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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
シベリア動乱編―約束―
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第二十八話 絶対という存在


 自身の神将騎の目の前で、藤堂暁は外の様子をモニター越しに見ていた。〈ブラッディペイン〉は退き、統治軍側は大人しくしているのに対し、解放軍側は神道木枯の駆る〈村正〉と〈毘沙門天〉が相対している。

 その〈毘沙門天〉の側には、幼き頃に帝と並んで自身の道行きに大きな意味を与えた人物が佇んでいる。

 神将騎が二機、正面から激突するのだ。その余波を受ければ、如何にあの人でも無事では済まないだろう。

 しかし、あの人は立っている。微笑んでいるように見えるのは、錯覚ではないのだろう。


「アキちゃん、気になりますか?」


 声をかけられ、暁は背後を振り返った。見れば、帝がこちらを見ている。


「木枯は、やっぱり天音に生きていて欲しいんですね」

「木枯さんは、先生の親友だ。……できれば、殺したくなんてないだろう」


 周囲に人影はあるが、近くに人はいない。故に、暁は敬語を使わず言葉を紡ぐ。


「木枯は、少し真面目過ぎますからねー。武人としての自分と、友としての自分。その板挟みになってるんだと思いますよ?」

「成程。俺には友という感覚がわからないから何とも言えないが……いいものなんだろうな」

「極論を言えば、友とはギブ・アンド・テイク。それも精神的なものですからねー。大切なものなのです」

「俺とみなものような関係か?」

「それは天音と木枯というより、トラちゃんと木枯の関係だと思いますけど?」

「難しいな」

「人とは斯くも難しいのです。だから、どうしても……見ていられなくなる」


 目を細め、帝は言った。暁が吐息を零す。


「……万一、〈セント・エルモ〉が動いた時は俺が出ようと思ったが、その必要もないようだな」

「大人しいものです。向こうの指揮官が誰かは知りませんが、正しい判断でしょうね」

「俺たちに戦いを挑んだところで、見えているのは滅びの結末だけだ。……まあ、〈村正〉と〈毘沙門天〉は別の話だが」

「天音が見出した後継者は、木枯に勝てますかねー?」


 疑問の声。だが、その口調から本気で疑問に思っていないことは容易に理解できる。

 ――神道木枯。

 大日本帝国の武人、侍。その頂点に立つ存在に許されるのが、《剣聖》という称号だ。

 暁が数十年振りに襲名した《武神》は、文字通りの『武術の神』。あらゆる武器を修め、いつ如何なる状況であろうと一騎当千の力を有して敵を屠る者が名乗る称号だ。

 そういう意味で、確かに大日本帝国における『最強』は藤堂暁である。《史上最高の天才》――そう謳われる才能とそれを裏付ける修練は、決して嘘ではない。

 それに対し、木枯の襲名した《剣聖》は確かに『最強』の称号ではあるが、一つの限定が付く。

 ――〝最強の侍〟。

 刀を用いる殺し合いであれば、《武神》さえも上回るという定義の下に名乗る名だ。

 そして――現在。

 その《剣聖》は、刀を持って敵と相対している。


「斬り合いにおいて、あの人に敵う人間は存在しない。十五分か。本気のあの人の斬撃をそれだけ耐えることができるのなら、《七神将》の末席を襲名できる」

「逆にその程度ができないようであれば、《七神将》としての資格は無し、と。その時は、天音を殺すしかありませんけど」

「本来のあの人なら、それぐらい耐えてみせるだろうがな。今の〈毘沙門天〉に乗る奏者がどうなのかは、正直わからない」

「私個人としては、頑張って欲しいところです」


 ふふっ、と笑みを零しながら帝が言う。暁は首を傾げた。


「何故?」

「天音の後継者であるのなら、こちらへ引き込むことも可能といえば可能でしょう。天音が戻ってくる時に面白い子が入ってくれれば、これ以上のことはありませんから」

「成程。……先生は戻ってくると思うか?」

「戻ってきますよ、結局は。『あの子』がこちらにいる以上……戻って来ないことはありえません」

「…………」


 暁は押し黙る。彼自身、そこまで恵まれた人生を送ってきたわけではない。御三家が筆頭、藤堂家……その嫡男として生まれたとされる暁の立場は、むしろその真逆。疎まれ続けた人生だった。

