第三話 その絶望を、〝世界〟と呼んだ
アフリカ大陸北部。そこに、数多の兵士と兵器が集結していた。
ジブラルタル海峡を最終防衛ラインとした三重の防衛ライン。その最前線となる場所で、両軍の兵士たちが睨み合っている。
ガリア連合が宣戦布告を行ったのは、大胆なことにEU連合という欧州諸国全体だ。それはハッタリや見栄ではないのであろう。ガリア連合軍は、本気で欧州に攻め入るだけの数を整えている。
「目視で二万、ってとこか。これが先遣隊だとすると、本隊は百万単位か?」
双眼鏡でガリア連合の陣容を確認しながら、金髪の青年が口笛を吹いた。その隣で、軍隊用のレーションを頬張りながら赤の入った金髪の男があぁ? と声を上げる。
「どんだけ数がいようと関係ねぇだろ。俺と〈フレイヤ〉がいるんだ。全部焼き払って挽肉にしてやるよ」
粗暴な態度と口調のその青年が立ち上がりながらそんなことを口にする。その口調の中には、自身の能力と実力に対する絶対的な自信が見て取れた。
「アフリカ大陸は草木の生え難い大地。お前さんの〈フレイヤ〉が更なる環境破壊を引き起こしそうだな」
「黒人共の住処がどうなろうと知ったこっちゃねぇよ」
言いつつ、レーションを食べ終えた青年は自身も双眼鏡を取り出してガリア連合の陣容を見る。そうしながら、はっ、と吐き捨てるように言葉を紡いだ。
「ナメやがって……神将騎が見えるだけで三十くらいしかねぇだと? ケッ、その程度で俺を止められると思ってんのかよ」
「おいおい、いくらお前でも三十機の神将騎とあれだけの数の戦車は簡単には沈められないだろ?」
「所詮は黒人共が操ってるガラクタだ。俺の〈フレイヤ〉の敵になるわけがねぇ。……つーか、いつまで上は俺たちに待機させるつもりだよ。そろそろ本気であいつらを視界に入れとくのが鬱陶しくなってきたんだが」
「そう言うなよ。お前の――っと、来たみたいだぞ?」
「あん?」
言われ、青年は振り返った。そこにいるのは、おそらく新兵と思われる眼鏡をかけた青年だった。その青年は息を切らしてこちらまで駆け寄ってくると、敬礼しながら言葉を紡ぐ。
「セルピエンテ少佐、本部より命令です! 本日一四〇〇時、〈フレイヤ〉によって出撃せよとのことです!」
「おう、了解だ。で、俺はどれぐらいの部隊を率いるんだ?」
「第二大隊を率いて出陣せよとのご命令ですが……」
新兵の敬礼に対して敬礼を返すこともなく、セルピエンテと呼ばれた青年は偉そうに言葉を続ける。それに対して新兵が述べた答えに、ふん、とセルピエンテは鼻を鳴らした。
「まぁどうせ俺の前に出たら邪魔になるだけだからな。そんなもんだろ。……上の連中に、了解したって伝えとけ」
「は、はいっ!」
新兵は大げさに頷くと、すぐさま走り出した。それを見送ってから、セルピエンテの隣にいた青年が彼に問いかける。
「相変わらず、お前は軍人らしくない」
「俺は戦ってやってるんだよ。お国のために、神将騎に乗ってやってるんだ。頼まれたからな。まぁ、俺が『最強』だってんだから仕方ねぇが」
不遜。聞いているほうが思わず眉をひそめたくなるような言葉を吐き、セルピエンテは陣内へと歩いていく。作戦開始まで、後一時間――自身の愛機の確認をしなければ。
「まあ、どうせ今回も俺の勝利で終わりだよ。後で酒でも飲もうぜ」
「とびっきりのをな」
「おうよ」
片手を挙げ、セルピエンテを見送る青年。セルピエンテが見えなくなるまで青年はそれを見送っていたが、ふと、彼はその背が見えなくなってから呟いた。
「英雄も奏者も、人格は関係ない。あんなのがスペイン最強の奏者だってんだから……世も末だ」
肩を竦め、そんなことを呟く。
照らしつける日差しが、この上なく鬱陶しかった。
◇ ◇ ◇
こちらを日光で焼こうとでもしているかのように照らしつけてくる太陽。ガリア連合総帥ダウゥ・アル・カマルは目を細め、それを睨み付けるようにして見上げた。
「鬱陶しい光よのぉ……我らがガリアは不毛の大地。雨など半年に数度がいいところ。全く、忌々しい」
