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英雄譚―名も亡き墓標―  作者: アマネ・リィラ
シベリア動乱編―約束―
20/85

第十六話 目の前の現実


「それが、キミを呼び出した理由だ」

「これが……ですか」

「そうだ。……キミは今、幸せかね?」

「……どう、でしょう。幸せ、なんでしょうか?」

「傍から見れば不幸だろうね。私からすれば十分に恵まれているとも言えるが」

「恵まれているなら、幸せなんですか?」

「そこはキミ自身の定義の問題だね。幸せなどというのは結局のところ、個人の価値観の結論に過ぎんよ。キミが幸せだと思うならそうであるし、不幸だというのならそれもまた是だよ」

「……よく、わかりません」

「ちなみに私は幸福だよ。これほどまでに楽しい場所というのも中々ないのでね。しかし、くっく……面白い結果が出たものだ」

「…………」

「キミも薄々は感じていたのだろう? 他人との齟齬、ズレ、綻び……自分と他人の間にある境界の存在を。はっきりと目にすることはできない。しかし、確かにそこにあるそれを」

「……私が、皆より劣っている、ということですよね」

「誤魔化すのはやめたまえよ。今はそういう次元の話ではない」

「でも……」

「人と触れ合う? 言葉を交わす? 成程、人は確かに独りでは生きていけない脆弱な生き物だ。だが、キミは違う。キミたちは違うのだよ」

「…………」

「才能、という一言で済ませるのは酷く簡単だがね。まあ、事実そんなものだ」

「何が言いたいんですか?」

「ふむ。では結論から言おう。――力が欲しくはないかね?」

「……力?」

「今更言うことでもないのだが、キミは人の体程度は簡単に破壊できる。武器など必要ない」

「そんなこと……!」

「できない、とは言わせないよ? キミに渡したその資料にその事実が悠然と描かれているじゃないか。くっく、キミに刃は必要ない。これほどの数字、歴戦の軍人でも叩き出せんよ」

「……だとしても、そんなことには使いません」

「それは良かった。私は平和主義者でね。暴力は御免だ。無論、キミもそうであってほしいと願っている。だが、だよ」

「…………?」

「――キミの中に眠る〝力〟は、そうではないだろう?」

「――――」

「現実問題として、キミはその力を振るっている。この二年の戦闘記録、見せてもらったよ。凄まじいものだ。タイミングさえ合えばキミは英雄と呼ばれていただろうね。わかるかね? 力とは、そういうものだ」

「私の、力」

「そうだ。キミの力だ。保証するよ。キミの力がキミの意志を離れた時、キミの周囲にいる人間は敵であろうと味方であろうと跡形もなく消し飛ぶ」

「…………」

「しかし、それは力の所為ではない。ましてやキミのことを使用し、利用した者の所為でもない。――キミが、キミ自身の手で殺すのだよ」

「……どうしろ、って」

「ん?」

「どうしろ、っていうんですか?」

「それはキミ次第だね。前に進むも後ろに戻るも、キミの選択だ。突きつけられた現実に対し、抗うか目を逸らすかはその人物次第。さて、どうするかね?」

「……私は」

「前へ進むというなら、手を貸そう。その命を賭け金に、キミに力を与えようじゃないか。ああ、安心したまえ。この方法はすでに効果が実証されている。強くなれるよ。生き残ることが出来る」

「……私は」

「さあ――どうする?」



◇ ◇ ◇



 招集された部隊の名は、レオーネ部隊。二年前の大戦において、イタリア軍最強の部隊として名を馳せた部隊だ。

 ただ、大戦後にその隊長であった朱里・アスリエルの昇進及び配置換えの関係から解散となった部隊でもある。大戦時代の逸話の一つとしても語り継がれるその部隊が、集結していた。


「んー……もう、神将騎には乗らへんって決めとったのになぁ……」

「まあ、そう言うな」


 自身の駆る神将騎、〈ミラージュ〉を見上げながら呟くリィラの肩を叩き、ソラが言った。背中にある抵抗尾翼が特徴的な軽量型の神将騎であるそれから視線を外すと、リィラはソラへと視線を送る。


