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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
欧州動乱編―選択―
71/85

EU動乱編最終話 その牙は、朽ちるか折れるか


 何が大切かを、考えた。


 何が一番だったのかを、考えた。


 考えて、考えて、考えて。


 ようやく――答えを出した。


 結局のところ、それが全ての始まり。


 だから、全ての理由はその答えへと帰結する。


 ――アリス、お前のことは。

 お前だけは……絶対に守り切る。



 たとえ、全てを失ってでも。


 何かができるかもしれない。まだ間に合うかもしれない。

 前を見、進み続けることしかできない自分。それしか知らない。それしかできない。

 だからこそ、ずっとこうして来たのに――


「…………何だよ……これ………………?」


 自身の愛機である〈毘沙門天〉から脱出し、必死に走り続けた。息を切らし、脚が震えるほどに走り続けた結果目にした現実に、護・アストラーデは思わず膝をついた。

 季節が季節であるためか、元々草木は多くない。しかし、そこは最早草木の生えないであろう大地と化していた。

 夜の帳が落ち切り、星が輝く空の下。

 いくつもの残り火とその周囲に倒れ伏す死体があり、無数の兵器の残骸が散らばっている。

 遠くの要塞も火の手こそ上がっていないものの半壊に近い状態で、この戦闘が冗談でも何でもなかったことを教えてくれる。


「何なんだよ、これは……!?」


 体を震わせ、護は声を絞り出す。その視線の先に映ったのは、見覚えのある神将騎。

 彼が良く知る者――同時に、もっとも大切な者が駆る神将騎。

 それが、朽ちている。

 倒れ伏し、ピクリとも動かない。


「あ、アリス……?」


 何故、という思いが湧き上がる。

 何故、こんなことになっている?

 どうして――俺は。

 こんなところで、一人膝をついているのだ。



「――教えて欲しいですか?」



 不意に、声が聞こえた。気配は一人だけ。振り返ることはない。その気力さえ湧いてこない。

 ただ、まだ年幼い少女の声をした背後の人間は、静かに言葉を紡いでくる。


「こちらは撤退するつもりでしたが、それを勝機と捉えた愚か者が大勢いたようでしてね。《剣聖》がその全てを捻じ伏せました。アキちゃんは〈ブリュンヒルデ〉の相手で忙しかったですし、妥当な配役です」


 言っている言葉の意味がわからない。ただわかるのは、ここにいた者たちは――自分が良く知る者たちは敗北したということ。

 それも、決して多くはない手勢を相手にだ。

 それが大日本帝国の力であり。

 ――現状の、護たちの力。


「さて、私たちは一度ここで退きますが……あなたはどうしますか?」

「…………どういう意味だ?」


 声を絞り出す。少女はええ、と笑みを零して頷いた。


「大日本帝国は明確な敵意を向けてきた相手を放置するほど温厚な国家ではありません。そこで提案です。シベリア連邦軍総大将《氷狼》護・アストラーデ……我々と取引をしませんか?」

「取引、だと?」

「あなたが現実の認識さえできない愚か者ではないのなら、我々に彼らが勝てないことは容易に理解できるはず。滅ぼしてもいいのですがそれでは少々に手間になりますので……それ故の取引です。あなたがこちら側へ来るのであれば、彼らからの攻撃がない限り捨て置きましょう」

「…………ッ」


 その言葉に、護は歯を食い縛る。この少女の言う通りだ。この惨状を見ればわかる。大日本帝国には、戦いを挑んでも勝つことはできない。

《武神》という『最強』と正面からやり合った護だからこそわかる。理解してしまう。

 ――勝てない。

 そんな、覆しようのない現実を。


「まあ、すぐに決めろとは言いません。答えは決まっているでしょうが、選択の権利を与えましょう。私たちの軍門に下り、裏切り者と呼ばれてでも彼らを守るか。敗北の見えた状況で、それでも英雄でいるために私たちと敵対するか」


 少女がこちらへ背を向けたことを、気配で察する。


「あなたが《武神》と戦い、敗れた場所でお待ちします。時間は明日の正午まで。姿を見せぬようであれば宣戦布告と見なし……あなたたちを殲滅します」


 その言葉は、あまりにも重い意味を持って護の肩へとのしかかる。

 ――大日本帝国。

 どうにかできると思っていた。どれだけの力を相手が持っていようと、前に進めば切り開けない道などないとそう思っていた。

 けれど、それは間違いで。

 自分一人の力ではどうにもならないのだと、そう思い知らされただけだった。

 何が、《氷狼》。

 何が、英雄。

 いつだって俺は、大切なモノを守れない――!


