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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
シベリア動乱編―約束―
25/85

第二十話 軋み逝く理由


 城塞都市アルツフェム。その格納庫で、二人の女性が言葉を交わし合っていた。

 出木天音と、レベッカ・アーノルドだ。その二人の様子は、まるで勉強を教える教師と生徒のようである。


「そうです。神将騎とは、全身を……そうですね、人間でいうところの血管ともいえる配線を伝える電子信号で動かしています。電気信号のスピードはまあ、光速に迫るレベルとされていますから、〝奏者〟がこうしよう、と考えてから実現に移るまでは一秒以内というところですね」

「成程……。それを統括しているのが、神将騎のシステムなんですね?」

「そうです。神将騎は〝奏者〟がいなければ起動さえできないと思う方が多いようですが、それは誤りです。動かすことができないだけで、然るべき手順を踏めば起動そのものは可能です……と、これは必要ありませんでしたね。ジャンク当然の神将騎を再生したあなたからすれば」

「い、いえっ。あれも試行錯誤の結果で、護が現れなかったら結局どうにもなりませんでしたし……」


 微笑む天音の言葉に、レベッカは苦笑を漏らして首を振った。〈フェンリル〉という、護が〈毘沙門天〉へと乗る前に使用していた神将騎を組み立てたのは彼女だ。

 彼女が住んでいた村は小さな村であったが、そこは戦場になって潰されてしまった。その際に、〈フェンリル〉は大破して放棄されたのだ。

 一人だけで生き残った自分。それを案じて自分の村を潰したシベリア軍からレオンは無断で抜けてきた。そうして、隠れるようにして生き、護とレイドの二人に出会い、ここに至る。


 ……こうして考えると、凄いなぁ……。


 内心で呟く。戦争が起こる前は想像もしていなかった現実だ。小さな村の片隅で、それこそ文字通り世界に何の影響も与えることなく死ぬ者だと思っていた。

 それが、今やシベリアの大地における戦場の真っただ中にいる。

 別に、そこで影響を持てると思っているわけじゃない。当事者であるだけだ。それが似合いだろうし、それで十分だと思っている。


「ただその、システムの調整はやっぱり難しいです……」

「神将騎専用の小型端末があるにはありますが、使い難いですからねぇ。ブラックボックスも多い性質上、無理からぬこともかもしれません」


 頷きつつ、天音はポケットから小型の端末を取り出した。世界中で似たような形のものが使われている、神将騎用の端末だ。予め神将騎に接続、データを丸ごとコピーすることで、『以前との差がないか』についてチェックするためだけのものである。


「こんな物でできることは知れていますから、結局は装甲を外して直接システムを弄るしかありませんからね。まあ、そのシステムについて弄ることさえできることは知れていますから、大したことはできないのですが」

「そうなんですよね……」

「デジタル技術と呼ばれるものが出現し始めているとはいえ、まだまだ稚拙であると同時に未熟。アナログ手法が基本です。というわけで、暗記が大事になるのですよ」

「暗記ですかー……」


 呻くように呟く。別に苦手なわけではないが、兵器関連の暗記は専門用語が多くてどうしても苦労する。専門用語の説明のために別の専門用語を引っ張り出し、更に別の……という状況になりかねない。

 シベリア連邦は教育の概念が普及している先進国の一つだった。今は状況が状況であるためそれもないが、レベッカも普通教育と呼ばれる十五で終わるものを受けてはいる。しかしそれはあくまで一般教養。レベッカなどは元々村で教育を受けつつ機織りを生業にしていたので、兵器についての知識などほとんどない。

 今までは場当たりでどうにかしてきたが、これからはそれだけでは通用しない。故に、レベッカはこうして天音に色々なことを教わっているわけだが……。


「……本当に、先生の知識は凄いですね」

「まあ、その辺の無知な方々よりは見識があると自負しますが……そこまで凄いことではありませんよ。必要だから身に付けたことですしね」

「必要?」

「そこは秘密です。女は秘密が多いからこそ輝くのですよ?」

「そうなんですか?」

「あると見せかけるだけで、男というのは勝手にあれこれ想像するのです」


 天音が肩を竦める。そういう動作さえもいちいち堂に入っていて、どこか気品があるのだから……この女性は、本当によくわからない。

 出木、天音。

 基本的に下の名前である『天音』としか名乗らず、おそらく姓名まで知っているのはレベッカを含めてもそう多くないはずだ。

 何故そんな名乗り方をするかはわからない。意味があるのかもしれないし、ないのかもしれない。良い意味でも悪い意味でも、この人は謎な部分が多過ぎる。


「まあ、あなたはまだ若い。真っ直ぐに生きなさい」

「はい。……そういえば、ずっと気になっていたんですけど、その資料は何ですか?」

「ああ、これですか?」


 天音が左手に持っている紙の束を軽く上げる。そうしてから、彼女にしては珍しく苦笑を零した。


「若さ故、というほどに年老いてはおりませんが。……これは、愚かだった頃の私の過ちの結晶ですよ。捨ててしまえば、消してしまえばいいのでしょうが……臆病な私には、それさえもできず」

