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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
欧州動乱編―選択―
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第十五話 選択の果て、辿り着いた場所


 全ては、選択だ。

 この場所に辿り着いたのは、その帰結。


 俺は、幸運なのだろうか。

 それとも、不幸だったのだろうか。


 わからない。わからないことだらけだ。

 ただ、思うのは。


 ――笑っていて欲しい。


 俺が望むのは、それだけだから。

 だから、俺は。


 命を懸けて――お前を守る。

 両親の、代わりに。


 上手くいくとは、思っていなかった。妨害はあると思っていたし、すんなりと亡命などさせてもらえるはずがなかったというのもわかっていたことだ。

 伊狩・S・アルビナ――自分と同じ、『和』の名を持つ女性。似た立場だからこそわかる。彼女もきっと、彼の国の一翼を担う存在。

 彼女の言う通り、自分が狙われているのなら……どうして、助けてくれたのか。

 理由はわからない。しかし、そこには彼女の葛藤があったはずだ。

 だから、振り返らぬことにした。

 振り返り、俯き、迷ってばかりの自分。それでも、前を向こうと。

 ――けれど。

 こんな現実は、求めていなかった――……


「……〈風林火山〉……」


 全速力で走る、咲夜たちが乗った車。それと並走しながら、朱里は背後を振り返る。

 強襲用陸上決戦兵器――〈風林火山〉。

 大日本帝国が誇る決戦兵器が、こちらへ迫ってきている。その速度は圧倒的だ。このままでは、追いつかれる。


「……咲夜……」


 この状況を、車の中はどう見ているのか。そして、妹はどう思っているのか。

 そして、自分にできることは何か。

 この状況で、自分にできることは――否、すべきことは。


「…………答えなど、初めから決まっている」


 ずっと、戦ってきた。戦うこと以外の全てを忘れるほどに。

 その道を、選んできた。


 ――俺にできることは、いつだってたった一つ。


 それなのに、随分と回り道をしてきた。馬鹿なものだ。結末なんて、初めからわかり切っていたのに。

 どんな言葉を吐こうと、結局自分は人殺し。ならば、結末は一つ。


「――聞こえるか、護」


 無線を繋ぎ、声を飛ばす。雑音が混じった、応答が聞こえた。


『……した? 背後のアレについてか? すまねぇけど、これが全速力だ。エトルリアの国境までは、最低でも後三時間はかかるぞ』

「わかっている」


 頷いた。〈風林火山〉がこちらに追いつかないということはありえないだろう。既にイタリアは脱出し、オーストリアを通過している。ドイツの隣国であると同時に、シベリアとEUの間にあるエトルリア公国とも隣接するこの国は大戦において激戦区となった場所の一つで、今でも復興が追い付いていない地域が多い国だ。

 かつてはEU内でも力と発言力がある国だったが、多くが奪われ、壊されてしまったために往年の力を失った国。街を避けているとはいえ神将騎が国を縦断しているのに軍隊の出撃の兆候がないのもそういう部分から来ているのだろう。

 あるいは、既に大日本帝国が手を回しているか――おそらくこちらが真実なのだろうが――まあ、どちらでもいい。

 問題は、逃げ切れないという事実一つで十分だ。


「このままでは全滅だ。逃げ切れず、捕捉されるのは目に見えている。……俺が喰い止める。先に行け」

『なっ、ふざけんな! 一人でどうにかできると思ってんのか!? それに、妹は! お前の妹はどうするつもりだ!?』

「議論している場合か!? 他の方法があるのか!? ありもしない『可能性』など、『現実』の前には役に立たないだろうが!!」


 一喝する。論議をしている暇はないのだ。敵は着々とこちらへと迫ってきている。

 鈍い音が響いた。護がハンドルを叩いたのだろうと、そうわかる音だった。彼は理想家であるが、愚者ではない。自分たちの状況を理解しているのだろう。


 ――それでいい。


 自分が守りたかったものを、護になら託せる。自分たちに――自分が唯一親友と認め、信じて疑わぬ力を持ったあの男に打ち勝った英雄ならば。

 妹を……咲夜を守ってくれる。

 奴らの目的は自分だ。自分が足止めに出れば、きっと奴らは動きを止める。そうすれば、咲夜は助かる。

 そうだ、それでいいのだ。

 そのために――生きてきたのだから。


『……朱里。アタシとの契約は、まだ果たされていないわよ』

「わかっている。安心しろ。必ず契約は果たす」

『それならいいわ。――武運を』


 絶の言葉がそこで途切れ、大佐、という小さな声が聞こえてきた。アリスのものだろう。しかし彼女は何を言えばいいのかがわからないらしく、そのまま言葉を止めてしまった。ヒスイは変わらずの無言らしい。ただ、無線越しにも僅かな感情が伝わってくる。感情が豊かになったものだ。

