反応する前に終わっているであろうことは容易に想像できる。

 轟音が轟いた。門下生たちに理解できたのは、木刀がぶつかり合ったというその事実だけ。

 直後、連続して鈍い音が響き渡る。視界の端、折れた木刀が床と壁に突き刺さっていた。数は二本。どうやら、衝突の瞬間に折れたらしい。

 だが、折れた木刀が壁や床に突き刺さるなど……一体、どれほどの力で衝突したというのだろうか?

 そして、再び響く音に門下生たちは体を震わせる。柄だ。おそらく振り抜いたままに放り投げられた二人のそれが、再び壁に二本、突き刺さっていた。

 通常ならここで試合は終わりだ。しかし、今の二人はこんなところでは止まらない。


「――ふっ」


 短い呼吸の音が響いた。先に動いたのは女性だ。振り上げるような左足の蹴り。それを少年が紙一重で避けた瞬間、その頭部目掛けて踵落としが放たれた。


「ッ!!」


 少年はそれを右腕で防ぎ、受け流す。だが、相手が相手だ。ミシミシと骨が嫌な音を立てた。

 だが、少年はその表情を変えない。肉食獣のような目つきはそのままに、口元は引き結ぶようにして……獰猛さと無表情が同居したような表情をした少年が左腕を突き出す。

 それは拳ではなく、手刀。狙うのは鳩尾。殴るのではなく、殺るための一撃。

 だが、直撃すると思われた少年の一撃は虚しく空を切るだけだった。女性は少年に受け止められた踵を起点に体を撥ね上げ、少年の拳を避けたのである。

 軽業師のような挙動だ。しかし、それについての驚きはない。

 女性が体を宙で回転させ、少年に向かって蹴りを放つ。対し、少年も右足で蹴りを放つことでそれを迎撃する。

 鈍い音。同時、二人の距離が僅かに開いた。

 着地。視線の交錯は一瞬。申し合わせたように二人は前に出る。

 そして、振り抜かれる拳。

 門下生たちは全員が同時に息を呑んだ。二人共が全力だ。全力で相手を、それこそ殺す気でいる。下手をすればどちらかが大怪我を――


「……分け、だな」

「…………」


 ――しかし、その時は訪れなかった。

 互いに、拳は寸止め。それも顔に触れるか触れないかの位置だ。女性の言葉に少年は無言で拳を引く。一度少年が目を閉じると、その目つきが心なしか柔らかくなったように見えた。

 まあ、元々鋭い目つきをしているので気持ちの問題もあるだろうが。


「恐ろしい習熟度だな。その若さで私とここまで渡り合うとは……」

「所詮は模擬戦です」

「殺す気で来ていたくせによく言ったものだ」


 少年の言葉に、女性――《七神将》第二位、《抜刀将軍》神道木枯が苦笑しながらそう言葉を紡ぐ。そのまま彼女は、まあ、とどこか楽しげに言葉を紡いだ。


「私も殺す気でいたのだからお互い様か。だが、暁。一つだけ難を挙げるとすれば攻め急ぎ過ぎだ。私の踵、受けるのではなくお前ならば避けることもできただろう?」

「受け止めれば、その場で反撃できると考えたので」

「私の一撃の威力が想定以上だったために右腕を負傷し、肝心の反撃も一歩遅かった。お前の作戦負けだ」

「確かに」


 頷く少年――《七神将》第四位、《史上最高の天才》藤堂暁は無表情に自身の右腕を見る。僅かに震えているその腕は決して軽傷ではない。だがまあ、重傷というわけでもないので数日もすれば全快するだろう。

 木枯も手応えでその辺りのことは理解している。真正面から受け止められていたら暁の右腕の骨ぐらいは砕けただろうが、まあそれは結果論だ。そもそも暁が腕を折るような未熟を晒すとは思っていない。

