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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
欧州動乱編―選択―
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第七話 激しく、鋭く、狂おしく


 西欧スペイン連合国最南端の港町『タリファ』。そこにはスペインからの要請を受けたEU各国の軍隊が集結を始めていた。

 そして、そこにほとんど唯一と言ってもいいEU以外の国の軍隊の姿がある。

 ――合衆国アメリカ。

 此度のガリア連合によるEUへの宣戦布告を受け、国のトップである『大統領』の指示によって現地入りした大隊。元々が演習目的で訪れていたために数の上でも装備の面でも不安が残る部隊ではあるが、彼らはあくまで本体が到着するまでの繋ぎだ。それ故に、問題はないだろう。

 まあ、当人たちがどう思っているのかは定かではないのだが――……



「とりあえず、送ってくれてありがとうよ朱里。戻るんだろ? 気を付けて帰りな」

「……忠告、感謝する。そちらこそ気を付けろ。《火軍》が喰われた以上、ガリア連合には『何か』がある」

「あんたの言葉をそのまま返すよ。……言葉遣い戻したのか。つまらねぇなぁ」


 朱里・アスリエルの言葉に、煙草の煙を吹かしながら実質上アメリカ軍の先鋒を任されることとなった男――ダリウス・マックスが応じる。その言葉はどこか楽しげだ。

 そんなダンの言葉に対し、朱里は吐息を零しながら応じる。


「戻れば俺はまた『望まれた英雄』を演じる道化にならなければならない。あの時の俺は一夜の夢、いや……回想か。どちらにせよ、次に現れることはおそらくない」

「勿体ない。あの時のあんたはこれ以上ないくらいに格好良かったのに」

「二度と御免だ。俺は『ああ』なることを望まれなかったから『こう』なった。今後も精々演じるさ。望まれた英雄の姿をな」

「諦めてんのか、達観してんのか。どちらにせよ勿体ねぇ」

「知ったことじゃない」


 言い捨て、朱里はダンへと背を向ける。そうして立ち去ろうとする瞬間、思い出したように朱里は言った。


「そういえば……あの艦からイギリスの書状を見つけた」


 まるで偶然出会った人間に対する、世間話のような口調で。

 朱里は、振り返らぬままに言葉を紡いだ。


「私掠船免状、だそうだ」

「ふぅん、そりゃまた」


 対し、ダンも適当な相槌を返し。

 二人はもう、視線を交わすことさえなかった。



◇ ◇ ◇



 そこは、ある種異様な空間だった。

 朦々と立ち込める紫煙に、申し訳程度の電灯。そして、濃密な殺気。

 そこに集う者たちは、その全てが所謂『カタギ』ではない。EUにおいてはマフィアと呼ばれ、場合によっては国の政治にさえも影響を与えるほどの力を持つ者たちだ。

 しかし、そんなマフィアは本来こうして集まることがほとんどない者たちでもある。

 その理由は単純で、彼らは彼らの領域もしくは縄張りを順守し、暗黙のルールとして絶対に他者の領域へと無許可に踏み込むことをしないからだ。そのルールを破れば『制裁』が待っており、『抗争』が待っている。故に連絡こそ取り合うが、こうして一堂に会することはほとんどないのだ。

 しかし、今。

 その集まるはずのないマフィアが、それもEU中の主要なマフィアたちが一堂に会していた。その表情は誰一人の例外なく殺気立ったもので、一つのきっかけで血を見そうな空気が流れている。

 まあ、それもある意味当然だ。先に『暗黙のルール』と他の領域に踏み込むことが禁忌であるかのように記したが、そうはいっても商売敵だ。上手くいっている相手といっていない相手は当然いるし、実際、ここに参加している者の中には普段から抗争が絶えないマフィア同士の者もいる。

 故に、空気が重い。

 だが、逆に妙だとも感じるだろう。確かに空気は悪いが、しかしそれだけだ。具体的な行動には誰一人として移っていない。

 それは、暗に。

 これを召集した者を――した者たちを、恐れていると告げていた。


「……くだぐだと前口上を並べるのは好きじゃねぇ。単刀直入に、もう一度言うぞ」


 静かな声が響き渡った。声の主は自身が咥えていた煙草をまるで握り潰すかのように灰皿へと押し付けながら、怒気を孕んだ口調で言葉を紡ぐ。


「――俺たちの娘を、神道詩音を攫ったクソ野郎は誰だ?」


 右手に日本刀を持ち、深々とソファーに座りながら……神道虎徹がそう問いかけた。しかし、この場に集まったマフィアたちは誰一人として言葉を発しようとしない。

 ここにいるのはそれこそファミリーのトップか、その全権を預けられた代理だ。普段ならトップがわざわざ自分の縄張りから出るようなことはありえないし、実際、ここにいる者たちも最初はそうしようと思っていた。