「臆病、ですか?」

「想像できませんか? こんな私でも、愛した人の胸元で、ただただ泣いたことがあるのですよ。全てを捨ててでも、失ってでも、あの人の側にありたいと……そう思ったことがあるのです」


 苦笑を深くする天音。その姿を見て、レベッカも微笑を零した。


「いいですね、格好良いです」

「そこまでいいものではありませんよ。失ったものは多かったですし、結ばれてはならない間柄でもありました。……だから、思うのですよ。あなたたちには、そういう人生を歩んで欲しくないと」


 天音は、言う。


「あの少年が何を悩んでいるかは知りませんが、十中八九、そちらのことでしょう」

「少年、って……護ですか?」

「そうです。彼のことを見聞きした期間は決して長くはありませんが、それでもわかります。どうしようもなく歪な精神構造をした彼は、正直解放軍に対しては何とも思っていません」

「何とも思っていない?」

「無論、良い意味でですがね。彼が見ているのはいつだって目の前にいる人間であり、囚われている人々です。国という単位で物事を考えられないのですよ、彼は。あの少年が見ているのは、いつだって『人間』です」


 言われた言葉に、確かにとレベッカは内心で頷いた。

 護・アストラーデ。あの青年は、いつだって目の前の命だけを見続けてきた。摩耗しながら、その身で自分たちを守りながら、ずっと目の前の命だけを。

 ボロボロになって、傷だらけになって、それでも護は誰よりも前に立つ。

 確かにそれは――歪んでいるのかもしれない。


「解放軍は彼に『希望』という、『英雄になれ』というあまりにも残酷なものを背負わせようとしています。そして彼はそれを背負えてしまうでしょう。その時、彼がどんな選択をするのかは知りませんが……いずれにせよ、いつか彼は壊れる時が来る」


 私たちのように、と天音は言った。


「世界に牙を剥いた者は、例外なく漆黒の闇に足を取られ、そこへ引きずり込まれます。そのままその闇に染まってしまうか、光へと背を向けるか、それでも光へと手を伸ばすのかはその者の自由。まあ、できるならば……後悔しない道を選んで欲しいものです」


 言い切る天音。彼女の言い回しは難しく、何を言っているのかがよくわからない。

 だが、わかることが一つだけ。


「先生は、後悔しているんですか?」

「していますよ。後悔と懺悔に塗れ、光へと背を向けた成れの果てが私です。……約束一つ果たせなかった、愚かな女。それが私なのですよ」


 不意に、天音が持った紙の束から一枚の写真が落ちた。

 レベッカがそれを手に取る。そこに写っていたのは、一人の小さな女の子だ。年の頃は、六、七歳といったところだろうか。楽しそうに笑っている。


「先生、これは……?」

「捨てられない理由です。親友の子供でしてね。私のような女に、随分と懐いてくれていて」


 親友、天音がそう呼ぶ相手はどんな人物なのか、レベッカは気になった。しかし。


「…………」


 レベッカは手渡した写真を見て微笑む天音の姿を見ると、そんなことは聞けなくなる。

 天音はいつも微笑を浮かべている女性だ。しかし、その微笑はおそらく天音にとっては仮面のようなもの。その笑顔の裏にあるものを見ることはできない。

 だが――今の天音は。

 まるで慈しむような笑顔で、その写真を眺めている。


「…………」


 その様子を眺めながら、レベッカはふと写真に写っていた女の子と天音の顔が重なるのを感じた。


 ……似てる、よね?


 あの写真に写っていた少女と、天音が。

 どこか――似ているように感じたのだ。

 どうしてかは、わからないのだが。



◇ ◇ ◇



「……随分と乱暴な隠蔽だね」


 第四収容所のすぐ側、自然にできたのであろう洞窟の中でアーガイツ・ランドール……アランは呟いた。彼の周囲には、彼が持つ灯りによって照らされた無数の死体がある。

 その全てが、統治軍の人間のものだ。それも、ほとんどが原形を留めていない。


「おそらく、僕たちが制圧した第十七収容所からの敗残兵……だけど、どういうことだ? この傷は、まるで神将騎にでもやられたような損傷だ。――何があった?」


 眉をひそめる。別行動の護がすでに潜入している間、アランは周囲の探索をしていた。あまりにも人の気配がしない第四収容所に不信を覚えたのだ。

 そして周囲を調べてみると、これである。

 ――無数の、統治軍の兵士と研究者と思しき者たちの死体。

 あそこには、何かがある。


「……あまり、想像したくないけど」


 呟く。自軍の味方であるはずの者たちを受け入れず、更には中にいたはずであろう研究員たちを切り捨てる。

 シベリアの現状。そして、首都モスクワから遠い位置にあり、早期に作られた攻め込みにくい収容所……このピースを揃えて浮かび上がるのは、ろくでもない推測だけだ。


「……護くん、だったか。彼に伝えた方がいいな。もしかしたら、もう中に入っているのかもしれないけど――」


 ドンッ!!