 藤堂家直系の、正真正銘の天才。それが藤堂暁という怪物なのだから。


「まあ、今はそれよりも……虎徹さん」


 じろりと、門下生たちが向けられれば怯えて竦み上がるような視線を木枯は一人の男に向ける。同情の奥で楽しそうに笑っている男――神道虎徹は、木枯の視線に笑みで応じた。


「ん? どうした?」

「どうした、ではありません。何故横槍を入れたのですか?」


 どこか拗ねたような口調で木枯は言う。だが、鋭い視線はそのままだ。

 横槍、というのは向かい合う二人の間に放り込まれた扇子のことだ。極限の集中状態にあった二人は視界に入ったその『異物』に反応し、一気に動いた。アレがなければ探り合いはもうしばらく続いただろう。

 もしも、という言葉を木枯も暁も使わないし使おうと思わない。そんなものに意味はなく、今の一瞬に全てを懸けることこそが全てと考えるからだ。共に政治には疎く、未来を見通すようなことができない武人。そういう考えになるのはある種当然でさえあった。

 虎徹はそんな風に問いかけてくる木枯に対し、そりゃオメェ、と笑いながら言葉を紡ぐ。


「あのままだったらいつまで経っても終わらねぇだろうが。また三時間も四時間も待たせる気か?」

「うっ……しかしそれは……」

「気持ちはわかるけどな。俺が暁とやり合ってもああなる。特に木枯、オメェは自分と渡り合える奴がほとんどいねぇ身だ。そりゃ楽しいだろう」

「こ、虎徹さん!」

「まぁとにかくだ。俺個人としちゃ見てるのは楽しいが、それだと門下生共が暇だろう? そういうことだよ」


 立ち上がりながら虎徹はそんなことを言う。木枯はため息を吐いた。


「……わかりました。気を付けます」

「気を付けて怪我されたら困る。オメェはそのままでいい。無理すんな」


 頭を軽く撫でられ、思わず反応してしまう。その際、虎徹はからかうように告げた。


「綺麗な顔に傷でもついたら、俺ァ怒るぞ?」

「なっ……!」

「おら小僧共。立て立て。さっさと鍛錬始めるぞ」


 木枯の反応を無視し、虎徹は門下生たちへと言葉を飛ばす。木枯は、全く、と呟いた。


「いつまで経っても、あなたには勝てないな……」


 呟く。視線の先では、虎徹に暁が何やら言葉を紡いでいる。


「虎徹さん、自分も手伝いましょうか?」

「……いやオメェ、右腕のこと考えたらどうだ?」

「この程度なら問題ありませんが」

「つーかオメェ、忘れたのか? この間オメェに任せた門下生がトラウマを負ったのを」

「何故でしょうかね?」

「一対三十で完全敗北したらそりゃそうなるってーの」


 そんな会話に、思わず笑みが零れる。木枯は汗を流そうと、同情から出ようと踵を返す。その木枯に、虎徹が思い出したように言葉を紡いだ。


「ああそうだ、木枯。なんか帝から連絡来てたぞ。後で『吉原』に行って欲しいそうだ」

「天音のところへ、ということですか?」

「らしいぞ。暁、オメェはさっさと京都に帰って来いって連絡が来てたが」

「成程、わかりました」


 怪訝に思うこちらとは別。暁の行動は早く、すぐに道場から出て行ってしまう。

 木枯は一度息を吐くと、虎徹の声が響き渡る道場を後にした。



◇ ◇ ◇



 大日本帝国関東地方。そこに、『この世の天国』と呼ばれる場所がある。

 夜であってもまるで昼のように明るく、しかし、陽光のような温かさとはまた異質な光を纏う街。

 眠らぬ地――吉原。

 大日本帝国が誇る梟雄、《女帝》出木天音が座す地であり、合法的に風俗経営の許された全国唯一の場所だ。

 人の欲というものは際限がない。それは今更語る必要がない程に明確な現実だ。そしてこの手のものはどれだけ規制しようと必ず世に出てくる。そこで帝が取ったのが、『吉原でのみ許可する』という方法だ。