忌々しげに呟くダウゥ。アフリカ大陸は世界最大の砂漠を抱えることもあり、不毛の大地として有名だ。オアシスと呼ばれる緑が多い茂る場所もないわけではないが……それも数は少ない。
故に、この地域に住む者が屈強な精神と肉体を手にしたのむしろ当然ともいえる。様々な部族があり、対立することも多いが、その根底に流れる考え方は一緒だ。
全ての艱難辛苦と幸福は神から与えられたものであり、目の前の試練を超えて神々の懐へと辿り着く――そんな宗教観があるからこそ、ここにいる彼らはEUというものを許せない。
自分たちを『奴隷』と呼んで人としての在り方を否定し、自然を壊す彼らを――許せない。
「総帥。全軍、出撃準備が整いました」
不意に、ダウゥにそんな言葉が投げかけられた。見れば、彼女の周囲には彼女が従える各部族の長たち――あるいは、その代理人が集結している。
今回、このガリア連合を動かす根回しをしたのはダウゥだ。彼女の部族は大陸の北部に小さな集落を持っていたが、前大戦の際にEU軍による焼き討ちを受け、生き残った者はそのほとんどが奴隷として連れて行かれた。
憤りを覚えたし、自身の不甲斐なさに一度は自死さえも考えた。彼女は女性でありながらも彼女の部族における戦士の役目を担っており、だからこそ余計に自身の無力が許せなかった。
……復讐、と言えばそれまでじゃが……。
復讐――それは不毛なことというのは神の教えだ。しかし自分は納得できないし、しようとも思わない。ここにいる者たちも、大半が似たような理由だ。
同胞の痛みは、自らの痛み。虐げられ続けてきた歴史に、終止符を打つために。
そのために……ここへ来たのだから。
ダウゥはその場の面々を見回し、自身の理由の確認をする。そうしてから一度息を吐くと、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「ふむ。正直、総帥などとはいっても小娘じゃ。お主らのような経験もなければ、飛び抜けた知恵があるわけでもない。腕には多少自信があるが……まあ、それだけじゃ。故に、お主らの力を借りたい」
掌を上に向け、ダウゥはゆっくりとそれを差し出す。握手を求めるように。
「我らは長く苦難の歴史を歩んできた。それさえも神の試練と受け入れてきた。じゃが、それでは駄目なのじゃ。我らが子らに……同胞たちに。これ以上、苦しみを味あわせる必要などない」
何故ならば、とダウゥは言った。
「神は再び、我らに刃を賜ってくださった。〝世界〟という名の、二振りの刃を。一度は折れた刃じゃが……しかし、再びその剣は蘇った。これを、我は神より賜りし天啓と考える」
高々と拳を突き上げ、ダウゥは言った。
「往こうぞ、同胞たちよ。我らが道は神に許されし覇道。邪魔する者は、悉く神の怒りに触れる物なり」
その場の全員が、自身の胸元に拳を当てる。一種の儀式のようなものだ。この地域特有の敬礼といったところだろうか。
「さあ――出陣じゃ」
そして、戦闘が始まる。
自分たちの部族の者たちへ指示を出しに行く長たち。その姿を見送りながら、ダウゥは近くにいた青年に声をかけた。
「のう、お主。あ奴は――ドクターはどこにおるか知らぬかの?」
「い、いえ。先日、用があると出て行かれて以来姿を見ておりませんが……」
「ふむ。仕様のない男じゃのぉ」
他部族の長たちを説得するに至った最大の理由――〝世界〟の名を持つ神将騎。その力は彼の《戦乙女》が操る現代最強の神将騎〈ブリュンヒルデ〉にさえも匹敵するという。あの男がそれを何処からか持ち出してきたからこそ、こうしてガリア連合は再びEUへと侵攻することができているのだが……。
まあ、あの男は利害が一致しているから行動を共にしているだけ。今はおらずとも、そのうち戻ってくるだろう。
ダウゥは青年に礼を言うと、陣の奥へと歩き出した。その途中で、確認するように呟く。
「さて……それでは、出陣の準備をするかの」
その視線の先にいるのは、漆黒の神将騎。