 だが、相手の正体を知り、その前言を撤回する。

 ――大日本帝国警邏部隊『真選組』局長、神道虎徹。

 二週間ほど前からEUに大日本帝国の者が入り込んでいるという情報自体は誰もが手にしていた。それ故に警戒はしていたし、場合によっては協力もしていたのだ。そしてその過程においても問題は発生していなかった。


「答えろよ、クズ共。喧嘩売ってんなら買ってやるって言ってんだからよ」


 しかし、事態は二日前に急変した。今正面に座っている男、神道虎徹とかの《抜刀将軍》――今は《剣聖》と呼ばれる大日本帝国の英雄、神道木枯の娘である神道詩音が何者かに拉致されたのだ。

 それが発覚すると同時に、虎徹はEU中のマフィアに連絡を取る。正直、最初はマフィアたちも相手にする気はなかった。いかに大日本帝国といえど、彼らには従う義理などないのだから当然だろう。まあ、表面上の協力くらいはしたのかもしれないが。

 だが、虎徹はそんな彼らのことを理解していた。故に、一通の手紙を送ったのだ。

 そこに書かれていたのは、大日本帝国への協力を要請する内容と、数枚の写真。

 それぞれのマフィアのボスたち。彼らにとって文字通りの『家族』である者たちが写った写真を送りつけたのだ。

 それは、明確な脅迫。

 故に、彼らは従っている。

『合法的なマフィア』――大日本帝国においては『極道』と呼ばれる彼らは、国が認めた公的な機関の一つだ。その政策が正しいか否かは別として、マフィアや極道というものは本来疎まれて然るべき日陰の存在。それが国のバックアップを受けているという現状を前にして、EUのマフィアたちに逆らう術はない。

 大切な人たちの身の安全がかかっているなら、尚更だ。

 何故なら彼らは誰よりも身内を大切にするからこそ、自分たちを『ファミリー』と称するのだから。


「何か言ったらどうだ? オメェらの口と耳は飾りか? いいから隠してることを全部吐け。それとも何か? 一人二人ぶち殺さねぇと理解できねぇのか?」


 虎徹の言葉に応じるように、彼の背後で二つの人影が動いた。厳しい目つきをした美女は腰の日本刀の柄を握り締め、その隣にいるフードで顔を隠した青年は吐息と共に二丁の拳銃を取り出す。

 部屋の外に『真選組』の者たちが待機こそしているが、今室内にいるのは虎徹を含めて僅か三人。それに対し、マフィアの数はその護衛(基本的に一人ずつ)も合わせると何十人という数がいる。

 数の論理、というのは歴史上において絶対性が証明されてきた究極の論理の一つだ。それを打ち破った例は確かに存在するしそれを行った者は誰であれ英雄と呼ばれるが……それは本来『起こり得ないこと』だからこそ奇跡と呼ばれる行為なのだ。

 そして現在、虎徹たちは数の論理において圧倒されている状態にある。しかし、そんな気配は微塵も感じさせない。むしろ、たった三人でここにいるマフィアを全員皆殺しにできると言外に語っていた。

 ゴクリ、と誰かが唾を呑み込む音が聞こえた。重い沈黙が空間を支配する。誰も何も言わず、動けずにいる状況。その中で、痺れを切らしたように虎徹が立ち上がろと――


「――局長、落ち着いてください」


 腰を浮かせ、刀の柄を手に取ろうとした虎徹を止めたのは二丁の拳銃を手に持った青年だった。その青年は虎徹の前に立つと、その動きを手で制する。


「氷雨さんもです。ここで連中を皆殺しにすることは容易いですが、それは詩音を救出する上での大きな回り道。皆殺しなど、いつでもできるでしょう?」

「……ケッ、オメェの言う通りだな」


 虎徹は腰を落とし、舌打ちと共にそう言葉を返す。氷雨、と呼ばれた虎徹の後ろに立つ女性は鼻を鳴らした。


「……ふん、今回は貴様の言うことを聞いておいてやる。だが、今は任務中だ。詩音様のことを呼び捨てにするな」

「了解。では、『お嬢様』で」

「…………ふん」


 青年のその言は微妙に茶化した言い方だったが、氷雨は何も言わなかった。おそらく、言っても無駄だと理解しているのだろう。

 青年はそんな二人の反応を見て取ると、小さく頷いた。そして、さて、とマフィアたちに声をかける。


「状況についてはいちいち説明が必要であるとは思っていません。こちらの要求は一つ。お嬢様を取り戻すこと。すでにお嬢様の拉致が発覚してから今日で三日になります。一刻も早くお嬢様を取り戻すこと。これがこちらの要求であり、それ以上は望みません。そしてそのためにはあなた方の協力が必要だ」


