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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
欧州動乱編―選択―
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第四話 絶望の戦場


 ――動けない。

 二年前の大戦においてガリア連合最強の神将騎として猛威を振るった、漆黒の神将騎――〈ワールド・エンド〉のコックピットで、ダウゥ・アル・カマルは生唾を呑み込むと共にそう呟いた。唇が渇き、口の中が水分を欲して喘いでいる。

 声を出そうと、空気を吸った。

 しかし――出せない。

 目の前の、静かな威圧感を携えながら佇む神将騎を目にした瞬間、呼吸が止まる。


 ……出会ったならば諦めて死ぬかみっともなく逃げ惑え、じゃったか……。


 前大戦において、《武神》に対しての対策として囁かれていたものだ。接敵すれば、間違いなく死ぬ。《武神》だけではない。《剣聖》、《抜刀将軍》、《女帝》、《鬼神》、《神速刃》……大日本帝国の《七神将》というのは、それほどまでに別格だった。

 ダウゥはその戦いを遠目にしか見たことはなく、結果や記録でしかその凄まじさを知らない。記録を見た時は何を馬鹿なと記録をつけた人間の正気を疑ったのだが……成程、これなら確かに頷ける。

 向かい合うだけで理解できる、明確な力の差。

 真の強者は戦う前から敵を倒す。成程、流石にあの大日本帝国で武の頂点に佇む存在。その威圧感は、明確に一つのヴィジョンを見せてくる。


 敗北。

 そして――死。


 あまりにも単純で絶対的な未来を、こちらに幻視させてくる。


『どうした、来ないのか?』


 見る者の心を奪い取るような、美しい刀身を持つ両刃の剣。〝天叢雲剣〟と《武神》が呼んだ刃を、〈大神・天照〉が構え直す。

 中腰の体勢。軽く折った膝と両肘に、緩く握られた両の拳。

 それが人間の動きであれば、脱力。その一言で説明できただろう。しかし、これは神将騎による戦闘だ。人型とはいえ、神将騎は人とは違う存在だ。人の理屈がそのまま当てはまることはない。

 いや――そもそも。

 ああも自在に、神将騎とは操れるものなのか?


『来ないのであれば――』


 空気が、揺らいだ。

 動いたのは、反射。


『――俺の方から往く』


 ゾンッ、という音と共に、空気が切り裂かれた。地面に触れようとする刃。しかし。


 ――止まった……!?


 振り下ろされた刃は、地面に到達する前にその速度を一瞬で『零』にした。地面には余波で亀裂が走るが、それだけだ。

 完璧な力の制御。それも、自身の身体ではなく神将騎で、普通なら実現不可能なことをやってのける力。

 大日本帝国の頂点、最強の力。

 これが、武の頂点――《武神》。

 ――藤堂、暁。


「これが、貴様の本気か……ッ!!」


 最強とは、正しく最強。

 通常、刃を振り下ろす時にその着地は考えない。振り下ろしたモノはその一撃が終わるまで止めないものだ。

 無論、理由はある。一つは、筋肉が耐えられないという現実だ。達人の刃は『神速』と謳われるほどの速度を有している。それを停止させるとなれば筋肉が負荷に耐え切れず、壊れてしまうのだ。

 そしてもう一つは、そもそもそうする必要がないという事実である。

 動き出したものを自力で停止させることがまず不可能なら、それを念頭に置いて動けばいい。武芸とは得てしてそういうものであり、ダウゥも『そういうもの』として体が動いている。

 だが――《武神》は違う。

 今は神将騎に乗っているとはいえ、神将騎は人とあまりにも似た構造をしているためかその動きにパイロットの特性を反映させやすい。要するに戦い方が似るのだ。

 そして、《武神》はきっと生身で自分たちの『常識』を超えている。

 振り下ろした刃を地面に叩き付けなかったのは、刃を無用に傷つけぬため。同時に、攻撃後の隙を衝かれないためもあるだろう。

 事実――


「…………ッ!?」


 放たれた豪速の突きを、背後に全力で跳躍することで避ける。紙一重など不可能。こうして距離を取り、一挙手一投足に神経を張り詰めなければ、自分の首など容易く飛ぶ。

 かつて、大戦で今自分が乗っている〈ワールド・エンド〉は〈大神・天照〉と互角に渡り合い、その果てに敗北したという。それを聞いた時、この神将騎さえあれば大日本帝国とも戦えると思った。〈ワールド・エンド〉は当時の《剣聖》や《抜刀将軍》、《女帝》さえも退けたというのだから。