 ――そして。

 そして――……



『………………兄様』



 小さな、吐息のような声だった。朱里は、ああ、とできるだけ穏やかな声を絞り出す。


『今、だけは……お兄ちゃんと、呼ばせてください』


 その声は震えていて、涙を必死で堪えていることが容易に想像できた。朱里はもう一度、ああ、と頷く。


「もう、大丈夫だ。俺が、絶対に守るから」


 お兄ちゃん、と咲夜が呟いた。


『帰って、来るよね?』


 その言葉に、一度唇を強く引き結び。

 朱里は、約束だ、と呟いた。


「俺は、約束は必ず守る。――先に、行け」


 機体を振り向かせ、立ち止まる。対艦刀――いくつもの戦場を共に戦い抜いてきた武器を手に取り、構える。

 車が走り去って行く。それを気配で感じながら、朱里は呟くように言葉を告げた。


「護」


 本来なら敵であるはずの男へ。

 憎悪さえ抱いて然るべき相手へ。

 朱里は、笑みと共に言葉を遺した。


「――咲夜を、頼む」


 無線を切る。大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。

 不思議なくらいに気持ちは落ち着いている。相手は大日本帝国。こちらは単騎。生き残れる道理はどこにもない。

 しかし、それでも。

 朱里の口元には、笑みが浮かんでいた。


「見せてやる、大日本帝国。これが《赤獅子》最後の戦闘だ」



◇ ◇ ◇



 前方で立ち止まり、こちらへ対艦刀を向けてきた神将騎――〈ブラッディペイン〉。その意味と覚悟がわからぬ程、大日本帝国は愚かではない。

 ――武士道。

 如何なる状況にあろうと高潔さを保つ、死出に向かうための道。それを掲げる国であるからこそ、その軍隊を束ねる男はその指示を出した。


「――停止しろ」


 彼――《七神将》第一位、《武神》藤堂暁の言葉に逆らう者はいない。すぐさまその命令は実行され、〈風林火山〉は動きを止めた。

 その場の全員が、一斉に暁を見る。その最中、その全てを代表するように帝が言葉を紡いだ。


「無粋と知りつつ、あなたに聞きます。――何故、停止を?」

「それが、俺たちの信じる道だからです」


 凛とした声色で。

『最強』を名乗る男が、そう告げた。


「ここであの男の覚悟を無為にすれば、俺たちはただの『人殺し』になる。なってしまう。それでは何の意味もない。人を殺すことにも矜持があり、道理がある。それを捨てることをできはしない」

「そのために、私たちが不利になっても?」

「自らを貫き通せぬ選択に、意味などありません。何か一つを貫くのであれば、必然、その他のありとあらゆるものを捨てるしかないのです。自分自身を貫き通すなら、自分の命を捨てることになるのは道理」


 その言葉に対し、反論はない。大日本帝国とはそういう国であり、大日本帝国軍とはそういう国だからだ。

 帝はそんな暁の言葉を聞くと、満足そうに微笑む。そして、ならば、と帝は呟く。


「彼の覚悟に対し、どう返答を?」

「本来なら、こちら側へと誘うところですが……今のあの男に対してそれを行うことは侮辱です。故に、一騎打ち。正面からの武力を以て、あの男に引導を渡す」

「あなたが直々にですか、《武神》?」

「いえ、俺ではありません。――彼恋」


 不意に呼びかけられ、少女は体を大きく震わせた。キョロキョロと周囲を見渡しながら、おずおずと声を上げる。


「……わ、私、ですか……?」

「そうだ。本来なら俺か木枯さんが出向くのが道理だが、俺も木枯さんにもこの後にやるべきことが残っている。そうなれば、俺と木枯さん以外で最も力がある人間をぶつけることこそが礼儀だ」


