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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
欧州動乱編―選択―
63/85

第十話 剣戟、幾多の血潮


 ――神道詩音が牢獄で意識を取り戻してから、数日が経った。どうやら自分が監禁されている場所は地下のようだ。淀んだ空気が窓がないことを伝えている。

 窓がない建物、という可能性も考えたが……自分を監禁し、尚且つ人目に付かないようにしようとしているのであれば地下である可能性が高いだろう。

 食事は一日三回、きっちりと決められた時間に用意される。縛られた手は前に回されており、警戒しているのか厳重に縛られているので外すことは不可能な状態だ。


(……私のことについては、調べがついているみたいですね……)


 鉄格子を睨み据えながら、詩音は思考を巡らせる。自分が喋ることができないのを知っているからだろう。相手はこちらに応答を求めず、また、武芸を恐れてか鉄格子越しにしか食事の供給をしてこない。神道詩音――決して自分の名は広く知られているわけではないはずなのだが、相手はこちらの情報について一定以上のものを得ている。

 詩音は戦場に出たことこそないが、かの『神道流』を修めることを許された武芸の才を持つ少女である。同時に、父である虎徹の下で最近はソラと共に様々な仕事を請け負ってきた。それ故、十歳の少女とは思えない能力を有している。


(せめて拘束がもう少し緩ければ……)


 自身の両手を縛る縄に視線を落とし、小さく息を吐く。両腕が自由ならば、もう少し色々と手が打てる。通常、子供相手にここまでのことはしないものだが……それだけ警戒しているということだろう。

 同時に、相手は自分のことをこれだけ調べられる立場の者たちだということになる。大日本帝国は敵も多い。詩音の立場、出生から考えれば狙われる理由は山とある。


(……英語にはどことなく訛りがありましたけど……どこの訛りかがわかりませんね……)


 徹底して正体を隠すつもりなのか、食事を運んでくる男は覆面を被り手袋までしている。体型から辛うじて男とわかる程度の情報しか得られず、そのほかの唯一の情報源である言語も訛りこそあるがどこの地方のものかなどは一切わからない。

 要するに、相手の情報は一切が不明。ただ、こちらを殺す気はないということしかわからない。

 自分は人質、ということだろうか。今現在、外で何が起こっているかがわからないのが辛い。声を発することができれば、まだ何か変わったのかもしれないが……。


(……やめよう)


 首を振る。出来ないことについて思考を巡らせるのは時間の無駄だ。今の自分にできること。それを把握し、状況の打破を考える。

 ――考えろ。

 考えろ、考えろ、考えろ。

 私は、神道詩音。《剣聖》と《鬼神》の娘であり、《女帝》から多くを学んだ存在。それがこんなところで屈するわけにはいかない。あの人達の誇りと強さに、傷をつけるわけにはいかない。


(……破るのは無理そうですね)


 カシャン、という緩い音を立て、鉄格子が揺れる。腕が拘束されていて使えないので、肩で軽く小突いたのだ。しかし、流石に鉄格子。そこまで新しいものではないらしく、さび付いた部分が目立つが……それでも破壊は不可能だろう。

 しかし、そこで詩音はふと疑問を浮かべる。鉄格子――その隙間が、通常よりも明らかに広いのだ。流石に抜けられるほどの隙間はないが、人を監禁する場所にしては隙間が広すぎる。これほどの隙間は、メリットよりもデメリットの方が大きいはずだ。


(元々は、別の役目を……? 人ではない何かを収容するための場所……?)


 真っ先に思い浮かぶのは、実験施設だ。見たことはないが、大日本帝国の首都にある研究施設には動植物の研究を行う場所もあるという。そういう場所には、頑丈な檻もあるという話だ。

 しかし、そうなると余計に謎が浮かぶ。この雰囲気、淀んだ空気……これは最近造られたものではない。

 そして……詩音には、自身の周りに満ちる雰囲気に覚えがあった。


(まさか、遺跡? だとすると、古代文明の遺跡……?)


 遺跡。それは現代において大きく二つに分けられる存在だ。

 一つは、文字通り過去の人類の足跡を伝えるためのもの。それは歴史的に価値があるものであり、有名なところではガリアのピラミッドなどが世界的に有名だ。

 そしてもう一つが――古代文明の遺産としての遺跡である。

 世界最強の現代兵器たる神将騎だが、これらはそのノウハウと実物を遺跡から発掘された形で使用されている。失われた古代の超高度文明が残した遺産。それが神将騎であり、数々の超兵器なのだ。

 もっとも、その古代に何があったのかを示す文献はほとんど残っていない。神将騎も動力が無事だというだけで、古代における性能に比べると著しく低下しているといわれている。他の兵器についても同様で、そのほとんどが使い物にならないという話だ。

 しかし、古代の遺跡にはそのまま一国家の軍事力に繋がるようなものが隠されていることが多いため、あらゆる国々が遺跡の調査を優先して行っている。しかし、そもそも手がかりが少ない上にそのほとんどが秘された場所――それこそ地下を中心に存在しているため、未だ見つかっていない遺跡も多いという。

 大日本帝国ではそのほとんどが発見されているというが――だからこそ、世界最強国を名乗れるほどの神将騎を確保できた――それでさえ、確かな情報ではない。

 詩音が感じたのは、そんな古代の遺跡に流れる独特の雰囲気だ。淀み、停滞した濁った空気……それを、肌で感じる。


(でも、遺跡だというならそれはそれで妙です)


 遺跡というのはその重要度から常に人が派遣され、調査されるべき場所だ。無論、遺跡にも色々な種類があるので、詩音が囚われているような牢獄もあるだろう。しかし、そんな場所を監禁場所に選ぶ意味がわからない。

 疑問が更なる疑問を生み、詩音の思考を深みへと導いていく。そして、彼女が終わりのない疑問に浸り始めた頃。


『――――!!――――!!』

『――――ッ!?………!!』


 耳慣れない言葉が聞こえてきた。同時に、甲高い金属音と悲鳴が響き渡る。

 驚き、身構える詩音。部屋の隅に移動し、神経を集中させる。聞こえてくる声から状況を探ろうとするが……音が遠いのと、耳慣れない言語のせいで状況が掴めない。詩音は一応、英語を始めとしてEU諸国の言語における基本は把握している才女だ。しかし、わからない。音にも覚えがない。

 わかるのは、焦りと怒り。声に乗せられた感情から、状況が不利であることは窺い知れる。問題は、何に対しての行動なのかだが――


「――――ッ」


 靴の音が響き、詩音は体を強張らせた。足音の数は複数。その姿は、時を置かずに鉄格子の前に現れる。

 ――褐色の肌。

 それを目にした時、詩音は目を見開いた。褐色の肌――黒人と呼ばれる彼らを今まで見たことは少ない。しかし、この状況でその者たちが出てくれば、自分がどういう状況に置かれているかはすぐにわかる。


(――ガリア連合……!?)


 現在、奴隷の件を引き金としてEUへ宣戦布告を行い、戦争中の連合国家。多数の民族を抱えるガリア大陸で生み出されたその国の民が、今詩音の前にいる。

 言語がわからなくて当然だ。ガリアの言葉は独特で、民族ごとに微妙な違いもある。流石にガリアの言葉までは詩音も学んではいない。

 そのガリアの者と思しき者たちは、慌てた様子で詩音が閉じ込められていた鉄格子を開ける。怒鳴り合っている言葉の内容はわからないが、雰囲気からして決して穏やかな話ではないだろう。

 男の一人が、こちらへと近づいてくる。ここから移動する腹積もりだろう。


(……できる?)