 これにより、取り締まりも管理もかなりやり易くなった。後は吉原のモラルを含めた社会的な部分の話になるが……それは関東を治める《女帝》がいる以上、無用な心配である。

 そして多数の遊郭を抱える吉原はその性質上、秘密裏に行われる会談の場を提供することが多い。酒の席、というのが便利なのはいつの時代も変わらないのだ。

 そして今回。精霊王国イギリスより来ている使者との会談も、帝との謁見を終えた後は『吉原』で行われていた――……



「これはこれは……実にお美しい」

「ふふ、ありがとうございます」


 金髪の男性――イギリスからの使者であり、英国議会の議員でもある人物ウィロー・エンぺリアルの賛辞に、その正面に座る女性は微笑で応じた。その女性が身に纏う雰囲気には余裕が染みついており、賛辞を受け取ることには慣れた様子である。

 だが、確かに女性は美しかった。『吉原』の女たちが身に纏う着物に比べても明らかに豪勢なものを纏い、元々の雰囲気と美しい顔立ちも相まって絶対的なまでの空気を周囲に振り撒いている。

 口元と目――笑みを浮かべているのに、どこか冷たい。まるで全てを見透かすような目がウィローを貫いており、彼は表面上は笑みを浮かべながらも内心では冷や汗を流していた。いや、内心ではない。実際に背は嫌な汗でじっとりと濡れている。

 数日前に謁見した帝の時もそうだったが、この大日本帝国という国家で上位にいる者は総じてこちらを圧倒する雰囲気を纏っている。極東の島国であると同時に世界の時流に乗り遅れた国という認識を改めなければならないことは、ウィローもとうに理解していた。


「いやしかし、素晴らしい場所ですなここは。大日本帝国は真素晴らしき国である様子」

「さて、それはどうでしょうか? 隣の芝生は青く見えると申します。結局のところ、生まれ育った国というのが一番ですよ」

「成程……確かにそうかもしれませんな」

「ふふ、そろそろ故郷が恋しくなってきたのではありませんか?」


 微笑みながら女性が問う。ウィローはいやいや、と首を左右に振った。


「我々は女王陛下直々に名を頂いている身です。私は無論のこと、我が護衛たちも任務達成こそ第一と考えております。――そうだな、中尉」

「はっ。我らは任務達成が第一。エンぺリアル様の護衛が無事に終わるまで望郷の念に駆られるような軟弱者はおりません」

「うむ」


 ウィローは満足気に頷く。彼が中尉と呼んだのは、金髪のまだ年若い少女だった。名を、マリア・ストゥルタック。彼の護衛としてこの地に訪れたのは彼女が率いる一個小隊で、七名からなる部隊である。隊長であるマリアは護衛も兼ねてここにいるが、他の隊員たちは別の場所で待機している。

 英国議会議員であるウィローの護衛としては少ないように思えるが、今回の訪問は表沙汰にできないことである上、秘密裏に行われること。故にこういった時に『使い捨て』にできる彼女たちの部隊が得らればれている。

 そんなマリアの様子を見て、女性が薄く微笑んだ。そのまま、軽く手を打ち鳴らす。


「成程、流石に一国を代表して訪れる気概を持つということだけはあります。これはそんなあなた方に対する一つの贈り物としてお受け取りください」

「――失礼します」


 女性の言葉に応じるように入って来たのは、鋭い目つきをした女性を中心とする女性の集団だった。先頭の女性は帯刀しており、その服装も軍服だ。もっとも、その軍服の色は漆黒であり、他の大日本帝国の兵たちのような白ではないのだが。

 その女性はウィローたちを一瞥すると、部屋の隅に腰を下ろした。雰囲気から察するに、彼女も護衛だろう。


「ふふ、氷雨。挨拶もしないのはどうかと思いますよ?」

「私は義姉上の護衛ですので。いちいち名を名乗る道理はありません。……それより、何をしている? 早く客人に食事を」

「は、はい」


 氷雨、と呼ばれた女性の指示を受け、彼女についてきた者たちがウィローとマリアの前に膳を置く。そこに乗っていたものを見て、ウィローが目を見開いた。


「これは、パン……? それに……」

「――イングランドの名産品で料理を作らせました。これで少しでも故郷を思い出して頂ければ」


 女性が笑みを浮かべて言い放つ。そこに邪気はないように見えるが……ウィローは自身の身体が身震いするのを感じた。


「何故……」


 大日本帝国は鎖国主義で有名な国だ。外国との交流をほとんど遮断しており、それ故にその実態が見えない国だった。だが逆に、だからこそ他国のことも知らないと思い込んでいたのだが……。