 呟いた言葉は、響き渡る轟音によって遮られた。洞窟を出る。すると、第四収容所の外壁を吹き飛ばし、一機の神将騎が出現した。

 蒼い騎士甲冑のような機体。傭兵として戦い、前大戦でも名を馳せたアランには、その機体に見覚えがあった。

 ――〈アロンダイト〉。

 前大戦において、アフリカ大陸――『ガリア』への大日本帝国の侵攻を支えた機体だ。確か、《神速刃》と呼ばれる《七神将》の腹心と聞いたことがある。


「何故、こんなところへ大日本帝国の神将騎が――……?」


 これはあくまで、統治軍と解放軍の戦いだ。そこへ、どうして大日本帝国軍が介入してくる?

 あの国は妙な国だ。その気になれば、シベリア連邦を制圧することも可能だっただろう。それだけではなく、中華帝国やガリアさえも制圧できたはずだ。

 だというのに、中華帝国には相談役を派遣し、治安維持に協力するだけで実質の国政には口出しをしない。シベリア連邦の統治軍についても多少は口出しがあったものの、実際は権益のほとんどをEUへと譲り渡し、ガリアについても共闘した合衆国アメリカへ丸投げに近い状態で渡した。

 本当に不思議な国だ。しかし、アランはそこへ一つの恐怖心のようなものを抱いたのを覚えている。


 ……かつて、歴史上に如何なる国も侵略せずに支配した国があったか?


 人類の歴史が戦争だとしたら、国の歴史は侵略と支配だ。発展も進歩も、全てはその付随に過ぎない。しかし、大日本帝国はその全てを否定している。

 侵略と侵攻は違う。大日本帝国は侵攻を行っただけで、どの国も侵略はしていないのだ。

 しかし、今や世界中の国が大日本帝国を恐れている。彼の国が何かを言えば、EUであろうと合衆国アメリカであろうと中華帝国であろうと無視はできない。


「…………ッ!」


 走り出し、隠しておいた〈セント・エルモ〉へとアランは乗り込む。厄介な状況だ。ここで大日本帝国軍が本格的に絡んできた場合、解放軍は本気で壊滅に追い込まれる。

 統治軍と正面から激突することさえできないのだ。大日本帝国など相手取って、勝てるはずがない。


「真意を確かめる……!」


 最早、隠密行動は無しだ。この状況、ここにいる〈アロンダイト〉を相手取り、状況を見極めるしかない。

 起動させる。モニターで〈アロンダイト〉を確認する。

 ――そこで、人影を見つけた。


「あれは……!?」


 失ってはならぬ青年が、そこにいる。

 踏み込む。駆け出す。


 躊躇なく――〈セント・エルモ〉のガトリング砲を射撃した。



◇ ◇ ◇



 雪原を吹き飛ばすような威力で吐き出される弾丸の掃射。直撃コースにいたはずの〈アロンダイト〉はしかし、それを後方へと大きく跳躍することで避けてみせた。収容所の壁の内側へと入り込んだ〈アロンダイト〉は、ガトリング砲の掃射を外壁を盾にして凌ぎ切る。

〈セント・エルモ〉の両肩にあった二門の大砲は、現在外されている。あれは〈セント・エルモ〉の主武装であり、その照準を合わせるために配線を本体へと繋いでいた。一度外したそれの調整が難しいらしく、現在は取り外されている。

 だが、大砲がなくとも〈セント・エルモ〉にはまだ武装がある。右腕のガトリング砲と、左腕の爪。肩に備えられた小型のアンカー。

 見たところ、機体の出力自体はそこまで差があるように思えない。退くという手もあるが、この状況ならば踏み込んだ方がいい。


「…………ッ!?」


 そう思い、アランが〈セント・エルモ〉を進ませたところで、突如目の前で閃光が走った。

 第四収容所――そこが、爆発を始めているのだ。


「一体何を……、――ッッ!?」


 爆炎によって照らされる、蒼い神将騎。そいつは大剣を地面に突き刺すと、こちらへと右腕一本で構えたアサルトライフルを向けていた。

 吐き出される弾丸。咄嗟に機体を隠し、その弾幕を凌ぐ。


 ――収容所をどうして……!?


 こちらへと射撃を行ってくる〈アロンダイト〉に対する対策を考えながら、アランは状況を必死に分析する。あの爆発は護のものではない。いくらなんでも、あそこまでの規模で爆発を起こせるほどの爆弾は持ち込んでいないはずだ。

 となれば、自ら爆破したという線が濃い。だが、何故だ?

 殺されていた、相手にとっては味方であるはずの者たち。

 人の気配がない収容所。

 そして――大日本帝国の神将騎。

 ……嫌な想像が、現実味を帯びてきた。


「……これは、何が何でも話を聞かせてもらわないとね」 


 口に出し、行動指針を確認する。ここに何故、大日本帝国の人間がいるのか。何故こんな場所に第四収容所を建設したのか。

 その理由は、どうせ碌でもないのだろうが――


「――やるしか、ない」


 そして、アランは踏み出した。ガトリング砲を構え、〈アロンダイト〉目掛けて連射する。それに対し、〈アロンダイト〉はアサルトライフルを投げ捨てると、大剣を手にして右へと大きく迂回を始めた。

 それを追って、ガトリング砲の掃射を続ける。だが、速い。捉え切れない。

 舞い上がる雪の霧。その最中、遮蔽物のせいでガトリング砲の砲門が〈アロンダイト〉を追えなくなった。

 チッ、と舌打ちを零すと同時に、アランはその場を飛び退いた。数瞬後、モニターに影が映る。


 ――上ッ!