「まあ、隊長が言うんやったら従いますけど……」

「それは助かる」


 ソラが肩を竦める。そんな二人のやり取りを見て、あの、とアリスが声を上げた。


「リィラさんって、〝奏者〟だったんですか……?」

「中尉みたいな凄い奏者ちゃいますけどね」


 リィラが苦笑を零す。その隣でソラが頷いた。


「ま、色々と事情がな。リィラが乗れんのはあの〈ミラージュ〉だけだ。二年前に中破したんだが、直してたんだなこれが」

「何で黙ってたんです、隊長?」

「んー、ま、色々」

「ふーん……」


 リィラが疑わしげな視線をソラへと送る。だが、ため息を一つ吐くと、アリスの方へと向き直った。


「ま、そういうわけです。よろしくお願いしますね、中尉」

「あ、うん」


 頷き、反射的に手を差し出す。


「あっ……」


 しかし、差し出そうとした左腕をアリスは引っ込めた。厚手の手袋で隠された左手。服の隙間からは包帯が伺える。それを見咎めたリィラが、眉をひそめた。


「左手、どうかしたんですか中尉?」

「あっ、ううん。何でもないよ?」

「せやけど……」

「ほら、大佐のところに行かなくちゃ」


 強引に話を切り、アリスは朱里とその傍にいる四人の奏者――ヒスイと今回招集された奏者三人――のところへ歩いていく。そこで。


「――冗談じゃありません」


 そんな言葉を聞いた。視線を向ける。その先で行われていたのは、朱里と一人の女性士官による問答だった。


「何故、部隊にシベリア人がいるのです?」

「優秀。理由などその一言で説明できる」

「ですが……! 背後から撃たれるかもしれません!」

「中尉が行くのは先頭だ。〈ワルキューレ〉は近接格闘特化型。後ろに置く意味がない」

「大佐!」

「――いい加減にしろ、レイラ・マッカートニー少尉」


 尚も言い募ろうとした女性士官――レイラに、朱里が低く重い声で言葉を紡いだ。


「お前は俺に従う気がないのか? そこの二人もだ」

「……大佐。しかし、我らの部隊に『人形』はまだしも、シベリア人を入れるのは……」

「くどい」


 朱里が言い捨てる。レイラが唇を噛んだ。

 視線を動かす朱里。その視線がアリスとリィラを捉えると、朱里は頷いて言葉を紡ぐ。


「それでは出発する。目標は城塞都市アルツフェム。作戦目標はアルツフェムへ何らかのダメージを通すこと。無論、それが敵首領の首であっても奏者の首であってもいい」


 言い切る朱里。しかし、その言葉はアリスの耳には入っていなかった。


「――――」


 感じたのは、徹底的なまでの侮蔑。言葉にする必要はないし、されずともその視線だけで理解できた。

 ――まるで、ゴミでも見るような目。

 レイラ、というらしい女性の、こちらを睨み据えるような視線を前に。

 ぎゅっ、とアリスは手を握った。


 耐えろ、と念じる。

 いつもの、ことだと。


「レオーネ部隊、出撃する」


 朱里の宣言の中。

 アリスは一人、唇を噛み締めた。


 戦闘が、近付く。



◇ ◇ ◇



 七人の奏者と神将騎で構成される強襲部隊、レオーネ隊。

 大戦時は五人で構成され、イタリア軍の撃墜数トップをひた走っていた部隊だ。今はそこへアリス、ヒスイの二人が参加し、七人で行軍している。


「今日はここで野営だ」


 半日ほど進んだ後、朱里がそんなことを言った。神将騎の全速力である。目的地との距離はかなり近づいていた。


「マックス、ガロン。見張りだ。叛乱軍の姿があるとは思えんが、念のために索敵を」

「了解」


 指示を受け、二人の男が動き出す。それを見送りながら、アリスはあの、と声を上げた。


「……食糧、です」


 朱里に、パック入りの携行食を差し出す。アリスの〈ワルキューレ〉が背負ってきた装備の中には、弾薬以外に食料などの装備も詰められている。


「ああ。すまんな」

「おおきにです、中尉」

「……ありがとう」


 三人がそれぞれ受け取ってくれる。その上で、アリスはあのっ、と声を上げた。その視線の先にいるのは、レイラだ。リィラとヒスイとは違い、レイラはこちらに見向きさえもしない。