 その出自そのものが不義のものであったため、暁の味方などいなかった。彼の両親は彼が生まれると共に藤堂家を出奔。その際、暁の祖父である藤堂玄十郎に討たれたという。

 ――味方などいなかった。

 周囲から向けられるのは悪意だけ。その中で必死になって生き残る術を覚えた。今でこそ《七神将》の筆頭に立ち、《武神》を襲名した彼は《史上最高の天才》などと謳われるが、表舞台に立つ前は毎日が地獄だった。

 笑顔を――忘れるほどに。

 だから、出木天音は藤堂暁へと近付いてきたのだろうと、今では思う。


『少年、名は?……良い名です。夜明けの名。あなたはの両親は、あなたに人々を照らせと願ったのでしょうね』


 初めて出会った時の天音は、《七神将》の第三、第四位を襲名したばかりだった。どれほどの傑物かと思い、睨みを返したが……その後、知ることになった。

 地獄だと思っていた境遇が、天国だと思えるほどの人生を越えて……その人は笑っていた。


『暁。私は……木より出ずる者。天より堕ちた音。本来ならば、死んでいるのがお似合いだったのですよ』


 だけど、無理だったとそう告げて。

 出木天音は――泣きそうな顔で、微笑んでいた。


『暁。成し遂げたいことがあるのであれば、後悔せぬことです。不思議なものでしてね。私は全て自分で選んだというのに、後悔しかしていません』


 その後、天音は多くのことを暁に教えてくれた。武術については祖父や木枯から学んでいたため、それ以外の人としての在り方や政治、経済など……今の暁を支える多くを教えてもらった。

 そして、その過程で知ることになった。

 出木天音の――何よりも大切なものを。


「正直、未だに気は進まない」

「アキちゃんは甘いですねー。そんなんじゃ、何も守れませんよ?」

「わかっているさ。……約束のために、あらゆる全てを踏み躙ってでも前に進むとそう決めた」


 視線をモニターに向ける。そこでは、戦闘が始まっていた。

 十五分後には、何かしらの結末が見えている。

 暁は、黙してモニターを見つめた。



◇ ◇ ◇



 目の前の神将騎は、とにかく異様だった。

 装甲らしい装甲はなく、純粋な人型に似た形をしている。腰にあるのは二本の刀のみ。両肩に染め抜かれた桔梗の紋は、家紋か何かか。

 十五分、と相手は言った。

 そして――《剣聖》とも。

 前大戦で覇を突き進んだ大日本帝国。その中核を成した《七神将》の頂点――藤堂玄十郎。その者が、確かその名を名乗っていたはずだ。

 襲名なのか、今は別の人間が名乗っているようだが……いずれにせよ。


 ――先手、必勝!!


 前に出なければ――勝ち目はない!!



 ――――――――!!



 凄まじい轟音が響き渡った。〈毘沙門天〉のブースターが火を噴き、一瞬で〈村正〉との距離を詰める。〝海割〟を抜いて構えるのは――刺突。

 対し、〈村正〉は動かない。姿勢を低く、左腕を刀の鞘へ。右腕を刀の柄へとかけるだけ。

 天音によると、〈毘沙門天〉の爆発力はあらゆる神将騎の中でも最強を誇っても良いレベルらしい。当然だ。背に負った四機のブースターから放たれる出力は、決して侮れるものではない。


 ――突き破る!!


 相手は《七神将》。それも、前大戦で名を馳せたあの神道木枯だ。普通に考えれば、一対一で抗える相手ではない。

 だが――それがどうした?

 勝てないからといって諦めていては、何も変わらない。戦闘とは勝率ではない。万に一つだろうが億に一つだろうが、その勝機を衝く者こそが勝者。

 そして、護・アストラーデにできることは一つしかない。

 前へ――進むこと!!