 それがお前だ、と暁は言った。


「《女帝》の愛機たる〈毘沙門天〉と〈金剛夜叉〉。その二つにすら正面から打ち勝ったお前だからこそ、《赤獅子》の覚悟に応えるだけの力がある」


 任せる、と暁が言った。

 しかし、齢十七の少女は小動物のように首を左右に振る。


「む、無理……ですっ、わ、私、なんか……え、えうっ、だ、だって……」

「――彼恋」


 そんな彼恋に声をかけたのは、眼帯を着けた女侍――《七神将》第二、第三位《剣聖》神道木枯だった。彼女はいつもの厳しいものとは違う穏やかな表情で、言葉を紡ぐ。


「お前が争いを嫌っていることは私も、陛下も、大将も……この場にいる全員が知っている。お前の愛機であるはずの〈万年桜〉を憎悪してさえいることもな。だがな、彼恋。〈万年桜〉はお前を受け入れた。お前だけを受け入れいているんだ。そして、お前に従う者たちも……そんなお前だからこそ、付き従っている」


 それに、と木枯は言った。

 それに――


「『守る』ために戦ってきたお前だからこそ、《赤獅子》の相手は相応しい。あの男は守るために一人、戦場に立っているのだからな」


 肩から手を離し、木枯が真っ直ぐに彼恋を見つめる。


「私と大将は……否、お前以外の全員が『強さ』という妄執に憑りつかれている。更に言えば、私など『最強』という呪いに今も尚侵されている状態だ。だが、お前は違う。お前にとって『力』とはただの力ではない。……見せてやれ、彼恋。私と天音が敗北し、玄十郎様さえも敗北したあの『怪物』に正面から言葉を叩き付けた強さを。あの男はきっと、それを望んでいる」


 正面からの果し合いを、と木枯は言った。彼恋は泣きそうな表情で周囲を見渡す。だが、誰もが頷くだけだ。

 彼恋は目に涙を溜めると、逃げるように艦橋を出て行った。それを見送り、ポツリと強面の青年――大日本帝国《七神将》第五位、本郷正好が言葉を紡ぐ。


「……大丈夫ッスかねぇ、うさぎちゃん。このまま引き籠っちゃいそうな感じッスけど」

「かっか、どうした坊主。娘っこが信用できねぇのか?」


 本気で心配そうに声を上げる正好に対し、応じたのは禿頭の老人だった。《七神将》第六位、紫央千利――大日本帝国でも最古参の老兵でもある彼は、楽しげに口元を歪めている。

 そんな千利に対し、いや、と正好は言い難そうに言葉を紡いだ。


「……前科あるし」

「最長記録は半年ですねー。彼恋は戦闘から帰ると必ずといっていいほど引き籠りますし。二年前の大戦は大変でした」


 あはは、と笑いながら言う帝。そんな帝の言葉を聞きながら、だが、と暁が言葉を紡ぐ。


「それでも、彼恋の力は大きい。戦闘力なら現行の大日本帝国における第三位……彼恋と本気で殺し合うことになれば、俺でも腕の一本ぐらいは覚悟が必要だろう」

「だからこそ、彼恋は〝天才〟なのですよ」


 クスクスと、楽しそうに帝が笑う。


「アキちゃんは、『本来なら生まれるはずのなかった』という意味でのイレギュラーです。しかし、生まれたならば今のアキちゃんがそうであるように絶対的な才能を持つことになることもわかり切っていた。木枯もです。『藤堂』と『神道』、二つの血はあまりに濃い。生まれながらに血に染まっていく道が定められているほどに。

 ――しかし、彼恋は違います」


 真剣な表情で、帝は言った。普段の彼女とは明らかに違う、威圧感さえ漂わせる表情で。


「どれだけ遡ろうと、その根源がわからない。《赤獅子》も《氷狼》も、その強さの――〝奏者〟である理由を突き止めることができた。あなた達もです。特に《氷狼》については、その出自故にどうしても確保しなければならないということがわかりました。けれど、彼恋は違う」


 理由が見つからない、と帝は言う。


「故にこそ、完全あるイレギュラーという意味において彼女は〝天才〟なのです。偶然の果てに生まれ落ちた怪物。本来、〝天才〟という生き物はその才能の大きさに応じた『欠落』があるもの。アキちゃんや木枯にだってそれがある。そして彼恋の『欠落』は、『恐怖』」