「それでは、悔いのない選択を。――御機嫌よう」


 少女が立ち去る気配が、背中越しに伝わってくる。

 振り向けない。振り向いてはいけない。

 こんな顔を、見せてはいけない。

 ありとあらゆるもので敗北し、そのほとんどを折られても。

 意地だけは、捨て去らない。

 捨て去っては……いけないから。


「……………………ちくしょう」


 その言葉は、どこに向かって告げられたのか。

 血が滲むほど強く歯を食い縛り、護は呻く。


「くそっ、たれがぁぁぁッッ!!」


 獣の慟哭は。

 誰にも届かず、空へと溶ける。

 ――溶けていく。



◇ ◇ ◇



 暴動が起こっているというイタリアへ向かう途中の〈風林火山〉。その艦橋に、一人の女性の声が響いた。


「……ここに立つのは二年振りですね。随分と懐かしい」


 微笑と共にそんな言葉を紡ぐのは、白衣を着た一見すれば医者に見える女性。ある意味でその認識は間違っていないのだが、彼女の場合その肩書きよりももっと相応しい名がある。

 大日本帝国第三位、《女帝》出木天音。

 大戦においてその名を世界に轟かせた、大日本帝国の梟雄。

 二年の月日姿を消していた英雄。その衰えぬ雰囲気と佇まいに、環境にいる者たちは一様に黙り込んでいる。そんな中、その女性の言葉に応じたのは隻眼の女侍だった。


「お前が出奔してから約二年と半年。感慨深いか?」

「まさか。どちらかといえば心苦しいですよ。再びこれを使わなければならないような世界になってしまったのか……と」

「それをお前が言うのか、天音。この場所を戦場にした原因はお前だろう?」

「――違いますよ」


 半分だけその血を分けた義姉――《七神将》第二位、《剣聖》神道木枯の言葉に、天音は真っ直ぐに応じる。


「全ては決断と選択です。私は最も近い位置から観客としてそれを見ていたに過ぎません。この結末は彼ら自身が選んだ道ですよ」

「その選択故に争い、多くが死ぬ……帝のお言葉ももっともだ。人はあまりにも自由に、そして他を顧みなさ過ぎた」

「それもまた是であり、それもまた選択の結末。私は否定も肯定もしませんよ」


 微笑を崩さぬままに天音が言う。木枯は、ならば、と天音に問いかけた。


「貴様の選択は何だというのだ?」

「……さあ、何でしょう?」


 問いかけに、微笑を零して天音は応じる。木枯は、ふん、と鼻を鳴らした。


「相変わらず、己のことを語らん奴だ」

「女は秘密がある方が輝くのですよ?」


 どこか寂しげな笑みでそう答え、天音は艦橋から出て行こうと歩き出す。

 そして、部屋を出る瞬間。


「ああ、一つ聞くのを忘れていました」

「何だ?」

「いえ、大したことではないのですが」


 振り返らぬままに、天音は言う。

 扉を見つめるその表情は、わからない。


「――アルビナはどうしたのです?」


 沈黙が、舞い降りる。

 誰も何も答えず、木枯もただ天音を見つめている。


「…………」


 扉を開け、天音が艦橋を出て行った。

 ゆっくりと扉が閉まり、鈍い音が響き渡る。

 誰も、何も言わなかった。



◇ ◇ ◇



 目を覚ましたそこは、臨時で設置された救護テントだった。体を起こすと共に、鈍い痛みが走る。思わず頭に手をやると、何か硬いものが手に触れた。

 サークレット。

 決して華美なものではないそれを頭から取り外し、手に取る。そして思い出すのは、目を覚ますまでの自分の行動だ。


「……そうだ、私……《武神》と戦って……」


 自分にできることをするために〈ブリュンヒルデ〉へと乗り込み、戦いを挑んだ。結果は引き分け。頭の中に流れ込んできた膨大な情報のままに剣を振るい、気が付いた時には《武神》を含めた大日本帝国が撤退の意を見せ始め……そこで、記憶が途切れている。


「…………私…………」


 呟き、立ち上がる。上着は脱がされているが、何故か左腕には厳重に包帯が巻かれていた。おそらく自分の手当てをしてくれた者がやってくれたのだろう。漆黒に染まった、最早人のモノとは思えないこの腕に。

 意味などないのに。

 未来など、見えやしないのに。


「…………」


 周囲を見回す。どうやら時間はもう随分と遅いらしく、外から声は聞こえてこない。近くにあった上着――臨時で借りた軍服の上着を纏うと、アリスは外に出た。冷たい空気が肌に触れ、思わず体が震える。