 しかし――甘かった。

 構えた槍が邪魔に感じる。技など繰り出す暇もない。


『どうした? この程度か?』


 距離を置いた場所から、問いかけの言葉が届く。


「……ッ、はっ……」


 そこで初めて、息が上がっていることに気付いた。斬り合い――いや、一方的に二撃を避けただけ。それだけで、息が上がっている。


 ――今のやり取りで、一分……!?


 久遠のように永い一瞬だ。どうしようもないほどの、力の差。

 覆す、術は――


「――――ッ!!」


 槍を投げ捨て、腰から二丁の銃を引き抜く。〈ワールド・エンド〉の切り札――あれを使えば、この状況を打破できる可能性はある。しかし、あれを使えば文字通り全てを失う。

 将来的に使うべき場面が来るとしても……今はまだ、使えない。

 引き金を引く。弾倉を入れ替え、弾丸がなくなるまで撃ち続ける。

 銃の登場で、侍の時代も騎士の時代も終わりを告げた。戦場における死因は銃殺か爆殺。現代においては槍による刺殺さえもほとんどありえない。

 大日本帝国における『侍』はその常識を無視するというが……そんなものはただの噂だ。結局、飛び道具――それも銃というのは、人類の進歩における『最悪の回答』なのだから。

 ガキン、という音と共に、銃弾が止まる。弾切れ。元々、こんな怪物とやり合うことは想定していなかったのだ。弾は多くない。まあ、それでも――


 ――流石に、今ので無傷は有り得ぬじゃろう。


 殺したと思いたいが、相手は無双の英雄とその神将騎。そう簡単な相手ではないはず。しかし同時に、相手は空想上の生物というわけでもない。ならば、手傷ぐらいは負わせたはず。

 自分が乗るこの〈ワールド・エンド〉は、『最強』の一角。翼こそ折れたが……その力に陰りはない。

 ならば、手傷さえ負わせれば――……


「…………ッ!?」



 煙が、晴れる。

 絶望が――そこにいた。



『何故、槍を捨てた?』


 無傷。その装甲に僅かの傷さえも付けずに佇む怪物が、静かに問いかけてくる。声色こそ年若い男のそれだが、纏う威圧感は歴戦の勇士のそれだ。


『距離を取る、という行為は仕切り直しという行為に等しい。だがそれは状況のやり直しに過ぎない。……槍を捨て、銃に走ったお前は『やり直し』を求めたわけではない。――〝逃げた〟だけだ』


 剣を構え直し、《武神》が言う。その構えに隙はなく、動くことさえできない。


『槍を捨てた時点で、俺との斬り合いを放棄したに等しい。……砕き、海の底へと沈めたと思っていたソレが現れたのを見て思わず出てきたが。この分なら、俺が出る必要もなかったか』