 直後、轟音が響き渡った。振り下ろされた大剣の一撃が地面を吹き飛ばしたのだ。とんでもない跳躍力だ。あの距離から、ここまで跳んできたというのか。

 アランはすぐさまガトリング砲をそちらに向け、容赦のない掃射を行った。

 だが、〈アロンダイト〉は右と左を入れ替え、左へと持ち替えた大剣を盾にし、銃弾の嵐を防ぎ切った。大剣の刀身が折れる。だが、それで身を守った〈アロンダイト〉はそのまま踏み込んでくると、折れた大剣でガトリング砲の銃身を弾いてきた。

 銃声が響き、近くの崖へと弾丸が突き刺さる。〈アロンダイト〉へは届いていない。

 そして振るわれる、〈アロンダイト〉が右手の構えた刀の一撃。それを〈セント・エルモ〉は左腕の爪で受け止めた。

 金属音。拮抗する力。だが、鍔迫り合いは一瞬だ。


 ガツッッ!!


〈セント・エルモ〉の両肩から発射されたアンカーが、〈アロンダイト〉を叩いた。装甲の破片が飛び散り、同時に〈アロンダイト〉の体勢が崩れる。

 それを好機と、アランはガトリング砲を構えた。そのまま掃射を開始する。

 だが、当たらない。弾丸は見当違いの方向へと飛んでいく。


 ――さっきの一撃で砲身が歪んでるのか!?


 一瞬の逡巡。しかし、それを許してくれるほど甘い相手ではない。

 突き出されたのは、折れた大剣だ。鋭い突きの一撃。アランはそれをガトリング砲の砲身で弾き飛ばすと、左腕の爪を突き刺した。

 甲高い金属音。今度は刀でそれを受け止められた。チッ、と舌打ちを零す。

 アンカーを射出するが、今度は〈アロンダイト〉も上手く機体を捻り、ダメージを抑えてきた。

 マズい、と呟く。〈セント・エルモ〉は中・遠距離戦が主体の機体だ。接近戦ができないわけではないが、得意ではない。事実、両肩の砲門を破壊された〈ワルキューレ〉との戦闘とて、一気に接近戦へと持ち込まれたからこそだ。


「…………ッ!」


 どうする、と自問が続く。退くにしても、機動力の面で互角である以上引き離すのはおそらく難しい。

 離れたところで、肝心のガトリング砲が使えなくなっているのだから戦闘の続行は不可能に近い。

 どうすればいい、どうすれば――そんな思考が廻ったところで。


 ――ゴバッッッ!!


 轟音が目の前で響き渡った。眼前、振り下ろした刀の一撃で雪を巻き上げ、飛来してきた神将騎がいる。

 黒と銀の、まるで鎧武者のような居住まいをした神将騎。


『……下がってくれ』


 こちらへ背を向け、その神将騎は腰から刀を一本、抜き放った。


『こいつは――俺がぶちのめす』


 そして、解放軍の希望たる神将騎が前進する。

 前方で、凄まじい力同士が激突した。



◇ ◇ ◇



 眼前の神将騎――〈アロンダイト〉を睨み据え、外部スピーカーを開きながら護が吠える。


「テメェは、誰に手を貸してんのかわかってんのか……?」


 鍔迫り合い。出力ではこちらが上らしい。全力で押し込んでいると、徐々に進んでいく。


「テメェは、この国でどれだけの人が苦しんでるかわかってんのか……?」


 静かでいて、しかし、それでいて重い言葉を発する護。

 頭痛が酷い。思考力を奪おうと、叩き付けるような頭痛が続く。


「テメェはっ……!」


 余裕のない思考。その中で浮かぶのは、たった一つの想い。

 たった一人の少女の、涙を流すその顔だけ。


「テメェは! 何を知ってここにいるんだよ!」


 踏み込み、力任せに〝海割〟を振り抜いた。金属音。〈アロンダイト〉は体勢を崩すが、折れた大剣を投げ捨てると、すぐさま両手で刀を構え直した。


「大日本帝国だと!? 今更テメェらがここに何の用だ!? まだ奪い足りねぇのかよ!? 俺の現実を! 約束を奪っておいて! それでも足りねぇのか!? こんな、人を実験動物みたいに扱うような真似までして! それがテメェらの流儀か!?」


 吠えている言葉の意味は、自分でもよくわからない。

 蒼雅隼騎と名乗った相手の男――それが大日本帝国の人間だというのはその名前からすぐにわかった。父親がそうだったのだ。それぐらいの理解はある。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 それよりも、何故コイツらがここにいるのかが護にとっての疑問だった。