 数は三人。こちらは足こそ自由に使えるが、腕はまともに使うことはできない。相手は服装こそ作業衣のようなものを着ているが、鍛え上げられた肉体は服の上からでもわかる。おそらく、軍属の工作員か何かだろう。

 男が乱暴に詩音の肩を掴み、鉄格子の外へと連れ出す。聞こえてくる喧騒が、先程より近くなっている。何が起こっているのか――希望的な観測では虎徹たちがここを突き止めたという可能性もあるが、楽観視はできない。

 男たちが詩音を強引に連れ去ろうとする。こちらを殺す気はないということはこの数日で理解している。身の安全だけを考えれば、ここは従うのが上策だ。

 ……けれど。


(いいえ、違います。できるか、ではありません)


 これはチャンスだ。いつも先生が言っていたではないか。『リスクの先にこそ勝利がある』――と。


(できるかではなく――やるんです)


 ならば、踏み出せ。

 ここで前に進まなければ――〝神道〟の名を語る資格はない!


「――――ッ!?」


 ゴツッ、という鈍い音と共に、一人の男のくぐもった悲鳴が響いた。詩音を連れて行こうとした男の首筋へ、詩音が飛び上がって蹴りを叩き込んだ音だ。

 ガシャン、という鉄格子が軋む音が響き、男が倒れ込む。その様子を見て、他の男たちが声を上げた。


「――――!! ――――!!」


 言葉はわからない。しかし、激昂していることは理解できる。


 ――押し切る!


 だが、詩音も退けない。向かってこられる前に、思い切り一歩を踏み出す。十歳の少女とは思えないほどに力強い踏み込みに、地面が僅かに震動する錯覚が生まれる。


 ――脚を刈り取る!


 詩音はフェイントの回し蹴りを一人目の男に向かって放つ。激昂していても僅かに動揺しているため、寸前で止められた回し蹴りに男は反応。狙われた右脇腹を庇う動作を見せる。

 だが、それは狙い通りだ。詩音は腕が拘束されているためにバランスが取り難い身体を器用に動かし、滑り込むように男の足下へと移動する。


「…………ッ!!」


 そしてそのまま、薙ぎ払うように右足の脛へと蹴りを叩き込んだ。詩音は十歳の少女らしい華奢な体つきだが、その肉体に刻まれた技術は数百年の歴史を持つ殺人の武道。男は凄まじい激痛と共にその体を跳ね上げられ、転倒する。


 ――ッ、次……ッ!


 だが、詩音も無事では済まなかった。服の下に何かを仕込んでいたのか男の脚は鉄のように固く、同時に両腕の拘束のせいで満足な体勢で放てなかった蹴りは、自身の脚にもダメージを残したのだ。

 しかし、ここで止まるわけにはいかない。詩音は残り一人へと視線を向ける。

 その――瞬間。


「――――ッ!?」


 詩音の右腹に、凄まじい衝撃が叩き込まれた。それが残った一人の蹴りだと気付いた時、背中が鉄格子に直撃し、衝撃が体を貫く。肺から空気が絞り出され、詩音は音にならない呻き声を漏らす。

 思わず倒れ込む詩音。だが、倒れたままではいられない。追撃のために叩き付けられた脚を転がるようにして避け、その反動でどうにか起き上がる。

 しかし、満足な防御もできずに鍛え上げられた男の蹴りをまともに喰らったのだ。意識が揺れ、痛みが全身を駆け巡る。


 ――負けられない……ッ!


 だが、ここが正念場。喧騒も近くなっている。どうにかして脱出の方法を探し――

 ――そう、詩音が腹をくくった瞬間だった。


 ゴンッ、という音が響き、同時に視界がスパークした。

 揺れる視界。地面が近付く――否、違う。これは、自分が倒れているのだ。

 頬が冷たい床に触れる。視界の右半分が、朱で染まった。頭が痛い。背後から鈍器か何かで殴られた――そう、理解する。

 視界を動かす。そこで見たのは、先程最初に蹴り飛ばした男の姿だ。その手には近くにあったのであろう血の付いた鉄パイプが握られており、自身はそれで殴られたのだと理解する。


 ……体が……動かない……。


 力が入らない。動くことができない。浅い呼吸を繰り返していることが自覚できる。時が止まったような――酷く落ち着いた感覚。

 嗚呼、と詩音は理解した。これが、母の言っていた境地。

 死の――極致。

 自分自身のことが嫌に客観的に見え、同時に呼吸の一つ、血の巡りの一滴までもが自覚できる状態。極限状態だからこそ至れるその領域を常時引き出すことが『神道流』の奥義という。……そんな、余計なことさえ考えてしまえる自分に、苦笑さえ漏れた。

 言い訳はある。突発的なことであったし、両腕の拘束もあった。何より詩音はまだ十歳の少女だ。どれほどの武芸を修めていようと、訓練された大人を相手にすればどうしても綱渡りになる。これが詩音に小太刀があり、万全な状態ならば話は違ったのだろうが……それは、今となっては論ずるだけ無駄なことだ。


「…………! …………!」

「――――! …………!」


 声が聞こえ、同時に乱暴に体を持ち上げられる。痛みで呻き声が出そうになるが、声が出せない身体はそれさえも許してはくれなかった。

 男たちの言い争うような言葉が聞こえる。体が動かない。意識が、途切れていく。

 朱に染まり、狭まっていく視界。体の痛みも、もう限界だ。


 ……ごめんなさい。


 誰に対しての、謝罪の言葉だったのか。

 詩音が、目を閉じようとしたその瞬間。


 濁った鮮血が――視界を新たに染め上げた。


 狭い視界を、大きく広げる。詩音の目に映ったのは、一人の少年だった。

 氷のように冷たい無表情を浮かべ、黄昏のように暗い瞳を有する一人の少年。その少年は両手にナイフを持ち、佇んでいる。詩音から見て正面にいた男は音もなく少年に殺されたらしく……動く気配はない。

 少年の身体は血に塗れている。だが、詩音にはその少年について覚えはない。大日本帝国では《武神》や《神速刃》など、十歳ですでに一人の将として戦う者の例はいくつもある。だが、それは例外だ。普通はどれだけ早くとも十五、六歳が初陣であり、仲には当然の如く一生戦に参加しない者もいる。

 だから、詩音は疑問を浮かべた。この少年は何者か、と。

 容姿からして、EUの人間であることは間違いないだろう。少し雰囲気が独特だが……何故、EUの人間がこんなところにいるのか?