 ため息のような音が聞こえた。そこに込められていたのは、落胆。

 普段なら屈辱に感じる仕草だ。しかし、ダウゥにはそんな感情さえ抱けない。

 あるのは――安堵。

 生き残れるかもしれない……本能が感じた、その希望だけ。

 しかしそれさえも、《武神》が放った言葉で消し飛ばされる。


『……だが、それでも殺しておくに越したことはない』


 ――直後。

 轟音と共に、〈大神・天照〉が地面を蹴り飛ばした。凄まじい速度。距離を置いたことなど気休め程度に思える脚力だ。

 ダウゥは必死で機体を操作し、背後へと飛ぶ。勝てる相手ではない。機体の稼働時間のこともある。あまり無茶は――


『遅いな』

「――――ッ!?」


 その言葉が届くと同時に、衝撃が体を突き抜けた。〈大神・天照〉が〈ワールド・エンド〉の頭部を掴み、地面に叩き付けたのだと気付くのに、数秒の時間を要した。

 あまりの衝撃に、肺から空気が絞り出される。閉じかける視界。その中で、刃が煌めいた。

 直撃。左肩から先を持っていかれた。刺突で、この威力か。


『問うぞ』


 アラートが鳴り響き、コックピットのモニターが『警告』の文字で埋め尽くされる中、《武神》の声が嫌に響く。


『――〝グングニル〟はどうした?』

「グン……グニル……?」


 突然の言葉に、オウム返しのような返答しかできない。相手は、またため息を吐いた。


『知らないならそれでいい。――ここで、潰れろ』


 振り下ろされる刃。しかし、それが到達する前に。


『――――!!』


 突如、〈大神・天照〉が飛び跳ねるようにして自分から距離を取った。同時、自身の周囲でいくつもの爆発が起こる。

 これは――砲撃か。


『総帥殿!!』


 通信機からそんな声がこちらに届き、同時、レーダーにいくつもの光点が浮かび上がる。雨のせいでレーダーが不明瞭だが、その数ぐらいはわかる。

 数は――四十。

 おそらく、自分がここまで率いてきた第一群の主力たる神将騎、その総戦力だ。


『……遊び過ぎたか』


 再び、ため息。だが、ダウゥは今度のため息から落胆を感じなかった。むしろ感じたのは、高揚。

 昂る気炎を――《武神》からひしひしと感じる。


『総員構えろ!! 姿勢を低く!!――放てッ!!』


 自分を庇うようにして部隊が展開され、最前線に立つ神将騎たち――ガリア連合の所有する神将騎の中では最も数が多く、同時に主力でもある〈ゴゥレム〉たちが膝を落とし、銃を構える。

 盾を前に、整然と並んだ彼らはすぐさま引き金を絞った。狙うのは当然、〈大神・天照〉だ。

 銃声が鳴り響く。その中でダウゥは〈ワールド・エンド〉を起き上がらせると、庇われるようにしてその戦場から撤退する。


『ご無事ですか!?』

「……大丈夫じゃ」


 通信に対し、頷いて応じる。だが、すぐさま状況を理解すると慌てるように声を張り上げる。


「待て!! 奴に手を出すな!! 蹴散らされるぞ!!」


 後方を振り返り、ダウゥは叫ぶ。大日本帝国最強の奏者とその神将騎。その武勇に偽りなど微塵もなかった。数を束ねたところで、このままでは狩られる。


『ご安心ください総帥』


 庇うようにして〈ワールド・エンド〉の周囲を囲む〈ゴゥレム〉。そのうちの一機から、そんな言葉が届いた。


『――(ティアラ)殿が参られます』


 その言葉と、共に。

 銃弾の嵐の中を駆け抜けていた〈大神・天照〉の前に、一機の槍を携えた神将騎が立ち塞がる。

 轟音。〈大神・天照〉の――《武神》の一撃を受け止めたその神将騎から、甲高い声が響き渡る。


『アッハハッ、ハハハハッ!! さあ――殺し合おう!!』


 視界さえも覆い尽くすような雨の中。

 戦闘が、激化する。



◇ ◇ ◇



「で、ウチを戦場に出すんはええけど……どないするつもりなんや?」

「どうするつもり、とは?」

「あんたがどういうつもりかは知らへんけど、ウチの両足は動かへん。片方はなくなって、もう片方は感覚もあらへん状態や。戦場に出るも何も、日常生活さえ困難な状態やで?」


 薄暗い部屋に、そんな声が響いた。片方は女の声だ。その声の主はベッドに仰向けに寝転がっており、暴れないようにするためか厳重に拘束されている。

 対し、男の方は仮面を着け、白衣を着るという妙な居住まいをしていた。だが、その衣装はこの部屋には妙にマッチしている。

 そう――まるで手術室のような、この部屋には。

 男は女の問いかけに対し、くっく、と笑みを零す。


「そうだねぇ。車椅子で戦うというのも中々ロマンが溢れていいものだが、それはまたの機会にとっておくとしようかな? そうだ、今度作るのは両足のない幼女にしよう」

「……あんたの倫理観について今更何かを言う気はあらへんし、どうでもええわ。せやから、さっさと疑問に答えてくれへんか?」

「つれないねぇ。だが、安心したまえ。私を誰だと思っている? 巷では私の領分が兵器開発だと噂されているようだが……大きな間違いだ。〝魔術師(ウィザード)〟という名は、『人の体を自由自在に操れる』からこそ私に付けられた」


