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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
シベリア動乱編―約束―
29/85

間章 欧州の答え


 マユ・ランペルージは円卓を囲む席の一つに座りながら、誰にも気付かれぬように吐息を漏らした。この場にいるのは、二十人に近い人間。それも、全員が貴族や政治家――EUにおける主要国の権力者たちだ。

 EUの加盟国自体は、小さな国を合わせれば欧州20ヵ国といったところだが、ここに参加しているのは六ヵ国――但し、そのうちの一つはEU所属ではないので実質五ヵ国だが――である。それはそのまま、EUという連合が決して『協調』のための連合ではないことを示していた。

 参加している六ヵ国は、以下の通り。

 聖教イタリア宗主国。

 精霊王国イギリス。

 千年ドイツ大帝国。

 フランス共和国。

 西欧スペイン連合国。

 そして――エトルリア公国。

 どの国も、重い歴史と文化、そして屈強な軍隊を有している。ただ、フランスとスペインの二国は大戦の少し前に革命が起こり、王が倒れ、議会――民より選んだ代表者たちが政を行うようになっているため、少々発言力が弱い。

 理由は単純だ。エトルリアを含め、他の四国は王政であると同時に貴族政。一部の特権階級が物事を決めるが故に――特にイギリスやイタリアは絶対的な王がいるので――判断が早く、駆け引きというものを他国とのみ行えばいい。

 しかし、フランスとスペインの二国は代表こそいるがそれは王ではない。とりあえずの代表だ。故に、ここにいる代表たちは他国以外にも自国内の政治家とも駆け引きを繰り広げる必要があり、どうしても意見を述べるのが遅くなる。

 どちらがいいとは言わない。しかし、古くから欧州というのは特権階級による政治が行われてきた地域だ。その伝統もある現状、新興の『民主制』というシステムはどうしても下に見下されてしまう。

 マユとしては、民の言葉を聞けるそれが最上なのだろうと思うが……同じドイツ貴族で、自分などとは違って名門でもあるシュトレン家の当主、カルリーネなどはこう言って捨てるだろう。


『民を導くのは、その役目を産まれた時より与えられた者が為すべきこと。……世界を知らん民草に、政治などというものができるものか。食い荒らされる未来しか見えはせん』


 全てには頷けないが、その言葉も事実であろうと思う。貴族の子として生まれつつも、平民として育てられた自分だからこそ分かる。政治の場とは、魔窟だ。

 食うか、喰われるか……それを繰り返すだけの人外魔境。

 そして今日、ここでそれが再び開始される。


「――本日は、お集まり頂き誠に恐縮です」


 席に座る人物の一人、十二使徒――確か〝マタイ〟の座を預かるという老人が立ち上がり、一礼した。その場のぜにんがそれに応じ、立ち上がって一礼する。


「欧州の益々の発展のため、実りのある会議を」


 目礼。言葉に対し、全員がそんな動きを取った。そして、会議が始まる。

 ギュッ、とマユは拳を握り締めた。

 緊張する。ここで、多くのことが決まるのだ。


 ――あの人は。


 思うのは、子供を連れて私邸に訪れた日本人の男のことだ。いきなり喧嘩腰で、しかし一人の侍女以外に誰もいない屋敷を見て、あの男は言ったのだ。

 いいか、と。

 少しだけ話をしたい、と。

 そして多くを聞き、多くを語り――彼女は、ここにいる。

 待つのだ。

 ただ、待てばいい。


 ……世界が、少しでも。


 吐息を零すように、彼女は呟く。


「――世界が、少しでも幸いでありますように」


 それが、彼女の変わらぬ理由。

 庶民として幼少を生き、しかし、貴族として生きるようになった彼女の理由。


「それでは、EU首脳会議を開催する」


 会議の幕が上がる。

 後数時間後には、多くの答えが出ているはずだ。



◇ ◇ ◇



「今回の主題は、やはり叛乱軍か?」


 会議の始まりを示す、ヴァチカンの宮殿から上がる狼煙――本来は、教皇の選出の際に上がるものだ。教皇選挙の際は、色つきの煙が上がるのだが――を見ながら、朱里は呟いた。彼の隣、ソラ・ヤナギは彼らの警護場所である宮殿裏手の地面に寝そべりながら、んー、と唸る。


「どっちかってーと、主題は叛乱軍より私掠船(プライベーティア)の方だと思いますけどね」

「私掠船だと?」


 朱里が眉をひそめる。ソラは欠伸を噛み殺しながら、ええ、と頷いた。


「私掠船、プライベーティア。……まあ、要するに国が認可した海賊ですよね」

「待て、ソラ。私掠船は国際条約で禁止されているはずだろう?」

「条約で禁止されたところで、隠れてやればいいだけですし。大体、私掠船なんてふざけた真似してたのは精霊王国イギリスだけ。それがEUなんてものに押さえつけられたんだから、まー納得はしてないでしょ」


 私掠船――プライベーティア。

 欧州はそもそも、地中海を始めとして海の恩恵を受けることが多い地域だ。海を使った交易も盛んに行われ、しかし、それは同時に良からぬものを生み出した。

 海賊、と呼ばれる者たちだ。海のならず者である彼らは、交易のために海を渡る輸送船を襲撃し、多くの命を奪っていった。その被害は甚大で、特に四方を海で囲まれた島国である精霊王国イギリスの被害はかなりのものになっていたという。

 そこで、時の女王エリザベスが考えたのが『私掠船』というシステムである。

 略奪した金品の一部を国へと献上する代わりに、その活動の許可を与える――当時からフランスやイタリアと(今もだが)宗教上における改革派と保守派で対立していたイギリスが、彼らにそんな取引を持ち込んだのだ。結果、国の後ろ盾を得た海賊たちはイギリス以外の国々へと猛威を振るう。

 これが理由で戦争が勃発したこともあったし、欧州諸国の海戦戦力の向上もあって私掠船自体はほとんどなくなっていたが、その存在自体は潰えていなかった。それもあり、EU発足時にイギリスは他国の干渉によって私掠船そのものを廃止することになる。