 諸手を広げ、青年が言葉を発する。空気が僅かにざわめいた。

 だが、誰かが言葉を発したわけではない。ただ空気がそういうものに変わっただけだ。


「協力してもらいますよ、裏世界の住人であるあなた達に。無論、選択肢はあります。協力するか、死ぬか――聞くのも馬鹿馬鹿しくなるような選択肢ではありますが」


 そう言葉を発すると共に、青年が拳銃の安全装置を解除した。反射的に、マフィアの護衛たちが銃へと手を伸ばす。

 ――だが。


「……嬢ちゃんよ。もうちょっと我慢はできねぇのか?」

「貴様の言葉ではないだろう。私が斬らねば、貴様が斬っていたはずだ」

「へっ、まあその通りだな」


 響いたのは、二人の会話。それと同時に住んだ金属音と、ゴトリという鈍い『何か』の落下音が響く。

 続いて、世界を覆ったのは『朱』の色だった。

 噴き出す鮮血。首と銃を持っていた右腕を斬り飛ばされた、虎徹たちの最も近くに立っていた護衛の男――その体が、ゆっくりと倒れ込んでいく。


「さて……そこの運が悪い兄ちゃんには悪いが、これで俺たちの本気はわかってもらえたはずだ」


 誰も声をあげなかったのは、流石に裏の世界において一組織を預かる者たちとその護衛ということだろう。だが、だからと言って何かが変わるわけではない。


「そこのボケは選択肢なんて悠長なことを言いやがったが、俺ァそんなつもりはねぇよ。俺は従え、っつってんだ。その気がねぇならいいぜ。この場で殺してやる」


 虎徹が立ち上がり、刀の柄を緩く握り締める。先程護衛の一人を斬り殺した氷雨も、わざわざ靴の音を立てて構えを見せた。

 殺気立つ二人。先程までは青年がそれを止めていたのだが、今回はその気はないらしい。吐息を零すと共に二丁の拳銃を構え、臨戦態勢に入る。

 ピリピリと、空気を弾くような殺気が満ちていく。一触即発の空気。

 ――だが、そこで血が流れることはなかった。


「――武器を収めてもらいたい」


 突如、一人の男――白いスーツを着た、見た目だけなら貴族然とした男だ――が立ち上がり、三人を制したのだ。虎徹が、へぇ、と目を細める。


「命乞いか?」

「そう解釈されても構わない。だが、そちらは少々焦り過ぎだ。我々は誰一人として、そちらの言葉に対して返答を返していない」

「――それが虚偽でないとすれば、貴様の目は節穴だな」


 虎徹と男――イタリア最大規模のマフィア『ヴィッチホックファミリー』の頭目であるダーレン・ヴィッチホックの言葉に対してそんな辛辣な言葉を返したのは氷雨だった。彼女は鼻を鳴らすと、室内の奥の方にいる男へと視線を向けた。


「そこの男。今すぐにでも銃を撃ちたそうだな?」

「……へぇ?」


 普通の男なら縮み上がってしまうような氷雨の鋭い視線を受けながら、指名を受けた男はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。派手なピアスとボサボサの金髪。おそらくそれなりに高級品なのであろうが、その男が纏うとスーツさえも下品に見える。