 くっく、と男は笑みを零した。それを見て、ふう、と女がため息を零す。


「回りくどいのは嫌いや」

「それは失礼。私は話好きでね。どうにも結論が長くなる。だがまあ、時間がないのも事実だ。これは勘だが――私自身、こんなものには頼りたくはないのだが、どうも状況がよくない方向へ動いている気がする。あちらにはティアラを置いてきたとはいえ、あの子は精神的にあまりに不安定だ。信頼は出来ん」

「……何の話や?」

「今はこちらの話であり、いずれはキミ自身の話になることだよ。だからこそ、まずはキミを歴史の当事者にしなければならない」


 笑み。それと共に男が手にしたのは、巨大な鉈。それを目にし、女は目を閉じる。


「さっさと済ませてくれるか?」

「無論、そのつもりだとも」


 その答えを聞き、女は思う。

 ――ごめんな、と。

 唇を、微かに動かして。


 振り下ろされた、鉈の一振り。

 鮮血が飛び散り、不快な音が響く中。

 悲鳴だけは――上がらなかった。



◇ ◇ ◇



 戦場に立っていると、想定外の出来事とはかなりの確率で起こり得ることであると認識させられる。考えてみれば当たり前だ。戦場に立ち、戦場で動く以上、人が絡む。

 人とは、不完全な生き物だ。何千年とこの世界に生きながら、それでも何一つ成し遂げることができなかった。

 神様とやらがいるなら、問うてみたいと思う。

 どうして世界は。

 どうして人類は。

 こんなにも――歪んでいるのかと。


「該当機体は無し……いや、判断しかねているのか」


 目の前に現れた、光を全て呑み込むような漆黒の機体。暁も見覚えのないその機体の名を、〈大神・天照〉のデータバンクは『不明』と判断した。

 データがないのであれば、『該当なし』の表示が現れるはずだ。そうでないということは――


「適合率の一番高い機体は」


 言葉で問いかける。自分と〈大神・天照〉は、今更パネル操作を行わなければならないような浅い繋がりではない。この魂の一部を捧げ、その代わりに力を得ているのだから。


『適合率67%。機体名――〈ワールド・イズ・マイン〉』


 表示されたその文字を見、ふう、と暁は息を吐いた。本当に、今日は色々と問題が起こる日だ。

 ガリア連合。大日本帝国の影響が及ばぬ国が突如EUに対して宣戦布告を行ったというから、単独でその行軍を見届けに来た。そこに二年前の大戦で死闘を繰り広げた神将騎――〈ワールド・エンド〉の姿を確認し、反射艇に動いた。

 幸いというか、何と言うか……自身が持つ神剣たちと並ぶ古代遺産である〝グングニル〟は失われたままだったようだが、生かしておく理由もない。そう思い、殺そうと思ったが。

 どうにも……殺せなかった。

 殺せたはずだったし、そのつもりだった。なのに――


「〝世界〟の系譜か。成程、ガリア連合が図に乗るわけだ」


 かつての黎明の時代――暁も帝から話を聞いただけだが――世界は戦乱で終わりを迎えたのだという。その最後の決戦で、当時の技術の粋を集めて生み出されたのが、暁が乗る〈大神・天照〉を始めとした、『最強であること』を義務付けられた狂気の力。

 そして――〝世界〟とは。

 その、『最強』の系譜。


「手加減をしたら、俺が喰われかねないか――」


 呟き、刃の握りを核にした瞬間。


『――――――――ッ!!』


 耳をつんざくような敵の奏者の咆哮が響いた。甲高い声。ビリビリと大気が揺れる。

 そして。

 神将騎が持つにしても明らかに長い槍をその手に、〈ワールド・イズ・マイン〉がこちらへ突進してきた。暁はすぐさま〈大神・天照〉の腰を落とすと、突き込まれる穂先に対して〝天叢雲剣〟を切り上げるようにして振り上げる。

