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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
シベリア動乱編―約束―
28/85

第二十三話 世界のルール


 聖教イタリア宗主国の街並みに、他国の人間が多く見られるようになった。明日に迫った首脳会議のためだろう。EUという枠組みができてから、貿易や政治面においてかなりの協調が見られるようになったらしい。ソラの受け売りなので、詳しくはわからないが。


「アリスお姉ちゃん! あっちあっち!」

「こっちだよー!」

「あ、待って待って」

「コラコラ。無理やり引っ張ったらアカンよー?」


 買い物袋を左腕で抱えていると、右腕を子供たちに引っ張られてアリスはバランスを崩しそうになる。それを、両手に物の詰まった買い物袋を抱えたリィラがたしなめていた。

 昨日、アリスは約束通り病院へと向かったのだが、咲夜は調子が悪いということで長居は出来なかった。医者には明後日には安定しているだろうと言われたので、手が空いた今日はリィラの――実際には子供たちの物だが――の手伝いをするため、街に出ている。

 その過程で、アリスも何か咲夜へのお見舞い品を持っていこうと思っていた。ちなみに咲夜はやはりというべきかリィラとソラの二人とも知り合いだったらしく、この提案をリィラは快く引き受けてくれた。


「早く早くー!」

「急ごうよー!」


 先を走る子供たちを見て、アリスは微笑を漏らす。本当に元気な子供たちだ。


「元気だね、皆」

「あれぐらいの年齢やと、あんぐらいやないと困るんよ。……まあ、ロイみたいにいっつもブスッとしとるのもおるし、ベルみたいによー泣くのもおるけど、皆かわええもんや」


 ロイとベルとは、先日、アリスが仲裁に入った兄妹のことだ。あれ以来アリスには随分と懐いてくれて、今日もロイがベルの手を引く形で二人は前にいる。

 家族というのは良いものだと、アリスは思う。最後に頼ることができる、唯一の味方。

 独りきりで学校を過ごしていた時も、家に帰れば温かな家族と笑い合うことができた。だから、頑張ろうと思えたのだ。

 ――良いな、とそう思った。

 あの孤児院にいる子供たちは、きっと全員が家族なのだろう。優しさに包まれた、大事な家族。

 だから――笑顔があふれている。


「……いい、家族だね」

「あはは、そう見えるかな?」

「うん。とても、良い家族だと思う」


 アリスが言う。すると、んー、と唸りながらリィラは買い物袋を持ったまま器用に頬を掻いた。


「でも、いずれあの子らはあそこを出ていくよ」

「えっ?」

「ウチが――ソラが背負ったのは、あの子らが一人で生きていける力を手にするまで守ることなんよ。ソラは、自分の力が足りなかったからあの子らの親を守れなかったって思ってるんや。……そんなこと、あらへんのにな」


 これも聞いたことだ。『アルツフェムの虐殺』で両親を失った子供を、ソラは受け入れたのだという。

 部下たちが、彼よりも長い人生を歩んできた者たちが、ソラ・ヤナギという青年をその命を懸けて生かした。その結果として、子供たちを背負ったのだ。

 それは償いであり、ソラ・ヤナギがずっと立ち止まっている場所でもあると、リィラは言っていた。


「家族の、親の役目って『守る』ことやと思うんよ。ウチもソラも、育てられたことなんてないからその辺はよくわからへんのやけどね」


 苦笑。そして。


「あの子らが、一人前になるまでは守り切り、育て上げること。……それができて、ようやくウチもソラも前へと進める。そんな気がするんよ」

「前へ……」

「辛気臭いとは思うんやけど、な。……過去の全てを振り払って進めるほど、ウチもソラも前を向いとるわけやないし。ウチなんて、いつもいつも迷ってばっかりやし。ソラも、ああ見えて迷ってばかりみたいやしなぁ」

「隊長が、迷ってる……?」

「見えへんやろ? でも、それって芯があるからなんよ。――『生かすこと。生き抜くこと』。その大前提のために行動するから、戦場でソラは迷いを抱かへん」


 生き残ること。生かすこと。

 作戦の成否より、確かにソラはそれを優先する。命懸けで、部下を生かそうとする。

 それは――失ったからなのだろうと、そう思う。

 部下を失って、後悔を背負ったから。だからこそ。

 ソラ・ヤナギは『生かす』ことに命を懸ける。


「正しい、正しくないはあの子らが決めることや。……まあ、少なくとも、一年前に出て行った子は感謝してくれとるらしいけどな」

「あ、そうなんだ」

「うん。今はドイツにおるらしいんやけど、あの子もあの子で結構いろいろ面倒なモン背負ってるから、心配なんよなぁ……」


 隣を歩きながらそんなことを呟くリィラの表情は優れない。それを見て、アリスは微笑を漏らした。


「リィラは、本当にお母さんみたいだね」

「あはは、そう思ってもらえてたらええけどね」


 笑うリィラは、どこか無理をしているように見える。だが、彼女が話さないのであれば無理に聞くことはできない。だから、聞かない。こちらだって、話したくないことの一つや二つ、あるのだから。