「…………」


 だが、詩音の疑問が解決する前に少年が動いた。その小柄な体を生かした身軽な動きにより、一瞬で詩音を掴み上げていた男の首筋に迫ると、そのまま刃を一閃する。詩音の目から見ても理解できる程の、卓越した腕。

 一撃必殺。文字通りのそれを体現する一撃を放ち、返り血を浴びながら少年が着地する。その着地と同時に、詩音を抱えていた男が絶命し、床へと倒れ込んだ。

 詩音の体が再び床へと落下する。そんな詩音の拘束を少年はナイフで縄を切り裂くことで外すと、膝を折った状態で言葉を紡いだ。


「……大丈夫?」


 応じるための声を持たぬ詩音は、頷くことでそれに応じる。だが、激痛で上手く動くことができない。少年は手際よく包帯を取り出すと、一番重傷であろう詩音の頭部に包帯を巻き付けた。その上で、詩音に手を差し出す。


「……僕は、ヒスイ。ヒスイ・アストラーデ。助けに、来たよ」


 氷のような無表情も、昏い瞳も変わらない。だが、詩音にはその顔が微笑んでいるように見えた。

 ゆっくりと、狭くなった視界で頷く。ヒスイも、頷いた。


 ――これが、後の歴史において名を残す二人の英雄の邂逅。

 出会ってはならなかった……出会うべきではなかった二人の物語の、始まりだった。



◇ ◇ ◇



 ――その遺跡を見つけたのは、本当に偶然だった。


 朱里との予期せぬ邂逅を終えた次の日。アリスは昨日言っていた朱里の妹――咲夜という人物に会いに行くというので一緒には行動していない。彼と共にいるのは、相変わらずの無表情を浮かべているヒスイのみだ。


「正直、あの人がいねぇとこっちでの行動をどうしたらいいかがわかんねぇんだが」


 ぼやくように護は呟く。あの人、というのはアルビナだ。朝早く、護に用があるとだけ言い残してアルビナはどこかへ行ってしまった。まあ、夜には帰ると言っていたので問題はないだろう。


「…………」


 ヒスイはそんな護の隣に無言で佇んでいる。アリスと共に行くことも提案したのだが、今回はヒスイが護について行くと言ったのだ。

 そんな二人は今、昨日シベリアの諜報員が惨殺されていた場所に来ている。裏路地らしい陰鬱な雰囲気と異臭が漂うその場所には、しかし死体の姿はない。


「……一応、基本方針としてうちのとこの密偵について調べに来たんだが。どういうことだ、これ? 死体が影も形もねぇ。丸一日経ってねぇんだぞ」


 護は疑問を浮かべる。死体は文字通り、綺麗さっぱり消えていた。それこそ最初から何もなかったかのように。

 これでは、本当に死体があったのかどうかさえ疑いたくなる。そんな風に疑問を浮かべる護に、ヒスイがじっと路地裏を見つめながら言葉を紡いだ。


「……護。ここはシチリア。これぐらいのことは当たり前」

「は? シチリアってのはこの都市の名前だよな? 何かあるのか?」

「……表向きは否定されてるけど、シチリアはEUマフィアの本拠地。教皇でさえ迂闊には手を出せない。そして、そういう場所の裏路地には手癖の悪い人間がいくらでもいる」

「手癖が悪い、ね」

「……人肉がお金になるのは、裏の世界では常識」

「……わざわざぼかしたのに的確な表現すんじゃねぇよ」


 ヒスイの言葉に護は露骨に顔をしかめる。だが、それが現実だ。金になるモノは全て金にする――二年もの間、シベリアの影を生きてきた護にもそれくらいのことは理解できる。

 故に、ふう、とため息のようなものを漏らすと、護は呟くように言った。


「アリスを連れて来なくてよかったな。アイツの前で、血生臭い話はしたくねぇ」

「……護。アリスは……」

「――わかってる」


 ヒスイにしては珍しく、歯切れの悪い調子で言葉を紡ぐ。それを遮るように、護は言った。


「わかってるよ。もうアリスも戻れないところにいるって。それはわかってるんだ。けど、嫌なんだよ。理屈じゃねぇんだ。逃げだってのはわかってる。それでも、俺は。俺は……アリスに笑っていて欲しいんだよ。戦争さえなければ、アリスはずっと笑っていられたはずだから。だから俺は、この夢を守り抜く。そう、決めたんだ」


 それが、今の護・アストラーデが掲げる誓い。

 シベリア戦役において、護もアリスもその中心にいた。その中で多くの命を奪っているし、アリスは幾度となく命を諦めている。護は正面からそれを叩き付けられたこともあるぐらいだ。今でも、アリスはまだ戦役の感情を捨てきることができていない。

 だが、それでもどうにかすると護は誓ったのだ。

 全ての始まりであり、全ての誓いの根源たる約束。それを、ずっと抱いて来たから。

 今更……他の生き方など選べない。


「……護は、不器用」

「……お前に言われると釈然としねぇな」


 そんな護の言葉に対するヒスイの一言に、護は苦笑を漏らす。そうしてから、さてどうするか――そんなことを呟きながら裏路地に入った瞬間。


 ――――…………。


 足裏に、妙な違和感を感じた。しゃがみ込み、軽く地面を叩く。路地裏独特の、湿った地面。背後で、ヒスイが首を傾げた。


「どうしたの、護?」

「……いや、ちょっとな」


 呟きながら、周囲を見回す。今は人影がないが、この路地裏は人通りが多いらしく足跡が多い。そんな中、足跡が一ヶ所に集中している場所を見つける。

 そこは一見するとただの壁で、何もないように見える。そんな場所に近付く護を見て、ヒスイが首を傾げた。


「……どうしたの?」

「いや、俺の勘が正しければ……」


 ドアをノックする調子で、護はその壁を叩く。すると響いたのは、内部に音が反響する音。


「――やっぱりか」


 呟くと同時、護は思い切り壁に向かって蹴りを叩き込んだ。鈍い音を立て、その壁が――否、巧妙に隠されていた扉がこじ開けられる。

 そこにあったのは……奈落のように深い闇へと続く、古びた階段だ。


「……護、これ」


 護の傍まで来たヒスイが、それを見て僅かに驚いた様子を見せる。護は頷くと、布でくるんでいた刀を取り出した。


「諜報員が殺られたのは、ここに気付いたからかもしれねぇ。それにしちゃあ色々と杜撰な気もするが……そうだな、俺たちに見られたのは計算外だった可能性もある。元々死体はすぐに始末するつもりだったのに、その前に俺たちが来た――そんなところか」

「……偶然、は?」

「流石にねぇだろ。そもそも諜報員がここで合流しようとしたのも『これ』を知らせるためだったのかもしれねぇし。……妙だとは思ったんだよ。人肉が金になるっつっても『血液』はそうじゃねぇだろ?」

「……あっ」

「綺麗過ぎるんだよ、ここはな。歩いた時に妙な違和感を感じたからな。……地下施設。遺跡の類か」


 厳しい表情で護は呟く。地下にある施設といえば真っ先に思いつくのが『遺跡』だ。これがそうであるかどうかはわからないが、シベリアに広がる地下道のように調査が終わった遺跡は何らかの用途に利用されることも多い。ここもその一つだろう。


「ヒスイ。気を付けろ。大日本帝国も色々とやってるらしいからな。荒事になる可能性は十分ある」

「……いいの? ついて行っても」

「正直、お前にこういうことはさせたくねぇ。けど、実力は信頼してるからな。無理はすんな。――いいか?」

「……了解」


 ヒスイが頷くのを確認し、護は一歩を踏み出す。しばらく降りていくと、小さな部屋に出た。特に見るべきものはなく、床に無数の染みがあるのと随分壁が劣化していることぐらいしか気にならない。

 ただ、その部屋には左右それぞれに扉があり、道が分かれる形になっている。


「さて、どうするか」

「……一緒に行動した方がいいと思う。見て、護」


 言って、ヒスイがしゃがみ込む。見れば、そこにあったのは煙草の吸い殻だ。


「煙草?」

「……うん。きっと、ここには人がいる。それがどんな人かは、わからないけど」

「成程、穏便に済む気がしねぇが……警戒しながら進むぞ」

「……了解」


 右側の扉を慎重に開き、護たちは奥へと進む。そこは通路のようで、人が二人通れるくらいの広さしかない。

 しばらく進むとまた階段があり、護とヒスイはそれを降りていく。音を立てぬように慎重に降りていく二人。お互いに言葉を交わすことなく進む二人。明かりが見え、どこかの部屋に出ようとした時、彼らの耳に飛び込んできたのは耳慣れない言葉だった。