 金属音。甲高いそれの音が響き切る前に、暁は一直線に相手の懐へと踏み込んだ。槍とはそのリーチが長い分、一度懐に潜り込まれるとその対応が難しくなる。

 刀を寝かし、地面と水平になるように振り抜く。神将騎とは思えぬほど流麗なその一撃を、しかし、〈ワールド・イズ・マイン〉は一歩退く事でギリギリ避ける。

 更に、槍の柄を腰の後ろ、両腕の肘で挟み込むと、そのまま機体を回転させた。当然、槍の柄が周囲を円形に薙ぎ払う。

 暁は軽く跳躍することでそれを回避、そのまま叩き付けるように剣を〈ワールド・イズ・マイン〉へと叩き付けるが、それも後ろへの跳躍によって避けられてしまう。


 ……成程、〈ワールド・エンド〉の奏者とは違うようだ。


 地面を叩き割った〝天叢雲剣〟を構え直しながら、暁は内心でそんなことを呟く。動きが良い。機体の特性、槍の特性……それを理解した動きだ。

 更に、〈ワールド・エンド〉の奏者がそうしたように銃火器へ逃げる素振りもない。あの戦闘を見た上で、《武神》と正面からやり合うつもりか。


『アハッ……アハハッ』


 さて、どうするか――暁がそう思った時、声が届いた。相手の声だ。


『いいねぇ――いいよッ!!』


 哄笑が響く。同時に、〈ワールド・イズ・マイン〉が槍を構え直した。そのまま、豪速の突きがこちらを狙う。

 だが、問題ない。《七神将》で槍を使うのは本郷正好、《野武士》と呼ばれる彼が真っ先に思い浮かぶが、彼に比べるとその技量は遥かに低い。

 響き渡る金属音。繰り出される突きを、暁は何の問題もなく捌いていく。正直、このまま何時間続けようと当たる気はしなかった。

 それを相手も悟ったのだろう。突きの速度が上がり、連撃の速度が上がる。


『アハッ、アハハハハッ!!』


 だが、それさえ暁の目には止まって見える。遅い、遅過ぎる。

 周囲のガリア連合の者たち――特に〈ゴゥレム〉の奏者たちは二機の戦闘に思わず魅入ってしまい、動けずにいるのだが……暁にしてみれば、まだまだ温い。


『ほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらほらァ!!』


 速度が上がる。――まだ遅い。

 速度が上がる。――まだ遅い。

 速度が上がる。――まだ遅い。


 いつまで続くのか――見ている誰もがそんな思いを抱き始める頃。

 その剣戟が終わったのは、あまりにも唐突だった。


「……飽きたな」


 ボソリと、ため息を交えた暁の呟き。それと共に――〈大神・天照〉が爆ぜた。

 そう、爆ぜた。そう表現するしかないような現象が起こったのだ。

 地面が砕け、同時、〈ワールド・イズ・マイン〉の槍が大きく弾き上げられる。先程までとは全く違う威力で弾き上げられた槍をそう簡単に戻すことはできず、その挙動に大きな隙が生まれる。

 ――ズプン、という、ぬかるみを踏み抜いた音がした。

 背後。一瞬で〈ワールド・イズ・マイン〉の背後に回り込んだ〈大神・天照〉。その両手で柄が握り締められた〝天叢雲剣〟が、唸る。


 乾いた音が、響いた。

 腕が、二つ。宙を――舞う。


「……くだらないな」


 呟き、それと同時に護は機体を大きく跳躍させた。しかし今度は後ろではない。前だ。

 慌てたように、こちらへ手に持ったアサルトライフルの銃口を向けていた〈ゴゥレム〉たちが動き出す。最早向かってくるものに対する反射とも呼べる行動で引き金が引かれ、銃弾が吐き出された。