 直撃――左肩を吹き飛ばした。そう、思った瞬間。


『一つ』


 声が聞こえた。同時に。


「は……?」


 見えたのは――閃光の、煌めき。

 中空に走る、銀色の光。


「かっ!?」


 その直後だった。〈毘沙門天〉に衝撃が走り、鋭い痛みが体を抜けた。感覚で状態を確認する。

 ――脚を、弾き上げられていた。

 機体が浮き上がる。眼前、〈村正〉の頭部に光る二つの紫の光がこちらを捉えた。


『二つ』


 叩き付けるような一閃が、偶然右手に持っていた〝海割〟へと直撃した。何とか手放すことは避けたが、衝撃を殺し切れずに吹き飛ばされる。

 轟音を響かせ、背中から川の中へと落下した。水飛沫が上がる。

 視界が揺れる。それでも前へと視線を送ると。


『三つ』


 悠然と歩くように――しかし、一瞬でこちらへと距離を詰めた〈村正〉が、再び銀閃を放った。

 刀の柄へとその手が触れた瞬間、護は〈毘沙門天〉を横へと転がしていたのだが……本当にギリギリで、それを避けることに成功する。


 川が――避けた。


 モーゼの海割り……ふと、護はそんなことを思い出した。目の前で起こっていることは、それぐらいに有り得ないことだった。

 放たれたのは、おそらく居合の一撃だ。構えからして間違いないだろう。

 だというのに――これは何だ?

 割れた川の向こう――〈村正〉は、すでに刀を鞘へと収めている。

 どんな、速さだ。


『四つ』


 再び放たれた一撃を、避けることはできなかった。弾かれたように右肩の装甲が弾け飛ぶ。だが同時に、妙だとも思った。

 ――斬られていない。

 おそらく、峰打ちなのだろう。そうでなければ、今の一撃で右肩を切断されていたはずだ。

 しかし。


『五つ』


 考える暇は与えられていない。眼前に迫った〈村正〉の横薙ぎの一閃を、強引にブースターを吹かすことで避け切る。今のは追えた。見えた。

 中空から、〈村正〉へと視線を送る。


 ゾクリ、と。


 背筋に、悪寒が走った。

 マズい、と思う間もなく、〈村正〉が距離を詰めてきた。飛び上がった〈村正〉が、二刀の刀へ手を伸ばす。


 時が――ゆるやかに流れる。

 凝縮された時間。その中で、護は確かに聞いた。


『神道家当主、神道木枯――参る』


 ――煌めくは、斬撃の閃光。

 数は、二つ。

 十字の軌跡を描くその絶技が、一切の容赦もなく〈毘沙門天〉へと叩き込まれる。


 駆け抜けた衝撃が、護を打ち付け。

 軍神の装甲が――弾け飛んだ。


 轟音を響かせ、〈毘沙門天〉が落下する。その光景を見た者たちは、誰一人として言葉を紡げなかった。

《氷狼》――護・アストラーデ。シベリアの希望であり、解放軍の英雄。

 彼は決して弱くはない。むしろ、普通の奏者に比べれば格段に強い。

 だが――通じない。

 攻撃が通らない、という次元ではない。そもそも攻撃をすることさえも許されていないのだ。


『どうした? 今のは様子見だ。ここから先は、峰打ちも止めて貴様を斬るぞ』


 聞こえてくるのは、《剣聖》の声。

 神速の居合を放つ、絶対の侍。


「…………ッ!!」


 護は、揺れる意識を起こして前を見る。十五分――それを耐えろと奴は言った。そして、今。


 ――今のやり取りで、四十秒……!?


 今のやり合いで、一時間ぐらいには感じた。

 一秒が、永久くらいに長い。

 どれだけ――怪物だ?


『どうした? 来ないのか?』


 応じぬこちらを見て、どう思ったのか。

《剣聖》と呼ばれる女性が、威圧感のある声で言い放った。


『来ないのであれば――私の方から行く!!』


 閃光が煌めく。ブースターを吹かし、距離を取るが――このままでは、追い詰められる。


 ――どうする!?