「……誰かいる」


 護が呟き、身をひそめる。聞こえてくるのは話し声だ。声は拾えるが……護の知っている言葉ではないらしく、話している内容はわからない。

 ちっ、と小さく舌打ちする護。そんな護に、ヒスイが耳打ちするように言葉を紡いだ。


「……護。あれ、ガリアの言葉だよ」

「何だと? わかんのか?」

「……昔、ドクターと一緒に何度か行ったことがあるから」

「……だったら、話してる内容はわかるか?」


 小声で問いかける。すると、ヒスイはうん、と頷いた。


「……訛りがあるから、全部は無理だけど……やってみる」

「頼む」


 頷き、ヒスイに場所を譲る。ヒスイはしばらく聞こえてくる会話を瞑目して聞いていたが……何か情報を得たのか、目を開けて護の方を見た。


「……ガリア連合の人間みたい。それと、誰かを下で捕らえてる、って」

「捕らえてる? 誘拐か?」

「……傷つけるな、って聞こえたから……そうかもしれない」

「成程、EUと戦争中のガリア連合の連中がこんなとこで誘拐か。……面白くねぇ話だな」

「……どうする?」


 ヒスイが真っ直ぐに護を見つめてくる。護は笑みを浮かべ、当然、と頷いた。


「どこの誰が捕まってるかは知らねぇが、助けるぞ。いいな、ヒスイ」

「……うん。護ならそう言うと思った」


 その言葉に、どういう意味だ、と呟き。

 護が、刀を抜く。


「――往くぞ」


 担ぐように刀を構え。

 護は、思い切り床を蹴り飛ばした。



◇ ◇ ◇



 護とヒスイが地下へと侵入して、しばらく経った後。その路地を抜けた場所にある、護たちが乗り込んだ遺跡へと繋がる階段が隠されていた建物の前に、いくつもの人影があった。

 装いは喫茶店だが、今日は定休日なのか店は閉まっている。普通ならそれで踵を返すものだが……ここにいる者たちは、ここが定休日であろうとなんであろうときにはしない。


「……おっさん。本当にこんなとこにお嬢はいるのかよ」

「さぁな。だが、可能性があるところは片っ端から調べる必要がある。……夕刻には木枯たちも到着するんだ。時間はかけられねぇ」

「了解ッス」


 背中に『忠心』の文字を刻んだ男――神道虎徹の言葉に、隣に立つ厳つい面持をした青年、本郷正好が肩を竦めて応じる。彼らの背には三十人近い武装した集団――虎徹直属の部隊が控えており、その全員が号令を待っている状態だ。

 虎徹はふう、と一度息を吐くと、その目をゆっくりと開いていく。素人目でもわかる威圧感を有するその瞳は、〝本物〟の証。


「――先程、局長より情報が入った。ありがたい話だ。昨日、ここの裏路地で口封じのためにシベリアの諜報員が殺されたらしい。それだけなら気にするようなことじゃねぇ。だが、ここはシチリアだ。なのに何故……俺たちがそれを知らねぇんだ?」


 協力体制にあるマフィアたちがやったなら、その情報は入ってきているはずだ。シベリアと大日本帝国に表立った繋がりは薄く(まあ《女帝》がシベリアにいるがそれだけだ)、隠すようなことではない。むしろ下手に隠し立てをすれば余計な火種を生むことぐらいは容易にわかるはずだ。

 しかし、そうならなかった。それどころか、この近辺のマフィアたちはその件について何も知らないという。

 知らぬままに消された諜報員。そして、『ずっと定休日のままの』喫茶店。

 怪しむ理由は、十分にある。


「今から乗り込むぞ。オメェら、わかってるな? 詩音は何があっても救出しろ。首謀者と思しき奴は出来れば生かして俺の前に連れて来い」

「他はどうするつもりだ?」


 問いを発したのは、つまらなさそうにしている女性――出木氷雨だ。その彼女の問いかけに、はっ、と虎徹が吐き捨てるように言う。


「決まってるだろうが。――皆殺しだ」



◇ ◇ ◇



 どうやら本当に内部は遺跡らしく、周囲の壁の劣化が目立つ。薄汚れ、護には種類のわからない苔などが生えているせいで表面が見え難いが……その奥には、古代文明の証とも呼べる素材不明の壁が見える。


「……ヒスイは無事か? とりあえず先に行かせたが……」


 顔についた返り血を拭いつつ、周囲を見回しながら護はそんなことを呟く。この遺跡は下に降りて行けば降りていくほど広くなり、分かれ道も多くなっている。その途中でこちらの侵入に気付いた者たちとの交戦の際、ヒスイを先に行かせたのだが……見失ってしまった。

 しかし、遺跡に入るのはこれで数度目だが相変わらず妙な雰囲気をしている。壁は劣化し、何をどう使うための装置なのかもわからないものが周囲に散乱している。かつて、たった一発の爆弾で国が滅びてしまうほどの力を得た時代。ほとんど資料も残っていないその時代に何があったのか、どうしても考えてしまう。


「……まあ、考えても仕方ねぇか」


 呟き、更に下へと降りていく。しばらく降りていくと、まるで牢獄のような場所に出る。そこで護は一人の小柄な少女を支えるヒスイを見つけた。


「ヒスイ! 無事だったか!」

「……うん。護も無事?」

「ああ。……その子が?」


 チラリと、黒髪の少女へと視線を向ける。おそらくヒスイが手当てをしたのであろう、頭部に巻かれた包帯が痛々しい。


「……うん。怪我してる。早く、病院に」

「勿論だ。……気をしっかり持て。今すぐ病院に連れてってやる」


 少女に視線を合わせつつ、元気づけるように護が言う。その少女は薄く目を開けると、小さく頷いた。その顔に護はどことなく引っかかるものを感じたが……その疑問はすぐに消し去り、先行する形で階段を昇って行く。

 少女は大分辛そうにしているが、足取りはしっかりしている。彼女をここに捕らえていた連中を全てどうにかしたわけではないで、正直それは護にとってありがたかった。自身の脚で動くことができるのであれば、最悪の場合一人で逃げてもらうこともできる。

 刀の柄を握り直し、警戒しながら先へと進む護。階段を昇り切り、先程ヒスイと一度別れることとなった広い廊下へと辿り着く。ここからまたしばらく階段を昇らなければならないのだが――