黒以外の存在を許さないような、光沢さえもない漆黒を纏う巨人が、その巨体を丸めるように座り込んでいた。
◇ ◇ ◇
『セルピエンテ少佐! ガリア連合が動き出しました!』
「……ちっ。こっちの都合はお構いなしかよ。つくづく空気の読めねぇ連中だな」
自身の愛機の中で聞いた報告に、セルピエンテは苛立ちを隠そうともせずに舌打ちを零した。その彼の耳に、更なる言葉が飛び込んでくる。
『聞こえるか少佐!? 予定変更だ! 諸君らは現時刻を以て出撃! 敵を蹴散らせ!』
「……了解」
呆れの色を隠そうともせず、セルピエンテは頷いた。蹴散らせ――具体的な策の指示も何もないその命令に、呆れを通り越して感心さえしてしまう。
市民が主権を持つようになり、『民主化』という道を歩んでいこうとしているスペインというセルピエンテの祖国は、しかし今まで誰もやらなかった統治方法を実施しようとしているが故に様々な問題を抱えている。
政治面ではその性質上、外交において後れを取ることが多く、また、貴族が主に取り仕切っていた分野の産業などは他国に押され始めている。
セルピエンテとしては、正直国がどうなろうとどうでもいい。スペインという国が最悪なくなろうと、自分の実力と〈フレイヤ〉があれば生きていけるという自信がある。
――《赤獅子》だろうと《バーサーカー》だろうと敵じゃねぇ。俺が最強だ。
前大戦を一兵卒として経験し、戦場で駆け上がってきた。その自負が、彼にその絶対的な自信を持たせている。
無論、その自信に裏打ちされた実力をセルピエンテは有している。スペイン最強の奏者とその神将騎――その評価は、決して伊達や酔狂で付けられたものではないのだ。
「システムチェック、オールグリーン。動作異常なし。センサー正常稼働。――〈フレイヤ〉、出るぞ!」
確認の言葉を吐き、セルピエンテは一気にその両足と腕を前へと踏み込んだ。彼の操縦席は通常の神将騎のものとは大きく違い、バイクのシートのような作りになっており、体を前へと倒した状態で操作する形になっている。無論、これには理由がある。
轟音が響き渡った。最後の動作確認として撃った、背中に背負った二門の大砲――それが、〈フレイヤ〉を格納していた格納庫の扉をぶち抜いたのだ。
「さあ……行くぜ、〈フレイヤ〉」
言うと同時、その前足が地面を蹴った。西欧スペイン連合国最強の奏者《火軍》――それが操る神将騎〈フレイヤ〉の姿は、人型ではなかった。
空想上の生物である龍のような頭部と四本の四肢を用いて一歩ずつ歩行する姿は、文字通りの獣。
基本的には人型のものばかりであり、実際〈フレイヤ〉以外には数機しか確認されていない四足歩行型の神将騎。
――しかし、目を引くのはその珍しさよりもその装甲だろう。
あまりの重さに走ることができず、一歩ずつ歩んでいくことしかできないほどの量の装甲。最早原型が見えないほどに重ねられた装甲と、その内部、表層部に取り付けられた無数の銃火器。背に背負った体躯よりも長い方針を持つ二門の大砲が、陽光に煌めき怪しく光。
「…………」
ズンッ、という轟音を立てながら、〈フレイヤ〉が一歩ずつ歩いていく。その速度は精々が時速二十キロといったところで、神将騎の速度としてはあまりにも遅い。
ガリア連合の部隊の姿が目に映る。当然だが、こちらよりも遥かに速い。
そして、ガリア連合の軍隊がこちらの射程範囲に入った頃、ようやく〈フレイヤ〉は陣内から出るに至った。そのまま、セルピエンテはふう、と息を吐く。
見据えるのは、敵の姿。こちらへと向かってくる――的たちだ。
「――行くぜぇ、〈フレイヤ〉!!」
吠えると同時、セルピエンテは両の腕が握った操縦桿を思い切り押し込んだ。それと同時、両手足から地面に向かって自信を縫い止めるための杭が放たれ、〈フレイヤ〉をその場に固定する。
ピピッ、という音が鳴った。見れば、こちらへ銃口を向けてきている神将騎の姿が目に映った。そいつらは射程範囲ギリギリの位置から、アサルトライフルの引き金を引く。〈フレイヤ〉はもう固定されており、それらを避けることはできない。