 迷いは、一瞬。

 しかし――その一瞬が、致命の隙となる。


『一つ、二つ』


 閃光が、二つ。

 追いきれない――否、そうではない。それを視界で追ってしまうために意識が集中して、結果、体が反応しないのだ。

 神将騎とは思えぬほど流麗で、尚且つ無駄のない動き。心得がある者ならば見惚れてしまうほどの一撃。

 その一撃が――〝海割〟を一本、断ち切った。

 研ぎ澄まされた刃さえ、断ち切る斬撃。防御は、無意味だ。


 トンッ、と。

〈村正〉の左掌が、〈毘沙門天〉の腹部に触れた。

 瞬間。


「――――ッ、ぐ、がっ……!?」


 全身を――衝撃が駆け抜けた。以前、〈アロンダイト〉から受けたものと同質の一撃。しかし、威力は段違いだ。

〈毘沙門天〉が再び倒れる。それを見下ろしながら、静かに木枯は言い放つ。


『寸勁、鎧通し……呼び名が多くあるようだが、神道流においてこの技は『貫手』と呼ばれる。この技を奥義とする流派もある中、神道流は『修める上での最低条件』と位置付けている』

「…………ッ!?」


 体の調子を確かめながら、護は木枯の言葉を聞く。

 寸勁――そういう技があることを、護も聞いたことがある。人体というのは筋肉と骨に守られているのだが、それを通して内部、つまりは内臓に打撃を叩き込む技術である。

 だが、口で言うほど容易いものでもない。武術の流派によっては奥義とすることもあるというそれを、最低条件だと?


『神道家は、御三家において常に最前線に立ってきた一族だ。求められたのは絶対的な武。主君がために、己が信じる大義がために。ただそのためだけに刃を振るうのが、我が神道家だ』


 起き上がる〈毘沙門天〉。対し、〈村正〉が再び刀の柄へと手を伸ばす。


『全力を出せ。その力の底を見せてみろ。――それとも、それが限界か?』


 一つ、と声が聞こえた。

 咄嗟に、鞘に収められたままの〝海割〟を前に出した。

 ――凄まじい轟音。

 鞘に亀裂が走り、〝海割〟が姿を現す。


『ここが限界だというのなら、それでもいい。ここで――朽ち果てて逝け』


 一つ、二つと声が響く。

 繰り出される斬撃に――追い詰められていく。


 言葉に応じる余裕は、なかった。



◇ ◇ ◇



 小型端末のモニター――大日本帝国の進んだ技術が可能としたもの――の荒い映像で〈村正〉と〈毘沙門天〉の戦闘を見ながら、男――神道虎徹が口笛を吹いた。


「木枯、絶好調だな」

「そうなんスか?」


 応じる声は、自身の僚機である〈神威〉から降りてきた青年、本郷正好だ。その風貌から恐れられることも多い彼は、虎徹の見ている端末へと視線を向ける。虎徹は、おう、と頷いた。


「本気からは程遠いがな。まあ、向こうの奏者がそれなりのヤツだったら本気を出すだろうよ。そうだな……場合によっちゃ、『奥義』が出るんじゃねぇか?」

「……マジ?」

「あれは頭が堅ぇからな……代理とはいえ、天音を騙ってんだ。手ェ抜くのは失礼だとか思ってるんだろうよ」


 言いながら、それにしても、と虎徹は言葉を紡いだ。


「何度聞いても、神道流の流派は寒気がする流派だねぇ、おい。寸勁が入門の最低条件なんて流派、聞いたことがねぇ」

「確か、今の門下生はギリギリで二桁でしたか?」

「この間詩音が末席に加わったから、十一人だな。木枯に俺、暁に彼恋。カタギじゃねぇ馬鹿に――」

「おい」

「玄十郎さん、隼騎に影、氷雨の嬢ちゃんに――」

「てか、あの子いつの間に入門したんだ?」

「おん? そりゃあ、あれだ。例の殺人鬼を探しに出る直前だよ。自分の身ぐらい守れるようにしとかねぇと、危なっかしくて連れてけねぇよ」


 肩を竦める。虎徹。そうしてから、彼はどこか遠い目で言葉を紡いだ。


「……大体、詩音が誰の子だと思ってやがるんだよ、オメェは」

「……そうッスね」

「才能の申し子だよ。ある意味では、暁と同じだ」


 僅か十六で《武神》を襲名した怪物――藤堂暁。

 虎徹の娘である詩音は、ある意味において彼と似ている。暁のような人生を歩ませるつもりはないが――そうであっても、だ。


「……まあ、何にせよ木枯が負けることはねぇな」

「それは同感ッスねぇ」

「神道流……奥州の厳しい環境を生き残るために武人たちが編み出した流派だ。四百年前、奥州以外の地域を全て手中に収めた藤堂家が御三家に組み込まざるを得なかったほどの一族。武において並ぶ者なき戦闘民族だ。その辺の小僧に負ける道理はねぇよ」