「ふふ、どうやら我々を見くびっておられたご様子」


 ゾクッ、と全身に悪寒が走ったのをウィローは感じた。目の前の女性の目に射抜かれた体が、動かない。


「他国の者を自国に入れないのは余計な茶々を入れられて面倒事に発展されると手間がかかる、この一点に尽きます。別に趣味や冗談で鎖国をしているわけではありません。そして、他者を自国に入れないということはイコールでこちらが他国へ人を出さないというわけでもないのです」


 ここに来る途中に聞かされた、目の前の女性の武勇伝。ここ吉原の女たちも嬉々として彼女のことを称賛し、語っていた。

 歴史上最大の叛乱を起こし、三人の《七神将》を討ち取って見せた梟雄。現行の帝が最も信頼を置く人物の一人。

《女帝》――出木天音。

 人の心が読めるとも、未来を見通すことができるとも語られる人物。


「傾いてきた自国の威信。失った誇り。それを取り戻すために大日本帝国を利用しようと思いましたか?――浅はかですね」


 天音の口元から笑みが消える。氷雨もまた、その鋭い瞳をウィローに向けていた。

 マリアが腰の銃に手を伸ばすのが視界に映る。だが、相手が悪過ぎる。ここは敵の本拠地だ。ここで衝突すれば生き残れる道理はない。

 故にウィローは平静を必死で保ち、マリアを差し出した手で制する。


「……我が国と事を構えられるおつもりですかな?」

「逆に問いましょう。利用されようとしている状況でそれが意に沿わぬことならば……抗うのは道理ではありませんか?」


 天音の視線はこちらから僅かも外れない。その底冷えするような瞳は、ただただこちらを見据えている。


「……こちらに、そんな意図はない」

「ならばどんな意図があると? 腹の探り合いは外交における基本ですが、それはあくまで対等な国家同士でこそ成立するもの。こちらとそちらは対等以前にそもそも関わり合いのない間柄。面倒事は避けたいのですが?」

「…………ッ」


 反射的に紡ごうとした言葉を、ウィローは寸でのところで呑み込んだ。いつものように口八丁で切り抜けることは不可能だ。下手なことをすれば、ここで斬り捨てられる。

 沈黙が流れる。一体、どれぐらいそんな時間が流れたのか。不意に。


「――失礼します。先生にご報告が」


 襖を開け、一人の少年が部屋に入って来た。文官と思しき恰好をしているが、ウィローが見た御所にいる者たちのようなゆったりとした服装ではない。どちらかといえばウィローたち西洋の服装に似たものを着ている。

 その青年の登場に、天音が微妙に表情を変える。そのまま彼女は笑みを浮かべて問いかけた。


「あなたは空気の読める人間だと記憶していますしそう認識しています。そんなあなたが来た以上、私が直々に出なければならないということですね?」

「はい。――昨日、長野にて反抗勢力の残党狩りを行っていた紫央操山様が討死になさられました」


 その言葉に氷雨が表情を変え、天音も眉を小さく動かした。氷雨が立ち上がり、まさか、と言葉を紡ぐ。


「紫央千利殿の息子だぞ!? 三好の残党如きに討ち取られたというのか!?」

「はい。事実です。これがその書簡ですが……」

「読み上げてください」


 立ち上がり、結った髪を解きながら天音は言う。その天音に頷き、少年――蒼雅隼騎が内容を読み進めた。


「『我が友であり、配下であり、敵である出木天音へ。

 先日、千利の息子がドジを踏みました。《七神将》が出る程ではないと思えば中々どうして。思ったよりもやるようです。

 さて、あなたが情報提供をしてくれた三好の残党ですが……あろうことか『宗久山』に立て籠もりました。ここまで言えばわかりますね? そう――仏教徒たちが彼らを匿っているのです。