 そう、『約束』のことや……左腕のこと。


 裏切り行為だというのに、黙っているのは。

 我が身可愛さの所為だろうと、そう思う。


 そんなことを思うアリスの隣、リィラは微笑を浮かべつつ、言葉を紡いだ。


「まあ、元気にやっとるゆーんを信じるしかあらへんのやけどな。――ん?」


 言った言葉を遮り、不意にリィラが眉をひそめた。アリスも前を見る。

 そこでは。


「おいコラガキィ! なんてことしてくれんだよ!」


 ――前を歩いていた子供たちが、柄の悪そうな――実際悪い――男二人に絡まれていた。今日一緒に来ている子供は六人。その全員が、怯えたように男たちを見ている。

 ただ、男の子たちは怯えながらも女の子たちを守っていて、ああ、とアリスは場違いにも感心してしまった。

 前に出る。割って入ろうとする。しかし、その前に。


「――ウチの子が何か粗相でも?」


 両手に買い物袋を持ったまま、険しい表情でリィラがそこに割って入った。子供たちが一様に、どこか安心したような表情を見せる。


「あん? 何だテメェ? このガキ共の姉かなんかか?」

「……まぁ、保護者やな」


 リィラお姉ちゃん、と縋るように言う子供たちを背後に隠すようにして、リィラは言う。相手の男二人は体格がいい。正直、荒事になればリィラ一人では厳しいだろう。

 アリスは周囲を見回す。だが、通行人たちは視線を逸らすだけ。……当たり前だ。誰しも、厄介事には関わりたくない。


「じゃあ、保護者さんよ、これ、テメェが代わりに何とかしてくれんのか?」

「…………?」


 チンピラが指差す先には、一台の車が止まっていた。そこに、小さな凹みがある。

 車というものは、庶民にしてみれば高くつく買い物だ。以前、シベリアで働いていた時代、アリスは自身の給料から車が買えるか計算したが……まさかの給料一年分で、格差社会というものを痛感した記憶がある。

 いずれにせよ、車というのは高価な買い物だ。それをあの若さで所有しているという時点でどう考えても真っ当な人間ではないのだが……それは今、関係ない。


「この傷をそこのガキ共がつけてくれたんだけどよぉ? どうしてくれんだよ?」

「弁償してもらうぜ、おい?」

「……と、ゆーことらしいけど。皆、どう?」


 視線を返し、リィラが子供たちを見る。子供たちは必死で首を横に振った。嘘を吐いている様子はない。リィラはさよか、と一瞬の笑みを浮かべて頷くと、チンピラの方へ向き直る。


「濡れ衣やから、弁償なんてする義理はあらへんな」

「あぁ!? テメェふざけんなよ!」

「ふざけてへんよー。大方、あんたらの運転が下手でぶつけたんをウチの子のせいにしようとしとるんやろ? 器の小さい男やなー。モテへんで?」


 素直に凄い、と思う自分はどうかしているのだろうか。リィラは一歩も退かず、男二人と睨み合っている。助けなければ、と思うが、踏み出せない。踏み込むタイミングが掴めない。


(せめて、子供たちだけでも……)


 思うが、下手に動けば子供たちへと標的が変わる可能性がある。今は見守るしかない。

 ――その時だった。


「あん? よく見りゃお前ら……孤児か?」


 ピクッ、とリィラの眉が跳ね上がった。背中越しでもわかる、濃密な敵意。

 しかし、それに気付かない男二人は、こちらを蔑むように吐き捨てる。


「チッ、道理で育ちが悪いと思ったぜ。よく見りゃ、どいつもこいつも兄弟なんて感じじゃねぇもんな?」

「まともな教育を受けてねぇんだ、親なしだしな。……チッ、面倒くせぇな。おい、テメェ――」

「――訂正しろ」


 言葉を遮り、リィラが言い放った。拳を強く握り締め、彼女は言い放つ。


「訂正しろ、ゆうとるんや。――殺すぞガキ共」

「はぁ? テメェ、自分の立場――」


 ガシャン!!


 凄まじい破砕音が響いた。左手の荷物を地面に落とし――文字通り、空中から急に手を放したのだ――それが地面に着いて中身がぶちまけられるのとほぼ同時に、車の窓ガラスが吹き飛んだ。