「……どうぞ」

「…………」

「あのっ……」

「……いらないわ」


 一瞥。アリスにそれだけをくれて、レイラは視線を外した。


「シベリア人からの食糧なんて、食べられるわけないでしょ」


 侮蔑。そこには、明確な敵意が込められていた。

 勝者たるEUの人間と。

 敗者たるシベリアの人間。

 その間に横たわる溝は、あまりにも深い。


「大体、シベリア人の奏者がどうして統治軍にいるのよ? アンタたちって、収容所に送られてんじゃないの?」

「うっ……」


 アリスが言い淀む。シベリア人である彼女がここにいる理由は一つだ。そしてそれは、決して褒められた行為ではない。事実はどうあれ、傍目からはそう見える。

 その事実に気付いたのか、レイラが笑みを浮かべる。


「ああ、そういうこと? あんた、我が身可愛さに仲間を裏切ったんだ? とんだ売女ね。虫唾が走るわ」

「…………ッ」


 叩き付けられた言葉に対し、アリスは俯くことしかできない。反論の言葉もある。理論もあるだろう。しかし、ここまで敵意を以て言葉を紡いでくる相手に対し、言葉を返すことが出来るほどアリスは強くない。

 押し黙るアリス。その様子を見て更に言葉を重ねよとしたレイラの前に、アリスを守るようにして一人の女性が立ち塞がった。


「虫唾が走るんはこっちの台詞や。少尉如きが偉そうに」


 吐き捨てるように言ったのは、リィラだった。レイラが眉を跳ね上げる。


「ソレイユ、あんたそいつを庇う気?」

「ウチ、あんたのこと嫌いやしな。……普段、任務任務ゆーとるくせに、こういう時だけ我儘とか。どれだけ自分勝手なんよ。大体、中尉の方が階級上やで?」

「こんなヤツを敬えって? ふざけないでもらえる? 大体、アンタだって私よりも階級は下でしょ?」

「その台詞をそのまま返しますえ。あんた程度を敬うくらいやったら、ウチは軍辞めますよって」


 険悪。その雰囲気は一目で理解できた。だが、アリスに言葉を差し挟む余地はない。


「…………」


 無言のまま、ヒスイがアリスの側に立つ。対し、見張りに出ていた二人も戻ってきた。一触即発の雰囲気。そこに、ため息が響いた。


「……いい加減にしろ、馬鹿共」


 朱里だった。彼は立ち上がりながら、レイラへと視線を送る。


「少尉、納得がいかないのか?」

「と、当然です! 何故こんな者が……!」

「そうか。だが、言っておくぞ少尉。――中尉は、貴様よりも強い」


 叩き付けるような言葉。レイラが、なっ、と声を漏らす。


「そんなこと……!」

「ならば戦えばいい。中尉、来い」

「えっ、あっ、は、はい」


 憤りの表情を見せるレイラに怯えながら、アリスは朱里のところへ行く。朱里が頷いた。


「流石に神将騎で殺し合いをさせるわけにはいかん。だが、常日頃からお前たちには言っているように神将騎は人の姿をしている。故に、自身の身体を鍛え上げることにこそ意義がある。――この場で戦え」

「……了解」

「えっ、あっ、で、でも……」


 受け入れ、軍服の上着を脱ぐレイラに対し、アリスはオロオロと周囲を見るだけだ。リィラやヒスイへと視線を送るが、リィラは視線を外すだけ。ヒスイはいつもの表情でぼうっとこっちを見ているだけだ。助け舟はない。


「中尉。これは命令だ」


 そんなアリスに、朱里が言う。


「戦え」

「――シッ!」


 その言葉と同時に、レイラが踏み込んできた。繰り出されるのは突き。五指を曲げ、こちらの首を刈り取ろうとする一撃。

 人体というのは意外に脆く、同時に硬い。この矛盾が成り立つのは、五体に急所と呼ばれる場所があるからこそである。その人体の急所のうち、最も狙いやすく、破壊しやすいのが……首だ。

 レイラはそこを狙った。引き裂くくらいのつもりで。

 対し、アリスは体勢も不十分。普通なら避けることも叶わないはずのそれ。しかし。


 ……遅い?