「とりあえず、今はこの後についてどうするかッスよね?」

「天音を殺すんなら話は早いんだがな。そうならなかった時は、帝が何を言い出すかねぇ……」


 正直、何となく読めてはいるのだが――そこは蓋を開けてみなければわからない。何せ、あの帝だ。いつもいつも突拍子のないことを言い出してはこちらを困らせてくる。


「とりあえず、十五分後にゃあ答えが出る。オメェも準備しとけ……って、彼恋の嬢ちゃんはどうした?」


 周囲を見回し、その姿を探す。あの引っ込み思案の少女はどこに行ったのか。

 正好はああ、と頷くととある一方向を指さした。


「〈風林火山〉の上に。〈万年桜〉から直接、戦闘を見てるみたいッスね」

「……そういや、嬢ちゃんはあの馬鹿に懐いてたな」

「色んな意味で、この戦いは気が進まねぇッスからね」


 正好が肩を竦める。その上で、さて、と正好は言葉を紡いだ。


「どう転ぶッスかね」

「さてな。まあ、俺ァとりあえずあれだ」

「はい?」

「……寒い」

「……また身も蓋もねぇ」


 言った直後。

 戦況が、大きく動いた。



◇ ◇ ◇



 ――くだらんな。

 眼前、軍神の名を持つ神将騎を見据え、木枯はそんなことを内心で呟いた。あの天音がこんな場所に来てまで見つけたというから、期待していたのだが……


「一つ」


 居合の一閃を叩き込む。当てる気のなかった一撃は、鋭い爪痕を大地に刻んだ。


 ――ここが限界なのか?


 一向に攻める様子を見せない相手に、そんな落胆にも似た想いを抱く。この程度なのか、と。

 筋は悪くないと思う。相手の振るう剣筋はしっかりしたもので、おそらく何かしらの流派を修めている。どことなく、自分が当主を務める『神道流』の太刀筋が見える気がするが……それはおそらく気のせいであろう。