 これ以上の言葉は必要ないと思います。必要ならば木枯や彼恋、千利を連れて行っても構いません。

 同時に、『ありとあらゆる手段』の使用を認めます。この国に逆らうという意味、反逆者に教えて来てください。

 大日本帝国最高位 帝より  愛は一切込めずに』――以上です」

「相変わらずのようで何よりですね、陛下は」


 息を吐き、天音は言う。そのまま天音はウィローの方へと視線を向けた。


「さて、お聞きの通り面倒事になりました。今日の会談はこれまでに。どの道、返答までは時間がかかりますので……今日はお休みください」

「お、お待ちください!」


 言い放つと共に立ち去ろうとする天音をウィローが呼び止める。先程までの天音の口振り。このままでは同盟を結ぶことができないのは自明の理だ。それは認められない。

 かつて世界の頂点に立ち、『産業革命』という言葉は歴史の教科書に載ったほどの国家――精霊王国イギリス。しかし、今やイギリスはそれを過去の栄光としてしまった。今の世界において頂点に立つのは合衆国アメリカである。かつての植民地……それに後れをとっているという現状は、イギリスにとって耐えられないことだった。

 故に、せめてアメリカに並び立つための方法を求めた。それが、あのアメリカが対等に条約を結んだという国家――大日本帝国と同盟を結ぶこと。その事実を用い、アメリカとも対等に渡り合うつもりだったというのに……。


「……認めます。我々は貴国を利用しようとしておりました」


 大日本帝国は田舎国などではなかった。来る途中に見た軍備。民の空気。何より、この国に入ってから一度もウィローたちは『飢えた者』を見ていない。

 イギリスでは首都であっても裏路地に入れば飢えて死ぬ子供の姿を見ることができる。そしてそれはどうやっても隠すことはできない事実だ。資本主義とはそういうシステムであり、どれだけ平等を願おうとも零れ落ちる者は出てきてしまう。

 なのに、この国では一度もそんなものが見れなかった。そして同時に、この国の人間は声を揃えて言う。

 ――『この国は理想だ』と。

 今のイギリスに、祖国に対して心の底からそう言える人間がどれだけいるだろうか? 誇りに思うことがあっても、理想だということができる者がどれだけいるのか?


「しかし、本来同盟とはそういうものであるはず。だから、だから貴国にも我々を利用して欲しい」


 この一週間近くで突きつけられた、絶対的な国としての差。だからこそ、ウィローは言う。

 感情のままに。想いのままに。

 無様であっても、それが彼の『役目』であるが故に。


「利用し、利用され。それが結果として手を取り合うことになれば、そうなれば理想だ」

「ビジネス関係のようなものですか?」

「我々に共通することは一つ。自国の利益を追求するという姿勢のみ。足手纏いと思われれば切り捨ててください。逆にこちらも足手纏いと判断すれば貴国を切り捨てる」

「いいのですか? そのようなことを口にして。立派な挑発ですし、それを理由に戦争を仕掛けるかもしれませんよ?」

「面倒と仰られたのはそちらだ。故に正面から言葉を紡いでいる」

「――成程」


 天音が笑みを浮かべた。それは先程までの冷たいものではなく、獰猛な笑み。


「こちらを侮っていると思えば、中々どうして。お互い様でしたね。興味を抱きました。エンぺリアル殿、我々に同行してください。これより大日本帝国の戦争というものをお見せします」


 隼騎、と天音が少年を呼ぶ。少年が応じると、天音は隼騎に向かって指示を出した。


「あなたも連れて行きます。枢密院へは追って連絡を入れておきますので……彼女たちを率いて私と共に長野へ」

「了解しました」

「二年前の九州攻め以来ですが……まさか鈍ってはいませんね?」

「無論です。むしろあの頃より研ぎ澄まされていると自負します」


 隼騎が頷く。それを見て天音は微笑むと、そのまま部屋を出て行った。それを見送り、隼騎がウィローたちの方へと歩いてくる。


「エンぺリアル様と……」

「マリア・ストゥルタックです。マリアと呼び捨ててください、蒼雅殿」

「あ、僕も隼騎でいいですよ。……では、お二方には僕の指示に従っていただきます。エンぺリアル様は後方で待機していただくこととなると思いますが、マリアさんたちには……」