 破壊したのはリィラだ。彼女の左手からは、ガラスを砕いた際に切ったのだろう、血が滴っている。

 だが、そんなことを彼女が気にしている様子はない。


「リィラ!!」


 思わず叫び、子供たちのところへと駆け寄った。しかし、子供たちのところへ至る前に、更なる轟音が響き渡る。

 ――リィラの脚が、車のドアを思い切り蹴り飛ばしたのだ。回し蹴り。綺麗に踵が入り、ドアがひしゃげる。


「――ハッ。脆いなぁ、随分と。こんな安モンに弁償? 寝言は寝ながら言うてくれんか?」

「…………ッ、て、テメェ……!」


 片方の男が、唸るような声を上げた。もう一人が、怒鳴るように言葉を紡ぐ。


「テメェ何てことしやがる! ふざけんな!」

「あァ? ふざけとるんはどっちや? ごちゃごちゃと御託並べて……玉ついとるんか? それでも男か? 喋くっとる暇があったらかかってきたらええやろ?」


 リィラが右手に抱えていた荷物さえも投げ捨てる。マズいと、子供たちを下がらせながらアリスは思った。

 彼女の逆鱗に触れたもの――おそらく、この子たちに対する侮辱だろう。それはわかる。だが、駄目だ。感情のままに殴りかかってしまっては、後々厄介なことになる。


「リィラ!! 駄目!!」

「――アリス。その子らお願い」


 こちらを振り返らないまま、アリスは言う。聞いていない。こちらの言葉は届いていない。

 どうしよう、という焦りが先行する。無理矢理止める?――駄目だ。向こうの二人もキレている。子供たちに被害が及んでしまう。

 どうしよう、どうすれば、どうしたら――焦り、しかし、子供たちだけは守ろうと自身も荷物を捨てて前に出た時。


「――その辺にしとけよ、そこの小僧共」


 第三者の声が響き、そちらへ視線を向ける。すると、いつの間にそこにいたのか、アリスは自身の隣にその姿を見つけた。

 そこにいたのは、黒髪の男だった。隣には、彼の血縁か同じような黒髪の十歳くらいの少女がおり、その手を引いている。


「天下の往来で騒いでんじゃねぇぞオイ。つーか、傍から見たらどう見てもオメェらが悪人だっつの」

「テメェは関係ねぇだろ!」


 チンピラの片方が、振り払うように男へと手を向けた。しかし。


 ゴキン。


 鈍い音を響かせ、チンピラの手首があり得ない方向へと曲げられる。それと同時に、アリスは見た。

 チンピラが――手首を砕かれたと同時に、宙を舞って頭から地面に落ちたのを。


「おおっと、すまねぇ。つい反射的に投げちまった。わりーわりー」


 軽薄そうに片手で拝みながら言う男性。残るチンピラとリィラには、今の一連の動作が見えなかったのだろう。呆然と目を見開いている。

 男性が連れていた女の子は、いつの間にか離れている。手に何故かスケッチブックを持っているのだが、そこは今考えることではない。

 そして、視線の先で。


「よぉ、オメェ」


 倒れたチンピラの首根っこを掴み、残った方へと男性は視線を向けた。


「――聞きてぇことがある。ちょっと裏に面ァ貸せ」


 そのまま、ズルズルとチンピラを引きずりながら男性はチンピラと共に路地裏へと行ってしまった。

 呆然と、リィラとアリス、子供たちはそれを見送る。



 ――そして、数分後。



「なぁ、そこの姉ちゃんたち」


 一人で戻ってきたその男が、こちらへと笑みを浮かべながら近付いてくる。

 そのまま彼を待っていたのであろう女の子を連れ、こちらまで来ると。


「――ヴァチカンに行く方法、教えてくれねぇか?」


 そんなことを、口にした。



◇ ◇ ◇



 聖教イタリア宗主国の内部にある、世界最小の国――ヴァチカン。そこに、EU各国の重鎮が集まってきていた。

 ヴァチカンは、『聖教』最大の指導者である『教皇』が座す場所である。故にあらゆる国の介入を受けないという権限を持っており、実際にそれが機能している。

 何故ならば。

 ヴァチカンは他国に介入しているが――イタリアに至っては実質的に統治している――他国から、宗教の総本山ということで政治的な干渉を受けないのだ。世界最大宗派であり、『新派』と呼ばれる改革の派閥がイギリスを中心に生まれてこそいるが、EUのほとんどは『聖教』を信仰、合衆国アメリカも国教を『聖教』としているくらいだ。

 影響を与えることがあっても、受けることがない――そんな建前と、実際的にここを攻撃することは世界の半分以上をそのまま敵に回すという事実から、国際会議の多くがここで行われる。

 決して広くはないその国――都市の中に、ソラ・ヤナギと朱里・アスリエルはいた。警護のためだ。


「……警護っていうか、これ、お偉いさんたちの面当てですよねー」

「……面当てという表現はどうかと思うが、まあそうだろうな」


 地べたに座り込み、胡坐をかくソラの隣で、朱里が呟くように言った。彼が背を預けているのは、彼の僚機――〈ブラッディペイン〉が地面に突き刺している対艦刀の刃だ。場所は宮殿の裏手。ここが、彼らに与えられた警護の場所である。

 彼らの他にも、兵たちの姿は見える。しかも、それぞれの集団が別の軍服だ。

 今現在、ここにはEUの主要国の代表、そしてそれを守る少数精鋭が集まっている。


「……つーか、大佐はともかく何で俺がここに?」

「教皇陛下と十二使徒の指名だ」

「的確な答え、どうも。……でもですよ? 他にももっと優秀なのはいっぱいいるじゃないですか」


 イタリア軍の上層部は確かにろくでもない者も多いが、優秀な者もいるにはいる。そういう者たちに任せればいいのにと思うのは、自分だけなのか。

 対し、朱里がため息を交えて言葉を紡ぐ。


「貴様は『アルツフェムの虐殺』から教皇陛下と十二使徒のうち、三人を救い出した実績がある。それ故の判断だろう」

「あんなの、偶然でしょうに。……つかこういう贔屓されっから俺、上から嫌われてんだと思うんですけど」

「今更だ。連中は優秀な人間がとことん嫌いだからな。特に、自分の地位を脅かしかねない者は余計に」

「実力ねー奴に突っかかってる場合かよ……」


 呟く。それに対し、朱里は小さなため息を零しただけだった。

 厄介だ、とソラは思う。しかし、まあいい。嫌われるのは今更だ。やるべきことをやっていれば、給料は貰える。給料があれば、子供たちとリィラを食わしていける。それで十分だ。