 才能はあるだろう。修練を積めば、きっと伸びていくだろう。

 だが――駄目だ。

 いずれ、とか、いつか、とか。そんなことを言い出していては何も成し遂げることができないのだ。

 現実は、何も待ってはくれない。


「二つ」


 ここにいる自分は、壁だ。

 圧倒的な力を持つ敵。それが現れた時、努力が足りないで済むのか?――答えは否だ。

 現実は、いつだって畳み掛けるようにやってくる。その時に言い訳などしていては、殺されるだけ――奪われるだけだ。だからいつだって、その時の全力で戦うしかない。

 自分が持つ手札だけで、戦い続けなければならないのだ。


「三つ」


 天音がそうだった。お世辞にもいい手札が揃っているとは言えない状況で、それでも彼女は大日本帝国を相手に戦い抜いた。

 その後継者というのなら、ここで見せてもらわなければ気が済まない。

 来い。


「四つ」


 一閃、相手の〝海割〟を砕いた。これで残るは二本。

 十五分までは時間がある。……そろそろ、決めに行こうか。


「五つ」


 放つ。狙うは首元。頭部を飛ばし、そのまま――


「…………!?」


 目の前で起こったことに、木枯は目を見開いた。

 ――避けられた。

 全力ではないとはいえ、見切れるはずのない一撃だ。それを、〈毘沙門天〉が裂けて見せた。


「ほう」


 踏み込み、放つ。――避けられる。

 踏み込み、放つ。――避けられる。

 踏み込み、放つ。――避けられる。


 最初は大きく。しかし、徐々にその動きのキレが増していく。紙一重の見切りを、〈毘沙門天〉が行おうとしている。


「――一つ」


 速度を上げた。ほぼ全力に近い一撃。

 ザンッ、という音を響かせ、その一撃は〈毘沙門天〉の腰に装備されている装甲を斬り飛ばした。しかし、致命からは程遠い。

 成程、と呟く。

 避けることに――見切ることに、全てを懸けて来たのか。


 ――ならば、応えるのが道理。


 一息、肺を空気で満たす。取り込んだ酸素が不足するその前に、打てる全力をその手で放つ。


「二つ、三つ、四つ」


 瞬きの間に、三度の斬撃を抜き放つ。

 常人であれば、一度に三つの斬撃が放たれたように見えるだろう。

 ――直撃。

 果たして、その三撃全てが〈毘沙門天〉へと吸い込まれた。装甲が弾け飛び、その右脚へは深い斬撃が入っている。

 しかし――致命傷ではない。

〈毘沙門天〉は、まだ動ける。


「――五つ!」


 踏み込み、一撃を叩き込もうと刃を走らせる。瞬間。


 ――――!!


〈毘沙門天〉がそのブースターを吹かし、こちらとの距離を詰めてきた。そのまま、ほとんど密着するような距離に迫ってくる。

 そして。

 ――〈毘沙門天〉が〈村正〉へと頭突きを叩き込んだ。



◇ ◇ ◇



 ――入った!


 自分の為した結果に、護は内心で喝采をあげた。やったことは単純だ。体当たり。それも、下から突き上げるものを叩き込んだだけである。

 剣術で勝てないことは早々に理解した。次元が違う。そもそも剣についてはそこまで拘りはないので問題ないが……負けるのは問題だった。

 故に、避けることに専念した。

 斬られることは覚悟した。無傷で切り抜けることができるような相手ではない。だから全神経を集中させ、致命傷だけは避けて立ち回ることを選んだ。

 そして――体当たり。

 武器を取り出す余裕はない。だが、〈毘沙門天〉の武器は〝海割〟だけではない。その背部に背負ったブースターこそ、その武器だ。

〈村正〉が弾き飛ばされ、しかし、空中で姿勢を戻して着地した。

 右手で自身の顔を押さえる〈村正〉。非常に人間臭いその動きを神将騎で見せた後、〈村正〉から声が届いた。


『――非礼を詫びよう。侮っていた。中々どうして……貴様は強い』


 そのまま、〈村正〉が構えをとった。今までの構えとは違う。

 二本の刀を抜き、それを左腰へと回した。抜身の状態。居合が神速と謳われる技であるのは、その鞘を利用した『鞘走り』が大きな意味を持っているからだ。あのように抜身の状態では、その速さは発揮できないだろう。

 しかし――侮ることはできなかった。


 ――踏み込めねぇ……!?