「構わん。力となれるのであれば何なりと」


 ウィローが隼騎の言葉を遮るように言い、承知しました、と隼騎は頷いた。


「それでは、よろしくお願いします」



◇ ◇ ◇



 大日本帝国首都、古都・京都。その御所で、帝が呟くように言葉を紡いだ。


「そろそろ天音に手紙は届きましたかねー……」

「大老の息子が討ち取られてから今日で四日。先生ならもう動き出しているんじゃないか?」


 帝の言葉に応じたのは、一人の少年だ。藤堂暁――《史上最高の天才》と謳われ、現在の大日本帝国においてその武力においては最強の一人とされる怪物。

 とはいえ、本来なら彼は帝に敬語を使わなければならない立場であることに違いはない。しかし、二人きりの今、漂う空気は非常に穏やかなものだ。

 それが、二人の絆。相手に全幅の信頼を寄せているからこそ、こんなにも穏やかなのだ。


「どの道、先生が出るなら直に終わる。……大老の出番はないか」

「千利は何も言ってきませんでしたがねー。しかし、千利の息子――操山はよくやってくれました。僧兵も合わせれば数は二万を超える相手に僅か五千で持ち堪え、山に篭らせるとは」

「保障はどうするつもりだ?」

「生き残った者、死んだ者の家族の面倒は見ます。……誇りある最期でした。部下を生き残らせるため、自ら最前線に立ったとか」

「見事だな、確かに。だからこそ惜しい」

「ええ。――その報いはきっちりと受けて頂かなければ」


 酷薄な笑みを浮かべ、帝は呟く。


「天音をわざわざ指名したことには意味がある。天音は大日本帝国にいる将の中で最も容赦がない人物。そろそろ古い慣習に従うばかりの坊主は邪魔だと思っていたところ。これを機に消えてもらいましょうか」

「仏教という宗教そのものを敵に回すつもりか?」

「私たちを敵に回せばどうなるか……『見せしめ』としては最上では?」


 暗黙のルールとして存在する、『宗教への不干渉』。それを帝は正面から否定する。


「別に人に説教してるだけならどうでもいいですが。私の前に立つのなら、それは敵です」

「私たち、だ。みなも」

「そうでした。これは失敗」


 あはは、と帝が笑う。その笑みに対し、暁も小さく笑った。


「まあ、仏教なんてものは俺もどうでもいいと思っていたところだ。……イギリスの件、どうするつもりだ?」

「向こうがこっちを利用したいのはわかっていますし、それは別にどうでもいいです。黙って利用されるなんてことはありえませんし。ただ、鬱陶しいハエに飛び回られるのも厄介なので……向こうに利用価値がないようであればその時はアキちゃんにお願いするかもしれません」

「それは構わないがな。今のところはどうなんだ?」

「こちらが上になる分には問題ない、というところですね。……まあ、天音には何やら面白そうな勘が働いているようですし。少し様子を見ましょう。上手くいけばイギリスを盾代わりに使い潰すことぐらいはできるかもしれません」

「発想が怖いな、相変わらず」

「そうでもなければやっていられないのが帝という立場です」


 クスクスと笑い、まあ、と帝は告げる。


「――戦争にならなければいいですねー」

いやほんと、毎日忙しくて嫌になってきますね……。仕方ないのですが。


さて、そういうわけでようやく上げれた短編です。イギリスがどうして日本と手を組んでいるのか、というお話。同時にその同盟を非公式に行っている理由も出てきます。

一応、主役は隼騎くんとマリアさんのお二人の予定。

後篇で終わるはずですが……下手をすると三部になるかもです。


それが終わると本編再開。お付き合いいただけると幸いです。


ありがとうございました!!

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