 しかし――


「避ける意味もない」


 呟きが、現実として顕現する。

〈大神・天照〉を撃ち抜かんとしていた銃弾が、突如その機体に触れる前に地面へと落下――いや、軌道を修正したのだ。

 部隊に動揺が走る。そして、それを見逃す暁ではない。


「運が悪かった。そう、諦めてくれ」


 始まるのは、一方的な虐殺。

〈ゴゥレム〉が二機、その胴体を斬り飛ばされた。



◇ ◇ ◇



 荒い息が室内に響く。それは何かを耐えるような吐息で、聞く者の心情に暗い影を落とすものだ。

 しかし、ここにいる男には心地の良い子守唄のようなもの。苦痛と怨嗟の響など、地獄の底で幾度となく聞いてきた。


「辛いかね?」


 問いかけには、嘲笑の響きが混じっていた。声をかけられた女性は、荒い息を吐きながら言葉を返す。


「はっ……誰に、ゆうとるん……や……、っ、は……こんなん、何でも……あらへんわ」


 女性が横になっているのは、部屋の中央に置かれたベッドだ。だが、先程まで純白の白を体現していたはずのそのベッドは、今や紅に染め上げられている。女の両足に巻かれた包帯。止まらない血が染み出し、赤黒く変色してしまった包帯から滲み出る血液が、ベッドを朱に染め上げる。

 一歩間違えば失血死してもおかしくないような状態だ。しかも、女性の方は太ももの先がない。見たところ麻酔さえまともに打っていない女性に意識があるのが不思議なぐらいだ。

 いや……不思議ではないのかもしれない。

 塞がっていた傷口を再び開き、更には時はかかるがまた動くとされたもう一方の脚――まだ残っていた脚さえも、この女性は捨て去った。


 ……狂っている。だがまぁ、私好みの狂い方ではあるねぇ。


 彼が――あの天才が、その命を全て擲ってまで残したものを捨て去って。

 確証のない、あまりにも低い可能性に賭けている。どうしようもないほどに……狂った女だ。

 しかし、こうも思う。

 これこそが、〝人間〟という生き物の本質であると。


「ヒト、というのはどうしようもないほど不器用な生き物だ。何か一つを貫こうとすれば、他の全てを捨て去ってしまうしかない。今のキミは正にそれだ。愛だの恋だの、そんなものは私には最早理解できない現象だが……たった一人の男と会うためだけに、キミはその男が遺した全てを否定した。これを〝業〟と呼ばず何と呼ぶ?」

「……〝業〟、か……ソラ、から……、聞いたこと、ある。……は、あんた、聖教の信者やないんか……?」

「くっく、そんな状態でよくそこまで喋れるものだねぇ。意識を失えばその場で死ぬから麻酔も無しに両足の傷を開いているというのに。普通なら激痛で死んでいるところだよ?」

「は……ッ、どっちに、せよ……死ぬ……んかい……」

「普通の人間に耐えられることではないということだ。今のキミは異常だよ。――それほどまでに、彼に会いたいのかね?」

「――当たり前や」


 鋭い、空気を引き裂くような言葉。向けられる視線は、死の一歩手前にいる女のものとは思えないほどの気迫に満ちている。


 ――やはり、素晴らしい。

 これだから――人というのは面白い。


「失礼。では、そろそろ施術に入ろうか。彼に会うにしてもどうするにしても、キミに必要なのは今すぐに動く脚だ。それも、人の脚では実現できない力を持つ脚が。――途中で死ぬような無様は晒してくれないで欲しいねぇ?」

「はっ、誰に言うとるんや?」


 笑みを浮かべる女を前に、こちらの口元が緩むのを自覚する。

 嗚呼、楽しい。何と可笑しいこの巷。

 まだまだ世界は――狂気に満ち溢れている。


「無駄な心配だったようだ。私が知る中では、一年が最短記録。その者でさえ文字通りの血反吐を毎日吐いて成し遂げた。キミはどうかな?」

「……ハッ、明日にでも立ったるわ」


 面白い、ともう一度笑みを零し。

 狂気を、行使した。



◇ ◇ ◇



 視界を奪う雨。いや、視界を奪うどころではない。最早暴風、ハリケーンに近い横殴りの風が吹き、行軍などほとんど不可能な戦場で。

 約、一時間。四方どころか八方より途切れることなき弾丸の嵐、刃の雨を受けながら。

 世界最強の英雄は、無傷で戦場の中心に立っていた。


「……バケモノ、が」


 思わず、そんな呟きがダウゥの口から漏れた。同時にそれは、ガリア連合の兵士たち全員が共通で感じていることでもある。

 彼女が乗る〈ワールド・エンド〉は左腕を持っていかれた。もう一つの切り札、〈ワールド・イズ・マイン〉は両腕を持っていかれ、戦闘不能。

 今回のガリア連合の進軍、その根拠は二つの〝世界〟だ。圧倒的なスペック。スペインの英雄を全く寄せ付けなかったことがそれを証明しているだろう。あの力を見たからこそ各部族の長たちはその重い腰を上げ、その上でダウゥを総帥と認めたのだ。