 人が本来なら無意識の内に忘れ、無意識の内に抑え込むものだと帝は言った。


「しかし、彼恋は常にそれを感じている。本来なら心が押し潰され、発狂してもおかしくないようなものなんですが……彼女は、それでもどうにか『世界』と戦っている。怖いだけ、恐ろしいだけのはずの世界と、ずっと一人きりで向き合っている。

 ――そしてだからこそ、彼女は救済の王となる資格がある」


 ふふっ、と帝が微笑んだ。視線の先、佇むのは二機の神将騎。

 紅蓮の獅子と、桜色に彩られた神将騎の二つ。


「現在確認されている神将騎の中で、最小にして最速の神将騎。かの〝ナーサリィ・ライム〟の系譜を悉く屑鉄にした、彼恋に〝恋する〟神将騎」


 二つの神将騎が、激突する。

 艦橋にまで届くほどの轟音。その中心を見据え、ふふっ、と帝は笑みを零した。


「予定より随分と早くなりましたが。獅子の退治でも始めましょうか?」



◇ ◇ ◇



 敵は、《神速刃》の異名をとる英雄。

 大日本帝国が誇る、『最強』の一角。


「……それが、どうした」


 薙刀を構える敵の神将騎――〈万年桜〉。こちらに応じて近接戦の構えを取ったのか、それともそれが本職か。隙のない流麗な構えを見たところ、後者が正しい気がするが……そんなものは、どうでもいいことだ。

 敵はこの一人ではない。生きて帰る――その約束のためには、まだ超えねばならない壁がある。

《剣聖》、《野武士》、《帝国の盾》――そして、《武神》。

 大日本帝国が誇る『最強』。その全てを超えなければならないのだ。


「やってやるさ。やってやる。そうだろ、ソラ。お前も、諦めなかったんだろ?」


 諦めずに、最後まで戦ってきたからこそ。

 あの親友は、戦いの果てに散ったのだ。


「だったら、俺も――……ッ!」



 ――――――――――――ッ!!!!!!



 双方の武器が、凄まじい轟音を立てて衝突した。本来なら重量でも破壊力でも勝る〈ブラッディペイン〉の対艦刀が相手の薙刀を叩き割るところだが、相手が上手く衝撃を逃がしたらしく、僅かに薙刀が軋む音が響いただけだ。

 そして、朱里の一瞬の硬直を〈万年桜〉は見逃さない。機体を沈み込ませる同時、体を独楽のように回転させると、全力で薙刀による一撃を叩き込んできた。

 朱里はそれを、全力の後方跳躍によって回避。距離を取る。

 大質量の着地音が響き、朱里は前を見据える。だが。


「――――ッ!? なっ――――!?」


 零距離。明らかにこちらより後に跳躍したはずの〈万年桜〉が、文字通り密着するほど近くに迫ってきていた。咄嗟に対艦刀を盾にする。


 ――これが……《神速刃》……ッ!?


 神の速さを持つ刃――朱里はその意味を履き違えていたのだと、機体を駆け抜ける衝撃を受けながら痛感する。東洋の神秘とも呼ばれる侍の技法、『居合』。シベリアの大地に限らず、大戦でも幾度となく見た当時の《剣聖》と《抜刀将軍》が見せた技。《神速刃》とはその技術のことを指しているのだと思っていたが……違う。

 最小、そして最速。

 大日本帝国《七神将》が一角、《神速刃》の力。


「ざけんなよ……!」


 敵を見据え、朱里は前を見る。

 相手の強さがわかった。ただそれだけだ。敗北というわけではない。

 今、自分は相手から視線を外した。もう、目は逸らさない。


「そこをどけ、侍ッ!!」


 一歩、大きく踏み込む。

 そして――



 ――全ての決着が着いたのは、それから数刻の時間が流れた後だった。




◇ ◇ ◇



 朱里に全てを託された後からずっと、誰も一言さえ話さなかった。ただ無言で、車を走らせる。

 車内に響くのは、咲夜の押し殺した嗚咽だけ。アリスはそんな咲夜を優しく抱き締め、絶は窓から車外を眺めている。護は、ただただ強く唇を噛み締めていた。

 そして、ようやく……国境に辿り着く。だが。


「…………」


 視線の先にあるもの――『検問』の存在に、護は眉をひそめた。考えてみれば当然である。エトルリア公国は『永世中立国』を謳い、同時に世界から『金庫』としても扱われている国だ。EU内での国家間移動は――密入国をしているとはいえ――比較的楽にできる。だが、エトルリア相手だとそうはいかない。