 周囲を見回すと、簡易テントを始めとした臨時の施設が感覚を開けていくつも設置されていた。しかし灯りはぼんやりと中で灯っているのがわかるだけで、人の気配はほとんどない。

 アリスは歩き出そうと一歩足を踏み出す。まず状況がわからないのだ。それをどうにか――


「――アリス?」


 不意に、背後から声が聞こえた。驚きに身を竦ませ、アリスは振り返る。そしてそれと同時に、彼女の瞳に涙が浮かんだ。


「……護、さん……?」


 そこにいたのは、帰って来なかった最愛の人。アリスはもう一度、彼の名を呼ぼうとする。だが、その前に護はアリスのことを抱き締めた。


「良かった……! 無事だった……良かった……ッ!」


 いつもの彼からは到底聞いたことがない、涙色の声。アリスの瞳からも、涙が零れる。


「護さん、私、私ッ……!」


 言葉にならない感情が溢れ出す。生きていると信じていた。彼が死ぬはずないと思っていた。

 ――けれど。

 もしかしたら、と思わなかったわけではない。

 その可能性を、考えなかったわけではないのだ。

 二人はアリスのいた救護テントに入り、向かい合う形で座り込む。アリスの立場を考えてか、他の人がいた形跡はない。正真正銘の、二人きりだ。


「…………」

「…………」


 互いに、無言。どこか俯き加減に視線を下げ対状態で、二人は言葉を発することができないでいる。

 何を言うべきなのか。

 何を語るべきなのか。

 ずっと再会だけを望み続け、そしてずっと共にいながらも……それでも尚、二人は互いに踏み込めない。

 それは、臆病だからなのか。

 それとも、違う理由があったのか。

 ただ互いに言葉を発することができない時間がしばらく続き、そして不意に、護が小さく言葉を紡いだ。


「……ごめん」

「えっ……?」


 その言葉の意味がわからず、アリスは反射的に首を傾げる。ごめん、など。何を謝られることがあるというのか。むしろ謝らねばならないのはこちらだ。彼を一人で行かせ、結局それを助けに行くことさえもしていなかったのだから。

 だがそのことをアリスが口にする前に、護は優しくアリスの手を握り締めながら言葉を紡ぎ始める。


「ごめん……本当にごめん。俺がもっと強ければ。皆を守れるくらいに強かったなら。そうだったら、アリスを……アリスをあんな目に遭わせることなんてなかったのに」

「……護さん」


 言いたい言葉はあるのに、何も言うことができない。痛みを感じる程に強く握り締められた手が、言葉を紡ぐことを許さない。


「でも、大丈夫だから。今度こそ……守るから」


 いつもの彼とは全く違う、あまりにも弱い台詞と共に。

 アリスの身体が、ゆっくりと押し倒される。


「もう、誰も傷つけさせない。そんなことはさせない。絶対に守るから。俺がどうなっても。どう、成り果ててでも。絶対に。俺が守るから」


 そう言いながらこちらを見下ろす彼の瞳は、どうしようもない程に弱かった。

 まるでありとあらゆる全てから拒絶されたかのように弱い瞳で。

 静かに、こちらを見つめている。

 その、瞳が。

 あまりにも弱々しく、同時にありとあらゆる覚悟を決めたようなその瞳が。

 ――かつて鏡の前で見た自分自身に、重なった。


「――アリス?」


 気付いた時には、手を伸ばし。

 彼の唇を、引き寄せていた。


「アリス、何を」

「――お願いします」


 全ては、直感。

 行かせてはいけない。否、行かせたくない。

 目の前の人から手を離したくないというその一心で、アリスは言葉を紡ぐ。


「私は、駄目な人間です。一人では何もできなくて、俯いてばっかりで……私一人でできたことなんて、何もできなくて。一人は嫌なくせに、一人じゃ何もできないくせに一人でいようとして。でも、そんな私を……そんな私を見つけてくれたのは、手を差し伸べてくれたのは、護さんです」