しかし――
「くだらねぇ」
セルピエンテは余裕の笑みを崩さない。
そんな彼が言葉を発したのと同時に、鈍い金属音が響き渡った。銃弾の着弾だ。
――しかし、〈フレイヤ〉に影響はない。
「軽いんだよ、弾がな」
かつて起こったシベリア戦役における局地戦で、一機の神将騎が『敵を轢き殺した』ことがある。超重量による走行で正面から敵の銃弾を弾き、その重量によって生まれるパワーで敵を吹き飛ばしたのだ。
無論、精々が時速二十キロしか出せない〈フレイヤ〉に敵を轢き殺すことなどできない。しかし、速さを犠牲にしてまで手に入れた圧倒的な装甲は、生半可な銃弾を通すことさえ許さない。
そして無論――速さを代償として手に入れたのは、その装甲だけではない。
「――せめて、こんぐらいはやってくれよ」
〈フレイヤ〉が背負った二門の砲門が光を宿す。その次の瞬間。
――――――――!!
音が、消えた。
圧倒的な威力の砲撃。杭を打ち込み、地面にその機体を固定しているというのに、その反動で〈フレイヤ〉が地面を削って後退する。
そして……その射線上にいた者たちはひとたまりもなかった。
閃光に遅れるようにして巻き起こる轟音。古代遺産、神将騎――その圧倒的なパワーだからこそ引っくり返ることがなく砲撃を放てるとして開発され、〈フレイヤ〉に実装された『駆動砲』。圧倒的な火薬を用いた純粋な砲撃により、ガリア連合軍の一角が吹き飛ぶ。
かつてドクター・マッドがシベリアで用いた『超駆動砲』とは思想が全く違う、火薬の純エネルギーを極限まで追求した兵器の威力は、文字通りの大量破壊殺戮兵器。人型の神将騎では反動に耐え切れず引っくり返ってしまうという、四足歩行であると同時に神将騎の中でも高出力――俗に『名持ち』とも呼ばれる〈フレイヤ〉だからこそ撃つことのできる砲撃だ。
ガキン、という音を立て、巨大な薬莢が〈フレイヤ〉の背から吐き出される。圧倒的な威力の代償は、連射が不可能という点だ。次の一発を撃つには相応の時間がかかり、また、砲身が連発に耐えられないために数を撃つこともできないという欠点も抱えている。
――だが、十分だ。
圧倒的な威力の砲撃というのは――それも、常識を跳ね飛ばすような威力の砲撃というのは、それだけで相手の踏み込みを鈍らせる。そして、そうして遅くなった相手の動きなど〈フレイヤ〉とセルピエンテにとってはただの的でしかない。
セルピエンテは更に、装甲の内側に隠されているミサイルポッドを全開放した。圧倒的な威力の砲撃によって多少は混乱しているガリア軍へ、無数の小型ミサイルが降り注ぐ。
轟音、そして衝撃。
たった一機の神将騎が、その圧倒的な火力で軍隊を蹂躙する。
――故に、現代最強の兵器。
神の名を持つ殺戮の道具――神将騎。
「……ちっ、流石に限界か」
セルピエンテは鳴り響く警報に舌打ちを零す。大威力の砲身から発せられる熱がこもり始め、このまま放置すれば蒸し焼きになってしまう。もう一発ぐらいは撃てると思ったが――そんなことを内心で呟きながら、セルピエンテは自身の指を走らせる。
ガキン、という何かしらの拘束が外れたような音が響き渡った。同時、装甲によって狭められていた視界が広くなる。
「ふん……やっぱり、こっちの方が楽でいい」
言って、セルピエンテは確認するように機体を動かした。龍の頭を持つ四足歩行の獣が、まるで咆哮するように天を見上げる。
「さぁ――やるぜぇ!!」
そして、獣が――駆けた。
圧倒的な速度を伴い、轟音と共に〈フレイヤ〉が駆け抜けていく。その体を覆っていた大質量の装甲、そのほとんどを脱ぎ捨てた獣が、野生の狩猟の如く大地を駆け抜ける。
そしてそれを追うように、スペイン軍の陣内から神将騎たちが出撃する。
――衝突。
文字通りの、力と力の激突が――始まった。
◇ ◇ ◇
目の前の戦況。それを眺めている自分の額に皺が寄って行くのを感じた。本当に……面倒だ。
西欧スペイン連合国最強の神将騎〈フレイヤ〉と、その奏者――《火軍》。大戦において勇名を馳せた英雄の一人が、その名に違わぬ力を発揮している。