 ほぼ反射的に、アリスは内心で呟いた。繰り出される一撃が、酷く緩慢に見える。

 同時、アリスは踏み込んだ。突きを払う。突きを払われたことによって体が微妙に傾くレイラ。その足下へ、軽い蹴りを叩き込む。


「なっ」

「――――」


 そしてそのまま、右肩を軽くレイラへと当てた。バランスを崩す体。倒れていくレイラと共にアリスも地面へと自ら倒れ込み、同時に腰から銃を抜いた。

 ドサッ、という音が響く。

 そこに広がっていた光景は、全員を――朱里を除いて――呆気にとらせるものだった。

 倒れたレイラと、その上に乗るアリス。突きつけられた銃口が、正確にレイラの額を捉えていた。


「答えは見えたな」

「…………ッ!!」


 朱里の言葉に、レイラが唇を噛み締める。アリスは慌ててレイラの上から立ち上がると、頭を下げた。


「あ、あのっ、その……す、すみません! えっと、見張りに行ってきます!」


 逃げるようにアリスがこの場を離れる。その背を見送ってから、朱里は言葉を紡いだ。


「お前が弱いとは言わん。だが、お前よりも強い者もいる。覚えておけ、少尉」

「…………ッ、……はい……」


 その口調が納得のいっていないものであることは、容易に理解できた。しかし、朱里は何も言わない。

 ただ。


「……ドクターに聞いていたより、遥かに力がある」


 誰にも聞こえないように、そんなことを呟いた。



◇ ◇ ◇



 レオン・ファンは、城塞都市アルツフェムの外にいた。いや、正確には街であった場所である。

 アルツフェムは大戦前、三重の強固な防壁によって守られる堅牢な都市だった。自給自足も食糧に関してなら可能で、それ故に難攻不落とされた都市である。

 しかし、大戦によって一番外側の防壁が破壊され、残る内側の二つもいくつかの場所が砕かれ、抜かれてしまった。

 解放軍がここを拠点とすると決めた際、一番最初に行ったのが防壁の修復だったという。そして事実、内側の二層については防壁はほとんど元通りと言ってもいい。

 だが、一番外側の防壁はそうもいかなかった。徹底的に破壊されたそれを修復するのは不可能。それ故に、解放軍は防壁を作ることよりも迎撃のための施設を用意することを決定した。対戦車砲を中心とした、固定砲台である。

 だがそれも、護が参戦した統治軍によるアルツフェムへの攻撃の際に相当のダメージを受けている。故に、レオンが指揮を執り、解放軍は急ぎ迎撃の用意を進めていた。


「……八割方、終わったか」


 眼下で行われている作業を見つめながら、レオンは呟いた。今のところ、作業は順調に進んでいる。

 破壊されたとはいえ、元々は街であった場所だ。その名残り――例えば、廃墟となった建物がいくつもある。そのうちのいくつかを砦として建て直し、レオンは無線を使った迎撃ラインを構成していた。

 作業の進み具合を確認する。その上で、レオンは呟いた。


「……統治軍は、必ず動いてくる」

「そのこころは?」


 問いかけが飛んできた。視線を向けると、そこには一人の青年がいる。傭兵という名には似つかわしくない、柔和な雰囲気を纏った人物。

 アーガイツ・ランドール。

 アランと、呼ばれる男。彼とその愛機である〈セント・エルモ〉は有名だ。大戦前に起こったフランス革命。フランス王家と国民の泥沼の戦いにも参戦し、勇名を馳せた人物でもある。それほどの人間が何故、統治軍ではなく解放軍にいるのかはわからないが……まあ、傭兵だ。理由は大体推測できる。


「セクター殿も同じことを言っていたけど、どうしてそう思うんだい?」


 自分の中ですでに答えが出ているであろうに、アランはそんなことを聞いてくる。レオンは頷いた。


「動かない理由がないからです」

「動かない理由?」

「はい。こちらは明らかに消耗している。それを放っておく道理はない。……正直、俺はこの間の襲撃で死を覚悟しました。護が――〈毘沙門天〉が敗れた時、退くことも進むこともできず、戦車まで動かなくされて……諦めが、脳裏を過ぎりました」

「そちらは《赤獅子》と遭遇したんだったね? こちらも相当な相手と戦ったけど……よく、生きていられたものだと思うよ」

「気まぐれですよ」


 吐き捨てるように、レオンは言った。


「《赤獅子》が言っていました。『気まぐれで生かした』と。ソラ・ヤナギ……指揮官であるらしい男の気まぐれで、俺たちは逃がされたんです。生かされた。こんなことは、初めてですよ」