 それで終わったはずの――元々、実際的にも潰えていた――存在であった私掠船だが、それが最近、また現れているというのだ。


「俺の部隊なんですけど、それこそ色んな人間いますよね? 国籍関係なしに」

「……リィラなど、元々はガリア人でフランス出身、今はイタリア国籍か。まあ、見た目ではガリア出身とは思えんから、イタリア人ということには誰も疑問を抱かんがな」

「リィラも結構凄まじい人生送ってますよね。まあ、だから中尉と仲良くしようとするんでしょうけど。……あの容姿だと、ガリアでも結構キツい扱い受けてただろうしなぁー……」

「ガリア人にしてみれば、敵と同じ容姿か。……よく、無事にフランスへ亡命できたものだ」

「それ、リィラの前で言わないでくださいよ?」

「言うわけがない。……支えるんだろう?」

「支えられてますしねー」


 ソラは言う。多くを彼女には支えられている。子供たちのことだって、自分一人だったらどこかで心が折れてしまっていただろう。

 統治軍も、心の底から信頼できる彼女が付いてきてくれたからこそ、どうにかやってこれた。『天才』などと人は自分のことをそう呼ぶが、そんなものはまやかしだ。他人に支えられて、どうにかこうにかやってきている凡才が自分なのだ。

 生かされて、支えられて。

 そうして――何度も躓きながら、やっとのことでここにいる。


「不器用な男だな、貴様は」

「元々器用に何かをこなしてきた記憶はありませんよ」

「どの口が言うんだ、全く」

「さてさて、どうなんでしょうね」


 肩を竦める。そうしてから、話を戻します、とソラは言った。


「色んな国の人間が部下にいると、色んな話を聞けるんですよ」

「……食堂で部下と爆笑しながら話している指揮官は貴様だけだ」

「あー、統治軍の食堂のおばちゃん元気ですかねー。お土産買っていこう。……まあ、それはともかく。そこで妙なことをいくつか聞いたんですよね」

「妙なこと?」


 朱里が眉をひそめる。ソラは頷いた。


「フランス出身の奴が、『最近、うちの国の輸送艦が海賊に襲われたらしくて』なんて言ってて」

「海賊か……だが、ああいう賊の類は消えるようなものでもない。運が無い、とそういうことではないのか?」

「俺も最初はそう思ったんですけど、なーんか、耳に残ってまして。……気になるから、色んなとこつついて調べたんですよ。そしたらドクターが嬉々として語ってくれまして」

「そういえば、あの犯罪者は向こうに留まっているんだったな?」

「相当強引な論理でヒスイと一緒に、ね。……でまあ、そのドクターが言ってたんですよ。ここに戻る前、雑談のついでみたいに『先日、フランスの議員が一人、海難事故で死んだのだよ』って」

「……議員が? だが、そんな重要なことは聞かされていないぞ」

「俺もですよ。それとなく探りましたが、どうやら隠してるみたいですね」


 言いながら、当たり前だとソラは内心で言葉を作る。フランスの議員――それはフランスにとっては貴族のような存在だ。選挙で選ばれる議員たちによってフランスは国政を行っている。その議員が殺されたとなれば、大きなニュースだ。

 そう――下手をすれば、この首脳会議にさえも影響を与えるような。


「議員が消えた。殺された。しかも、海賊に。……妙だと思いません?」

「妙?」

「議員が乗るような船ってことは、相応の装備やら何やらがあったはず。その上で、『議員がいる』という主張もしていたはずなのに……海賊が、そんな国家を敵に回すようなことをすると思いますか?」


 海賊とは、所詮は賊である。国家に喧嘩を売るようなことはしないのが常であるし、そもそも襲撃自体、小型の船を襲うものだ。

 それが、あろうことかフランス共和国の議員が乗る船を攻撃し、その上で議員を殺害した。正直、道理に合わないことが多過ぎる。


「イギリスか、それともイギリスに濡れ衣着せようとしてる他の国か。……うちの国も例外じゃないですよね。まあ、フランスと仲悪くなると色々面倒ですし、ないと思いますけど」

「だとすると、イギリス、ドイツ辺りか」

「十中八九イギリスでしょうけどねー、と。……イギリスから来てる代表格は、ああ、イギリス王家の第一王女か」


 身を起こしながら、ソラは手元の資料を見つめる。イギリスの第一王女――名を、ミリアム。次代の女王として名を馳せる、広く知られた人物だ。


「昔演説見たけど、上手いんだよなー」

「イギリス王女の演説がか?」

「結論を述べず、具体例を並べ立てることで相手に結論を言われた気にさせる。……ふざけた弁論の使い手ですよ。さてさて、どうなるのかねぇ」


 呟くと同時に、ソラは一つ、大きな欠伸をした。そのまま、もう一度寝転がる。

 どれだけ考えようと、結局無意味。そういうものだ。自分は政治家ではなく、軍人に過ぎない。与えられた命令をこなすしかないのだ。

 目を閉じる。朱里が何かを言っていたが、敢えて無視した。


 しばらくして。

 緊急のコールが、彼の無線から鳴り響いた。



◇ ◇ ◇



 会議そのものは滞りなく進んでいる。最初に行われたのはEU内での貿易における条約締結だ。これについてはすでに会議が行われる前にほとんどの話が終わっており、後は調印するだけであるためだ。

 こういった会議は、世間に対する意思表示の面が大きい。会議はただ確認するための場所。根回しによって、結論はほとんど出ているのだ。

 チラリと、マユ・ランペルージは一人の女性に視線を向けた。マイヤ・キョウ。エトルリア公国の代表――つまりは、彼の国のトップである人間だ。赤髪のその女性はただ黙し、会議を見守っている。マユにはそれが不気味でならない。

 世界の金庫と呼ばれ、その国内に膨大な外貨を蓄えるエトルリア公国はその『金』によって他国へと影響を与えている。どんな国も、金がなければ動くことができないのだ。大日本帝国の『軍事力』とは別の力で世界へと影響を与える国――それこそが、エトルリア公国。

 今回、彼女はここに参加する予定はなかった。それが、わざわざ〈ブリュンヒルデ〉などという怪物を持ち出してまでここに強行参加してきた……その真意が読めない。


 ……何が目的なのでしょうか?