「……にしてもまぁ、よくこんだけバケモノが揃ったもんだ」

「何がだ?」

「神将騎と、奏者。……どれもこれも、各国の最強クラスのそれですよ」


 見渡す。目に見える位置に、EUの主要国が誇る最強の神将騎――朱里の〈ブラッディペイン〉に並ぶ機体がいくつもある。


「精霊王国イギリスの〈ナイト・オブ・キングダム〉に、フランス共和国の〈サンタ・ルチア〉。西欧スペイン連合国の〈フレイヤ〉、千年ドイツ大帝国の――」

「スヴェンの〈ミュステリオン〉だな」

「ええ。更にそこに大佐の〈ブラッディペイン〉。……《聖騎士(パラディン)》、《聖人》、《火軍》、《バーサーカー》に《赤獅子》。――大戦の英雄揃い踏みか」

「どの国も、こうアピールしたいのだろうな。――〝万の軍隊よりも、最強の一機が我らを守る〟」


 朱里が言う。正直な話、テロリストにしてもこのヴァチカンを攻撃するのはリスクが大き過ぎて、実際的にはテロの危険はほとんどない。それでも頭の足りない馬鹿のために警備は敷いているが、それとは別の対策もある。


 ……闇市か。胸糞悪ぃし、認めたいもんでもねーけど。政治は政治だ。


『とある事情』により、こういうことに裏から干渉してくる、所謂マフィアたちは首脳会談の間は大人しい。政治とマフィアの繋がりなど、何百年の前からあるものだ。今更どうというようなものでもないのだが。

 だから、その言葉は呑み込み、別の言葉を吐き出す。


「……まあ、それ以外にも神将騎は〈ゴゥレム〉やら〈フェアリィ〉やら〈リカント〉やら……お忙しい――って、大佐!」

「どうし――……ッ!?」


 声を上げた視線の先のものを見て、朱里も息を詰めた。体を浮かし、いつでも〈ブラッディペイン〉に乗れるようにする。周囲を見渡すと、等しく『最強』と呼ばれる神将騎の奏者たちが、朱里と同じように自身の神将騎へと乗り込もうとしていた。

 ソラも無線機を取り出す。言葉を紡がない。ただ、厳戒態勢を取るための非常コードだけを押す。

 視線を向け、空を見上げる。そう――『見上げる』のだ。


 そこに佇むのは、一機の神将騎。

 両腰に巨大なハンドガンのような武装と二本の剣を携え、鉄の翼で中空に浮かぶ神将騎。

 現在、世界で唯一確認されている、『飛翔する』神将騎。

 永世中立国、エトルリア公国の守護者。


 轟く奏者の異名は、《戦乙女》。

 神将騎の名は――〈ブリュンヒルデ〉。


「エトルリア公国が、何の用だ!?」


 誰かが叫ぶ。その叫びは、この場にいる全員の内心を代弁するものだった。

 エトルリア公国――永世中立国を謡う国で、場所はEUとシベリア連邦の間にある。決して大きな国ではなく、それ故に大戦時は『永世中立国』という非戦の構えを無視してEUとシベリア連邦は容赦なく侵攻を行った。

 正直、EUとシベリアのどちらが先に制圧するかという次元の話のはずだったのだが、そこに大きな誤算があった。

 ――《戦乙女》と、〈ブリュンヒルデ〉。

 空を飛ぶ、ということをそもそも想定しておらず、空を飛ぶ理論の欠片も見出されていない現代だ。そんな中で、縦横無尽に『空を駆ける』神将騎が現れた。あまりにも想定外の事態に、EUもシベリアもたった一機の神将騎に多大な損害を受けることになる。

 しかし、エトルリア公国は永世中立国だ。故に、手を出さなければ何もしてこない。そう判断し、捨て置かれることとなった。

 それ以降、『戦争をしない』という現状からエトルリア公国は『世界の金庫』として金を集めていき、現状、あの大日本帝国でさえも正面切っては手を出せない状態にある。

 そんな国が、何故ここへ。その問いに対して答えたのは、差し出すようにして出された〈ブリュンヒルデ〉の右掌の上に立つ人物だった。


『――私は、エトルリア公国の特使として参りました、マイヤ・キョウと申します。EUの首脳会談において一言、申し上げるために馳せ参じた次第です』


 言葉と共に、〈ブリュンヒルデ〉が地面に着地する。そのまま、マイヤというらしい女性が言葉を紡ぐ。


『参加を、認めては頂けませんか?』


 返答は、決まっている。

 決められている。



◇ ◇ ◇



「いやー、ありがとうよ。おかげで美味いご飯にもありつけた」

「いえ、そんな……」


 礼を言われ、アリスは慌てるように頭を下げる。そうしながら、言葉を作った。


「助けて頂きましたから」

「別に助けたってわけじゃねぇ。気に入らねぇ連中だったから叩きのめしただけだ。……まあ、そのおかげでこうして飯屋まで案内してくれてんだから、ありがてぇ話だがな」


 コーヒーを啜りつつ、男が言う。それを受け、アリスは途中だった自己紹介を再開した。


「私、アリスです。すみません、ありがとうございました」

「謝罪と感謝を同時にされたのは初めてだな。まあいい。――俺ァ、虎徹(こてつ)だ。神道虎徹。で、あそこにいんのが俺の愛娘である詩音(しおん)だ」

「えっと、虎徹さんと、詩音ちゃん……ですか」

「おう。詩音、可愛いだろ?」

「はい。とても可愛いです」


 頷き、虎鉄が連れていた女の子――隣のテーブルで、子供たちと一緒にいる――を見る。可愛らしい子だ。雰囲気からして、どこか温和で優しげなものがあり、笑っている表情はとても可愛い。