 ギリッ、と音を響かせながら歯を食い縛り、レオンは言う。


「こっちは全身全霊で、徹頭徹尾殺す気だった。何の躊躇もなく、叩き潰すつもりだった。だというのに……アイツらは、こちらを対等とさえ見ていなかった!」


 生かされた、というのは、つまりは『いつでも殺せる』ということに他ならない。

 こちらが知恵を振り絞り、力を振るい、出せる手の全てを打ったのに対し……奴らは、ただ嘲笑っただけだ。殺すことさえ、されなかった。


「殺す気がない、なんて……! こんな屈辱は初めてだ……!」


 この二年、必死に戦ってきた。解放軍の参謀官となり、自分たちは統治軍にしてみれば明確な脅威となっているはずだった。

 しかし――そうではなかった。

 あの男にしてみれば、自分たちなど殺す必要もない相手だったのだ。


「レオン君。僕は傭兵だ。だから、キミの言うことがイマイチ理解できない」


 肩を震わせるレオンに、アランがそんな言葉を紡いだ。


「傭兵は死んで役に立つ、とか、死んでも何かを貫き通す、という概念がないんだ。生きてこそ、なんだよ。生きていればどうにでもなる。そう思う僕は、異常かな?」

「……それは、護にも言われました」


 レオンが苦笑を零す。アランも微笑んだ。


「そうか。何と言われたのかな?」

「前を見ろ、と。顔を上げて前を見れば、少しは前に進めるかもしれないだろう、だそうです」

「前向きな台詞だね。好感が持てる」

「アレの長所ですから」


 微笑むアランに対し、レオンは肩を竦める。長所……確かにそうなのだろうが、少し違う。

 護のそれは、ただただ前しか見ていない。突き進むように、ひた走るように。ただただ、前へ。

 まるで――その他の全てを置き去りにするように。


「まあ、いずれにせよ――」



 ――――――――!!



 レオンが紡ごうとした言葉は、響き渡る警報によって掻き消された。凄まじい音量。レオンはすぐさま近くの無線を繋ぐ。


「どうした!?」

『襲撃です! 神将騎が七機! 北に三機! 南に三機です! 望遠で確認できる位置には、《赤獅子》の姿が確認できます!』

「《赤獅子》!?」


 伝えられた報告に、レオンは思わず声を上げた。すぐさま双眼鏡を取り出す。西の向こう――相当離れた距離に、悠然と佇む紅蓮の神将騎の姿があった。

 イタリアの英雄、《赤獅子》の神将騎――〈ブラッディペイン〉。

 あの〈毘沙門天〉が一方的に屠られた、現時点では間違いなく最強の敵。


「……不安が的中したね。北部に見えるのは、〈ワルキューレ〉と〈クラウン〉に、あれは……〈ミラージュ〉かな? イタリアの神将騎だね」

「南部には〈ミラージュ〉が三機……アランさん、〈セント・エルモ〉は?」

「動かせるよ。両肩の砲門がないから本調子とはいかないけどね」

「北を任せてもいいですか?」


 レオンは即座に判断を下した。アランが頷く。


「どうすればいいかな?」

「ここへ誘い込んでください」


 レオンは視線を眼下へと向ける。アランが問いを発した。


「そのこころは?」

「南は迎撃施設の建設がほとんど終了していますが、北はまだ着工が終わっていない場所も多い。そして、一番施設が整っているのは西側(ここ)です。奴らをここへ誘い込む」

「撃退できるかい?」

「やるしかありません。……見せてやる。俺たちを見逃したことを、後悔させてやる」

「ならば、僕は行くよ」

「お願いします」


 頷き、頭を下げる。アランは頷くと、この場を走り去っていった。アランはここへ来た時、色々とよくしてくれた人物だ。イマイチ信用できないソフィアや、正直苦手なセクターに比べれば余程好感が持てる。

 ふう、と息を吐く。その上で、レオンは南へと視線を送った。


「――非戦闘員は後方へ退避。守備隊は所定の位置へつけ」


 無線を取り、指示を出す。心臓が高鳴る。相手は神将騎。戦車十台でようやく一機を撃墜できると謳われる現代最強の兵器だ。

 しかし――そんなものは、策の立て方次第だ。力は力である。重要なのは、それを統べる意味。

 それさえ履き違えなければ――どうにでもなる。


「南部一番、二番隊! 対戦車砲掃射! 足を狙え! 同時に戦車出撃! 遠距離から西側へ追い込むように砲撃を行え!」


 指示を出す。犠牲は出る。それは間違いない。

 しかし、それを含めた上で――戦うのだ。


「総員、踏ん張れ! ここが正念場だ!」


 この先、統治軍を相手に戦っていくために。

 ここで負けることは――許されない。



◇ ◇ ◇



「邪魔よッ!」


 叫びと共に、レイラはアサルトライフルの弾丸をばら撒く。彼女が駆る神将騎〈ミラージュ〉は高速機動が売りの神将騎で、イタリアやフランスでは主力として扱われている。


『落ち着けレイラ! 突出するな!』

「うっさいわね! 敵を排除してんだからいいでしょ!」


 言い放ち、弾丸をばら撒いていく。それらは廃墟を蹂躙し、各地に立てられた迎撃用の装備を打ち砕いていく。

 轟音。近くに戦車砲の一撃が着弾した音だ。しかし、当たりはしない。〈ミラージュ〉は軽装甲、軽量の神将騎である。戦車の砲撃などまともに喰らえば機能のほとんどを持っていかれるし、それは戦車砲のものであっても同様だ。