 必死に自分の中の全てを言葉にする。通じないかもしれない。届かないかもしれない。それでも、必死に言葉を紡いでいく。


「護さんは、私を守ってくれた人です。助けてくれた人です。救い出してくれた人です。

 私なんかじゃ、釣り合わないかもしれないけれど。

 それでも私は、あなたに救われて……あなたに、恋をしました」


 だから、とアリスは言った。

 彼に救われた、救い出された彼女だからこそ。

 彼の言葉を、真っ向から否定するために。


「だから、泣きそうな顔でそんなことを言わないでください。護さんは、ヒーローです。私にとって一番のヒーローなんです。だから――」

「――いいのか?」


 静かな問いかけ。その目には、未だ迷いが込められている。

 アリスは、はい、と小さく頷く。


「醜い私なんかじゃ――」

「綺麗だよ」


 言葉を遮り、彼は言った。


「アリスは、綺麗だ」


 その言葉に、頬が熱くなるのを感じた。高鳴る心臓。アリスは、小さく、本当に小さく頷きを返す。


「…………はい…………」




 …………。

 ……………………。

 ………………………………。



 柔らかな寝息を立てる、最愛の女性。その傍らで、護は静かにその髪を撫でた。柔らかな感触。温かな感触。その全てが愛おしい。

 しかし、だからこそ。

 だからこそ……彼女の隣には、いられない。


「……本当に、ありがとう、アリス」


 ポツリと。

 涙を流すことを必死に堪えながら、護は言った。


「俺みたいな馬鹿を、俺みたいな奴を好きだって言ってくれて。本当に、本当にありがとう。何もできなかったけど。今も何もできねぇ馬鹿野郎だけど。それでも、アリスのことは守るから。絶対に守るから。守り切ってみせるから。だから――」


 彼女左手の薬指。包帯が巻かれたそこへ、一つのリングをゆっくりと通す。

 レベッカや天音に言われ、彼女の誕生日のプレゼントと用意して……結局、渡せないままだったものを。


「――だから、もう戦いからは離れて……幸せに、なってくれ」


 立ち上がり、静かにテントを出る。

 歩き出す。歩いていく。

 不思議と、心は軽やかだ。覚悟を決めた今ならば、どんなことにも耐えられる。

 だから、歩く。歩いていく。

 静かに。それでいて、淀みなく。

 ――その最中。

 不意に、一人の少年を見つけた。その少年もこちらに気付き、視線を送ってくる。


「……護?」

「ヒスイ。……無事だったんだな」

「……うん。何もできなかったから……無事だった」

「……そうか」


 静かな、沈黙。ヒスイはいつもと変わらない無表情でこちらを見ており、護は静かにそんなヒスイを見つめている。

 夜風が流れ、衣服が風にはためいた。

 護は、ヒスイへと言葉を紡ぐ。


「なあ、ヒスイ。……一つ、頼んでもいいか?」

「……何?」


 どこか小動物じみた動きで首を傾げるヒスイ。護は頷いた。


「アリスを、守ってくれ。俺はこれから少し離れた場所に行く。しばらく……帰って来れないから。頼む」

「……どこへ、行くの?」

「それは言えない」


 言うことは、できない。

 それが女々しいことであるとはわかっていても。

 それでも、アリスとヒスイには……知られたくなかった。


「勝手なのはわかってる。それを承知で頼む、ヒスイ」

「……いいよ。アリスは大好きだし、護も好きだから。二人は大切、だから」


 ヒスイが頷く。それを見て取り、彼の頭を軽く撫でると、ありがとう、と護は優しく告げた。

 そして、護は背を向ける。その背に向かって、ヒスイの相変わらず静かな声が届いた。


「……頑張るよ。頑張る。だから、護も……頑張れ」

「ああ……頑張るさ」


 頷き、歩いていく。

 月が、どうしようもないくらいに輝いていた。



◇ ◇ ◇



 プラムフィスト要塞の、破壊されたために城壁の役割を果たしていない場所。入り込む時にも利用したその場所で、不意に護は立ち止まった。

 月を見上げ、夜風をその身に受けながら。

 静かに、極北の狼は言葉を紡ぐ。


「……ようやく、理解したよ。本当にようやくだ。俺は、本当に大馬鹿野郎だった。いや……今もそれは変わらないか」


 静かな言葉。振り返らぬまま、彼は言う。


「考えたこと、なかったんだ。俺が、俺自身が、どんなに血反吐を吐いてもどうにもならない現実を前にした時……どうしたらいいかなんて。どうにもならないことなんて――いくらでも、世界に溢れてたってのに。俺は、嫌って程それを――思い知らされていたはずなのに」