「……いるところにはいるものよのぉ、怪物というのは」
その光景を眺めながら、ダウゥはため息を交えてそんなことを呟いた。口調は平静だが、その額に刻まれた皺がその本心を如実に示している。《火軍》――彼の英雄の戦い方は、その名の通り圧倒的な火力を背景にしたものだ。
自身の機動性さえも犠牲にし、最早戦艦と遜色ないほどの火力を積んだ神将騎。文字通り戦略級の破壊力を有した神将騎だ。
そしてその〈フレイヤ〉はその装甲を脱ぎ捨て、自らが生み出した火の海の中を走り回っている。装甲を脱ぎ捨てたその姿はまさしく獣。その爪で、竜の牙で、こちらの神将騎や戦車を次々と食い破ってくる。その力は、やはり圧倒的だ。
「正直、こんな序盤の局面から《火軍》が出てくるとは思っておらんからったからの……準備不足じゃ。まあ、手はあるが……」
言って、ダウゥは背後を振り返った。そこに鎮座するのは、漆黒の神将騎。
光を反射することさえしない程に暗い、昏い闇を纏う巨人が在る。
「――正直、お主をこんなに早くに出すのは避けたかったのじゃがのぉ。お主の存在が表に出れば、奴らも動くじゃろうし……。しかし、まあ」
仕方がないのぉ、とどこか楽しげに呟き。
ダウゥが、その歩を神将騎へと向ける。
「再び世界を、喰らいに参るとしようかのぅ?」
そして、ダウゥは口にする。
かつての大戦、その裏側で起こった世界の存亡さえも懸けた戦いの果てに夢破れ……潰えて行ったその力の名を。
絶望と共に語られた、『最強』の名を――
「――〝ワールド・エンド〟よ」
◇ ◇ ◇
閃光、そして轟音。視界を光が染め、音が鼓膜を大きく揺さぶる。
セルピエンテは、もう何機目かもわからない戦車を〈フレイヤ〉の爪で引き裂いたところで、不意にその動きを止めた。
――違和感。
自分の中にある『何か』が、警鐘を鳴らしている。
「……あァ?」
眉をひそめると同時にセルピエンテは視線を走らせ、状況を確認しにかかる。そこで、それに気付いた。
自分が率いている部隊――そこから常に発せられていた通信が、いつの間にか随分と減っている。それだけではなくレーダーに映る光点も減っており、それはこちらが攻撃を受けているということを暗に示していた。
……レーダーは誤認も多い。敵と味方がごっちゃになることも珍しくねぇ。だが……。
思い、周囲を見渡す。
――その、時だった。
空より現れたのは、一機の神将騎。
黄昏よりも更に深く、より昏く。
一筋の光さえも許さない、漆黒の闇を纏うその出立ち。
ザワリと、全身に悪寒が走る。セルピエンテの戦士としての本能が、全力で警鐘を鳴らした。
目の前の神将騎。正体不明――否、この状況では敵以外にありえない。自分が知らない形の神将騎である以上、ガリア連合の隠し玉といったところか。
冷静な思考がフル回転を始める。それに対し、本能が導き出した答えは酷く単純。
コイツは――ヤバい。
「…………」
距離を置き、睨み合うようにして立つ二機の神将騎。その沈黙を打ち破るように、コツン、という鈍い音が響いた。
――雨。
先程の雲一つない晴天が嘘のように、一気に空が灰色の雲によって覆われていく。
それは――まるで。
これから起こることを、天が少しでも多くの人間の目から覆い隠そうとしているかのようであった。
「――――」
そして、その沈黙に終わりが訪れる。
最初に動いたのは――セルピエンテと〈フレイヤ〉だった。
「――――ッ!!」
咆哮と共に、必殺の意志を込めた爪による一撃を叩き込む。しかし、通常の神将騎が相手ならば簡単に機体の一部を抉り取り、あるいは粉砕せしめる一撃は、目にも止まらぬ速さで相手が抜いた長槍の柄によって難なく受け止められてしまった。
衝突による甲高い金属音を響かせながら、二機の神将騎が再び距離を取る。漆黒の神将騎……あまりにも不気味な敵を前に、セルピエンテは無意識のうちにゴクリと唾を呑み込んだ。
――その直後。
――――――――!!