「ふざけんな……!」


 もう一本の刀を抜き、打ち込みにかかる。


「ふざ、けんな! どれだけ奪えば気が済む!? 俺たちはいつまで耐えればいい!? 答えろ……答えろよ!!」

『一言、ただこの言葉に尽きる。――敗者の戯言』


 即座の返答だった。〈アロンダイト〉が、巧みな刀捌きでこちらの刃を弾き返す。


『あなたたちは敗者で、僕たちは勝者。……敗者が文句を言うのは、筋違いだよ?』

「俺たちは、負けてなんかいねぇ!!」

『ならば、ここで誰も救えなかったのがあなたの弱さだ』


 厳しい言葉。刃を突きつけながら、〈アロンダイト〉の奏者が言う。


『救えなかった、その事実だけであなたたちは敗北しているも同然。大体、終戦してから二年も経ってるんだ。その間、何もしなかったのならそれは敗北を受け入れていたということだよね?』

「ッ、違う! 俺は戦ってきた! 俺たちは戦ってきたんだ!!」

『それを自己満足じゃないと、言い切れるの?』


 突き刺さるような言葉。すでに〈セント・エルモ〉は退避し、二機の神将騎が狭い渓谷内で向かい合っている状態だ。

 敵である以上、殺し合うのが必然。しかし、護は踏み込めなかった。

 問答もまた、一つの戦い。ここで踏み込み、刃を向けることは――敗北を自ら宣言するのと変わらないだろうと思ったからだ。


『戦いとは、その過程が重要なんじゃない。結果が大事なんだ。あなたは救えなかった。ならばそれは敗北だ。救えない命を認めた時点で、それは現実に屈したのと同じこと。戦ってきた? 敢えて言うよ。――それがどうしたの?』

「…………んだと……」

『戦ったら正義? キミたちが絶対に正しいの? それはないよ。普遍的な正義なんてない。僕は僕の正義があって、キミにはキミの正義がある。この世に悪はなく、ただ幾億の正義があるだけ――なんて、『あの人』みたいな言葉を吐くつもりはないけれど。それでも、僕はここにいることに後悔はない』


 男は、言う。


『どんな道を歩もうと、犠牲は出るんだ。要は、その犠牲を出さないのではなく……如何にして減らすかだよ。キミが見た現実は、必要な犠牲だったんだ』

「ふざけんな!」


 堪え切れず、全力で〝海割〟を叩き付けた。受け止められる。頭痛が酷い。視界が歪んでいる。

 それでも――譲れないものはある。


「そんなもんを!! 犠牲なんてものを認めねぇために戦ってんだよ俺は!!」

『現実として、誰かが死んでいる。認めない気?』

「違う!! 認めちゃいけねぇんだよそんなもんは!!」


 轟音を響かせてぶつかり合う、二つの刃。


「犠牲って何だ!? 何で平気でそんなことを認められるんだよ!? 犠牲になるのは、いつだって力のない奴だろうが!!」


 そう――いつだって、真っ先に弱い者から死んでいく。

 守られるべき人たちが死に、それを守るべき者たちが生き残る。

 その現実を、認めるわけにはいかない。

 ――認めては、ならない。


「抗ったら……ッ! 罪なのかよ……!」


 刃を押し込みながら、護は吠えた。


「犠牲を出さないために! 泣いてる奴を出さないために! そのために戦うのは罪だってのかよ!」


 全力で振り抜かれた一撃が、甲高い金属音を響かせる。

〈アロンダイト〉が持っていた刀の刀身が、圧し折れていた。

 それを受け、すぐさま〈アロンダイト〉が距離を取る。


『……罪かどうかなんていうのは、僕にはわからない。罪は自分で決め、背負っていくものだから』


 そして、距離を置いて〈アロンダイト〉がこちらを見る。


『とことん殺し合ってもいいけど、そちらは本調子じゃないようだし、僕も役目は果たしたから……退かせてもらうよ』

「待て!」

『待ってもいいけど、キミも退くべきだと思うよ? ここでキミが手にしたものは、僕からの餞別だ。……まあ、どうしてもやりたいっていうなら――』


 腰へと手を伸ばし、〈アロンダイト〉が二丁のナイフを手にした。刀の時とは違い、堂に入った構え。

 空気が、硬くなる。


『――ここから先は、僕の本領でキミを殺しに行く。『あの人』の刃を受け継いだ人だっていうのなら、手加減はできない。恩人の後継者を相手に、そんな不義理なことはできないからね』


 対し、護は〝海割〟を下段に構え、上等だ、と呟く。


「来いよ……! 夢想だろうが理想だろうが! 叫んでやる! 叫び続けてやる! そうしなけりゃ、世界は変わらねぇ! 変えられやしねぇんだ!」

『ただただ、青臭いだけの理想。無様な言葉。……『あの人』の後継者にしては、酷くみっともないね。けれど、まぁ』


 不意に、〈アロンダイト〉が視線を上へと向けた。

 ――直後。


 ガギィン!!