 ――轟音が、叩き付けるように響き渡った。


 ビリビリと、三人の身体に遅れて震動が叩き付けられる。ヒスイは咄嗟に少女を庇う位置に立ち、護は刀を構え直すと睨み付けるように前を見た。

 眼前、先程護たちが降りてきた場所に朦々と白い煙が立ち込めている。地下で爆薬――正気の沙汰とは思えない行動だが、そんなことをいちいち気にしている余裕はない。


「――何だ、これは? 仲間割れか? なぁ、そこの兄ちゃん?」


 声が聞こえると共に、白煙の中から日本刀を担ぐようにして構えた男が現れる。見覚えのある姿……しかし、護はそれが誰であるかはわからない。

 ただ、わかるのは。

 殺し合いは避けられないという――現実のみ。


「答えろよ。なぁ、オイ。黙ってんじゃねぇよ」


 鬼のように煌めく、殺意の身を宿した瞳。その瞳で見据えられるだけで、体が震える。

 怖い、と本気で思った。刀を合わせるまでもない、絶対的な差。かつて戦った、大日本帝国の《剣聖》――彼の絶対者と、同じ威圧感を感じる。

 ザリッ、という音が自分の足下から聞こえてきた。見れば、足が僅かに後退をしている。

 ――成程、逃げるのも選択肢の一つだ。むしろ、それが最善といってもいい。

 戦う前から気圧されているのだ。結果など、推して知るべしだろう。


「ヒスイ」


 だが――違う。それは、違うのだ。


「その子連れて……逃げろ」


 護・アストラーデに、〝後退〟の二文字はない。

 いつだって前に進むことで、そうやって――戦ってきたのだから。


「……で、でも……」


 ヒスイが躊躇うような言葉を紡ぐ。珍しい。こういう時に躊躇をしないのがヒスイだと思っていたが。

 しかし、それについて論じている暇はない。男はこちらへ一歩ずつ、ゆっくりと近づいてきている。その足取りは緩やかだが、隙がない。

 それを見て、護は思う。

 ――悩んでいる、時間はない。


「いいから逃げろ!! ここは俺が凌ぐ!!」

「…………ッ、う、うん!!」


 迷いを見せながらも、ヒスイは少女を連れて牢獄の方へと引き返した。あちらに出口があるかどうかはわからないが、来た道はもう使えない。これしか手段はないのだ。


「――おいおい、どこへ行くつもりだ?」


 しかし、男がそれを見逃すわけがない。滑るようにして踏み込み、その日本刀を振りかぶる。


「――――ッ!!」


 だが、間一髪護がそれを受け止めることで防いだ。甲高い金属音が響き渡り、衝撃で腕が震える。ヒスイと少女は階下へと降りて行き、それを音という形で聞き届けた護は鋭い視線を男に向ける。


「行かせねぇ……!」


 ギリギリと、凄まじい圧力で押し込まれてくる刃に必死で耐える。とても同じ人間の力とは思えない。

 男は、そんな護を一瞥。氷のように冷たい目を向ける。

 ――そして。


「――――ッ!?」


 凄まじい衝撃と共に、護の体が壁に叩き付けられた。あまりの威力に壁が僅かに砕け、遅れて激痛が左脇腹と背中を襲う。

 全く反応できない速度の蹴りが自分を襲ったのだと、そう理解するのに数秒の時間を要した。思わず呻き声を漏らす護。そこへ、更なる男の追撃が放たれる。


「――邪魔すんじゃねぇよ誘拐犯」

「――――ッ!?」


 叩き付けられるように振り下ろされた日本刀を、どうにか転がって避ける。げほっ、と血の塊と共に空気を吐き出すと、護は身を屈めた状態で男を睨み付けた。


「誘拐犯だと……!?」

「黙れ、クズが」


 ゴンッ、という鈍い音が再び響き渡る。護の腹部へ強烈な肘打ちが叩き込まれ、衝撃によって体が僅かに宙に浮く。対し、護は咄嗟に片手で刀を振り上げた。


 ――透った……ッ!?


 手には、重くはないが確かな感触。入った――そう思った瞬間、護の視界が閉ざされ、同時に頭に鋭い激痛が走った。轟音と共に、背中にも衝撃が駆け抜ける。

 顔を掴まれ、壁に叩き付けられた状態。こちらの頭を握り潰そうとする勢いで、男は力を込めてくる。


「ぐっ……あっ……!?」

「俺を殺したいんなら、徹底的に殺せ。昔色々あったせいで痛覚が消えててなぁ。――どれほどの傷を負っても痛みを感じることなく、それ所に戦場に立ち続ける。だから俺は、《鬼神》と呼ばれる」


 言葉と共に、護を押し込む力が更に強くなる。痛みのせいで刀を握っていることができず、カラン、という音と共に護の手から刀が滑り落ちた。


「それなりに筋は良いみてぇだが……喧嘩を売る相手を間違えたな。生かしては帰さねぇ」

「…………ッ、ま、待て……ッ!!」

「――じゃあな」


 護を掴んでいる腕とは別の腕で日本刀を抜き、男がそれを構える。そして、それが護を貫こうと放たれた瞬間。


 ――カツン、という靴の音が響き。

 鈍い、肉を貫くような音が響いた。


「――楽しそうね。アタシも混ぜてくれないかしら?」


 薄く開けた護の視線が捉えたもの。それは、男の背後からフードを目深に被って顔を隠した何者かが、男の腹部へ小太刀を突き立てている光景だった。


「…………ッ、オメェは……ッ!!」

「あはっ♪」


 護から手を離し、男が襲撃者に向かって刀を振り抜く。だが、襲撃者は軽快な調子で軽々とそれを避け、おどけるように肩を竦めてみせた。

 護の体が解放され、床に座り込む。追撃を覚悟したが、男の意識は完全に襲撃者に向いたらしく、護の方は見ていない。


「折角のお祭……アタシも参加させて頂戴?」

「黙りな。……わざわざそっちから出向いてくるとは上等じゃねぇか。アイツもいる。早急に殺させてもらうぞ」

「できるのならば。何度、アタシを取り逃がしたのかしら?」

「馬鹿が。――見逃してやったんだよ」


 金属音。風を切る音さえも置き去りにした一撃が男から放たれ、それを襲撃者は服の袖口から滑るようにして取り出した二刀の小太刀でそれを受け止める。そのまま、無言で剣戟を繰り広げる二人。護はそれを視界に収めながら、浅く呼吸を繰り返す。

 ……五体の確認。大丈夫。まだ動く。

 刀を握る。だが、相手の力は圧倒的だ。正面からやり合って、勝てる要素はない。……ならば、どうする?

 退く選択肢はない。今のヒスイが逃げ切れるかどうかがわからない以上、ここでどうにかしなければならないのだ。


 ――選択肢なんて、あろうとなかろうと無意味じゃねぇか。


 そう、そうだ。選択肢がどれだけあろうと無意味。結局、できることなど一つしかない。

 落ちた刀を拾い直し、体に力を込める。体中に激痛が走るが……気にしてはいられない。

 そして、護が飛び出そうとした瞬間。


「――おっさん!! 大丈夫か!? テメェら、おっさんの援護だ!!」


 別の扉が開け放たれると同時に、そんな声が聞こえてきた。現れたのは強面の男だ。男や彼の後ろにいる者たちとは少し様式の違う白い服――大日本帝国の軍服を着たその男の号令により、その背後から刀を構えた者たちが一斉に襲撃者へと迫り来る。だが、それに対して焦りの表情を見せたのは襲撃者ではなく、相対している男のようだった。


「馬鹿野郎! 正好、オメェは――!」

「――あらあら、ようやく目的の人間が来てくれたみたいねぇ」


 男の言葉を遮り、襲撃者がそんな言葉を呟くと同時、コツン、と何かが地面に落ちたような音が連続して響き渡った。誰もがそちらへ視線をやり、同時に驚愕の表情を見せる。

 周囲にばら撒かれたのは――無数の手榴弾だった。


「――――ッ、全員伏せろ――ッ!!」

「おっさん!!」


 男の声と、正好と呼ばれた強面の男の声が響き。

 ――轟音が、その空間を支配した。



◇ ◇ ◇



 ヒスイ・アストラーデは普段、感情を表に出すことがない。それは感情がないというわけではなく、その表現方法を知らないからだとシベリア連邦の客将――《女帝》出木天音は分析している。