 考える。彼女に政治の基本を教えてくれたカルリーネ・シュトレンという女性によると、政治家というのは『自国の利益を最優先する』ものであると聞いている。その上で、『その利益とは何か』を看破すれば、自然と相手の要求は予測できるというのだが。

 エトルリア公国がここに来ることで得る利益……どう考えても、参加を強行した時点でEUには悪印象を与えるのだ。それを上回る利益があるのだろうが、それがわからない。

 んー、と小さく悩むマユ。その彼女の耳に、こんな言葉が届いた。


「――申し訳ないのですが、一つ、皆様に審議していただきたいことがあります」


 声に反応してマユがそちらを見ると、フランスの議員が一人、立ち上がっていた。彼は近くにいた秘書官らしき人物に声をかけると、その場の全員に資料を配ることを指示する。


「先日、我が国の輸送艦が襲撃を受けました。それにより、尊い人命が喪われております」


 資料をくれた秘書官に軽く頭を下げて礼を言いつつ、マユは資料へと視線を落とす。そこに書かれていたのは、海難事故という名目で記された一つの事件だった。

 海賊、という単語が目につく。そこに写真付きで記されているのは、調査内容だ。

 要約すると、


「海賊による略奪行為。これにより、我が国の議員が一人と乗組員三十名が命を落としました」


 そういうことらしい。

 海賊……マユは、その言葉に対して表情が険しくなるのを自覚した。時代の流れの中で消えて行った賊。しかし、大戦によって世界が荒れたために再び増え出した存在でもある。

 その被害は千年ドイツ大帝国でも僅かではあるが出てきており、対応を迫られていた。

 しかし、ドイツにおいては襲われたのは全て民間の艦船だ。それが、フランス共和国では議員が乗る輸送艦――即ち、国家に対する攻撃が行われた。


 ――妙ですね……。


 政治に対して深い知識のない自分でも思う。妙だ、と。海賊は所詮、孤立した賊だ。山賊や盗賊団が大規模な犯罪を起こさないのは、国に目を付けられたら抗うことができないからだ。

 しかし、今回の海賊はそれを厭わないようなことをやってきた。三十一人……資料によると、皆殺しだ。海賊は極力殺人を避ける傾向にある。殺人罪は彼らが追われ、それこそ殲滅されるのに十分過ぎる理由となるからだ。

 しかし、やったのだ。

 いくらなんでも、異常が過ぎる。


「我々はこの海賊たちのアジトを突き止めました。――しかし」


 議員の男が、そこで言葉を切った。そのまま、一人の女性へと視線を向ける。

 美しいブロンドの髪をした女性だった。マユを含め、全員がその視線をそちらへ向ける。そんな注目を浴びながら、その女性はどこかつまらなさそうに議員の男へと視線を向けた。


「その者たちのアジトは、精霊王国イギリスの南部に点在する諸島にありました。我々は即刻、イギリス政府へと調査を依頼したのですが……再三に渡る依頼に対する返答は、『No』。精霊王国イギリス第一王女、ミリアム様。――この件について、何か申し開きはございますか?」


 ――敵対だ。

 マユは、その言葉を聞いて目を見開いた。今の言葉は、調査を断られたことに対する疑問であると同時に、問い詰める言葉でもある。

 私掠船――プライベーティア。

 その言葉を、マユは不意に思い出した。

 そして。


「……申し開きというのは、被告人に使う言葉ではありませんか?」


 精霊王国イギリスの第一王女――ミリアム。

 その女性は、座ったまま、凛とした言葉で言い放つ。


「我がイギリスも、私自身も……申開くようなことはありませんわ。確証もなく、我が国に住む民を海賊などと侮辱するあなたがたの方こそ、無礼が過ぎるのではなくて?」


 言葉に、議員の男がミリアムを睨み付ける。

 荒れそうだと、マユはそう思った。



◇ ◇ ◇



「通せ、ねぇ……」


 目の前にいる男を見て、ソラはため息を吐きたくなった。黒髪の、それこそ不良学生がそのまま大人になったような雰囲気を纏う男。彼の足下には、呻き声を上げて地面に転がっているソラの部下――といっても、警備の時限定だが――がいる。

 彼の側に朱里はいない。万が一の時のため、朱里は〈ブラッディペイン〉に乗り込んでもらっている。

 また、ソラは警備をしている他の国の者たちへも連絡を入れたのだが……相手の素性を聞いた瞬間、こちらへと対応を放り投げられた。唯一、スヴェン・ランペルージだけが呼応してくれたが、ソラのすぐ後ろに控えている彼もこの状況では手出しをできないらしい。

 改めて、ソラは正面に立つ男を見る。純白の軍服に、両肩の腕章にそれぞれ刻まれる『忠』と『心』の文字。

 名乗った名前からも、この男の正体は窺い知れる。


 ――《抜刀将軍》の夫で、かつては《七神将》の一角だった怪物……。


 以前、ソラはシベリアでアルビナという情報屋――本人は旅人だと言い張るが、絶対嘘だ――によって、大日本帝国についての情報も仕入れている。特に《七神将》の情報は、下手をすれば彼の首が飛ばされる可能性さえもあるほど危険な情報を提供し、仕入れた。

 理由は単純。出木天音――《女帝》と呼ばれる、大戦時に多くの伝説を残したバケモノが叛乱軍に加わっていると聞いたからだ。更には大日本帝国が秘密裏に統治軍に接触してきていたということもあり、そういう手段をとった。