 ただ、声を発せないのか、スケッチブックの筆談で言葉を交わしているのだが――その字も可愛くて、つい微笑んでしまう。

 そんな詩音は、慣れないであろうイタリア語で子供たちとコミュニケーションをとっている。上手くいっているのか、常に笑顔だ。

 子供たちから視線を外す。すると、前で虎徹がうんうんと頷いていた。


「――アリス、っつったな、姉ちゃん?」

「は、はいっ」


 真面目な声色に、思わず姿勢を正してしまう。虎徹は真剣な表情でこちらを見ていた。

 そのまま、虎徹が手を伸ばし。


「よくわかってるじゃねぇか!」


 思いっ切り手を握られた。眼前、虎徹が爛々と目を輝かせる。


「いやほんとウチの娘可愛いんだって! 写真見るか!? というか見ろ! これとか物凄ぇ可愛くてだな――」


 いそいそと虎徹は懐からアルバムを取り出す。アリスは、ええと、と苦笑した。


「えっと、その……いつも持ち歩いておられるんですか?」

「ふっふっふ……当然!」


 胸を張られた。どうしよう。どう対応したらいいのかわからない。

 やっぱり、自分はコミュニケーションスキルというものがどうしようもないほど低いとそう思う。助けを求めたい、そう思って隣の机に目を向けると――


「ああ、コラ! 零し過ぎや! ちゃんと食器持って!」

「おかわりー」

「贅沢言わない!」

「リィラお姉ちゃん、あーん」

「あーん。……あ、これ美味しい」

『あの人、お母さん?』

「お姉ちゃんだよ?」


 ……リィラは忙しそうだ。しかし、詩音という女の子は凄いと思う。あの空気に一瞬で溶け込んでいる。

 その様子を見て、虎徹も落ち着いたらしい。そのまま、リィラを見ながら言葉を紡いだ。


「リィラ、だったかあの姉ちゃん?……母親か?」

「私にしてみれば、同僚で……あの子たちにしてみれば、ええと、その、姉で、保護者……だと思います」

「成程な。言いてぇことはわかる。――いい、姉じゃねぇか」

「……私も、そう思います」


 頷く。今日のことといい、本当にリィラという女性は強い人だと思う。

 それを見ながら、しっかし、と虎徹が椅子にもたれかかりながら呟くように言葉を紡いだ。


「まさか、ヴァチカンが立ち入り禁止とはな……。折角、観光しに来たってのに。かーっ、面倒臭ぇなあオイ」

「その、時間的な問題なんですが……すみません」

「いや、姉ちゃんが謝ることじゃねぇ」


 頭を下げるアリスに、虎徹が苦笑して応じる。今、彼女たちがいるのは小さな飲食店だ。リィラによると『穴場』らしい。そして、助けてもらった礼としてここでの食事と、ヴァチカンへの案内をしようと思ったのだ。

 しかし、リィラによるとヴァチカンへ今から行くのは無理だとのことだった。ヴァチカンというのは、『聖教』においては最重要拠点であり、聖教イタリア宗主国にとっても重要な場所だ。世界遺産と呼ばれる重要な文化遺産もあり、同時に古文書なども大量に納められている。

 故に、日頃からヴァチカンは入ることのできる時間が定められているのだ。午前十時から午後五時まで、というのがその時間帯だったのだが、今はとある特殊な状況がその時間を短くしている。

 ――EU首脳会談。

 これにより、午後三時には一般入場は全面的に閉ざされることになる。今はもう、午後四時を回っている。向かったところで入れないだろう。


「欧州巡りの締め括りにヴァチカン大聖堂のステンドグラスを拝もうと思ってたんだが、こりゃ明日に持ち越しかもしれねぇなぁ」

「旅行、なさられてるんですか?」

「まぁ、それが半分だな。詩音に世界を見せてやりたくてなぁ。木枯(こがらし)――俺の大事な大事な妻だ。美人で可愛いんだこれが。まあいい。それで、木枯も一緒に来れれば良かったんだが、忙しくてな。で、俺も仕事ついでに詩音連れてこっちに来てる。あと二日もすりゃ、戻るんだがな」

「世界を、見る……」


 うんうんと頷きながら言う虎徹の言葉を、アリスは呟く。世界を見る。それは、自分がやりたかったことで。そして、目の前にいる人は自分と同じこの国で、それを『している』と口にした。