 だが、それは半分が正解であり、半分が過ちだ。

 統治軍にいた頃、もしくは『大戦』で各地の戦場を転々としていた頃。彼にはその内側にさえ感情というものがなかった。しかし、アリス――戦場に立ちながら、『自ら感情を捨てようとする者』の姿を見、その心に『興味』という一つの感情が生まれる。

 そう、まだ『Ⅵ』と呼ばれ、名前ではなく識別の番号で呼ばれていた時代。その頃に出会った一人の女性に、アリスは酷く似ている。

 優しさ、と護は呼び。

 甘さ、とソラが呼んだアリス・クラフトマンという少女の歪み。

 感情を手に入れろとドクター・マッドに言われ続けてきたヒスイは、だからこそ『感情を捨てる』ことでしか戦場に建てないアリスという少女に興味を持った。

 ――未だに、『感情』というものがどういうものなのかはまだわかっていない。

 けれど、今。


「……こっち」


 自分が手を引くこの少女を助けたいと……そう思う気持ちは、きっと嘘ではない。

 先へ先へと進んでいく。護がどうなっているかは気になる。未だに追って来ないということは、おそらく何かがあったのだろう。襲撃してきたあの男はガリア人ではないように見えたが……そこは気にするべきではない。今は、この少女を安全な場所まで連れ出すのが大切だ。


「…………」


 少女は声を出せないのか、何か言いたげな表情ながら沈黙している。……しかし、それは仕方ないだろう。あんな場所に長く監禁されていたのだから。

 遺跡の中を走り続ける。下に降りてばかりで、未だ外に出られる気配はないが……それでも、立ち止まるわけにはいかない。引き返すことはできないのだから。

 そんなことを改めて思った時、ふとヒスイの脳裏に一つの言葉が浮かんだ。


 ……今の僕を見たら……ドクターは何て言うのかな?


 怒られることはないと思う。常に自由に生きろと言ってきた人だ。自分が結果としてシベリア連邦にいることについて怒るような人ではない。

 だが、その他については?

 ドクターの目標は知っている。『完全な人造生命の完成』だ。その最高傑作であり最高の失敗作であるのが№Ⅵ(ヒスイ)、つまりは自分である。

 今の自分は、ドクターの理想にどこまで近付けたのだろうか?

 それとも、遠ざかったのだろうか?

 そんなことを、考えた時。



「――随分と騒がしいと思えば、懐かしい顔に出会うものだね」



 いつの間に現れたのか、眼前に白衣を着た男が現れた。その男は仮面をしており、顔を窺い知ることはできない。通常なら状況からしてここの関係者、それもヒスイが今連れている少女を誘拐した犯人の一味と考えるのが自然だが、ヒスイの場合は違う。


「……ドク」


 ――ドクター・マッド。ヒスイを始めとする人工的な〝奏者〟たる『名無し(エラー)』という人工生命を生み出し、生命の禁忌に触れていた男。シベリア戦役の際、戦死したとされていたが……生きていた、ということだ。

 ヒスイとしてはドクターが生きていたことに対して驚きはない。そもそもから死ぬという場面が想像できない相手だ。運動能力などは皆無だが、それでも自ら最前線に赴き続けていた男である。戦いの最中に死ぬ姿は、正直想像できない。


「ふむ、久し振りだねヒスイ。元気にしていたかね――というのは、無粋な問いかけだったかな?」

「……うん。ドクは、何してたの?」

「色々、とだけ答えておこうかな。ヒスイ、キミが今どこにいるかは知っているよ。シベリア連邦に私がしていることを知られるのは避けたいのでね。キミに隠し事をするのは心苦しいが……まあ、その辺りは割り切ってもらいたいものだ」


 大仰に肩を竦め、ドクターは言う。そのドクターへ変わらず感情の乗っていない瞳を向けながら、それで、とヒスイは言葉を紡いだ。


「……僕に言えない理由は、何?」

「キミなら気付いているだろう、ヒスイ? 私が育てたキミはそこまで愚かではないはずだよ。キミが手を引くその少女……それが全ての理由だ」


 仮面を着けているから、表情はわからない。しかし……ドクターの表情が変わったことが、ヒスイにはわかった。

 おそらく今、ドクターはいつもの笑みを消している。彼がこんな表情をしたところを、ヒスイは最近では一度しか知らない。そう――あのソラ・ヤナギが人身御供となり、負け戦を解放軍に仕掛けると聞いた時、ドクターは彼らしからぬ真剣な表情を浮かべていた。

 そして、そういう表情をしたドクターが状況に対して妥協しないことも、ヒスイは知っている。


「ヒスイ、その少女をこちらへ引き渡したまえ。そうすればキミを見逃そう。私としても、キミを傷つけるのは忍びない。大人しく従ってくれないかね」

「…………ッ」


 繋いだ手から、ヒスイは少女が動揺したのを感じた。反射的に少女の手を握り返し、ヒスイはドクターを見据える。


「……嫌だ、って言ったら?」

「キミの意志など関係ない、という答えしか返せないねぇ」


 おどけた調子でドクターは言うが、その言葉には僅かな殺気が込められている。ドクターは直接的な戦闘能力には恵まれていないはずだが……そこは考えても仕方がない。


 ……ううん。違う。ドクターには『アレ』があった。


 彼の狂気が行き着いた先。あの帝と《武神》からも逃げおおせたほどの力。それが、ドクター・マッドにはある。

 正直、ヒスイの力では本気になったドクターは止められない。それがわかっているためか、ドクターは余裕の込められた言葉を口にする。


「いいかね、ヒスイ? これは戦争なのだよ。そう……戦争だ。それも大戦より続く――いや、太古の昔より続く私と彼女との戦争だ。正確には私は引き継いだだけだが……何、そのようなことは些細なことだ。その少女の身柄についても、彼女と私の戦争の一端といってもいい。全ては彼女が仕掛けてきたことだがね」

「……どういうこと?」

「キミは知るべきではないことだよ、ヒスイ。見れば、随分と人間らしくなった。……今のキミなら、〝人〟として生きていけるはずだ。こちら側に踏み込むべきではない」


 優しい……声だった。だからこそ、ヒスイは首を振る。

 全てが――今更だからこそ。


「……違うよ、ドク」


 少女の手を強く握り締めながら。

 ヒスイは、変わらずの無表情で言葉を紡いだ。


「……僕が〝人〟なら、それはドクがそう創ってくれたから。まだ、僕は感情が何なのかはわからない。でも……今の僕なら、わかることがある。ずっと、わからなかったけど……今なら、わかることがある」

「ほう。何かね?」

「――ドクは、間違ってる」


 はっきりと。

 ヒスイ・アストラーデは宣言する。


「……ねぇ、ドク。僕、知らなかったよ。〝人〟って、こんなに温かいんだって。アリスも、護も、先生も……とっても、温かくて。ドクは、ずっと僕を戦争に連れて行ってくれた。生きるための方法を教えてくれた。それには、感謝してる。ありがとうって、本当に思う。だけど……それは、本当に正しいの?」


 それは、シベリアで日々を過ごすうちに『人形』と呼ばれた彼が抱いた一つの疑問。

 暖かな日々。平穏な日々。その中で、ヒスイは幾度となく、最初は小さく……しかし、次第に大きくなるその疑問を抱くことになる。

 ――何故、戦争をするのか?