 その男は武骨な銃を取り出すと、見せつけるように指で回転させ始めた。それを見て、ダーレンが眉をひそめる。それに気付いたのか、近くにいた男が声を上げた。


「おい、エバンス。やめろ。相手が誰だかわかってんのか?」

「……つまんねぇッスね、ファーザー。あんた、いつからそんなに腑抜けちまったんッスか?」


 ファーザー、つまりはボス。そんな男の制止を受けて尚、エバンスという男は銃を収めない。


「敵は全て撃ち殺せ――俺はファーザーからそう教わった。そうでしょ?」

「エバンス!!」

「――死にたいというのならば、是非もない」


 銃声が轟いた。

 鮮血が舞った。

 だが――白刃をその目で捉えた者は、いなかった。


「エバンス!?」


 その首が墜ち、絶命した者の名を呼ぶ声が響き渡る。誰も、動くことができない。

 一瞬だった。銃を抜き、引き金を引いたエバンス。対し、氷雨は距離があった。机に乗り上げ、刀の柄へと手を伸ばす。

 距離が足りない。届かない。敗北は女侍だと、誰もがそう思った。

 しかし――


「……何故、俺たちが銃ではなく日本刀を持ってると思ってる?」


 銃という、戦場から侍も騎士も葬り去ったはずの近代兵器。しかし、世界最強国たる大日本帝国では今も尚刀を握る侍がいる。

 数は減った。『ソレ』ができる者など、大日本帝国でも数える程だろう。

 しかし――いるのだ。

 銃弾を斬るという〝東洋の神秘〟を実現する侍は、確かに存在する。


「〝斬れる〟からだよ、鉛玉なんざな。銃はその辺のクソガキに握らせれば間抜けを撃ち殺すぐらい容易いクソッタレなブツだ。吐き気がするほどスマートじゃねぇ。オメェらもよくやる手だろ? その辺の飢えたガキに拳銃(チャカ)握らせて商売敵を弾くなんてこたぁよ。なぁ?」

「…………」


 問いかける言葉は、虎徹の隣で二丁の拳銃を構える青年に向けられていた。しかし、彼は応じない。虎徹はまあいい、と呟くと懐から一丁の拳銃を取り出した。小さな銃だ。


「こんなもんは引き金引いて弾が出れば上等だ。その程度のブツだよ。手に感触も残らねぇ。――だから俺たちは、刀を手にする。この手を血で染めるんだよ」


 オメェらには、覚悟がねぇ。虎徹は、そう言い放った。


「オメェらにとって殺しは『手段』だ。専門じゃねぇ。だがな、俺たちは殺しが『仕事』なんだよ。オメェらみてぇな銃持っただけで強くなったと勘違いしてるような阿呆共とじゃあ、格が違う」


 だから、と虎徹は言った。


「無駄に足掻くんじゃねぇよ面倒臭ぇ。そのタマァもがれたくなかったら従え馬鹿共。ごねるようならこの場で全員皆殺しにするぞ?」


 カチン、という音が響く。氷雨が刀の刀身が僅かに見えるように構え、青年が腰を落として銃を構えた。虎徹は座ったままだが、素人目でもわかる。

 いつでも抜けると。わかってしまう。

 緊張が降りる。重い沈黙。言葉一つ、物音一つ立てることさえ許されない中で。



「――おいおっさん!! 大変だ!!」



 突如、轟音と共に扉が蹴り開けられた。大声で怒鳴りながら入ってきたのは、子供が見れば思わず泣いてしまうであろうほどに人相が悪い男だった。ほとんど反射的に、その場の全員がそちらへと得物を向ける。氷雨と青年でさえも反射的にそちらへ得物を向けていた。

 しかし、男は無数の銃口を見ても怯む様子は微塵もない。それどころか、氷雨と青年に一瞬だけ視線を送るだけで、マフィアには目もくれていない。


「どうした、正好?」


 その乱入者に、改めてソファへ深々と身を預けながら虎徹は問いかけた。男――大日本帝国《七神将》第五位、本郷正好は虎徹のところまで歩み寄ると、ああ、と頷いた。


「さっきうさぎちゃんの――彼恋の部下から連絡があった」

「彼恋の? あの嬢ちゃんは今回の件についてエトルリア公国に行ってるはずだろ?」


 大日本帝国《七神将》第四位、水尭彼恋。彼女は今回の件において、永世中立国を謳うエトルリア公国に赴いている。とはいってもそれは保険だ。彼女はすぐにこちらへと合流する予定だったのだが――


「――千年ドイツ大帝国。あそこで革命が起こったらしい」


 ざわりと、今度こそ周囲から声が溢れ出した。マフィアの一人が声を上げる。


「ば、馬鹿な!? 何故このタイミングで! いやそもそも、一体誰が!?」

「頭目! 今すぐ本国へ連絡を!」

「ドイツ!? あそこには王もいない! 何を革命するというんだ!?」


 正好が口にした、『革命』という言葉。それを、誰も疑わない。それは当然だ。この異常な状況、状態で――かの有名な《野武士》が口にしたことが嘘であるはずがないのだ。


「そりゃ、真実か?」

「確認はとれた。じゃなけりゃこんなとこまで走って来ねぇッスよ、おっさん」

「確かにな。それと、おっさんじゃねぇ。……革命か。あの嬢ちゃんは無事かねぇ?」


 くっく、と虎徹が笑みを零す。その脳裏に浮かぶのは、奴隷売買に遭うはずだった子供たちを預けたあの貴族だ。腐っていない、綺麗な理想を持った貴族。


 ――どうしようもねぇほど甘いお人好し……あの手合いは早死にするのが相場だが。


 ここに来る時に挨拶でもしてくれば良かった。面倒事を押し付けてそのままでは、あまりに仁義に欠いている。

 もっとも、今はそれについてはどうでもいいことだ。

 問題は、革命。

 その――あまりにも陳腐で滑稽な、その言葉だ。


「くくっ、革命、革命だと? この状況で、革命――あっ、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッッッ!!」