 距離は十数メートル。両方が一歩ずつ踏み込めば、容易く刃が届く距離。

 到達までは二秒……いや、三秒か。ブースターを使えば一秒とかからない。


「…………」


〝海割〟を抜く。残る二本のうちの一本を、両手で構えた。

 踏み込めない。

 微妙な距離。それを。


『返礼だ。こちらも見せよう。神道に伝わる奥義を』


 直後、大地が爆ぜた。

 見えたのは、〈村正〉が両手足を回転させるように動かしたことだけ。


『絶対にして絶断の刃たる奥義の名は、空に瞬く願いの光』


 声が聞こえたのは、背後。

 直後。


『――〝流れ星〟』


 衝撃は――なかった。

 振り返った視界に映ったのは、煌めきの軌跡。

 数は、二つ。


 バツン、と、『それ』が宙を舞ってから――音が辺りへ響き渡った。


 空を見上げる。宙に浮かぶのは、刃を断ち切られた〝海割〟と、肩から切断された右腕。

 一撃が〝海割〟を断ち、一撃が右腕を断ったのだと――そんなことを、ぼんやりと考えた。


『連奏――』


 背後からの声。振り向き様に、回し蹴りを叩き込む。

 だが、左足は空を切った。そのまま、ガクン、と機体が揺れる。

 右脚――〈村正〉に深い斬撃を入れられたその脚が、片足だけで機体を支えられなかったのだ。

 バランスを崩し、〈毘沙門天〉が膝をつく。

 その背後で、斬閃が煌めいた。


『――〝流星群〟』


 迫る、不可避の一撃。目で追うことすらままならない一撃は、絶命の閃光。

 終わる――護でさえ、死を覚悟したその時。


 ――刃が、止まった。


〈毘沙門天〉の両側から挟み込むようにして放たれていた双撃が、機体に触れるその寸前で止まっていたのだ。

 ほう、と護が吐息を零す。〈村正〉は両の刀を鞘へと収めると、一歩下がって言い捨てた。


『十五分だ。……最初の宣言通り、言葉を聞こう。もっとも、紡げる言葉があるのであればの話だが』


 言い放つのは、〈村正〉の奏者たる《剣聖》――神道木枯。

 絶対的な差を見せつけられた。《赤獅子》との戦闘の時とは違う。あの時は、まだどうにかする余地が残っていた。けれど、今回は。

 初めから本気で来られていたら――どうしようもなかった。

 何も、できなかった。


「……殺さ、ねぇのかよ」


 紡げた言葉は、それだけだった。ふっ、という吐息のような声が〈村正〉からこちらへ届く。


『言ったはずだ。無益であるならば、殺すが慈悲と。貴様は有益と判断する。……言葉は、それだけか?』


 言い返す言葉は、ない。

 届かない。越えられない。

 圧倒的な実力差を――見せつけられた。

 今更どんな言葉を紡いでも、それは負け犬の遠吠えだ。

 生かされた。

 生かされてしまった。

 殺すことさえ――されなかったのだ。


「…………ッ」


 自分に、そういうプライドはないと思っていた。生きてさえいれば――レオンが言う言葉には納得していたし、その通りだろうと思っていた。むしろ、死ねないことを恥と思うその神経が理解できないとさえ思っていた。死んだら――全てが終わりなのだから。

 でも、それでも。

 悔しいと――そう思う。

《七神将》。大戦の英雄。前大戦を駆け抜けた怪物。

 自分との差は、これほどまでか。


『いずれまた相対することもあろう。それが敵か味方かはわからんがな。――さらばだ』


 こんな力で、何かを守れるのか。

 何も――守れないのではないか。


 天音を守るために飛び出して。

 無様を、晒して。

 一体――何をしているのだ。


「…………ッ!!」


 強く、強く拳を握り締める。

 叫ぶことさえ――できなかった。



◇ ◇ ◇



『総員!! 撤退だ!!』


 護の敗北と共に告げられた、ソフィアの撤退命令。良い判断だ。この状況で統治軍とぶつかっても、敗北は目に見えている。


 ……やはり、少年にまだ《七神将》は早かったようですね。


 才能としては申し分ないと天音は護を評価している。だが、まだまだ若い。《七神将》はその全員が生まれた時から戦場を生きるような者たちだ。その絶対的な経験の差と修練の差は、容易く埋めることはできはしない。

 だが、一つだけ。


「……木枯も、少年を気に入ったようですね」


 謡うように呟く。楽しい。本当に楽しいと思う。

 楽しいから笑うなど――いつ振りか。


「十五分? ふふっ、十分すら経っていないではありませんか」


 だというのに、あの木枯は嘘まで吐いて護を見逃した。

 本当に――楽しい結末だ。

 ただ、思うのは。


「……現実は、こんなものですよ少年」


 膝をつき、沈黙している〈毘沙門天〉。それを見つめ、天音は呟く。


「力及ばぬことなど日常茶飯事。私とて、常勝ではいられませんでした。それでも尚、前へと進もうとする者だけが得ることができる。あなたは立ち上がる。そういう人です。そう……信じていますよ」