 ――何故、平穏なままに生きられないのか?

 誰もが、より良い明日を目指して生きているだけのはずなのに。


「……教えて、ドク。今の僕が抱く疑問の答えを。ドクは言ってたよね? 戦争は必要だって。どうして必要なの? 僕は聞いた。僕は見た。僕は知った。戦争は、悲しみしか生まないって。応えて、ドク。ううん。ドクター・マッド。――あなたは何のために、戦争を求めるの?」


 かつて『人形』と呼ばれていた少年とは思えぬ、強い言葉。その表情は無表情ではあるが……瞳には間違いなく、『感情』と呼べる何かが宿っていた。

 それがどういう感情なのかは、わからないが……。

 くくっ、とドクターの仮面の下から笑みが零れた。次いで、どこか穏やかな声が聞こえてくる。


「……素晴らしい。本当に素晴らしいね。やはり、キミを手放して正解だった。アリス・クラフトマン――彼女は本当に、全てを変えてくれる」


 しかし、そんな穏やかな雰囲気も一瞬だけ。ドクターは仮面を外すと、口元にヒスイがよく見知った笑みを浮かべて二人を見据える。懐から煙草を取り出し、火を点け……ドクターは凶悪な笑みと共に言葉を紡ぎ始めた。


「何故、か。それを語るには一つの物語を話す必要がある。……いいかね?」

「……うん」

「時間はとらせんよ。まあ、ここへ来たキミたちならわかると思うがこの遺跡は複雑な道順をしている。真っ直ぐここへ来るには時間がかかるだろう。襲撃者の方には私の信頼できる人間が向かっている。それなりに時間はあるはずだ」


 言って、ゆっくりとドクターは紫煙を吐き出した。そして、ゆっくりと語り始める。

 一人の男の、小さな物語を。


「――昔、一人の若い青年がいた。その青年は生命の神秘に興味を持ち――否、最早取りつかれたも同然の状態だったといってもいいだろう。何故、人は人たり得るのか。何故、動植物は動植物たり得るのか。神に対する挑戦のようなその命題を掲げ、青年はそれらの探求を続けた」


 ヒスイも少女も、黙ってその物語を聞いている。ただ、その手は固く握られたままだ。

 二人共、わかっているのだ。この話が終わる時。それが、決別の時。

 戦いの――始まりだと。


「だが、そう簡単に解き明かせるようなことではない。当たり前だ。ただでさえ、青年の研究は異端の所業。一度は異端審問官に捕らえられかけたことさえある。青年も一度は諦めようとした。知識欲だけでは限界だった、ということもあるね。憑りつかれたように……といっても、その時の青年はまだ命の方が惜しかった。

 だが、青年は出会ったのだ。自身の研究に理解を示してくれた、たった一人の……世界から〝異端〟と呼ばれた一人の女性に」


 ドクターの言葉は淡々としている。しかし、その表情にはどこか哀しみさえ宿っていた。


「青年は再びその研究に取り組み始めた。そして、その研究が完成を迎えようとした時……女性は青年に一つの事実を打ち明ける。それは自らの命がすでに限界であるということ。そしてそれは『聖教』のルールの下では決して直せない病であるということだ。

 それは青年にも理解できた。何故なら、『聖教』における人の命とは神より授けられし神聖なるモノ。女性の病はその体を蝕む、原因不明の抵抗力が弱まる病気。それを解明することは人の神秘に対する挑戦であり、それは許されざることだったのだ。

 しかし、青年は諦められなかった。その女性は青年にとって世界の全てだったのだ。故に禁忌と知りつつ、人体の法則を驚異的な速度で発見し、終ぞ……DNAと呼ばれる禁忌の答えを手に入れた。

 青年は喜んだ。これで彼女が救えると。石を投げられ、命を狙われながらも成し遂げたその成果さえあれば、彼にとっての〝世界〟を守ることができるのだと。

 だが、世界とはどうしようもなく残酷だった。泣きながら、笑いながら、ボロボロの姿でそのことを〝彼女〟に報告する彼が最後に座り込んでいたのは………………………………ずっと前に内戦に巻き込まれて殺された〝彼女〟の墓の前だったのだよ」


 ヒスイと少女の瞳が、驚きに目を見開いた。しかしドクターはそんなことには目もくれず、言葉を続ける。


「彼の研究は世界に知られ、しかし〝異端〟としてその存在を抹殺された。その人生を懸け、たった一人の大切な女性のために命を懸けた青年の人生は、その瞬間に全てを否定されたのだよ。

 だが、それでも青年は研究を止めなかった。どれだけの罵声を浴びようと、地獄のような日々を送ろうと……たった一人で、戦い続けた。

 そんなある日、一人の子供が彼に問いかけた。「誰も認めてくれないのに、どうして続けるのか」と。青年は、〝彼女〟の墓の前でこう答えた。家も食う物さえも失くしながら、明日生きていられるかどうかさえわからない状態で」


〝今更、彼女が帰ってくるとは思っていない。今の自分を見て彼女が喜ぶとも思わない。きっと死ぬまで、自分が異端であることも変わらないだろう〟

〝だがね、少年。それでも、それでも私が研究を止めないのは――〟


 そこで、ドクター・マッドは酷く鋭い瞳を二人に向けた。

 爛々と輝く、不屈の魂を宿すような瞳を……二人に向ける。


「――あの頃の私にとって、〝彼女〟が世界の中心だった。それだけが真実であり、その全てに命を懸けた。生きている、ということをそれに懸けたのだよ。それを嘘にしたくないのだ。私は世界に挑戦する。彼女の死を、私の死を。その全てを懸けて――世界に反逆の狼煙を上げる」


 そう言い切った後、ドクターは再び仮面を被り直した。語るべきことは語った、ということだろう。

 ヒスイは沈黙している。どう答えていいかがわからないのだ。そんなヒスイの様子を見て、フッ、とドクターが小さな笑みを零す。


「『迷い』――それもまた、一つの『感情』だ。素晴らしいよ、ヒスイ。キミは本当に私の最高傑作だ」

「……僕を、殺すの?」

「しないさ。大人しくその少女を引き渡してくれればね」


 ドクターが肩を竦める。ヒスイは一度、少女へと視線を向け、すう、と息を吸い込んだ。

 そのまま鋭い視線をドクターに向け、少女の手を握り右手とは逆の手で銃を構え、宣言する。


「――断る」


 その言葉に、ドクターはフッ、と再び笑った。その答えがわかっていたかのように。


「……護は、僕に任せてくれた。僕はそれを引き受けた。たとえドクの頼みでも、譲れないものはある」

「成程。ならば仕方がない」


 ドクターは肩を竦め、そしてパチンと指を鳴らす。ヒスイは身構えるが、しかし、何も起こらない。

 ふむ、とドクターが首を傾げる。そして彼が振り返った瞬間、凛とした声が響き渡った。


「貴様の部下なら、先に黄泉路の道を歩んでいる。残るは貴様だけだ」


 現れたのは、鋭い瞳を有した黒髪の女性。大日本帝国の軍服と同じ装いをしながら、しかし、その服装は彼の国の軍服の色である純白ではない。まるで永久の闇のように深い、漆黒の色を宿している。