 声を上げ、虎徹が大声で笑う。その傍では、青年も口元に笑みを浮かべていた。


「ありがとうよ、正好。どうせならこの後も見学して行けよ。どうせ、ドイツからは連絡が来るさ」

「いいんスか?」


 さっきは慌てていたからであろう。いつもの虎徹を相手にする時の口調に戻った正好が問いかけてくる。虎徹は、構いやしねぇよ、と頷いた。


「どうせ俺たちに害はねぇ。勘だがな。……くっく、しかし中々これは面白ぇ。なぁオイ、ソラよ。オメェの予測通りだな。大した野郎だ」

「……名前出されたら顔隠してる意味がなくなるんですが」

「構いやしねぇよ。オメェは気にし過ぎだ。……で、やっぱり予測通りか?」

「おそらくは。――カルリーネ・シュトレン。手段も方法も結論も不明ですが、彼女が率いる『救済党』が行動したものと。あちらには《バーサーカー》もいますし、シベリアが復活してからの支持率は相当なものでしたから……障害はないに等しいでしょうね」

「流石だな。推測でそこまで予見できる奴ァオメェ以外にそういねぇよ。帝と同じこと口にしてやがる」

「それは光栄ですね」


 青年が肩を竦める。そこへ、机をひっくり返すような音が響いた。


「待て! どういうことだ!? き、貴様ら――貴様らは我々を嵌めたのか!?」


 声を上げたのは、ドイツ系の小太りした男だった。虎徹が、なぁ、と青年に問いかける。


「ありゃどこの田舎もんだ?」

「ドイツのマフィアですね。訛りでわかります。名前は知りませんが」

「オメェが知らねぇってことは、三下か。普段なら首飛ばすところだが、俺ァ今少しだけ機嫌がよくなった。聞いてやるよ三下。嵌めたってのは、どういう意味だ?」


 にやにやと笑みを浮かべて虎徹が言う。男は、黙れ、と声を張り上げた。


「我々が本国を空けたからこんなことに……! ふざけるなよ貴様! 元々あのクソアマと繋がっていたんだろう!? 誰が協力などするか! おい、帰るぞ! 急げ!」

「――協力じゃねぇ。従えってんだボケ」


 響いたのは、銃声だった。虎徹たちに背を向けた男と、その男のボディーガード。その頭が、文字通り『吹き飛んで』いる。

 銃弾が抜けたのではない。大口径の銃弾が、そのパワーで頭部を『破壊』したのだ。

 そんな二つの死体の様子を見て、へぇ、と虎徹が言葉を零す。


「ふざけた威力だな、何度見ても。それを両手で一丁ずつとか。頭おかしいだろオメェ?」

「首の供養もできねぇな、あれじゃあ」

「……銃弾が抜けただけじゃ、死なない連中も多いんですよ。体の一部を吹き飛ばせば、勝手に死ぬでしょう?」


 銃を構え直しつつ、ソラは虎徹と正好にそう言葉を返す。ふん、という鼻を鳴らす音が聞こえた。


「品がないな、小僧。貴様は仁義を理解していない」

「武士道なんて、私には一生縁がないものなんで」


 氷雨の台詞に、青年が静かに返す。氷雨が殺気の込められた目で青年を睨むが、それは虎徹が手を出して制した。


「まあ待て。落ち着きな、嬢ちゃん。……さて、ミスター・ダーレン。そこで愉快なオブジェになってる阿呆を除けば、オメェが唯一俺に対して言葉を吐いた。その度胸に敬意を表して、オメェから意見を聞こう。どうやら外も騒がしい。お互い、この辺りで話をまとめた方が利益になるだろ?」

「……その通りだ」


 ダーレンが頷く。虎徹の言い回しは完全に彼らを侮ったものだったが、彼がそれに対して何かを言うことはなかった。まあ当然だろう。二人の間には、それだけの格の差がある。

 それでもダーレンが表面上だけでも平静を取り繕うことができているのは、ひとえに彼の立場だ。イタリア最大のマフィアを預かる頭目。イタリアは軍隊こそ弱卒と呼ばれるが、その逆マフィアの力が非常に強い。イタリアン・マフィアのトップということは、この欧州の顔役ということでもあるのだ。