 それが、まさかこんなことになるとは……。


「よぉ、小僧。俺ァ今からあそこの宮殿でコソコソ密談してる馬鹿共を殴り倒さなくちゃなんねぇ。悪ぃことは言わねぇから、そこどきな。……オメェじゃ俺には勝てねぇよ」

「……勝てるとは思えませんけど、こっちも任務なんですよー」


 棒読みだな、と思いながらソラは言った。相手――神道虎徹が、ほぉ、と楽しそうに口端を持ち上げる。


「ジレンマだねぇ」

「わかってるなら、退いてくれませんか?」

「そいつぁ無理だ。こう見えて、俺ァ結構、偉いんでな。しかも、任務をしくじれば怖い怖いオシオキが待ってんだよ。…………いやオメェ、木枯の飯は本気で拷問だ」


 最後の言葉は聞き取れなかったが、そう言われてもこちらは困る。


「通したら、こっちは職務怠慢で退職させられます。てかそれで済んだらいいけど、最悪銃殺刑だ。……俺にも背負ってるもんがある。軍人であることに対して執着はないけど、金稼げなくなるのは困るんだよ」

「小僧、その歳でガキでもいんのか?」

「俺のガキじゃないけど、な。……背負ってんだよ俺もよ」

「ソラ?」


 背後から、スヴェンの声が聞こえてきた。しかし、ソラはそれを無視して懐からナイフを抜く。

 向こうに退くつもりはなく、こちらも退くことができない。他の者たちはこちらへ対応を丸投げしてきているとなれば、答えは一つだ。


「部下もやられてるし、黙って見逃すのは無理ってもので」

「いいねぇ、小僧。良い覚悟だ」


 大日本帝国軍警邏部隊『真選組』局長、神道虎徹。

 そう名乗った男が、楽しそうに笑みを浮かべる。


「――殺してやるよ」


 腰の刀を抜き、虎徹が言い放つ。スヴェンが背後で誰かに無線で連絡しようとしているのが声と気配でわかったが、それは虎徹によって制された。


「やめときな、そこの兄ちゃん。ここで暴れたら会議そのものがご破算だ。神将騎なんて持ち出すもんじゃねぇ。それに……神将騎を動かしたら、アレが動くぜ?」


 チラリと、ソラは虎徹が示した方に一瞬だけ視線を向ける。一瞬だけ見えたのは、世界で唯一飛行できる神将騎――〈ブリュンヒルデ〉。


「事情の詮索はなしだ。どうせ、オメェらには関係ねぇ。――そんじゃ、寝とけ小僧」


 直後、虎徹が間合いを詰めた。圧倒的な速さ。ソラは、その動きを視線でしか追うことができない。

 だが、鍛えた体は反射的に動いてくれた。ナイフを前にかざす。しかし。


 ギンッ!!


 一瞬でかち上げられた。ナイフが宙を舞い、ソラの手から武装が消える。

 ソラの身体能力は決して低くはない。奏者であるリィラとも正面から渡り合うことができる。

 しかし、駄目だ。

 この男は――次元が違う。


「――――ッ!?」


 宙を舞ったのだと、そう理解すると同時、ソラは地面へと叩き付けられた。肺から空気が絞り出される。うつ伏せに倒れた自分の背中に、虎徹が乗ったのが感覚でわかった。

 そのまま、虎徹がこちらの関節を極める。締め上げられ、思わず呻き声が漏れた。

 そして頭上から、こちらへと声が飛んでくる。


「……で、小僧? 俺を通す気はあるか?」

「断る」


 こう言うしかなかった。はっは、と背後から笑い声が聞こえる。

 直後。


 ゴキン。


 あまりにも鈍い音と、凄まじい激痛がソラの肩へと迸る。


「―――――!!」


 体が跳ねる。悲鳴を噛み殺す。

 そこへ。


 ――スヴェン・ランペルージの蹴りが、虎徹目掛けて放たれた。



◇ ◇ ◇



「そもそも、貴国の議員が襲撃されたという件……私を含め、我がイギリスは関知しておりませんわ」

「な、何を言うか! 我々は三度に渡り、そちらへ大使を送っている!」

「しかし、私と共にここへ来た者たちも、知らぬと申してますわよ?」


 声を荒げる議員から視線を外し、ミリアムは自分と共にイギリスから来た者たちへ視線を向ける。すると、誰もが即座に目を伏せて首を横へ振った。

 それを視線で確認すると、ミリアムは資料を指で示し、言葉を紡ぐ。


「――そもそも、この事件が事実であるという証拠もございませんわ」

「な、なにを!」

「何故ならば」


 声を荒げた議員に対し、遮るようにミリアムは言った。

 畳み掛ける。内心でそう呟くと、ミリアムは更に言葉を紡いだ。


「フランス共和国の議員が海賊に襲われて死したとなれば、まず真っ先に我々EU諸国へと連絡があって然るべきでしょう。無論、民の無用な混乱を避ける必要はありますが……同盟国たる我らに連絡がなかったというのは、邪推を産んでしまいますわよ?」

「そ、それは……」

「フランスの議員が乗る船さえも、容赦なく襲撃する海賊の存在。そんな者たちがいるというならば、私共も警戒せねばなりませんわ。……何故、教えてくださらなかったのです?」