 その背に描かれる文字は――『心理』。

 現在の大日本帝国においてはその文字を背負っていた者が出奔しているため、実質誰も背負うことは許されぬその二文字。しかし、ここにいる者が背負うことは暗黙の内に許される。


「――出木、氷雨か。《女帝》の義妹にして、『真選組』副局長……だったかね?」

「何故貴様がそれを知っているのかは疑問だが、どうでもいいことだな。私の目的は貴様ではない。帝と総大将は貴様を見つけ次第殺せと命を下しているが……今の私にとって貴様などどうでもいい。私の目的は一つだけだ」


 カツン、と足音を鳴らし、女性――出木氷雨はドクターの隣を通り過ぎる。そうしてから、少女の方へと恭しく頭を下げた。


「――お迎えに上がりました、お嬢様」


 咄嗟にヒスイは少女を庇う仕草を見せる。しかし、少女はヒスイの手を強く握ると、首を左右に振った。敵ではない――そんな意思表示を伝えてくる。

 少女の表情に、そこで初めて安堵のようなものが浮かんだ。それを見て取ってか、くくっ、とドクターが笑みを零す。


「随分と悠長なことだねぇ。ここは敵地のど真ん中。それも遺跡の内部だ。そう簡単に出られるとは思わない方がいい」

「貴様に心配されるようなことではない。既に脱出のルートは確保した。局長を始め、《野武士》もここへ来ている。制圧に時間はかからないだろう」

「ほう、《鬼神》……いや、私の場合は《狂神》の方が耳に覚えがあるか。その彼に加え、《野武士》まで来ているとは……余程、そこの少女が大切と見える」

「それはわざわざ確認するようなことか、狂人?……邪魔をするようであれば、貴様も斬る」

「――やってみたまえ」


 殺気と共に発された氷雨の言葉。通常ならば思わず退いてしまうような威圧感と共に放たれたその言葉に、しかしドクターは怯んだ様子はない。それどころか、その雰囲気には余裕さえうかがえる。


「かの《女帝》の右腕と謳われるその力には興味もある」

「ならば――死ね」


 言葉と、その結果は同時だった。弾けるように――それでいて、無音のままにドクターと距離を詰めた氷雨が、神速の居合抜きを放つ。かの《剣聖》と比べれば荒さが目立つが、しかし、達人の領域に踏み込んだ侍である氷雨の一撃をドクターは避けられない。

 ヒスイはそれを目で追うことしかできず、ただ眼を見開く。その視線の先、煌めく白刃がドクターの首筋へと吸い込まれる。


 ――鈍い、金属音が響いた。

 次いで、氷雨の口から驚愕の声が漏れる。


「なっ……!?」


 その言葉と共に折れた刀身が宙を舞い、地面に突き立った。ドクターの首筋……氷雨の一撃が当たったはずのところから、明らかに人体には似つかわしくないものが見える。


「…………ドク」


 呟くように、厳しい声色でヒスイが呟く。ドクターの首筋――そこにあったのは、僅かに覗く機械の配線。

 かつての大戦において存在した、狂気にして禁忌の存在。それと同じ姿を、ドクターはその身に宿していた。


「――いい腕だ。しかし、得物の質があまり良くなかったようだねぇ」

「貴様、バケモノか……!?」

「さて……その答えは、私の関知するところではない」


 ゴンッ、という凄まじい重量が衝突したような音が響いた。咄嗟に折れた刀でドクターの拳をガードした氷雨が、堪え切れずに壁まで吹き飛ばされる。ドクターが、ふむ、と頷いた。


「動作不良は起こらなかったようだ。しかし、随分と私も変わってしまったものだねぇ。肉体労働は専門ではないのだが」

「貴様……ッ!!」


 ドクターの拳によって折れた刀身が砕け散った刀を投げ捨て、新たな刀を抜き放ちながら氷雨が吠える。そのまま氷雨はドクターへ刀による一撃を打ち込むと、小僧、とヒスイの方を見ぬままに声を張り上げた。


「貴様がこの男との知り合いだということはわかっている! だが、それを承知で貴様に頼む! この先、私が入ってきた出口がある! 貴様がお嬢様を連れて外へ出ろ! この男の相手は――私がする!」

「させると思うかね?」

「ほざけ。貴様の意見など――聞いてはいない!」


 甲高い金属音を響かせながら、氷雨の一閃がドクターを弾き飛ばした。そんな二人の様子を見、ヒスイは一瞬、逡巡の表情を見せるが……少女の手を握り直すと、再び駆け出した。


「……こっち!」


 氷雨が示した脱出ルートを目指し、走り出すヒスイと少女。それを見送り、やれやれとドクターが肩を竦めた。


「逃げられてしまったねぇ。……まあ、ヒスイの成長も見れたのだ。良しとしようじゃないか」

「随分と余裕だな。逃がすと思っているのか?」

「逆に聞くがね。――逃げられないと思っているかな?」


 その言葉と同時、ドクターの白衣の下からいくつもの小さな物体が転がり落ちた。それを見、氷雨が驚愕の表情を浮かべる。


「手榴弾……!?」

「――この体は一瞬の出力は確かに高いが、逆に燃費が悪くてね。退散させてもらうよ」


 笑い声と共に、ドクターがそう言葉を紡ぎ。

 氷雨は、全力で後方へと跳躍する。


 ――直後、地下の遺跡において同時に二つの大爆発が巻き起こった。



◇ ◇ ◇



 シチリア地下にある遺跡内で、いくつもの戦闘が行われていた時と同時刻。

 ヴァチカン市国――聖教イタリア宗主国内にあり、表向きは独立国として『聖教』の総本山とされているその場所の最奥部。教皇と十二使徒によって行われる会議上に、ざわめきが広がった。


「げ、猊下。それは真ですか……!?」


 十二使徒の一人が、教皇の言葉に驚きの言葉を発する。対し、教皇は厳かに頷くと、鋭い視線を室内へ向けた。


「うむ。真実だ。もう一度言おう。イタリア軍大佐にして、我が国の英雄たる《赤獅子》朱里・アスリエル――」


 自国の英雄にして、数々の伝説を残した存在。

 その名を告げ、教皇はゆっくりと言葉を紡いだ。


「――彼の者を、異端審問会にかける」

というわけで、詩音救出戦前半戦です。書いてるうちに随分長く……中途半端ですが、いったんここで切らせてもらいます。

さて、今回からEU編はクライマックス突入です。楽しんで頂けると幸いです。


はてさて、今回はドクター・マッド(マクスウェル)の『理由』が語られたわけですが、この人の語りにはこの作品のテーマが込められていたりします。

即ち、『偽悪』と『始まりと今の違い』です。

ここで言う『偽悪』は、多方向から見た見解という意味です。彼の行為は間違い。しかし、彼にとっては間違いではなく正しいことである――そんな感じです。まあ、本当に彼が正しいのかどうかは読者の皆様が判断してください(笑)

そして『始まりと今の違い』ですが、これは彼だけでなく全てのキャラクターに当てはまる事象で、私が常日頃から感じていることでもあります。

どんな理由にもきっかけがあり、そのきっかけが『始まり』です。しかし、それが永遠に続くということはほとんどない。ドクターや天音、護でさえも《始まりの理由》と《今の理由》ではその形を大きく変えています。故に、始まりと今は違う……そんなものをこの作品で表現したいなー、と思っていたり。


さてさて、長くなりましたがここまでです。

感想、ご意見お待ちしております。


ありがとうございました!!

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