 強引に力ずくでの突破も可能といえば可能だ。むしろ、最初はその方法を第一に考えていた。

 ――だが。


「……どうするつもり? 朱里のいない状況で強引突破なんて不可能よ?」


 声に僅かな苛立ちを込めながら、絶がそう言葉を紡いだ。護は舌打ちを零すと、わかってる、と頷く。


「俺が話をつけてくる。万一の時は頼んだぞ」

「……朱里といい、あなたといい。男っていうのは勝手ねぇ……」


 絶のその言葉には応じず、護は車を停めた。そのまま日本刀を背負うと、振り返ることなく検問へと歩いていく。

 検問の兵たちは護を見ると、俄に慌て始めた。護は歩を緩めることなく、検問に近付いていく。


「止まれ!」


 兵士の一人が銃口を向け、そう警告を飛ばしてきた。だが、護は止まらない。むしろ――


「…………ッ!」


 身を屈め、全力で地面を蹴り飛ばした。いきなりの行動に、兵士たちが戸惑う。その隙に全力で駆け抜けた護は、自信に警告を飛ばした兵の首筋へと正面から刀を当てた。

 周囲の空気が固まる。虚を突いた一瞬の行動。護は、低い声で呟くように言葉を紡いだ。


「テメェらと問答してる暇はねぇ。一度だけ言う。――どきやがれ」


 ビクッ、と兵士の体が大きく震える。だが、彼は動こうとしない。

 護は息を吐き、少し声を荒げて言葉を紡いだ。


「ごちゃごちゃと問答してる暇はねぇっつってんだろうが。俺は今すぐ行かなきゃならねぇ場所がある。どけよ。人の命が懸かってんだ。――――どけっつってんだよ!!」


 凄まじい怒声が響き渡った。兵士たちが戸惑いの声を上げる。

 ――その中で。


「相変わらずだな、お前は」


 護にとって、聞き覚えのある声が響いた。見れば、こちらに歩いてくる人影が二つ。片方は見覚えのない女性のものであり、もう片方は護のよく知る人物だった。

 ――レオン・ファン。シベリア連邦参謀官にして、かつて護と共に戦い続けた男。


「レオン!? お前、どうして……!?」

「アルビナさんから聞いていないのか? お前たちをエトルリアに誘導する、という話を聞いていたんだが……《赤獅子》の処刑で混乱するEUから逃がすと」

「ちょっ、ちょっと待て! ここはエトルリアだろ!? 何で――」

「我がエトルリア公国とシベリア連邦は、同盟を結びました」


 護の疑問に答えたのは、レオンの隣に立つ女性だった。その女性は護に一礼すると、礼儀正しく自身の名を名乗る。


「マイヤ・キョウと申します。非才の身ながら、エトルリア公国の代表という大役を任されている身です。以後、お見知りおきを」

「護・アストラーデだ。シベリア軍の総司令官を任されてる。……いや、そんなことはいい。レオン、〈毘沙門天〉はここにあるのか?」

「ん? あ、ああ。先生が『必要になるだろう』と言ったから持ってきたが……どうしてだ?」

「案内してくれ。今すぐ出る」


 歩き出そうとする護。その護を、レオンが肩を掴んで押し留めた。


「待て、護。状況の説明をしろ? 一体どういうことだ? それに、お前の連れてきたあの二人は一体……」


 言われ、護は振り返る。そこにいたのは、咲夜を抱きかかえる絶と、その隣を歩くアリスとヒスイの二人。その四人がこちらへ歩いてきているのを確認すると、手早く説明を始める。


「詳しく説明をしてる暇はねぇ。あの女については知らねぇ。ただ、敵じゃねぇとだけは言っとく。抱きかかえられてんのは朱里の――《赤獅子》の妹だ。ここへ、っていうよりはシベリアへ亡命しに来た」