轟音を響かせる踏み込みと共に放たれた槍による刺突に、セルピエンテは全く反応できなかった。その槍は真っ直ぐに彼が乗る〈フレイヤ〉を刺し貫き、その機体を貫通する。
「あ……?」
……不思議と、衝撃は緩やかだった。
無くなった自身の体を見つめ、呻くようにセルピエンテは声を上げた。しかし、彼がそれに対して何かを言う前に。
――轟音。
EUが一角、西欧スペイン連合国最強を誇るはずの神将騎が――白い閃光と共に爆散した。
ふと、消え逝く視界の中でセルピエンテは思い出す。
大戦において、まことしやかに語られた噂話。曰く、ガリアには〝世界〟の名を持つ最強の神将騎が存在する。
冗談の類だろうと思っていた。かの《戦乙女》や、大戦時に最も勇名を馳せたかの《剣聖》――大日本帝国最強の奏者、藤堂玄十郎の駆る神将騎さえも上回る力を持つ神将騎をガリアが持っているはずがないと。
だが、今。
目の前にある漆黒の神将騎は、もしや――
意識が消える。薄れていく。
――その中で。
彼は、噂に上がっていたその名を思い出した。
曰く、世界を断ち切る破壊の刃。
名を――〈ワールド・エンド〉。
◇ ◇ ◇
西欧スペイン連合国とガリア連合。その二陣営が衝突を始めたのとほとんど同刻に、一人の男がその場所を訪れていた。
聖教イタリア宗主国北部。他国との国境を形成する山々が存在する、緑溢れる地域だ。この周辺に住む者はそのほとんどが牧畜や農業に従事しており、それ故か非常にのんびりした空気を纏っている。
「――久し振りだねぇ」
吹き抜ける風に白衣を煽られ、咥えた煙草の紫煙を風にたなびかせながら、その男はそんなことを呟いた。その視線の先には、車椅子に乗った一人の少女がいる。
「どうやら、イタリアの上層部はキミたちのことを相当丁寧に扱っているようだ。この私が見つけ出すのに相当な時間をかけてしまったよ」
「…………」
男――本名を隠し、自らの名をドクター・マッドと称する男が、くっく、と笑みを零す。
「それにしても……たかが半年程度見なかっただけで、随分と大人しくなってしまったようだねぇ。それほどまでに、彼の死はキミにとって衝撃的だったのかな?」
「……ドクター」
二人の対話が始まってから、初めてその少女が口を開いた。車椅子を回転させ、ドクターの方へと向き直る。
「あんまり調子に乗らんでくれませんか? ウチはあんたのことが嫌いなんや」
「くっく、知っているとも。まあ、仕方ないことだが」
「……大体」
ふう、と少女がため息を吐いた。その視線は、自身の足――今は毛布で覆われている両足に向けられている。
「今更、ウチみたいなんに何の用ですか? 仮面も外しとるようですし」
「仮面はまあ、もう必要がなくなったからねぇ。……確かに、今のキミは戦うことのできない身。しかし、本当にそれで良いのかね?」
「良いも何も、選択肢なんてあらへんやろ?」
話は終わり――そんな言葉でも言いたげにドクターへ背を向ける少女。その少女に対し、ドクターは笑みと共にこんな言葉を投げかけた。
「もしもだよ。もしも……彼が生きているとしたらどうするかね?」
「…………何やて?」
立ち去ろうとしていた車椅子を止め、振り返らぬまま少女が問いかける。ドクターは変わらぬ笑みを――いや、より一層醜悪な笑みを口元へと刻みながら言葉を続けた。
「可能性の話だ。もしも、という奴だよ。仮定の話と言い換えてもいいだろう。――さて、どうかね?」
「……ふん。気に入らへん。気に入らへんけど、まあええわ。ドクター、あんたの悪巧みに付き合ったる」