 問いかけ。それを受け、うっ、とフランスの議員が言葉に詰まった。

 フランスはおそらく、ここでイギリスを吊し上げるつもりだったのだろう。だが、不意を衝くためにその情報を他国へと隠していた。

 くだらないですわね、とミリアムは内心で呟いた。これだから民の手による政治は拙いのだ。

 フランスとしては、民主政治によってなめられている自国の立場をどうにかして上げようと思っての策だったのだろうが、お粗末なものだ。

 ――国同士の国交は、『信用』を基盤としている。

 条約があろうと法律があろうと、それは民草のような強制力がない。民草でさえ、自身の国の法律を破るのだ。国同士の決め事など、容易く破られる。

 だからこそ、『互いにルールを破らない』という信用が必要なのだ。


「いずれにせよ、この件についてこの場で結論を出すのは不可能だと判断しますわ。皆様は如何です?」


 ミリアムが周囲へ視線を向けると、誰もが黙して返答を拒んだ。沈黙……それもまた、一つの答えだ。


「…………ッ」


 フランスの議員が、舌打ちでも零しそうな表情を見せる。だが彼はそれ以上の言葉をつぐみ、椅子に座った。これ以上は無駄と判断したのだろう。

 一瞬の緩みが生まれる。そこへ畳み掛けるように、ミリアムが言葉を紡いだ。


「では、次の議題に移りましょう。お願いしますわ」

「うむ。では、次の議題だが……シベリア連邦に現れた、叛乱軍の件だ」


 十二使徒の一人が、言葉を紡ぐ。

 空気が固まる。今日の本題は、予め外交で定められていた貿易条約などではない。

 叛乱軍。

 EUの利益を脅かす可能性のある者たちへの対応をどうするか……それこそが、本題になる。


「ここにお集まりの皆様ならば、ご存じのはず。先日、統治軍総督がその存在を認めました、叛乱軍について……この場で審議したく思います」


 司会である老人の言葉に、空気が固まる。ここからが駆け引きの始まりだ。


 ……我がイギリスの利益を、最優先に。


 内心で、ミリアムは自身に言い聞かせるように呟いた。統治軍の主力はイギリスからの派遣兵だ。彼女の祖国である精霊王国イギリスより派遣された統治軍の総督、ウィリアム・ロバートはそれを利用したシステムを用意してきた。それを維持するのはイギリス女王エリザベスの意志であり、その娘である自分が為すべきこと。

 張り詰めた空気。始まるのは、駆け引きという名の殺し合い。

 それでは、と、老人の声が響いた瞬間。


「――その会議、俺も参加させてもらうぜ」


 扉が開くと同時に、そんな声が響いた。

 全員の視線がそちらを向く。そこにいたのは、気絶しているのであろう一人の青年軍人を引きずりながら部屋に入ってくる一人の男。


「大日本帝国警邏部隊『真選組』局長、神道虎徹」


 立ち止まり、男は笑みを浮かべて言い放つ。


「――飛び入り用の、席はあるか?」



◇ ◇ ◇



 突然現れた虎徹に、その場の全員が――正確には数名、驚いた振りをしているだけだが――驚愕の表情を浮かべた。

 神道虎徹。

 大日本帝国は、その閉鎖的な政策から実態についてもわからない部分が多い。しかし、その中でも大戦時に勇名を馳せたことによって知られる者たちがいる。

 大戦時、《剣聖》と呼ばれた《七神将》の第一位、藤堂玄十郎。

 その片腕とされ、若くして《七神将》第二位の座にいた《抜刀将軍》神道木枯。

 正体不明の、ただその伝説と名だけを世に馳せる《女帝》、出木天音。

 年若き少女でありながら、誰よりも先頭に立って戦ったという《神速刃》、水尭彼恋。

 勇将。その名が誰より相応しいとされた《野武士》、本郷正好。

 老練さと経験に裏打ちされる『守り』の指揮では他を寄せ付けないという《帝国の盾》、紫央千利。

 大戦末期に戦場に現れ、《史上最高の天才》と謳われた怪物、藤堂暁。

 その姿を見たことはなくとも、大日本帝国における英雄たちはその名を世界に轟かせている。それほどまでに、大戦における彼らの活躍は凄まじかったわけだが……ここにいる男は、その英雄たちと並び称される侍だ。


 曰く、《ただの一度も倒れなかった男》――神道虎徹。


《抜刀将軍》の片腕としてあまりにも多くの戦場に立ち、そのほぼ全てにおいて最前線に立った男。口伝によると、どれだけの弾丸をその身に受けようと決して倒れることも後退することもなかったという。

 無論、そんなものは誇張であるとこの場の誰もが思っている。しかし、大戦後に開かれたEU首脳会議――その時はそれぞれの代表ではなく、文字通りのトップたちだけが集まった――に大使として現れた彼は、暴力的とも取れる論理展開によってその会議を掌握していた。

 大日本帝国は統治軍については口出ししてこなかったし、大それた要求をされたわけでもない。しかし、だからこそ不気味とこの場の全員は考える。

 ――何をしに来た?

 これが、この場の全員が抱く共通の問いだった。


「……どうやら、椅子はねぇみてぇだな。まあ、飛び入りだ。仕方ねぇか」


 黙り込む面々に対し、どこかつまらなさそうに虎徹は言った。そのまま、彼はその手で引きずっていた青年を放り投げる。

 ドサッ、という音と共に、青のかかった黒髪の青年は床に倒れた。意識を失っているのだろう。起きる気配がない。


「しっかし、根性ねぇ奴ばっかだなここの警備は? 俺に向かってきたのはその小僧だけだぜ? まあ、その小僧自体、両肩の関節外されてようやく落ちたんだがな」


 及第点だよ、と虎徹は笑った。その彼に、馬鹿な、と一人の老人が声を上げる。


「他の警備の者たちはどうした? そもそも、どこから侵入した?」

「侵入、ってのは人聞きが悪いねぇ。俺ァ正面から――じゃねぇな。裏口から堂々と入ってきたんだよ。これでも気を使ったんだぜ? 正面突破されたらオメェらの立つ瀬がねぇだろうと思ってな」


 ふざけた話だ、と誰もが思っただろう。裏口からであろうと何であろうと、ここまで一人の人間――それも、大日本帝国の人間に到達されたなどというのは最早大事件のレベルである。


「まあ、この小僧を責めるのは止めてやりな。むしろ小僧はよくやった。俺を相手に向かってきて、『最低限の義務』を果たしたんだからな。個人的には気に入ったぜ?……それに免じて、誰も殺さずにここまできてやったんだからよ」


 笑みを浮かべ、虎徹は腰の刀を抜いた。そのまま、鈍い音を響かせてその切っ先を床に突き刺す。


「だがまあ、ここから先、俺がどうするかは別問題だ。今からオメェらに要求をする。返答によっちゃあ、この場で首を刎ねてやるよ」

「…………ッ」


 誰もが息を呑んだ。そして、そのうちの一人が近くの秘書に何かを言おうとした瞬間。


 ドンッ!