 しかし、当たらなければどうということはない。


 ――ああ、イライラする!


 こちらを狙う戦車の位置と対戦車砲の位置。そして砦を見定めながら、レイラは何度も舌打ちを零した。イライラが募る。腹の底から、ただただ何かがせりあがってくる。

 憤り。その一言で説明するのは容易い。だが、実際は複雑だ。

 怒りの対象は、彼女自身。しかし、その原因はあのシベリア人だ。


 ――どうして、この私が……!


 こちらの言葉に対し、俯くしかしないような女。我が身可愛さに祖国を裏切ったような売女。そんな女に負けた事実がただただ腹立たしく、落ち着かない。

 最強の部隊、レオーネ隊。

 大戦後は解散してしまったが、そこにいたことがレイラにとっては誇りだった。そして実際、彼女はこれまでに実績を残し、その実力を証明してきた。

 それが、あんな女に――……


「…………ッ、チッ!」


 何基目かわからない固定砲台を吹き飛ばす。しかし、それと同時に敵もこちらを攻撃してくる。

 降り注ぐようにしてこちらを狙う砲撃。位置が遠い。動きながら当てるのは至難だ。故に、レイラは避けることに専念する。そもそも今回の作戦の目的は無理に攻撃を行うことではないのだ。

 解放軍にプレッシャーを与えること。それが目的である。

 大きく飛び退くようにして移動するレイラの〈ミラージュ〉。敵も襲撃にはしっかりと備えていたらしく、こちらへの攻撃に隙がない。


「一度退いたほうがいいわね……マックス、ガロン!」


 レオーネ隊のメンバーの中では、レイラはアリスに次いで階級が高い。それ故に、今回は指揮権も与えられていた。レイラとは少し離れた位置にいた、〈ミラージュ〉二機。大戦時代も共に駆け抜けてきた戦友たちへと指示を送ろうとした、その瞬間。


 ――ピピッ!


 警報が響いた。熱反応。見れば、放物線を描きながらこちらへ飛んでくる、黄色い物体があった。

 砲撃か、と判断する。しかし、動きが遅い。避けるのは何のことはない。そもそも、警報など先程から鳴りっ放しだ。まあ、弾丸飛び交う戦場なのだから当然。それを避けてきたのだから、これも避けることは容易い。

 後ろへと飛ぶ。そして、次の砲撃に備えようとした瞬間。


「――――ッ!?」


 機体へと凄まじい衝撃が降り注いだ。

 そう――降り注いだのである。


「かっ……!?」


 期待が大きく揺さぶられ、突き抜けてきた衝撃にレイラは呻き声を漏らす。砲撃は避けたはず。なのに、画面には無数の『損傷』の文字が浮かんでいた。

 損傷箇所を見る。――ほとんど、全身だった。


 ――ピピッ!


 再び響いた警報に、レイラはギョッ、と身を竦ませた。視線の先。そこにあるのは、先程の黄色い弾。筒状のそれが、ゆっくりと放物線を描いてこちらを狙っている。

 直後。

 凄まじい轟音が、降り注いだ。


「――――ッ!」


 衝撃に備える。しかし、その衝撃は来ない。代わりに。


『大丈夫ですか!?』


 通信に乗って、声が聞こえた。あの――シベリア人の声が。

 前を見る。そこには。


 ――白銀の神将騎が、こちらを守るように立っていた。



◇ ◇ ◇



「――〈ワルキューレ〉」


 目の前の結果に、レオンは歯噛みした。殺った――そう思った瞬間、〈ミラージュ〉の前へと〈ワルキューレ〉が割り込み、それを救い出したのだ。かなりの距離があったというのに、それを一瞬で潰してきた。