振り返り、鋭い視線でドクターを射抜きながら、その少女――リィラ・夢路・ソレイユは言い放つ。
「せやけど、わかっとるやろうな? 下手なことしたらその首、胴体から切り離したる」
「肝に銘じておこう」
笑みと共に、ドクターは頷く。その姿を見て、リィラはため息を一つ零した。そのまま、彼女は近くにいた少女を呼び寄せ、声をかける。
「あ、ベル~。ちょっとええかな?」
「……? うん、どうしたの?」
ウサギの人形を抱えた小さな女の子が、リィラの呼びかけに応じて走り寄ってくる。リィラはその頭を優しく撫でながら、ごめんな、と苦笑を零す。
「ウチ、ちょっとここを空けなアカンようになってしもたんよ。みんなにそう伝えてくれへんかな?」
「えっ……? お姉ちゃん、どこか行っちゃうの?」
少女の――ベルの目が潤む。リィラは、そんなベルを優しく撫でながら、うん、と頷いた。
「大丈夫。すぐ帰ってくるから。……じゃあ、頼んだで?」
言い置き、リィラはベルに部屋へ戻るように言い含めると、ドクターを見た。その表情はベルに向けられていた優しいものではなく、硬質的な……殺気さえ孕んだ表情をしている。
「隠居して生活しようとしとった矢先に……迷惑くらい考えて欲しいもんやなぁ」
「くっく……冗談も過ぎると滑稽だねぇ。キミの殺気は些かの衰えさえも見せていない。こんな場所に居ながら、それでもなお飢えた獣のように研ぎ澄まされた殺気……それほどまでに、世界が憎いのかね?」
「当たり前やろ」
リィラは、即答する。
「ウチは……ウチらは、こんなくだらない世界のせいで殺されたんやから」
そう口にした、リィラの瞳は。
どうしようもないほどに、空虚だった――
◇ ◇ ◇
西欧スペイン連合国最強の奏者と神将騎の敗北。その事実は、スペイン軍に多大な衝撃を与えた。
警報のような、甲高い音が戦場に響き渡る。スペイン軍の撤退命令だ。ガリア連合が持つ二柱の切り札――その一角である〈ワールド・エンド〉の中で、ダウゥは静かに息を吐いた。かつて世界を喰らわんとした終焉の力。その力は、やはり容易に扱い切れるものではない。
「……無理矢理に適合させた正当な使い手ではない以上、仕方ないのかもしれんがの」
神将騎とは、誰もが操れる兵器というわけではない。確率にして一万人に一人。また、どういう原理か強力な神将騎となればなるほど、奏者の数が限られてくる。
ダウゥは〈ワールド・エンド〉が受け入れた奏者ではない。つまり、本来ならば彼女は〈ワールド・エンド〉を駆るに値する力を持つ奏者ではないのだ。しかし、それはあの男――ドクター・マッドが何らかの方策を用いてどうにかしてしまった。
代償……あの男はそう言ったが、ダウゥにしてみればそんなものは些細なこと。自身の命しか残っていない自分に、今更失うことを恐れるような神経はない。
再び、周囲を見渡す。どうやらスペイン軍は第二防衛ラインまで撤退することを決めたようで、それこそ文字通りの勢いで撤退を開始している。
「さて、セオリーならばここで再編成、そのまま追撃というのが定石じゃが」
この戦闘の勝敗は決した。〈フレイヤ〉の一方的な敗北は、スペイン軍に撤退を決めさせる程に衝撃的なものだっただろう。だが、自分が〈フレイヤ〉を破壊する前に〈フレイヤ〉によって削られた戦力は相当数に上る。そういう意味では、痛み分けに近い状況なのだ。
故に、ダウゥは総帥として一度全軍に撤退の指示を出すべきだったのだが――
……怨敵が、こちらに背を向けて逃げ惑うという現状。我慢できるわけがないのもまた道理よの。