 空より飛来した〈セント・エルモ〉が、〈アロンダイト〉へとその左腕の爪を叩き込んだ。〈アロンダイト〉は二本のナイフでそれを弾くと、機体を後方へと大きく跳躍させる。


「待て!」


〈毘沙門天〉のブースターを吹かし、護は〈アロンダイト〉へと追いすがる。

 振るわれる一閃。しかし、難なく受け止められてしまう。そしてそのまま、刀身を滑るように走ってきたナイフの刃により、〝海割〟が柄の部分を叩かれ、弾き上げられた。


「――――ッ!」


 宙を舞う〝海割〟を視界の端に、護は腰へと手を伸ばした。柄を握り、左右の手で一刀ずつ、刃を抜く。

 だが。


『遅いよ』


 その言葉が耳に届いた時、〈アロンダイト〉はすでに懐にいた。刀は抜き切れていない。この間合いでは、刈り取られる。

 身を低く沈み込ませる〈アロンダイト〉。そのまま、〈アロンダイト〉はその右肩と腰を〈毘沙門天〉へ密着させた。

 何をする気だ、と護は呟く。いくらナイフが超近接の武器でも、密着するほどに近くにいては使えないはず。

 だが、その答えを得る前に、それが来る。


 ――――――――!!


「…………ッ、あっ……!?」


 ――何が起こったのか、理解できなかった。


 全身を、突き抜けるような衝撃が叩いている。機体が吹き飛んでいるのがわかる。しかし、損傷はない――いや、ある。だがそれは、何故か背部のブースターに及んでいた。『警報』の文字と共に記される損傷が、背部の損傷を伝えているのだ。

 何故、と思うも一瞬。雪原へと〈毘沙門天〉は叩き付けられるように倒れ込んだ。


「……!! かはっ!!」


 肺から空気を絞り出すように、護は咽た。今の衝撃の意味がわからない。何が起こったのか、理解できない。

 ただ、倒されたのは事実だ。〈毘沙門天〉を立ち上がらせ、すぐさま動こうとする。だが、腕が上手く動かない。

 震える腕。突き抜けてきた衝撃が、こちらの体の動きを奪っていた。


『さあ、次だ』


 対し、〈アロンダイト〉はそんな〈毘沙門天〉を無視し、倒れたその機体の横を素通りすると、追撃者に対してナイフを構えた。ガトリング砲が使えないのか、〈セント・エルモ〉が神将騎の装甲であろうとも突き破るその鋭い爪で〈アロンダイト〉を穿たんと迫る。

 交錯。突き出された〈セント・エルモ〉の爪が、〈アロンダイト〉の左肩を貫いた。

 やった、と護が思う。しかし。


『――遠距離戦ならともかく、接近戦なら僕の領域だ』


 ――一閃。


 振り抜かれた〈アロンダイト〉のナイフによる一撃。左腕で放たれたそれが、〈セント・エルモ〉の左腕を手首から切断した。

 右肩へ〈セント・エルモ〉の爪を突き刺した状態で、〈アロンダイト〉は構える。護は震える体を無理矢理に押さえつけると、そのまま起き上がりざまに〈アロンダイト〉へと〝海割〟を叩き付ける。

 しかし、遅い。鋭さも見る影がない。

 背後からの一撃だったというのに、〈アロンダイト〉は振り返って軽く避けてしまった。

 視界が歪む。先程まで忘れていた頭痛が、また脳裏に響き始めていた。


『二人がかりで、僕程度を相手にこの様か。……無様だとは、思わない?』


〈アロンダイト〉は二機の神将騎に挟まれたような状態だ。だというのに、護たちに優位はない。

 片や、目立った損傷はないものの、正体不明の一撃と本人が無視しようとしてその精神力だけで捻じ伏せている疲労のせいでまともに動けなくなりつつある神将騎。

 片や、両腕の武装を破壊され、まともな武装を全て奪われた神将騎。

 解放軍の主力であり、同時にその最大戦力でもある二人が、たった一機の神将騎を相手にこうも不利な状況へと追い込まれていた。


 これが、大日本帝国の神将騎。

 彼の国には、《七神将》以外にも一騎当千の怪物がいる。


 アランはその道では広く知られた傭兵であるし、護とてこの二年、戦い抜いてきた戦士だ。

 確かに、二人の状態は万全ではない。〈セント・エルモ〉は本来の武装を失っていたし、護も重なった疲労のせいで肉体的にも精神的にも追い詰められていた。

 ――しかし、戦場ではそんなものは言い訳に過ぎない。

 戦場にルールなどないのだ。今、目の前にある手札を使ってどこまでできるか。それだけが重要になる。

 故に。

 護・アストラーデは、そんなことを言い訳にしない。

 

「……無様だよ」


 声が震えている。本格的な限界が近付いている。しかし、踏み止まる。

 倒れないと誓った。立ち止まらないとそう決めた。

 泣き言は――過去へと全て、置いてきた。


「無様だよ、情けねぇよ、みっともねぇよ!! 諦めた方が早ぇってのもわかってんだよ!!」


 叫ぶ。そうしなければ、意識が飛んでしまいそうだった。

 意識が揺れる。それを奮い立たせるように、叫び続ける。


「それでも、違うだろうが!! 俺が諦めることは!! 諦めちまうことは!! それは違うだろうが!! 足掻くんだよ這いずんだよ吠えんだよ!! 無様でも!! みっともなくても!! 助けたいんだよ!! 救いたいんだよ!! もう俺にはそれしか残ってねぇんだよ!! 奪われて!! 奪われて奪われて奪われて!! それでも俺は――ッ!!」