 ――嗚呼、そっか。そうなんだ。


 思う。自分はもう――それを叶えていたのだと。

 今ここで見ているもの。このイタリアで見たもの、触れたものが――『世界』だ。

 故に。


「……そっか」


 誰にも聞こえぬよう、小さく呟いた。目の前で、どうすっかなー、と唸る虎徹をぼんやりと眺めながら、アリスは思う。


 ――私は、もう。

 一人で、『約束』を果たしてしまったのだと。


 だから。

 だからもう――



◇ ◇ ◇



 深夜。神道虎徹は、純白の軍服をその身に纏っていた。両肩に着けられた腕章、そこにはそれぞれ『忠』と『心』の文字が刻まれている。


「いやー、詩音に友達ができたし、良い旅行だったぜ」


 腰に左腰に大小二本の刀を提げ、右腰に二丁の拳銃を装備した彼は、夜の街を歩いていく。

 人通りはない。彼が咥えた煙草から紫煙が零れ、彼の通り道を白く染めているが……それを邪魔する者はいない。

 いくら深夜であっても、普通は多少なりとも人通りがあるものである。しかし、ここには一切ない。


「……ヘッ。臭うねぇ」


 呟く笑みは獰猛だ。そのまま彼は、一つのシャッターが下ろされた扉の前に立つ。そして。


「――シッ」


 切り裂いた。シャッターがズレ、そのまま、斜めに入った一撃によって強引にこじ開けられる。身を屈め、中へと入る虎徹。そこで、彼は見た。

 階段。暗闇へと続く、地下への道。

 カチン、という音を響かせ、ジッポで火を灯すと、そのまま地下へと歩いていく。

 コツ、コツ……そんな足音がしばらく響いた後、虎徹はそこへと辿り着いた。扉と、その前にあるカウンター。そこにいるのは、一人の男だ。


「おや、いらっしゃい――」

「御託はいらねぇ」


 言い捨て、虎徹は黒服の男へと銃を突きつけた。そのまま、言葉を紡ぐ。


「――質問は一つだ。主催者はどこにいる?」


 そして――



 ――――。

 ――――――――。

 ――――――――――――。



 バタン、という扉が閉まる音。それを聞き、黒服の男はくそっ、と吐き捨てるように言葉を紡いだ。そのまま、彼は内線を掴むと、怒鳴るように言葉を紡ぐ。


「『違反者』だ! 捕まえろ! 特徴は黒髪黒瞳に、白い服を着てる! 武器も持ち込んでやがるぞ!」


 くそっ、ともう一度黒服は吐き捨てる。


「――コミュニティーをナメやがって……!」



◇ ◇ ◇



「こうして見ると、やはり規格外の神将騎だな」

「空飛ぶとか、どうなってんでしょうねー」 


 変わらず警備を受け持っている場所から、宮殿広場の中央に佇む神将騎――〈ブリュンヒルデ〉を眺めながら、朱里とソラの二人は呟く。あの後、マイヤとかいうエトルリア公国の代表は宮殿入りをし、護衛が一人ついて行った。しかし、〈ブリュンヒルデ〉の奏者は出てこない。

 良い判断だと、朱里は思う。ここ――宮殿広場にいる神将騎と奏者は、自分を含めて全員が一騎当千の猛者だ。いつもなら牽制くらいしかしないものだが、この状況下では違う。エトルリア公国は本来、参加の予定はなかった。そもそもEUに加盟していないのだから当然だ。

 それが、ここに来て参加の意志を示してきた――それも、〈ブリュンヒルデ〉という国防の要を持ち出してまでだ。

 そんな状況だ。いつでも動けるよう、内部で待機するのは正しい判断だ。中にいる奏者はかなりのストレスを感じているだろうが、それは自分が考えることではない。

 耐えられる――その前提を以てここにいるはずなのだから。


「……ソラ。この状況、お前はどう見る?」

「エトルリアが何を求めてんのかがわかりませんし、何とも。……きな臭いなー」

「エトルリア公国か……。確か、永世中立国だったか?」

「EUとイタリアの間にある国で、その『永世中立国』って立場のおかげで『世界の金庫』って呼ばれてますね」

「確か、世界中の富豪共が金を集めているんだったか」

「ま、安全っちゃ安全ですしねー。イタリア含め、色んな国が借金してますし」


 ソラが肩を竦める。エトルリア公国。それは本当に厄介な国だ。


 ……俺は参戦しなかったが、イタリア軍も手酷くやられたんだったな。


 やったのは、主にあの〈ブリュンヒルデ〉だ。『制空権』などというふざけた言葉は、あの神将騎のおかげで生まれたと言ってもいい。正直、自分でも一対一でやり合えば勝てる確率の方が低い。

 難敵だ。故に、どの国も手が出せない。空を飛ぶ術などどの国も理論さえも構築できていないのだ。

 故に、正しく最強。

 それが――〈ブリュンヒルデ〉。


「しかし、ソラ。お前は言ったな?」

「何をです?」

「きな臭い。――どういう意味だ?」


 横目で視線を送る。ソラはこちらに一瞬だけ視線を送ると、んー、と唸るように首を傾げた。


「前から不思議なんですよね。大日本帝国軍、あるじゃないですか」

「ああ。それがどうした?」

「あれがイギリス、アメリカと繋がりがあったのは、その、明言してないですけど大戦前からわかってたことでした。だからあの二国は攻撃を受けなかったし、それでも俺たちは――他のあらゆる国は大戦で攻撃を受けましたよね?」

「……そういえば、そうだな」


 頷く。言われてみればその通りだ。大日本帝国は、期間、規模、結果――結果は全て勝利だが――如何に関わらず、あらゆる国々に攻撃してきた。


「中華帝国はほとんど制圧に等しいことして元老院を潰してますし、ガリア連合についてもEUとガリア連合の国境に風穴開けたのは大日本帝国です。……その時、スペインが喰われたんでしたっけ。

 でまあ、イタリアとフランスは『アルツフェムの虐殺』。ドイツはシベリアでかち合った時に蹴散らされてますし、南米なんて《七神将》の一人が焼き討ちやってますねー。中東には手ェ出してないですけど、それは中東が戦争できる状態じゃなかったからでしょうし。

 ――でまあ、その中でエトルリア公国だけが、大日本帝国の攻撃を受けていない」

「…………」


 確かに、と無言の中で朱里は言葉を作った。言われてみればそうだ。エトルリアと大日本帝国は交戦の事実がない。

 しかし、それは場所における問題があるだろう。


「エトルリア公国は防戦を構えた国だ。わざわざ攻める必要はなかった。そうじゃないのか?」

「それを言うなら、南米やら欧州やらガリアなんてのは攻める方が無茶ですよ。それに、大戦における大日本帝国の目的は、おそらく『他国に力を誇示すること』だったはず。エトルリア公国なんて、潰せば最大の宣伝ですよ」