「なんだと?」


 レオンが眉をひそめるが、護に気にした様子はない。そのまま言葉を紡いでいく。


「今、オーストリアで朱里が大日本帝国の連中と戦ってる。〈毘沙門天〉無しで行こうと思ってたが……あるんなら丁度いい。レオン、〈毘沙門天〉はどこだ?」

「……《赤獅子》を助けに行くと?」

「そうだよ。それ以外の何かに聞こえたか? とにかく、俺は今から出撃を――」

「待て、護」


 護の言葉を遮り、レオンは言う。その表情は、酷く冷めきったものだった。

 どうした、と護が問う。それに対し、レオンは静かに告げた。


「流石にこれは想定外だ。……この国のために、いくらお前の頼みでもそれを引き受けることはできない」


 護は絶句する。レオンは、そんな護に対して淡々と言葉を続けた。


「朱里・アスリエルは『異端者』だ。その妹の亡命を受け入れたとなれば、それが引き金でEUと戦争が起こりかねない。……悪いが、〈毘沙門天〉の出撃も許可ができないぞ」


 レオンが右手を上げると、兵士たちが一斉に銃を構えた。その銃口の全てが、絶と咲夜に向いている。

 護はその光景を目にし、ふざけんな、と言葉を零す。


「テメェそれでも人間か!? 見捨てるってのかよ!?」

「それは俺の台詞だ。EUの人間が、《赤獅子》が俺たちにどれだけの仕打ちをしてきたと思っている」

「そんなもん、あの子には関係ねぇだろ!?」

「EUの人間だろう!」


 護に対し、レオンが凄まじい怒声で怒鳴り返した。そのまま、レオンは護の胸倉を掴む。


「わかっているのか護!? お前が今何を言っているのか!? 自分の立場がどういうものなのか、本当にわかって物を言っているのか!? よりによって貴様が、何故EUの人間を助けようという!? それどころか、《赤獅子》の援護に行くような言葉を……!!」

「…………ッ、わかってる、わかってるさそんなこと。俺が無茶苦茶言ってることくらいわかってる。《赤獅子》のことだって、恨みがねぇかって言えば答えは否だよ。けど、けどな、レオン。そうじゃねぇだろ。そういうことじゃねぇだろうが!!」


 この時、護・アストラーデとレオン・ファンの間にある、絶対的な『差異』が表面化した。

 祖国に裏切られ、全てが敵である中で、僅かに信じられる戦友たちと戦ってきた護と。

 祖国を愛し、それ故に祖国奪還を掲げて戦ってきたレオン。

 向いている方向が同じであったというだけで、どうしようもなく『違った』のだということが。


「『助けてくれ』って、そう言ったんだよあの野郎は! 俺に、敵である俺に! 出会った瞬間に銃向けあったような俺に! 『頼む』って……そう、アイツは言いやがったんだ!」


 言いながら、ようやく護は自身が何故朱里と咲夜を助けるという行為に反対をしなかった理由を理解した。要は、『同じ』だったのだ。

 祖国であり、守ってくれるはずの国家に家族を奪われ、蹂躙され。頼れる者など誰もいない中で。

 かつての護が〈フェンリル〉に――神将騎という『力』に縋ったように。

 朱里は、全てが敵になってしまった中で、『敵』である護とアリスに縋ったのだ。

 彼にとって、それは彼が言う『友』を殺した護に頼み事をするという、彼自身を否定することであったというのに。

『国』という単位でものを考えない護と。

『国』という単位で物事を判断するレオン。

 二人の差が、明確になった瞬間だった。


「――駄目だ、護」


 行かせるわけにはいかない――レオンは、首を左右に振った。

 その、瞬間。

 その、仕草を見て。


 ――プツンと、護の中で何かがキレた。



「ふっ、ざけんなあああッッッ!!」



 護の中に映ったのは、デジャヴ。

 父が処刑され、せめて遺体だけでも供養させてくれと懇願した母。その母に対し、シベリアの軍人が紡いだ言葉。

 あまりにも残酷な、命を切り捨てる言葉だった。

 鈍い音が響き。

 銃口が、護の方に向く。


「あの子はな!! 病気なんだよ!! 朱里の野郎はそれ治すために歯ァ食い縛って戦ってやがったんだよ!! 別にそれでアイツの全てが肯定されるなんて思っちゃいねぇ!! アイツも俺も結局は人殺しだ!! どうしようもねぇんだ!! けど、そんなアイツにも守りたいもんがあったんだよ!! それがあの子なんだ!!」