 やはり、とんでもないスペックだ。だが、それを黙って見ているわけにもいかない。


「次弾発射!」


 指示を出す。すると、すぐさま黄色い弾頭の爆弾が投下された。

 打ち上げられ、緩やかな放物を描くそれは、しかし一瞬後には周囲を薙ぎ払う暴力となる。


 ――炸裂。


 空中で爆発したその爆弾は、内包していた爆薬をその下へと無差別に撒き散らす。それによって行われるのは、蹂躙という名の空間破壊。

 クラスター爆弾、と呼ばれる爆弾がある。別名を収束弾とも呼称されるそれは、大型の弾頭の中に無数の小型の爆弾を内包し、空中で大型の爆弾が炸裂すると周囲へと小型の爆弾がばら撒かれ、広範囲に渡って蹂躙するという代物だ。

 大戦時の末期に開発されたそれは、しかし、実際に使われることはほとんどなかった。使われる前に戦争が終結してしまったと言える。

 レオンはその爆弾を、対神将騎用に改良した。出来るだけ高威力に、必要以上の殺傷能力を求めた。しかし――


「看破してきたか……!」


 レオンの視線の先にいるのは、〈ワルキューレ〉だ。二発目のクラスター爆弾を喰らっても、その機体に損傷はない。右の手にツインブレイドを持ち、悠然と佇んでいる。

 僅か一瞬の間に何が行われたか、レオンは今度こそ知覚した。あろうことか、〈ワルキューレ〉はその場で盾を用意したのだ。

 側にあるのは、放置された廃墟の群。〈ワルキューレ〉は一瞬で廃墟の一部を右手のツインブレイドで切り飛ばすと、それを左手で持ち上げてクラスター爆弾へと叩き付けたのだ。結果、炸裂したクラスター爆弾は廃墟が壁となって〈ワルキューレ〉の方へと降り注がず、他の場所へ着弾することになる。

 無茶苦茶だ。しかし、目の前で見せられてはどうしようもない。


「次弾――」


 だが、防がれたからといって攻撃の手を休めることはできない。追い込むこと自体は出来たのだ。畳み掛ければ叩き潰せる。


 ドンッ!!


 だが、次の一発が放たれる前に相手が行動を起こした。大きく後方へと飛んだのだ。見れば、損傷した〈ミラージュ〉は〈ワルキューレ〉に庇われる形で撤退を始め、他の二機も戦車砲を中心とした迎撃用の砲台を牽制しつつ、退いていく。

 視線を北へと向ける。そこでも、〈クラウン〉と〈ミラージュ〉が撤退を始めていた。

 迅速な撤退だ。おそらくは元々がそういう作戦だったのだろう。レオンは追撃の指示を出しつつ、小さく呟く。


「……頼んだぞ、護」



◇ ◇ ◇



 追撃用に追ってきた戦車を振り切り、アリスたちは息を吐いた。戦闘にいる朱里が、通信で言葉を投げかけてくる。


『少尉、機体は大丈夫か?』


 その言葉に、アリスは後ろを振り返った。咄嗟に庇ったが、レイラの機体は一発目のクラスター弾でかなり損傷している。アリスも名前ぐらいは聞いたことがあったが、あそこまでのものとは思わなかった。


『大丈夫です』

『よし。ならば撤退するぞ。一度退き、態勢を立て直す』

『了解』


 朱里の言葉に応じる。レイラの〈ミラージュ〉の損傷は少々予定外だったが、そもそもの目的はプレッシャーをかけることである。アリスを含め、攻撃に出た者たちはそれなりの数の固定砲台や戦車を破壊した。一度目のアタックの成果は十分だ。

 一度退き、再度アタックを仕掛ける。その方針を確認し、進む一向。そして、アリスも前へと進み出ようとした瞬間。


『……中尉』


 レイラから通信が入った。ビクッ、とアリスは肩を震わせる。見れば、全体へ繋ぐ回線ではなく、アリスにだけ繋いでいる回線のようだった。

 何を言われるのか――そう、身構えた時。


『……感謝する』


 予想外の言葉だけを継げ、一方的にレイラは通信を切った。アリスは一瞬、呆気にとられ。


「はいっ」


 頷いた。そして、改めて前へと進もうとした彼女は、再びその足を止める。


「…………?」


 何の音だろうか――妙な音が聞こえる。見れば、他の者たちも同じように動きを止め、振り返っていた。

 ――何かが、来る。

 そして――


 ――ソイツが、現れた。


 まるで、球体。あり得ないほどに装甲を重ねられた神将騎。それが凄まじい足音を響かせ、こちらへと走ってくる。機体重量が重過ぎるからだろう。その走った痕には、くっきりと足跡が刻まれる。


「――――ッ!」


 アリスは身構える。その時だった。


『退け少尉! 弾かれるぞ!!』


 朱里の声。彼にしては珍しく、切羽詰まった声が響くと同時。


 ゴンッ!!!!!!