 その彼が、こんなところで無様を晒すわけにはいかない――そのことは虎徹も理解しているし、その面子を潰すつもりもない。メリットがない以上、やる意味はないのだ。

 だから虎徹は、ダーレンにとってギリギリのラインを提示する。


「俺たちはオメェらを今のところ皆殺しにする気はねぇ。そう、今のところはだ。この意味、オメェらならわかるだろ? 同じ臭いがするオメェらなら、わかるはずだ。協力しろ――なんて元服もしてねぇガキが熱く語る理想の話をしているわけじゃねぇんだよ、こっちは。従え、っつってんだ。

 別にオメェらの商売に興味はねぇよ。好きにやれよ。どうでもいい」

「闇市場を壊しただろうに。あれはどうなんだ?」


 どこかつまらなさそうに横槍を入れたのは氷雨だ。その氷雨に対し、青年や正好も頷いている。虎徹は馬鹿野郎、と言葉を紡いだ。


「奴隷売買を潰した? ありゃ趣味だ。気に入らねぇからそうしただけ。くだらねぇ。あんなもんで稼ぐことしかできねぇのか、オメェらは。金なんざな、縁日開いてその店番してるだけでも寄ってくる。阿呆面下げて寄ってくる変態相手にガキを売り飛ばして稼ぐなんざ、下衆のすることだ。マフィアってのは、いつから世界のゴミになったんだ?

 ああ、そうそう。俺たちはクズだよ。そこの嬢ちゃんはともかく……俺の部下なんざ、社会から零れ落ちた馬鹿野郎ばっかりだからな。だがな、ゴミよりはクズの方がマシだ。遥かにマシだ。月とスッポン――わかんねぇか? じゃあ言い換えよう。聖歌と酔っ払いの鼻歌ぐらいの差がある。

 わかんねぇか、理由が? なら教えてやるよ。ゴミってのはな、『要らない』から生まれるんだよ。必要ないんだ。もう誰からも求められちゃあいねぇんだ。それがゴミってもんだ。勝手な都合だがな。それが真理だ。

 クズってのはな、『どうやったって生まれてしまう不出来なもの』なんだよ。わかるか? ああ、確かに不出来だ。不良品だ。けどな、『そんなもんでも必要としてくれてる奴はいる』んだよ。どうだ? ゴミってのは本当の意味でゴミなんだ。俺たちのような屑の方が遥かにマシだろう。

 だから、俺は聞いてんだよ。オメェらはクズなのか、ゴミなのかってよ。俺たちはオメェらにそう聞いてるんだ? どうだミスター、従う気はあるかい?」

「……従うことに対し、我々にメリットは?」


 足を組み直し、ダーレンが問いかける。虎徹は頷いた。


「欧州の安寧と、必要なら商売に協力してやるよ。中華帝国と中東、東南アジア諸国とのライン……どうだ、欲しくはねぇか?」

「その言葉が真実であるという保証は?」

「俺に商売のイロハを叩き込んだ馬鹿は、堺の商人だ。あのボケは俺に毎日こう言っていた。『商売で嘘を吐くことだけはしてはいけない』ってな。取引で嘘吐くほどのゴミじゃねぇよ」

「……ふむ」


 ダーレンは顎に手を当て、考え込む。彼が一人で勝手に話をまとめている状況は正直危険なのだが今回ばかりはそんなこともない。

 ここにいる誰もが、今すぐにここを出たいと思っているのだ。大日本帝国――世界最強国というその国に対する認識の甘さにより、下手をすればこの場で全員皆殺しにされることさえあり得るのだから。

 故に、ここでダーレンが頷いたことに対しても、非難の声は上がらなかった。


「わかった。従おう。だが、やり方はこちらに任せてもらう。構わないか?」

「こっちからも人員は送るから、好きなように使ってくれりゃあいい。だが勘違いすんなよ? 詩音を先に見つけて交渉しようなんて考えたら、オメェらの周囲の人間を残らず的にしてやる。関係あろうとなかろうと、『見かけた』という理由だけで殺してやる。殺し尽くしてやる」

「……了解した。リミットは?」

「急げ、というのが俺の率直な感想だ。詩音は十歳の子供だが、俺と木枯の娘だ。柔な鍛え方はしてねぇ。どんな状況であろうと、最低一週間。最大で一ヶ月は生き残る。だが――リミットは二日から三日、と考えろ」