「……〈ブリュンヒルデ〉を恐れたか?」

「あの《七神将》なら、どうにかしそうですけどねー……」


 ソラが言う。その言葉から、朱里は彼の言わんとすることを理解した。

 エトルリア公国が攻撃を受けなかった。それはつまり。


「――大日本帝国とエトルリア公国に、繋がりがあると? イギリスやアメリカのように」

「だとしたらまあ、介入があるでしょうね。今回の議題における、最重要の案件は統治軍と叛乱軍についてです。――面倒臭くなりそうだなぁ……」


 呟くソラの視線の先には、〈ブリュンヒルデ〉がいる。それは、ただただ黙してそこに佇んでいるだけだ。


「……コミュニティーの件もあるし、荒れそうだよなぁ」

「コミュニティー、か」


 呟くソラの言葉に応じる。コミュニティー……欧州のマフィアたちによって形成されるネットワークで、地下――古代の遺産として存在する、地下の大空洞――で行われる闇市には、平然と軍の放出品(サープラス)が並んでいる。

 そこから発生する利益の一部が国へと流れるからこそ、見逃されているわけだが……。


「……スラム出身のお前には、思うところはあるか?」


 問いかけに、ソラはどうですかねー、と言葉を作る。


「まあ、『奴隷狩り』とかは結構きつかったですけど、今更どうとは。生きるのに必死でしたし、つーか、あれのおかげでここにいるんですし。……今更、私情でどうこう思うほどまともな神経してませんし」


 まあ、とソラは言った。


「ああいうのは頭潰さないとどうにもなんないですからね。あれの頭を潰すのは――欧州の頭を潰すのと同じですから」

「成程。……無理な話だ」

「お互い、飼われた籠の鳥ですからねぇ」

「確かにな」


 自分は、大切な妹を。

 ソラは、彼が背負った子供たちを。

 それぞれ、守りたい者のためにイタリアに尽くしている現状だ。

 ふう、と朱里は息を吐いた。そのまま、問いかける。


「……貴様、時間を作って咲夜の見舞いに行くつもりはあるか?」

「……いきなりですね?」

「咲夜が会いたがっている」


 ため息。別に、この男に不足を感じるわけではない。少し、思うだけだ。


「どうだ?」

「でも大佐、嫌がってますよね? 俺が会いに行くの」

「咲夜は別に恋愛感情としてお前が好きなわけではない。それはお前も理解しているだろう。……だがな、思ってしまう。お前と咲夜の会話を見ていると」


 言う。


「――お前なら良いんじゃないか、と」


 ソラ・ヤナギならば。

 任せられるのではないかと、そう、思ってしまうのだ。


「それは……駄目ですよ」


 苦笑を零し、ソラは言う。

 そんなことを。


「俺は、誰かを支えられるような人間じゃない」

「わかっている。支えることはできず、守ることはできる。……難儀な男だ」

「人のこと言えないくせに」

「自覚しているから安心しろ」


 吐息交じりに言い捨てる。

 支えられるだけで、支えてこなかった。ただただ、高いところから守ることしかしてこなかったが故に。

 だから、と思う。

 守るだけではなく、誰かを支え、その誰かと共に守り合うことができる者がいるならば。

 それはきっと――自分たちでは見ることのできない答えを見せてくれるのではないだろうかと。


「さて、EU首脳会談。……面倒臭くなってきたねぇ」

「どう転んだところで、やることは変わらんがな」


 結局、戦うことしか自分にはできないのだ。

 だからこそ。

 ――ここにいるのだから。



◇ ◇ ◇



 コミュニティーによって開かれる、闇市の最奥。VIPルームと呼ばれる、粛清の場所。

 赤い何かが至る所にこびりついたそこに、虎徹はいた。

 漂うのは、鉄の臭い。鉄の味。嗅覚からでもわかるほどに濃密な死の気配の中心で、全身を血に染めた男が立っている。


「俺の娘な、今年で十になってなぁ。可愛くて可愛くて。溺愛上等でな」


 血の海の最奥。こちらを睨み据えるようにしている男に向かって、虎徹は言葉を紡ぐ。


「色んなもん見せてやろうと思ってな。体は元気で頭は良いんだが、どーも心因性? とか、そんな理由で声が出せないんだそうだ。まあ、時間の問題だとは医者が言ってやがったけどな。今はいないが、あの女の診断は信用に値する。まあ、義理とはいえ妹を疑うわけにはいかねぇしな」


 一歩、一歩と、自身が創った血の海を虎徹は歩いていく。その中で、オメェ、と言葉を紡いだ。


「奴隷売買、やってやがるな?」

「…………」


 問いかけに、男の眉が一瞬だけ跳ね上がった。虎徹は、とぼけんじゃねぇよ、と言葉を紡ぐ。


「ウチの娘の夢のために、俺ァ娘連れて欧州巡ってきた。子の夢は親の夢だ。俺ァよ、ずっと待ってんだ。娘が夢叶えんのをな。……娘だけじゃねぇ。今の《七神将》はほとんどが俺の後輩共だ。ガキの頃から見てきた以上、アイツらの夢も応援してやりてぇと思う」


 足を止める。


「――オメェら、邪魔なんだよ」


 言う。


「驚いたぜ本当によ。奴隷は禁止令が出てるはずだってのに、俺が大日本帝国の大使だって話をしたら欧州の貴族共はどいつもこいつも奴隷の所有を自慢しやがる。全員と顔合わせたわけじゃあねぇが、今んとこドイツのマユって姉ちゃんだけだぜ? その現状に対して、どうにかしたいと言いやがったのは」