 なのに――


「これが、我らを潰した大日本帝国か……!!」


 二年前の大戦において圧倒的な力を以てあらゆる戦場を蹂躙した大日本帝国。彼らによって敗北し、命を散らした同志たちは決して少なくない。

 だが、これでわかったことがある。

 大戦で大日本帝国がやったことは、要は『横槍』だ。勝手に乱入し、勝手に蹂躙する。どうしてそれに対してどの国も声高には何も言わなかったのか疑問だったが……ようやく、理解した。

 言わないのではない。ただ――言えないのだ。

 そのあまりにも圧倒的な武力を前にしては、ただ口を紡ぐしかない。


「…………ッ!!」


 ふざけるな、と思う。大日本帝国は関係ないではないか。これは自分たちガリアの虐げられ続けてきた歴史を雪ぐための戦争だ。それを、何の関係もない極東の島国が――


『……神風か。まさか、こちらがそれの被害を被ることになるとは』


 二十の神将騎と、五十の戦車。最早正確な数さえわからない兵士たち。

 たった一人と一機でそれだけの数の敵を屠った英雄が、不意にそんなことを呟いた。


 風が、強くなる。

 雨が、激しさを増す。


 ――目を開けたそこには、もう、誰もいなくなっていた。

 まるで、今までの出来事が幻であったかのように。

 消えて、しまった。


「…………」


 呆然と、ダウゥはその光景を見送る。

 雨が強くなり、風が吹きすさぶ中。


 ――スペイン軍の敗北が、決定した。



◇ ◇ ◇



 ぼんやりと、月を眺める。今日は天気が悪い。雨こそ降っていないが、分厚い雲が空を覆っている。

 月は見えない。けれど、見ている。月は『あの子』が好きだったものだ。


「ホント、空気の読めない空……」


 ふと、謡うように呟く。この部屋を監視していた者たちは全員が持ち場を離れており、現在は誰も監視を行っていない。当然だろう。ガリア連合の宣戦布告という異常事態に加えて、この部屋の主である朱里が軍部に詰めて帰ってきていないとなれば、監視する意味もない。

 正直、自分としては何故朱里をあそこまで執拗に監視するのかがわからないのだが……そこは『何か』があるのだろう。イタリアという国の特殊性と、朱里・アスリエルという英雄の歪み。絶妙なバランスで釣り合っている両者の天秤が一気に壊れるような『何か』が。


「まあ、アタシも色々と考えてるしねぇ……」


 暗闇の中、その女性――神道絶は呟いた。今頃、朱里は徹夜で軍議だろう。忙しいことだ。彼とは一度、ゆっくりと話をしなければならないというのにそれさえできない。

 大日本帝国……おそらくもう動き出しているあの国についての協議があるのだが、どうすべきなのか。


「なるようにはなる。けれど、『目的』に到達する前に死ぬのは真っ平御免。やっぱり厄介なのは、あの《鬼神》かしらねぇ……」


 第一線を退き、真選組局長という立場に立った男。それでも大戦ではその武勇を以て多くの伝説を残した、戦場の鬼。

 ――神道、虎徹。


「あの鬼は、アタシを彼に絶対に近づけようとしない。面倒な男ね、本当に……」


 コツン、と壁に頭を軽くぶつける。問題は山積みだ。次から次へと、本当に飽きない。

 ――けれど。

 それでも、アタシのすべきことは――


「〝まーくん、たすけて〟」


 呟くように、その言葉を口にして。

 神道絶は、ゆっくりとその瞳を閉じた。


 夜は、更けていく。

というわけで、暁くん無双の回。無茶苦茶です。

そしてまあ、途中に登場する男女二人が誰かはもうおわかりのはず。……わかります、よね? あの二人も大概なことしてますが、状況が状況。ある意味仕方ありません。


さてさて、第二部は元々の予定からそこまで長くない予定なのでサクサク進めるつもりです。……予定は未定ですが。


そんなこんなで、お付き合いいただけると幸いです。

感想・ご意見お待ちしております。


ありがとうございました。

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