 鋭い音を響かせ、人を呼ぼうとした男の目の前――机の上に、一本の脇差しが突き刺さっていた。虎徹が、おいおい、と肩を竦める。


「無粋な真似をするんじゃねぇよ。こっちは平和的に話し合いに来てんだ。ここを血の海にしてぇのか? そっちがその気なら、俺も部下呼び寄せるぞ?」


 鋭い眼光で言い放つ虎徹。これは彼の本心だ。

 今回、昨夜の戦闘の処理も含めて彼の部下はヴァチカンに入ってきていない。しかし、呼び寄せればそう時間もかからないうちに到着するだろうし、そして、それまでは凌ぎ切る自信が虎徹にはある。

 真選組局長。

 大日本帝国における警察組織、そこに二人いるトップの片割れ――大日本帝国は徹底した実力主義の国だ。警察組織のトップには実務能力以外にも、腕っ節の強さが求められる。そういう意味においても、神道虎徹という男は決して弱くはない。


「俺ァ、仕事でこっちに来てる。ここに来てんのはついでだが、まあオメェらに対するメッセンジャーみてぇなもんだ。だが、飛び入りには違ぇねぇ。だからオメェらの流儀に合わせて『話し合い』に来てる。これがこっちの最大限の譲歩だ。それを受けられねぇってんなら、構いやしねぇ。今すぐ、俺たちの流儀で事を起こすぞ?」


 無茶苦茶な暴論だ。普通ならば、このような発言を公式な国際会議ですれば戦争も免れないだろう。

 しかし――大日本帝国ならば話は別だ。

 世界最強の軍事力を有した帝国。その背景があるからこそ、この振る舞いが許される。無論、いかに大日本帝国といえども無敵というわけではないだろう。EUが正しくその力を結集すれば、打ち破ることは可能であることは想像できる。

 しかし、違う国同士が協調することは実際的には相当難しい。更には大日本帝国には彼らが皇帝を救い出し、多大な恩を預けている中華帝国や、かつての独立戦争において協力・支援を大日本帝国から貰った合衆国アメリカが強固な同盟国として存在するため、手出しができないというのが現状だ。


「それで、議題は叛乱軍についてだったな?」

「――虎徹さん」


 机に近付きながら言った虎徹の名を、誰かが呼んだ。虎徹がそちらの方を見ると、一人の女性――エトルリア公国代表、マイヤ・キョウがこちらに向かって頭を下げていた。


「お久し振りです」

「おー、マイヤか。久し振りじゃあねぇか。〈ブリュンヒルデ〉を持ち出してるから誰が来てんのかと思ったが。お前が来てたのか」

「はい。虎徹さんが来られると、事前に聞いておりましたので。お力になれたらと」

「……誰からだ?」

「帝様より、書簡で」


 マイヤが頷く。それを聞き、虎徹はんー、と唸りながら頭を掻いた。


「俺に連絡がねぇのはどうかと思うが、助かるのは確かだな。後で礼はする」

「いえ……」


 マイヤが首を横に振る。まるで、これは当然であるとばかりに。

 以前より、EUや世界諸国では大日本帝国とエトルリア公国の繋がりがあるのではないかという噂があった。もっとも、証拠はない上に確証が得られることでもなかったので、噂止まりではあったのだが。

 しかし、それがここで確定された。

 大日本帝国とエトルリア公国には繋がりがある。しかも、対等な関係ではなく、マイヤの態度を見ればわかるように――大日本帝国が明確に『上』である関係だ。

 代表が、重要人物とはいえ《七神将》でもない人間に頭を下げる……その現実が、二国の関係を明確に示していた。


「さて、こっちの要求は単純だ。個人的にはオメェらに対して言いたいことが山ほどあるが、何人かは見覚えがある。言いてぇことはわかるだろ。……だから、俺は大日本帝国の大使としてオメェらに要求をする」


 一つ、と虎徹は言った。


「オメェらが言うところの叛乱軍……そこに、うちの身内がいる。《女帝》、って呼ばれてる馬鹿がな。俺たちはその馬鹿に対して色々と言わなきゃなんねぇんだよ」

「……その報告は聞いている」


 声を上げたのは、一人の老人だった。虎徹は知らないが、その老人はイタリアを実質的に支配する十二使徒の一人だ。

 その老人の言葉を聞き、なら、と虎徹は言葉を紡ぐ。


「知ってんなら話は早ぇな。身内の不始末は身内でつける。そのために、俺たちはシベリア連邦へ介入する」

「何だと? それは――」

「反論は聞かねぇよ」


 ふう、と息を吐き、虎徹は言う。どこか面倒臭そうに。


「いいか? これは要求であると同時に、通告でもある。オメェらが許可しようとどうしようと、そんなこたぁ俺ァ知らねぇし中華帝国で待機してる奴らも知らねぇよ。ただ、介入する。死にたくないなら邪魔をするな。……それだけだ」

「……横暴だ」


 誰かが、呟くように言葉を発した。対し、はっ、と虎徹が吐き捨てるように息を吐く。


「横暴だ? そりゃこっちの台詞だろうが。正直、俺ァオメェらが理解できねぇよ。……恥ずかしくねぇのか?」


 ――ゾクッ、と。その場の全員に悪寒が走った。

 冷たい瞳。全てを見下すような目で、虎徹はその場の全員を見回した。


「シベリア連邦の軍隊を壊滅寸前まで追い込んだのは、俺たちだ。アルツフェムを含め、要所と呼ばれた場所のほとんどは俺たちが攻略した。まあ、別にシベリアには興味もねぇし、支配しようとも思っちゃいねぇが……オメェら、シベリアでちっとばかし図に乗ってんじゃねぇのか?」


 先んじてシベリアに入った蒼雅隼騎や、八坂影より報告は聞いている。統治軍がしていること。シベリア人たちが置かれている状況。それらを、虎徹は聞かされている。

 悪とは断じないし、ある意味では当然の対応だ。敗戦国の扱いは劣悪を極める。そんなことは今更であり、虎徹も理性では納得している。

 だが、理性と感情は別。

 ただそれだけのことであり、理由などそれだけでいいのだ。


「仁義もある。倫理もある。……オメェらがそうであるならそれでもいい。だが、俺は認めねぇ。大日本帝国もだ。俺たちは、そういうものを認めねぇと――そんなものは消さなければならないと、そう決めたんだよ」