「……マユ・ランペルージか。ふん。『綺麗な』貴族だな。力もない」

「――いつ、発言許可した?」


 ヒュッ、という静かな音が響き、男の左耳が千切れ飛んだ。激痛に、男が悲鳴を上げそうになる。しかし。


「おっと。男の悲鳴なんざ聞いても仕方がねぇからな」


 左手で頭を掴み、右手の銃を口内へと押し込む。そのまま、虎徹は顔を近付け、言い放つ。


「……オメェに、この気持ちがわかるか? 娘の話し相手になれるかと、貴族の館で声かけた子供が全員奴隷だった時の気持ちが。俺を見て、触れただけで『汚した』なんて延々謝り続ける子供を見る気持ちが。――娘と同じ年のガキが! このクソ寒い中布服一枚で外に出されてるのを見つけた時の気持ちが!!」

「…………ッ!! …………ッ!!」


 男が暴れようと、両の手を伸ばす。しかしそれを、虎徹は一歩引くと同時に刀を抜き、両の腕を切断することで対処した。


「――――――――ッ!!」


 絶叫が響き渡る。虎徹は血飛沫をその身に受けながら、ふん、と吐き捨てるように言う。


「汚ねぇ絶叫だねぇ、おい。……安心しろ。俺の手が届く範囲で、ここは全部潰してやるから」


 刀を振り下ろす。その一撃で断ち切られた首が宙を舞い、男は息絶えた。


「さて、任務だ。……明日のヴァチカンのために、ここで首を獲っておかねぇとな」


 部屋を出る。その手には、断ち切った男の首があった。

 廊下に出る。嫌に静かだ。まあ、あそこで何があったかを知る者はあまりいないのだろうから当然だ。闇市に入ってすぐ、あそこへ運ばれたわけだし。

 途中、声が聞こえた。見れば、手足を鎖で繋がれた子供たちがこちらを見ている。

 ――奴隷。

 主にスラムなどから連れてこられる存在で、彼らは人ではなく『物』として扱われる。つまり――彼らに、権利など存在しない。

 故に。


「オメェら、ここから逃げな」


 手足の鎖を刀で断ち切りながら、虎徹は言った。子供たちが、目を白黒させながらこちらを見る。誰も彼も、ボロ雑巾のような衣服を纏っていて……虎徹は、憤りの表情を隠すことに必死だった。


「あ、あの」

「他にはいるか?」

「た、多分、いないと思います……」


 娘と同じ年ごろの子供たち。女の子が多いのは、『そういうこと』だろうが……それが、より一層虎徹の心に火を灯す。

 上等だ、と。

 そう思う。


「しばらく隠れてな。それと、これを持ってけ」


 二丁ある拳銃のうちの一丁を、子供に渡す。子供には扱えない銃だが……それぐらいで丁度いい。


「逃げた後、ドイツを目指せ。そこに、マユ・ランペルージって貴族がいる。その銃見せて、そいつを頼れ。……悪いようにはしねぇだろう」


 この件の情報と、依頼をくれた人物のことを思い出す。おそらく外では虎徹の部下たちが待機しており、突入を待っているだろう。後はここの掃除で全てが終わりだ。聞きたいことは聞き出せたし。


「俺ができんのはここまでだ。後は、オメェら自身で掴み取れ」


 そして、子供たちへと虎徹は背を向けた。

 無線を取り出す。そして、彼は指示を出す。


「リストは手に入れた。突入しろ。一人残らず皆殺しだ。明日の会議で脅しかけるためにも、仕損じは許さねぇ」


 言いつつ、思う。もう二度と、間違えることはないと。


「ガキ共には隠れてるように指示した。……全員敵だ。いいな?」


 かつて、大日本帝国には『吉原』と呼ばれる、天国と地獄を混ぜたような場所があった。

 その存在を虎徹は知らなかった。知らされなかった。

 女たちが囚われ、地獄を見ているその場所を。

 ――そして。

 その場所が、自由を求めた《女帝》を産み、多くの悲しみを生み出した。涙したのは自分たちだけではない。おそらく、《女帝》が一番多くの涙と無念を感じた。

 知っていれば、変わったかもしれないと思う。

 だから、今度こそ。

 神道虎徹は、あの時のような涙を見ないために、戦うのだ。


「いいなオメェら? 世界を統一するために、まずはヴァチカンの会議を操作する。その上で、俺たちは帝と大将の道をつける。あの馬鹿二人の信じる世界を、俺ァ実現する。――返事は?」

『『『応ッ!!!!!!』』』


 応じる声は力強い。だからこそ。


 ――神道虎徹は、刀を握る。

 信じるものは、『忠心』。

 一つは妻が背負ったもので。

 一つは友が背負っていたもの。

 両腕に、それを背負い。


 闇の中、極東のサムライたちが駆け抜ける。

 記録に残らぬ、激戦だ。

……何というかすいません。会議といいつつまさかの持ち越し。

次回こそ、次回こそ血を見ない会議を!!


というわけで、空が飛べるという素敵なチート搭載の神将騎が出てきたり、娘溺愛しまくりのお父さんが登場したりです。

いやー、護くんたちが少し恋しいですね。

次回こそ会議。そしてようやくシベリアへと戻ります。


と、今回で大体の状況説明は終わったはず……です。まあ、できるだけ複雑にはしたくないとは思いますが、わからない点等ございましたらご意見ください。


感想、ご意見お待ちしております。


ありがとうございました!!

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