「それは最低の一週間という期間に合わせてということか?」

「それもあるが、最大の理由は《剣聖》だ」


 コツン、と殊更大きく虎徹は靴の音を室内へと響き渡らせた。《剣聖》――その名に、ダーレンも僅かに表情を変える。


「詩音の母であり、俺の妻。オメェらが《抜刀将軍》と呼ぶアイツが、二日後に到着する。今回の件は帝も相当怒っててな。必要とあらば、大日本帝国の本隊を出撃させてもいいって言ってる状態だ。そして木枯だが……今のアイツに、冷静な判断力はねぇ。帝と暁――《武神》が力ずくで止めなけりゃ、ここはすでに焦土だったぞ」


 この言葉に、ダーレンを含めて誰もが目を見開いた。かの大英雄、藤堂玄十郎より《剣聖》の名を襲名し、大戦時代は《抜刀将軍》という異名を数々の武勇と伝説と共に流した怪物。しかし、彼女は彼女と並び称される《女帝》がそうであるように冷静沈着な人物として語られているのだ。

 そんな女傑が、冷静さを欠いている――俄には信じがたい話だが、この異様な空気の中では信じるしかない。


「正直、木枯が到着してから何が起こるかは俺にもわからねぇ。だからその前に決着だ。予定では明日だったが、三日後に伸びた。この三日間がオメェらの猶予だ。正直俺はEUがどうなろうと知っちゃことじゃねぇからな。だが、詩音が帰って来ねぇのは有り得ねぇ。死ぬ気で働け」


 以上だ――そう言い切り、虎徹は立ち上がる。その姿を見て、何人かは安堵の空気を吐いた。これでようやく終わるのだと。


「オメェらのとこにはこっちから人員を送る。やり方は任せるが、結果出せなかったらどうなるかわかってるな?」


 それを最後に、虎徹は氷雨虎徹、そして青年を伴って部屋を出ようとする。その背に、待ってくれ、とダーレンが声をかけた。その言葉に、虎徹が振り返る。


「何だ、ミスター?」

「キミたちが我々の情報を得た方法は、情報屋だろう。私のところにそういう情報が入ってきている。だが、どうやってだ? いかに大日本帝国の人間とはいえ、こんな短期間でどうやって情報屋を突き止め、これほどのことを表面上は何の問題も起こさずに行えた?」


 それはある種当たり前の疑問で、ダーレンも答えてもらえることはあまり期待していなかった問いだろう。しかし虎徹は、何の躊躇もなく答えを口にした。


「国家レベルなら、ほとんどの国のトップが協力してる。ドイツはどうかは知らねぇが……こっちの予測通りの人間が事を起こしたんなら、まあどうにでもなる。それと、イタリアに来た理由だが。ここの裏社会について、詳しい人間が一人だけいてな」


 なぁ、と虎徹が問いかけたのはフードを深くかぶった青年だった。その青年は静かに息を吐くと、ゆっくりとそのフードを取り外す。

 そして、誰もが驚愕した。

 片目を失い、隻眼になってこそいるが……そこにいたのは、紛れもなく。

 統治軍最大の反逆者にして、真の意味におけるEUの英雄。

 ――ソラ・ヤナギ。


「さぁて、お互いがベストな仕事をすればそれで全員がハッピーだ。そうだろ、ミスター?」


 虎徹は笑みを浮かべてそう言うと、今度こそ部屋を出た。そのまま、三人を伴って仮の本部を設置している場所に向かう。


「黒幕はまだ割れてねぇッスね。実行犯も不明ッス」

「ふん。上等な話だ。義姉上の代わりに、私が斬る」


 早足に歩きながらの正好と氷雨の会話。それを聞きながら、ソラが虎徹へと問いを発した。


「局長、先程商売について教えてくれた方がいたと仰られましたが」

「ん? つまんねぇこと覚えてんな、オメェ。興味あんのか?」

「一応は」

「もういねぇよ、あの姉ちゃんはな」


 頷くソラに対し、つまらなさそうに虎徹は言葉を紡いだ。


「脱税やらかして捕まったよ。詐欺もやってた。商売人ってのは怖いもんだ」


 その言葉に、呆れたようにソラがため息を零す。


「局長も、大概クズですよね?」

「だから言っただろ? クズってのは、必要とされるんだよ。ごく少数にはな」


 ――賽は、投げられた。だが、その出目はまだわからない。

 コロコロと、ダイスは坂道を落ちていく。

 転がっていく。

 どこが終着点なのかは……まだ、わからない。



◇ ◇ ◇



 目を覚ました最初に感じたのは、冷たい床の感触だった。


「…………」


 嗜好が鈍る頭を無理矢理に働かせながら、少女――神道詩音は周囲を見回した。どうやら自分は眠らされていたらしい。記憶が随分と曖昧だ。

 虎徹と別れ、一人でイタリアの街を歩いていた記憶はある。実を言うと、以前世話になった人たち――今や虎徹の部下になってしまったソラと、シベリア動乱で受けた負傷がきっかけで退役したというリィラが経営していた孤児院に内緒で赴こうとしていたのだ。