 だから、と虎徹は言った。


「未だに『奴隷』を暗黙に認めるようなら、オメェらは敵だ。大日本帝国は、オメェらを――EUを敵と認識する」


 目的のために、必要ならば世界さえも敵に回す。

 大日本帝国は、その覚悟と共にここにあるのだ。


「どうだ、EU? オメェらは敵か? それとも、別の何かか?」

「……少なくとも、敵ではありませんわ」


 声を上げたのは、ミリアムだった。彼女は席に座したまま、真っ直ぐに虎徹を見つめ、言葉を紡ぐ。


「EUも、あなたがたも、世界も。誰もが、世界平和の夢を抱いておりますわ。そこに違いなどありません」

「言うねぇ、イギリス王女。……まあいい。今はそれを信用してやる」


 裏側で繋がる同盟国の王女。その言葉を受け、虎徹は言い放つ。


「大日本帝国はシベリア連邦へ介入する。邪魔をすれば、その場で斬り捨てるぞ。……覚えとけ」



◇ ◇ ◇



 深夜。ソラが管理する孤児院の一室……普段は応接間として使われ、同時に滅多に使われない部屋でもあるその場所で、二人の男が向かい合っていた。

 神道虎徹。

 ソラ・ヤナギ。

 首脳会議はすでに終わり、続きは明日以降という形になっている。これほどの会議となれば三日四日で行われるのが普通だ。しかし、初日から多くのトラブルがあったものである。

 ソラ自身は、内容を知らない。気絶している間に全てが終わっていて、気が付いたら孤児院の自室で寝ていた。

 ……目を覚ました瞬間に思いっ切りグーでリィラにぶん殴られたので、頬が痛いのだが、まあ許容範囲だろう。


「リィラ、っつったか? あの姉ちゃん、オメェのコレか?」


 小指を立て、不意に虎徹が聞いてきた。ソラはため息を零し、違いますよ、と言葉を紡ぐ。


「大切な人ではありますが、今の俺に背負えるようなもんでもなし」

「……オメェ、馬鹿か?」

「首脳会議に一人で特攻かます馬鹿に言われたくねぇ」

「それじゃあその馬鹿に突破されてる警備はボンクラか?」

「……つか何しに来たんだよあんた?」


 敬語を止め、ソラは半目で虎徹に問いかける。虎徹は、別に、と言葉を紡いだ。


「首脳会議に乗り込んだのは個人的な理由と仕事のついでだ。俺のとこの頭――帝がな。余裕があるなら伝言お願いします、なんてこと言いやがったんだよ」

「伝言?」

「ああ。……大日本帝国が、シベリアに介入することだ」

「…………」


 驚きは特になかった。予測していたことだ。相手に《女帝》がいて、大日本帝国からの大使が派遣されている……これだけの情報があれば、そんなことは容易に想像できる。


「目的は……叛乱軍にいる《女帝》か?」

「あん? 何でオメェがそんなこと知ってんだ?」

「頼りになる情報屋がいるからなー」

「情報屋ねぇ……。まあ、その通りだ。あの馬鹿がどういうつもりか、俺たちは見極めなきゃなんねぇんでな」

「裏切り者は処刑とか、そういうことで?」

「いや。そもそも、裏切ったのかどうかさえもわかんねぇんでな。だから直接問い質す」

「ふーん」


 特に興味があることでもないので、曖昧に相槌を打つ。正直、末端の自分には大して関係のないことだ。これで反乱軍が被害を被ってくれれば、それはそれで御の字である。


「エトルリア公国の……マイヤもそのために来てくれてたみてぇでな。俺にとっちゃあ言伝はあくまでついでの仕事だ。行かねぇ可能性を考えて、手ェ回したんだろうよ」

「エトルリア公国はそのためにあんな強引な手を使ってここに来たのか」

「それだけじゃねぇんだが……まあ、それはいい。今後の動き次第だしな。――で、小僧」


 一転、虎徹が真剣な表情でこちらを見る。ソラは、何だ、と問いを返した。


「あんたの娘の、詩音……だったか? あの子なら心配ないぞ。うちのガキ共と楽しそうに遊んでるみてーだし」

「馬鹿野郎。俺の娘だぞ? 問題あるわけねぇだろうが。心配はするけどな」

「どっちだよ」

「それが親ってもんだ。……まあ、詩音については感謝してるのは事実だよ。アリスとリィラ、二人の姉ちゃんにも、エレンさんにも、ここのガキ共にもな。だがな、小僧。だからこそ、提案したい」

「何を?」

「――オメェ、ウチに来る気はねぇか?」


 その問いの意味を理解するまでに、数秒かかった。

 ウチに来る? それは、つまり――


「あんた、馬鹿だろ。……俺はイタリア人だ」

「関係ねぇよ。確かな実力があって、大日本帝国に忠誠を誓うってんならそれでいい。大日本帝国は実力主義だ」

「いや、有り得ないだろ。実力主義ってんなら尚更――」

「小僧。大日本帝国は、どうやら他の国に比べて〝奏者〟の生まれる確率が高いみたいでな。五千人に一人、ってところだ」


 言葉を遮り、虎徹がそんなことを言い出した。ソラは疑問符を浮かべつつ、眉をひそめる。


「それが確かなら凄い話だけど……それがどうしたんだ?」

「だからかねぇ、俺ァ数多くの奏者と対面する機会に恵まれた。――オメェ、〝奏者〟だろ?」

「…………」

「今日のオメェの様子を見てたら、他は知らねぇみてぇだな。どうして隠してるのかは知らねぇが、俺の目は誤魔化せねぇよ。オメェの動きは〝奏者〟の身体能力あっての動きだ。それと、あそこで俺と相対する肝っ玉。中々いねぇだろうよ。……気に入ったぜ」

「俺は奏者じゃないし、あれは必要に迫られたからだ」


 ひらひらと手を振り、受け流す。そう、正直虎徹とやり合うことは全力で拒否したかったのだ。しかし、状況が許さなかった。

 外された両肩はすでにはめ込まれたが、痛みは残っている。二度は御免だ。


「必要、ね。……俺にわかり易くやられることで、必要最低限の義務を果たしたか?」

「…………」

「沈黙は肯定の証……これは、親友が愛した女の言葉でな。まあ、頭の固ぇ連中だ。オメェがやられてみせることで、突破されたわかり易い証明にしたんだろ? 守ったのは部下の名誉と立場か?」