ガリアの民たちは、ずっと迫害に苦しめられてきた。奴隷と呼ばれ、差別され、見下され……ずっと、空を見上げることさえできなかった。そうして、何百年と生きてきた。
希望の光を灯してくれたのは、時の合衆国アメリカ大統領だ。彼が発した『奴隷解放宣言』……それにより、自国が南北に分かれた戦争になることも理解した上で――それでも、『彼』はそれをしてくれた。
その際、ガリアの民たちは全面的にその大統領を支持し、自ら戦場へと馳せ参じた者も大勢いるという。時の大統領、エイブラハム・リンカーンとその下で戦ったご先祖様たちは、ガリア連合の者たちにとって決して恩を忘れてはならない英雄だ。
しかし――変わると思った景色は、少しも変わらなかった。
迫害も差別も消えず、それどころか……奴隷という制度さえ、より暗く、より深い闇の中で行われ続けた。
憎悪がある。怨嗟がある。叩き付けたい――憤怒がある。
――ならば。
ここで止まれと……我慢しろなどと、一体誰が言えるという?
我々は――永き歴史の中を、ずっと耐えていたというのに!
「全軍に告ぐ」
荒れた大地。降りしきる雨。状況は決して良くはない。
「今日この日が――この瞬間が、我らにとっての変革の時だ」
しかし、それでも。
貫かねばならない、ことがある。
「殲滅戦だ。――全軍、突撃ッ!!」
鬨の声が上がり、突き出すようにして掲げた長槍に応じるように、〈ワールド・エンド〉の後ろから無数の歩兵、戦車、神将騎が戦場を駆けていく。
血と硝煙の臭いが充満し、雨がそれらの匂いを更に振り撒く。戦場……そう、世界で最も醜悪な現実が、そこには広がっていた。
「さて……参るか」
ヒュンヒュンという風切り音を響かせながら長槍を回転させ、ダウゥは〈ワールド・エンド〉を動かすための操縦桿に力を込める。
そうして、踏み出そうとした瞬間。
―――――――。
音が、止んだ。
飢えた獣の如く、前進しようとしていたガリア連合の兵たち。その全てが、足を止めている。
『あれは……』
誰かの呟きが、通信に乗ってダウゥの耳に届いた。その声色には、驚愕の色が色濃く映し出されている。
――現れたのは、一機の神将騎。
音もなく、衝撃もなく。まるで初めからそこにいたかのように静かに、静謐に。
しかし、誰もが思わず見惚れてしまうほどの絶対的な存在感をその身に纏い、佇んでいる。
「……まさか」
朱と、白。その二色を中心に、東洋の――それも極東の島国特有の『袴』という衣装によく似た形状を持つ、背に円環を背負った姿。
ドクター・マッド。かつて『彼』と共に極東と戦ったあの男より聞き及ぶ、最強の敵。
名を――
「神将騎――〈大神・天照〉!」
何故ここに、どうして、という言葉が浮かぶがそれはすぐに消え去った。目の前の相手は、そんなことを気にしながら戦える相手ではない。
何故なら。
今目の前にいるのは、かつての大戦で〝世界〟を砕いた最強の刃。
《武神》――藤堂暁なのだから。
『問答は不要だ。……見極めさせてもらう』
言うと同時、〈大神・天照〉が剣を抜いた。ある種儀礼的にも見える、両刃の剣だ。
ダウゥも槍を構え直し、相対する。
――雨が、強くなった気がした。
というわけで、第三話。急転直下です。
色々とやらかしてくれる『あの国』が、今度も横槍を入れに来ました。主人公たちが預かり知らぬところでも、人は死に、戦いは起こります。
そんなこんなでいきなりの大展開。こんな風で大丈夫か?……たぶん大丈夫ですきっと。
次回は間章、極東のお話が挟まれます。
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