 ソラは何も言わないし、虎徹も向おうとしないその場所がどういう意味を持っているのかは詩音にもわかる。幼くとも《剣聖》の娘であり、《鬼神》の娘でもあるのだ。その辺の事情が分からないほど幼くはない。


 ……だけど、ソラさんが寂しそうにしてて……。

 私も、リィラさんやエレンさん、皆に会いたくなって……。


 あの場所は決して裕福な場所ではなかった。後から礼として虎徹がいくらかの謝礼は送ったらしいが、それでも貧しいことは間違いなかっただろう。

 だが、それでも嫌な顔一つせずに異国人である自分たちを受け入れてくれて。

 同年代の友達など一人もいなかった自分が、初めて『遊ぶ』という行為を知った。

 帰る時は隠していたが、後で一人になった時は大泣きした。理由はわからなかったけれど、泣き続けた。そうするしかなかったのを覚えている。

 場所は覚えていたから、そこへ向かった。

 ――けれど。

 そこにはもう、あの温かな場所はなくなっていた。


 ……それにショックを受けて、それで……。

 その後の記憶が……。


 思い出せない。頭が僅かに痛むところから、おそらく鈍器か何かで意識を奪われたのだろう。

 そして、随分長く眠っていたためか体内時計が機能していない。しかし、五体は大丈夫だ。流石に護身用に持っていた小太刀は奪われているようだが。


「…………」


 体を起こす。見れば、両手は縄で体の前にしっかりと固定されていた。こういう時、父である虎徹は『食い千切れ』と言っていたが……無理だ。いや、父ならばやるかもしれないが。

 母である木枯はどうか、と考える。……そもそも母はこういう状況に陥らないと判断した。昔、『先生』と共に寝ていた時に襲撃を受けたにも拘らず、右目一つの負傷を受けただけで百に迫る刺客を全て撃退した武勇を持つ母ならば、そもそも捕らえられるという状況にならないだろう。


 ……つまり、まだまだ私は父上と母上の足下にも及んでいないということですね。


 それは当たり前のことであると同時に、少しの落胆を感じさせる事実だ。詩音はまだ幼いながらも『神道流』を修めることを許された天才である。彼女自身は決して自身を天才だと思っていないが、周囲の評価というのは本人の意志を外れて付けられるものだ。

 いずれにせよ、詩音は自身の力を自覚してはいる。だから少しだけ悔しい。あの《武神》――藤堂暁などは、十歳の頃にはその身一つで《七神将》入りを果たしたらしい。初めて聞いた時は『藤堂家』という身分がありながら『身一つ』というのはどういう意味かはわからなかったが、帝から彼の出生を聞いた今なら納得できる。

 全てが敵という逆境から、今や大日本帝国において尊敬しない者など一人もいないという高みにまで辿り着いた英雄。そんな彼を見ると、やはり、と思う。


 ……私は未熟者。なら、それを受け入れてどうすれば?

 今の私には、何ができる?


 諦めることは死ぬことである――これは、詩音が『先生』と呼ぶ人物からかけられた言葉だ。謎めいた言い回しが多い先生だが、この言葉は詩音の根幹にしっかりと残っている。

 ただ、先生は同時にこうも言っていた。


〝私たちは死人です。動く死体――リビング・デッドなのですよ。諦めれば死ぬと言いましたが、生きようとすれば死ぬのです。惨めに死ぬことを許容できるかできないか――結局は、それだけなのですよ〟


 その言い回しは理解できなかったが、とにかく『諦めるな』ということだけは理解できた。

 だから――諦めない。

 絶対に、諦めることはしない。


「…………」


 鉄格子を睨むようにして見ながら、詩音は思考を巡らせる。

 きっと外では父や母、それに先生が自分を探している。それを待っていればいずれは救出してもらえるのだろうが……神道家の長女は、他人の助けをただ待つだけの存在ではない。

 自分でここから脱出し、合流する。

 できること。できないこと。あらゆる事象を脳内に展開しながら、詩音は考える。


 ――コツン、と。

 靴の音が響いたのは、その瞬間だった。

ようやく、ようやく投稿をすることが……。

二週間の合宿、その合間に書いていたモノをようやく……。


次からはもっと早く投稿したいと思うので、見捨てないでくださると幸いです。


……二週間数眠時間平均二時間は辛い。

死にそうです。


ありがとうございました~……。

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