 自分にも、アリスという何があっても守りたい存在がいるように。

 朱里・アスリエルにも、その両手を血で汚してでも守りたい相手がいた。


「無茶苦茶言ってるのはわかってる!! 俺自身もうわけわかんねぇ!! けど、これだけはわかんだよ!! ここで見捨てたら、俺は俺じゃなくなるんだ!!」


 同族嫌悪。

 朱里・アスリエルと言葉を交わしてからずっと、妙な違和感を感じていた理由は……きっと、それだ。

 敵であって、同族。

『選択』の言葉もまた、『同じ』だったから。

 護・アストラーデも、『選択』の先にここへ辿り着いたのだから。


「行かせてくれよ、レオン」


 護は、レオンに頭をを下げる。レオンは護に殴られて紅くなった頬を軽く拭うと、駄目だ、ともう一度繰り返した。


「理解しろ、護。《赤獅子》を助ける以前に、今〈毘沙門天〉がEUの加盟国であるオーストリアで戦闘を行えばどうなるか……お前は、シベリアをまた戦争に巻き込むつもりか?」


 今度は、酷く冷静な言葉だった。その言葉に対して返す言葉を持たぬ護は、思わず口ごもる。そうだ。それもあった。だが、このままでは朱里は助からない。《七神将》の強さについて、護は身を以て知っている。

 どう言葉を紡いでいいかわからない護。そんな彼の背後から、ねぇ、という声が響いた。


「アタシが口出しできる立場じゃないのはわかってるし、本来なら黙ってるつもりだったけど。状況が変わったわ。アタシの目と頭がおかしくなったんじゃなければ……『アレ』、何かしらね?」


 声を発したのは絶だった。その場の全員が、彼女が顎で指し示す方角を見る。

 遠い。シルエットが確認できる程度の遠距離に、小さな影のようなものが見える。


「…………?」


 レオンが双眼鏡を取り出し、影を見る。

 ――そして。


「…………まさか…………」


 その表情を、大きく変えた。護はそんなレオンから双眼鏡を奪うようにして手に取ると、それを覗き込む。

 そして、目に映ったのは。


 円環を背負う、ある種神々しささえ纏う姿。

 袴に似た姿をする、一機の神将騎。


「あれは、まさか」


 レオンの隣で双眼鏡によってその姿を確認したマイヤが、呻くように口にした。


「《武神》の愛機、〈大神・天照〉……!?」


 地平の彼方より現れるは、〝神〟の名を持つ神将騎。

 大日本帝国《七神将》第一位にして、《武神》の名を冠する『最強』の天才。

《史上最高の天才》――藤堂、暁。

 そしてその愛機、〈大神・天照〉。


 ――だが、そんな事実よりも。

 護・アストラーデの目を奪ったのは、彼の者が手に持つ一つの武器。

 対艦刀。

 幾度となく戦場で目にした、《赤獅子》の得物。


 最悪の絶望が、迫り来る。


はーい、急転直下のEU編。舞台が遂にエトルリアへ。お久し振りですレオンさん。覚えていますかマイヤさん。


とまあ、悪ふざけ風に行ってるのは今回重いため。……いや、うん。予定通りといえば予定通り何ですがね、ええ。

で、朱里。彼はですね、『犠牲』というものを主なテーマにしています。彼の人生において、彼は全てを選択してきたと語っていますが……そのために犠牲にしたものがあまりにも多過ぎる。そういう意味での、『犠牲』ですね。本人がそう思っていないところがポイントだったり。

同時に、彼は『護のもう一つの姿』というテーマも裏としてあります。護も朱里も、『国』という単位で物事を考えず、同時に自分自身を顧みない人間です。根源は同じ。ただ、やり方が大きく違う。どちらが正しいのかは……読者の皆様の解釈次第ということでどうか一つ。


はてさて、朱里はどうなったのか? そして護はどうなるのか?

次回、ようやく先生も登場。ある意味では総力戦。

EU編も残り僅か。お付き合いいただけると幸いというか発狂します。


感想、ご意見お待ちしております。

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