 呟きを残して。

 出木天音は、立ち去った。


〈毘沙門天〉は――沈黙したままだった。



◇ ◇ ◇



 帰還した木枯を迎えてくれたのは、虎徹だった。〈風林火山〉に〈村正〉を預け、その足で統治軍の本陣へと踏み込んだのだが――


「木枯」

「虎徹さん。その……」

「血ぃ出てんじゃねぇか、馬鹿」

「あっ……」


 ぐいっ、と虎徹に引き寄せられ、額から流れていた血を拭われる。一瞬走った痛みに、んっ、と思わず呻き声を漏らしてしまった。


「大丈夫か?」

「す、すまない。その……ありがとう」

「傷の手当ぐらいしろ。……そんなに手強い相手だったか?」

「いや……でも、天音が気に入ったのはわかる気がする」

「それで時間を短縮したわけだ」

「……不忠、だったかな?」


 問いかける。対し、虎徹はこちらの額の傷――〈村正〉はその機体のダメージの何割かを奏者へフィードバックしてしまう――の手当てをしながら、ゆっくりと木枯を引き寄せた。


「馬ぁ鹿。オメェ以上の忠義者はいねぇよ」

「……うん」


 温かい、と思う。いつだって、この人は優しい。戦うことしかできない人間である自分に、こんなにも優しくしてくれる。


「……あの」


 不意に、声が聞こえた。見れば、彼恋が所在なさげにしている。その手に持っているのは、救急セットか。


「おお、すまん嬢ちゃん。ありがとな」

「は、はい。えっと、その……」


 虎徹が救急セットを受け取ると、彼恋は頷きながら何かを言いたそうに何度もこちらを見た。木枯は首を傾げつつも、彼恋へと手を伸ばす。


「礼を言う、彼恋。ありがとう」

「あ……はいっ」


 彼恋が微笑を浮かべる。可愛らしいものだ。

 ――と、そんなことを思っていると。


「どういうことだ!?」


 いきなり怒鳴り声が響き渡った。木枯が反射的に腰の刀へと手を伸ばす。だが、それをやんわりと虎徹が止めた。そのまま、大声に身を竦ませた彼恋と木枯に、指で一点を示す。

 示された方を見ると、帝が暁と正好を両側につけて女性軍人――見覚えがある姿だ――と机を挟んで向かい合っていた。声を荒げたのは、その女性軍人らしい。


「自治区だと!? そのようなものが――」

「そこまでにしてもらおう」


 その軍人の言葉を遮ったのは、暁だった。まだ齢二十に届かぬ若造の身でありながらこの場の全員を威圧する気を放ち、暁は言う。


「貴様が目にしているのは、我が国の象徴であり絶対的な王だ。先程までは動揺のためと見逃すが、これ以上無礼な態度をとるというのであれば」


 一閃。暁が刀を抜き放ち、その切っ先を女性軍人へと向ける。


「――その首、貰い受ける」


 鋭い眼光だった。女性軍人が、くっ、と呻き声を漏らす。その隣から、その女性を制する声が響いた。


「そこまでだ、少佐。……この書簡には、確かにEU連合首脳陣の調印が為されている」

「しかし、大佐!」

「ここで大日本帝国と事を構えても仕方がない上に、俺たちが逆らえることでもない。……落ち着け」


 言葉に、少佐と呼ばれた女性は黙り込んだ。そして、大佐と呼ばれていた男――こちらは名も知っている――朱里・アスリエルが言葉を紡ぐ。


「交渉は、そちらがやっていただけるということでよろしいか?」

「ええ。私たちが受け持つ予定です」


 帝の声。笑みをたたえた調子で、帝は言葉を紡いでいく。


「争いで人命が喪われるのは忍びないものと存じます。我々は、争いを望みません」

「…………」

「血を流す方が減るのであれば……それは素晴らしいことではありませんか?」

「それで、この提案と?」

「はい。皆様は快く受け入れてくださいました」


 そして、帝は言う。

 更なる、一手の言葉を。


「――シベリア自治領の認可。我々は、これを提案します」

そういうわけで、護VS木枯です。

色んな意味でかっとんでおります。


神道木枯という存在は現時点においては暁についでの実力を持つので、文字通り最強の一人です。

正直、護が勝てる相手ではないという。


ではでは、今回と次回は二日連続投稿です。お楽しみいただけると幸いです。


大変丁寧なメッセージもいただき、意欲が上がっておりますので……頑張って書いていきたいと思います。


感想、ご意見お待ちしております。

ありがとうございました!!

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