「さて、ね。もしそうだとしたら?」

「そうだからこそ、勧誘してんだよ。こっちに来い、ってな」


 言いつつ、虎徹がチラリと横を見た。応接室から出るための扉。何を見ているのか、ソラにはわからない。扉そのものを見ているのか、その向こうを見ているのか。


「……オメェはよ、この世界をどう思う?」

「どう?」

「俺は、くだらねぇと思う。他人を害することばっか考えて、打算で物事を判断して、どうしようもねぇ世界だ」

「……まあ、そもそも人がそういう存在だから」


 生まれた時より、悪意を持つ。その悪意とは即ち、果てしないまでの欲望。

 その人間が見る世界は、どうしようもなく汚いのだと――汚くなってしまうのだと、ソラは思う。


「性悪説、だったか? 生まれた時から――ってか、生まれる前から人はどうしようもねぇってのは」

「対極は性善説ですね。それが?」

「別に、大したことじゃねぇよ。――どっちも間違い。そう思うだけだ」

「どちらも間違い?」

「だってそうだろ? 人間を育てんのは、その環境だ。周囲だ。生まれた時は、どんなクズだろうと真っ白なんだからよ」

「…………」

「それが、どこをどう間違ったか世界がどうしようもなく腐っちまってる。狂っちまってる。だから俺たちは、それを変えようと誓ったんだ。……あの二人から初めて聞いた時は、何を馬鹿な、とか、不可能だ、とか思ったんだがな」


 虎徹が苦笑を浮かべる。『あの二人』というのが誰なのかはわからなかったが、ただ、一つだけ。

 この男の理由の根底に、その存在があるというのは……理解できた。


「だが、馬鹿は有り得ねぇくらいに馬鹿だ。自分自身がどんな目に遭おうと、馬鹿はそれをやり遂げる。頭おかしいんだろうな。けど……それぐらいの奴じゃねぇと、世界に対して祈れねぇって最近わかった」

「祈る?」

「――この世界と人に、光あれ」


 楽しそうな笑みを浮かべ、虎徹は言い切った。


「願いの始まりはそれだけだ。たったそれだけの言葉だ。だが、それが理由でもある。……こっちに来い、小僧。オメェが背負ってるもん全部連れて、な」

「……無理だよ。出来るわけがない」


 首を左右に振る。それは魅力的なのだろうが、無理だ。いくらなんでも、背負ってきたものが多過ぎる。

 虎徹は、そうかよ、と言った後……だが、と呟いた。


「このままじゃあ、オメェが背負ったガキ共は大した未来を見れねぇぞ」

「…………」

「オメェにはわかるはずだ。この国において、意味を持つのは出自のみ。言葉も倫理も仁義も成果も実力も、何一つとして意味はない。意味があるのは『伝統』なんてくだらねぇものだけだ。……アイツらに未来を見せてやりてぇなら、こっちに来るしか道はねぇ。世界を変えるしか方法はねぇよ」

「世界、ね。……変えられるのかよ、そんなもの?」

「変わるし、変えていく。そうする理由と覚悟は、すでにある」


 胸を張り、虎徹が言う。ソラはため息を吐くと、立ち上がった。


「今日はもう寝る。そっちも、早く寝た方がいいと思うけど?」

「すぐ寝るさ。明日にゃ出発だ」

「そうかよ。ガキ共が悲しむね」

「俺がいなくなるからか?」

「あんたの娘がいなくなるからだよ」

「……まあ、詩音も悲しむだろうな。だからこっちに来いっつったんだが」

「…………とにかく、俺は寝るぞ」


 部屋を出ようとするソラ。その背に、待ちな、と虎徹が声をかけた。


「オメェは必ずこっちにくる。こりゃ予言だ。オメェよりちっとばかし親の先輩である俺の、な」

「……何でだよ?」

「この夢のために、命を懸けられる……違うな。子の夢を、未来を自分の夢にできる。ずっとそれだけを願い続けることができる。それが親ってもんだ。それが家族ってもんなんだよ」

「じゃあ、あんたは」


 振り返り、ソラは虎徹に問いかけた。


「娘のために、自分を犠牲にしたのか?」

「犠牲、なんて言葉を使うからオメェは小僧なんだよ。犠牲じゃねぇ。それが夢の過程だ。……俺ァ、待ってんだよ。アイツが夢を語ったあの日から、後輩共叱り飛ばしながらずっと、やったこともねぇ家事をしながらずっと、夢を叶えんのを待ってんだよ」


 だから、と虎徹はそう言った。


「俺ァ祈って夢を見る。それが、親って生き物だ」


 対し、ソラは何も言わない。いや、言えない。

 ――俺は。

 扉を閉じ、ソラは虚空へ息を吐く。


「……夢、か」


 この国では、親無き子供は――そもそも、ほとんどの人間が自由な未来を望めない。貴族が大きな力を持つこの国において、貴族に生まれなかった子供は夢を実現することはできない。

 ――だけど。

 実現することと、夢を見ることは。別ではないのだろうか?


「……俺、アイツらの夢……知らないな……」


 それは、今更のことで。

 だけど――気付けなかったことでもあった。

というわけで、首脳会議です。まあ、ぶっちゃけ会議はそこまで重要ではなく……大日本帝国というものや、『親』というものが今回は重要だったり。

エトルリア公国やらマユさんやらミリアムやら、少し消化不良な感じがしたかもしれませんが……あれはわざとです。何かを意図していたり、予定していたりしたとしてもそれが必ずおもてにでるわけではありません、というものを描きたくて。

特にエトルリア公国は帝による虎徹の『バックアップ』だったりするので。

今回はソラくんと虎徹、共に子という『守るべきもの』を持つ立場でありながら微妙に違うものを描ければと。

後々、この辺も書きたいところではあるので。


ではでは、感想やらご意見やらお待ちしております。

ありがとうございました!!


次回、よーやくシベリア連邦に戻ります!!

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