 一閃。

 先程のような鈍いものではなく、鋭い一撃が放たれた。

 だが、〈アロンダイト〉は大きく飛び上がってそれを避けた。そのまま、ナイフを渓谷の壁へと突き刺すことで空中に制止する。


『……目的は果たした。問答もここまで僕は行くよ』


 冷ややかな言葉を吐き捨て、〈アロンダイト〉が上へと昇っていく。

 待て、と護はそれを追おうとブースターを吹かした。しかし、ブースターが反応しない。


「…………ッ、さっきの損傷か……!?」


 ブースターの配線か、それとも駆動系がやられたらしい。ブースターは動かず、こちらは〈アロンダイト〉を見送ることしかできない。

 そして、しばらくそこへ立ち竦んでいた後。


『戻ろう。……僕たちは生きているんだ。なら、立ち止まっている暇はない』

「…………ああ」


 促すようなアランの言葉に頷き、護は第四収容所へと背を向ける。

 

〝戦いとは、その過程が重要なんじゃない。結果が大事なんだ。あなたは救えなかった。ならばそれは敗北だ〟

〝救えない命を認めた時点で、それは現実に屈したのと同じこと〟

〝どんな道を歩もうと、犠牲は出るんだ。要は、その犠牲を出さないのではなく……如何にして減らすかだよ〟


 頭の中に、あの男の言葉が蘇る。あの男の論理を、護は聞いたことがあった。

 ソフィア・レゥ・シュバルツハーケン。

 解放軍の首領であり、シベリアの王女である女性。あの女性も言っていた。――『犠牲は出る』と。

 その論理に反発した。ふざけるなとそう言った。だが、先程の男の論理を相手に、自分は満足に返答ができたとは思えない。

 救えなかった命があった。助けられなかった命があった。守れなかった笑顔があった。

 その全ては背負うべきもの。だが、それは『犠牲』だと言っていいのだろうか?

 犠牲、というのは何かのために失われるものだ。守れなかったそれらの『犠牲』は、何のために失われたのだろうか?


 わかっている。

 そうだ、その犠牲によって守られた『何か』は――ここにいる自分。


 自分が生きるために、彼らは犠牲になってしまった。

 傲慢だろうと思う。こんな考えは。だが、その通りなのだ。救えなかったのは全て、自分のせいなのだから。

 だから、と思う。


「……違う」


 あの収容所で失われた命。犠牲。

 レポートが真実ならば、彼らの犠牲は『人を殺すための犠牲』だ。


 奏者。神将騎を操れる存在。

 そんな、くだらないもののために。


「……違うだろうが」


 そんなものために、失われて良いものではない。

 だから。

 だからこそ――


「俺が、全てを救い出す」


 呟くように、護は言った。



 歪みは、時を追うごとに増していく。

 どうしようもなく。

 背負った重さに耐えられず、しかし、耐えてしまった青年は。


 その心を、信念を――歪ませていく。

 壊していく。

 自分の、手で。



◇ ◇ ◇



「何故、生かしたのかね?」

「私の任務は、後始末が終わるまでの時間稼ぎですから」

「お役所仕事だねぇ」

「……上からも、あまり公に動き過ぎるなと釘を刺されています」

「それはそれは。さて、私はもう行くよ」

「帰還はなさられないので?」

「別の研究施設へ行くよ。今の首都に面白いものはない。隊長殿も朱里くんもいないのでは、楽しめる相手もいないからねぇ」

「その二人が何者かは存じませんが……こちらからの『貸し』、確かに預けておきます」

「確かに受け取ったよ。まあ、安心したまえ。今頃本国では隊長殿がそのあたりの交渉をしているはずだ。彼は軍人であるのが不思議な男でね。世が世なら、国を一つ預かる政治家になっていてもおかしくない」

「……どういうことですか?」

「何、難しい話ではないよ。民主主義、という言葉を知っているかね?」

「フランスとスペインが推し進める主義ですね。確か、民間から国を動かす代表を選ぶという。合衆国アメリカも同じ形式をとっていたかと」

「そうだ。だが、あの国には『大統領』という絶対的な、議会とは別の『王』がいる。まあ、それさえも民草が選んだものなのだがね。……話を戻そう。この民主主義において、人の上に立つ上で必要なものは何だと思う?」

「……我が国は民主主義ではありませんので」

「つれないねぇ、想像でいいというのに。……単純だよ。『カリスマ』。この一つに尽きる」

「カリスマ、ですか?」

「ただ黙っているだけで人が付いてくる存在のことであり、その存在が持つ性質のことだよ。……私の隊長がいる部隊は少々特殊でね。問題がある者のみが集められている。普通の士官では纏めるどころか、殺されるのがオチだろうねぇ。だが、彼はそれを纏め上げた。増援として、強引にそこへ叩き込まれた大多数の者たちも、いつの間にか従っている」