 父親が殺された日に。

 母親が死んだ日に。

 アリスの手を掴めなかった日に。

 彼女を止められなかった時に。

 あまりにも多くの理不尽を――見てきた日々に。

 思い知らされて……いたはずなのに。


「こんな風になるまで、こんなことになるまで俺は……、笑えてくるよ、本当に。どんだけ馬鹿野郎だよ」


 自嘲の笑みを零す。どれだけ愚かだったのか。何をできると思い込んでいたのか。

 自分の手など――何も掴むことはできない手だったのに。


「――それが貴様の解答か、護」


 静謐な、それでいて強い意志を宿した言葉。護は静かに頷き、振り返った。

 そこにいたのは、二人の男女。

 ソフィア・レゥ・シュバルツハーケン。

 アーガイツ・ランドール。

 片や護を『友』と呼び、片や護が信頼を寄せる歴戦の傭兵。

 その二人は、真っ直ぐに護を見つめている。

 全てを理解している……そんな、目で。


「もっと他に方法があるはずだ。貴様のしようとしていることはわかっている。だが、それで本当に貴様は救われるのか? 否、違うな。『貴様ら』は救われるのか?」

「……救いなんて、ないんだよ」


 振り返り、真正面からその眼光を受け止める。

 周囲の惨状。その全てへと手を伸ばしながら、護は言った。


「どこに救いがあるんだよ。これが現実なんだよ。俺が、俺ならどうにかできるかもしれねぇんだよ。そこに俺の救いなんて関係ねぇんだよ。――これが最善の選択なんだよ!!」


 吠えたその言葉は、まるで。

 慟哭のように――聞こえた。


「キミが……違う。キミたちが幸せになれない選択の、どこが最善なんだい?」


 問を発するのは、アラン。血の滲んだ包帯が服の隙間から見えるほどの重傷であるはずの彼の問いに、いいんだよ、と護は応じる。


「もういいんだよ。俺が間違えた。間違えたんだ。だから行くんだ。だから、俺は――」


 息を吸い。

 そして、叫ぶ。


「――間違っていても! どうしようもなくても! それでも、俺は! 俺は――こんな風にしか生きられねぇんだ!!」


 邪魔をするな、と護は言った。


「これが俺の選択だ。俺は後悔しない。もう後悔するのは飽きた。だからもう、後悔しない」

「詭弁だな、護。その顔が、後悔していない者の顔だとでも言うつもりか?」

「うるせぇよ。もう決めたんだ俺は。引き返さねぇ。俺はもう、ここへは戻らない」


 それは、決別の言葉。

 護・アストラーデは、二人に背を向け、言葉を紡ぐ。


「俺とあんたたちの間にあったかもしれない友情と信頼は、今、ここで死ぬ」


 あまりにも身勝手で、それ故に覚悟の込められた言葉を残し。

 英雄が――立ち去って行く。

 それを見送り、ポツリとソフィアが呟いた。


「――馬鹿者が」


 その瞳は、寂しげで。

 彼女は『友』がいたその場所を、ずっと見つめ続けていた――



◇ ◇ ◇



 約束の場所にいたのは、二人の男女。

 その相手に対し、目を伏せたまま言葉を紡いだ。


「俺が……頭を下げれば……アイツらを、救えるのか……?」


 その問いかけに、頷いたのは男。


「相手次第だが、こちらから攻め込まないことは約束する。お前はお前自身の命と名誉を代償に、シベリア人たちの命を『買う』んだ」


 その言葉を頭から信じることはできない。

 しかし、方法はそれしかない。


「俺はどうなってもいい。何でもする。何でもするから……だから――」


 両の膝を地面につき。

 両の拳を、地面につける。


「――アイツらに、手を出さないでくれ……!」



 それは、狼と呼ばれた英雄がその心を折った瞬間。

 それでも、彼の瞳は未だ死なない。


 ――世界は、変革の時を迎える。

 というわけで、この作品が始まってからもうすぐ一年。何があっても折れなかった護くんが、初めて『戦う』以外の選択肢を見せた瞬間、そして『折れた』瞬間です。

 彼が見た光景は、どう考えても敗北した要塞の姿であると同時に、アリスが乗っていた〈スノウ・ホワイト〉が大破していた光景です。同時に藤堂暁という最強の《武神》にも勝てなかった彼は、ここで初めて悟りました。

 ――限界、という一文字を。

 それ故に、初めて彼は『戦う』以外の選択をしたわけですね。


 ……何気に彼の選択は、ここまで全て『戦う』だったりします。結構初期の頃に後書きで書いた彼の『歪み』において一番問題なのは、実はこの点です。

 そしてだからこそ、今後の彼がどうなっていくか……見守って頂けると幸いです。


 次回にエピローグを入れ、EU編は終了です。

 その後、第三部は少しだけ時間軸的に間が空くので……短編を少々。

 キャラクターも増えてきたので、このキャラとこのキャラの絡みが見たい、などのご意見あれば感想若しくはメッセージで。無ければ適当に用意します。


 ではでは、ご意見ご感想お待ちしております。

 ありがとうございました!!

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