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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
シベリア動乱編―約束―
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間章 道程の果てに


 一人の少年がいた。

 少年は、父親が違う国の人間だった。黒い髪と黒い瞳。父が生まれたという国は、極東の島国。

 少年の母親は、極北の人間だった。生まれ、育った国で父に出会い、少年を生んだという。


 少年の容姿は、父の血の影響もあって特異なものだった。少年が生きる国にいて黒髪というのは珍しく、少年はよくそれらをからかわれた。

 少年は、人との付き合いが苦手だった。愛情という感情を向けてくれるのが、両親だけだったからだ。

 人は、自分に向けられたことのある感情しか表現することはできない。少年に向けられる感情は、奇異と敬遠だけだった。故にこそ、少年には人への近付き方というのものがわからなかった。


 しかし――少年は歪まなかった。


 両親の愛情がそうさせたのだろう。真っ直ぐに、純粋に、少年は育っていった。

 正義を信じ、条理を信じ、道理を信じていった。


 だが――それを、打ち壊す者がいた。

 戦争が、彼の父を奪い、母を奪った。

 

 道理に合わない。

 条理に合わない。

 だというのに、世界はそれを内包する。


 軋んでいく心。何もかもが崩れていく世界の中で。

 その心を満たす出来事が、生まれた。


 少年は――一人の少女と出会った。

 少女は、少年にとって対等と呼べる存在になった。

 故に彼は、踏み止まった。




 一人の少女がいた。

 少女は、この国しか知らず、両親さえも知らない身だった。

 親がいない、ということを理解してしまったのは、五歳の時。


 それ以来、少女は現実という壁にその人生を幾度となく阻まれることになる。

 両親の有無。そして、愛情というものを感じることが極端に少なかったが故の、人に対する根本的な恐怖。それがどうしても拭えず、いつも少女は一人きりだった。


 一人で生きていこうと、少女は決めた。それでいいと。そうやって、生きていけると。

 以来、少女は俯くようになった。俯き、なるべく他人と関わらないように――いや、深く関わらないことで、嫌われないようにしようとしたのだ。

 そのうち、少女は周囲に壁を作りながらも、一定の評価を得られるようになった。

 人付き合いは苦手で、俯いてばかりだが、仕事は真面目。そういう評価を得ていった。


 しかし――少女の現実は、そこで壊れる。


 戦争が始まり、まともな仕事さえもできなくなってしまった。苦しくなっていく生活。その中で、少女は戦争の末期に一つの現実を突きつけられる。


 ――強制徴兵。


 親もおらず、保証人の一人もいない少女に、国に逆らう術などなかった。放り込まれたのは、泥沼の防衛戦。銃の扱い方も知らず、人と話す術さえも知らなかった少女は、そこで更に俯くようになった。

 涙を堪え。

 震える体を押さえつけ。

 たった一人で――耐えていた。

 

 だが、そんな少女は、まだ、見捨てられてはいなかった。

 その場所で、世界で最も醜悪だという場所で、少女は出会ったのだ。


 少女は、一人の少年に出会った。

 少年は、少女にとって唯一無二の存在となった。

 故に少女は――笑うことができた。




 二人は今、ここで再会した。

 しかし。

 その再会が偶然であるはずがないと、何故、二人は気付けなかったのか。


 敗戦国で、敗戦者同士が占領下の都市で偶然に出会うことなど、あるはずがないというのに。



 思えば――この時からすでに、始まっていたのだろう。

 終わりの、始まりが。

捕捉のような、そんな感じですね?


この物語は群青劇ですが、中心にいるのはやはりこの二人です。

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