「それがカリスマですか? しかし、カリスマとは何ですか? 今の話ではわかりません」

「そう焦るものではないよ。……結論から言えば、カリスマには理由がない。あるとすれば、そうだね。ただただ、彼は『正しい』ということかな?」

「正しい?」

「正義という意味ではない。彼は勝利のために、必要ならばそれこそ卑怯と謗られることさえも平気で行う。それに彼は正義というものが嫌いのようだからねぇ。まあ、それはいい。要するに、彼は彼に付き従う者にとっては正しいのだよ」

「…………?」

「生き残ること。勝つこと。敵にどう思われようと、それは味方にとっては正義だ。それを絶対的に遂行するから、彼は強い」

「…………」

「まあ、今回は珍しく失敗したようだが、それもまた彼の手にかかれば追い風へと変化する。面白い男だよ」

「……興味がありますね。その方の名は?」

「ソラ・ヤナギ。……知っているかね?」

「……はい。聞き及んでいます」

「ほう。有名だねぇ、彼も。……さて、私はもう行こう。キミはどうするのかね?」

「私についてきてくれた者たちを連れ、一度出ます。近日中に、もう一度窺うことになりますが」

「構わんよ。茶でも淹れて待っていよう」


 そして、二つの人影のうち、一つは消えて行った。

 残る一つ。その影が、呟くように言う。


「……あの人は、何故、あんな程度のモノを後継者に」


 呟く言葉は、風に乗って消えていく。


「……まあ、いいか。判断を下すのは僕じゃない」


 そして、もう一つの影も消えていく。

 シベリアの冷たい風が、夜闇に吹いていた。



◇ ◇ ◇



「……成程、奏者の実験か」


 アルツフェムへの帰還の途中、二機の神将騎のエネルギー回復のため、護とアランの二人は身を隠していた。ただ動くだけなら半日近く動ける神将騎も、戦闘となればその稼働時間は一気に削られる。それもあって、二人は休息を兼ねて身を隠していた。

 外では雪が降り始め、風も出てきている。今の二人は洞窟へと身を隠しているが、外へ出たら一発で死ぬことになるだろう。

 その休息の中で、護は自身が目にしたレポートをアランに見せたのだ。普段は傭兵であるという事実を疑いたくなるくらいに穏やかな雰囲気を持つ彼は、険しい表情でレポートを眺め、そう言ったのだ。


「確かに、こんなことがあそこで行われていたなら……証拠隠滅のために破壊したのも、納得がいく」


 呟き、アランは護へとレポートを渡す。そうしながら、そうだね、と何かを確認するように呟いた。


「護くん、でいいかな?」

「……別になんでも」

「ありがとう。……そのレポートだけど、見せるのはソフィア様とセクター様、レオンくんだけにした方がいい」

「…………?」


 いきなりの提案に、護は首を傾げる。アランは頷いた。


「この情報は、あまり公にすべきじゃない。状況が状況だ」

「どうしてだよ」

「……奏者の実験はね、どんな国でもやっていることだよ」


 ふう、と息を吐き、アランは言う。


「奏者、っていうのは一人いるだけで――一機の神将騎を戦線に投入できるだけで、戦況は大きく変化する。それはキミ自身がよくわかっているはずだ。ソフィア様が知っているかどうかはわからないけど、シベリア連邦だって似たようなことはしていたと思うよ」

「けど、こんなのは」

「そうだね。間違ってる。でも、間違っていることと裁かれることは別物なんだよ?」

「どういうことだ?」

「罪と裁きは別物だ。……奏者一人がもたらす恩恵は計り知れないものがある。裁くのは人間で、罪を定めるのも人間である以上、必ずそういうモノは出てくる」


 そういうモノ……即ち、人道に反した現実。

 アランも、それは存在するとそう告げる。


「待てよ」


 だから、護は反論する。そんなものは間違っていると。


「違うだろ……? こんなもんを認めろってのかよ!」

「認めろとは言わない。僕も認めたくはない。だけど、『受け入れろ』と言ってるんだ」

「受け入れろだと?」

「認めることと受け入れることは別だ。『相手はそこまでする者たち』という現実から目を逸らしてはいけない。……何にせよ、それは重要な資料だ。そうだね、キミが言う先生、にも見せた方がいいと思うよ?」


 そう言ってから、アランはこちらへ背を向け、豪雪の中を〈セント・エルモ〉へと向かって歩いていく。

 護は、手元の資料へと視線を落とした。そこに書かれている事実、そして、一人の少女のことを思う。


 どれだけ、否定されようと。

 譲れない、理由がある。


「…………行こう」


 ズキン、と頭に鈍い痛みが走った。

 視界が、歪んでいく。


 倒れ込んだのは――その直後だった。

というわけで、どんどん行ってはならない方向へと驀進中の護くんです。

……ホント、どうしてこうなってしまったのか。


次回は、とりあえずシベリアから撤退したソラ率いる部隊……というより、彼らの話を中心にしようと思います。

色々と動かしていくつもりなので、楽しみにして頂けると幸いです。


感想、ご意見お待ちしております。

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