 レイラの乗る〈ミラージュ〉が、その神将騎に轢かれた。

 そう――轢かれたのだ。〈ミラージュ〉は軽量の神将騎。目の前、こちらに向かって走ってくる神将騎は、どう考えても重量級。

 鈍い音が響き渡る。ひしゃげ、原形を留めていない〈ミラージュ〉が、地面に落ちた音だ。


「あ……ッ……」


 乾いた声が漏れた。生きているか、というのは愚問だ。

 あれでは――生きてなどいない。


「レイラさん!!」


 アリスが叫ぶ。それと同時に、〈ワルキューレ〉の横を一機の〈ミラージュ〉が駆け抜けた。その神将騎は走りながら、アサルトライフルの引き金を引く。しかし、全くと言っていいほどに通用しない。


『テメェよくも!!』

『やめろ伍長!!』


 朱里の制止。しかし、それも遅い。


 ゴンッ!!!!!!


 また、神将騎が轢かれた。二人。一瞬で――二人も殺された。


「――――!」


 目の前の現実に、理解が追い付かない。こちらへと走り込んでくる神将騎。まだ距離はある。だが、このままではマズい。そう思った瞬間。


『――装甲を抜く』


 朱里の声が聞こえた。〈ブラッディペイン〉が腰から銃を抜く。専用にチューニングされた、大口径の銃だ。後ろへと飛びながら、朱里は銃弾を放つ。

 そこで、アリスもやるべきことを理解した。銃を抜き、構える。引き金を引き、撃つ。

 吐き出される弾丸が、敵の神将騎を撃つ。しかし、その弾丸は全て弾かれる。


 ――まるで城壁……!


 何なのだ、と思う。その視線の先で、相手の装甲が弾け飛んだ。左肩。朱里だ。〈ブラッディペイン〉の大口径の弾丸が、撃ち抜いたのだ。

 銃弾の雨を叩き込む。そこで、相手は信じられない行動をとった。


 跳躍。


 普通の神将騎なら耐えられないであろう重量で走るだけでも異常だというのに、その神将騎は跳躍さえもしてみせた。

 そして、その装甲が弾け飛ぶ。

 自らパージしたのだろう。現れたのは、見覚えのある神将騎。

 ――〈毘沙門天〉。


 ゴバッ!!


 空中ならば、敵も避けられない――そう思い、照準を合わせようとした瞬間だった。空中で〈毘沙門天〉は背部のブースターを吹かすと、そのまま〈ミラージュ〉を一機、断ち切る。


『曹長!!』


 朱里が声を上げる。これで残っているのは、四機。自分と、朱里と、リィラと、ヒスイ。

 ――どうするかは、そこで決まった。

 だって、そうではないか。


 こんな時、前に出て死ににいくのが、自分の存在理由だろう?


 故に。


『中尉!?』


 ブースターを吹かし、突っ込んでくる〈毘沙門天〉に向かって、ツインブレイドを構えてアリスは全力で突撃を敢行する。

 リィラの声が聞こえる。それに対し、アリスが叫んだ。


「ここは私が引き受けます! 退いてください!」


 迷いはなかった。迷う暇などなかった。

 失ったものが――あったから。



◇ ◇ ◇



「どけよ……!」


 眼前、こちらの一撃を受け止めた神将騎を見据える。〈ワルキューレ〉。

 他の神将騎は撤退を始めている。当然の判断だ。ここで時間を浪費すれば、援軍が到着する。できるだけアルツフェムから離れるというのは妥当な判断である。


「そこをどけ……!」


 睨み据える。足場が随分と不安定だ。少し行けば渓谷がある。そこに逃げ込まれると、正直、厄介だ。


「邪魔をするなら――叩き潰してでも押し通る!!」


 そして、二機の神将騎が殺し合いへと突入する。


 一度目は、護に退く理由があった。

 二度目は、アリスに退く理由があった。


 しかし――今は、互いに退くことはできない。

 正真正銘の、殺し合い。


 二人は、互いを殺すために刃を振るう。

 その刃を振り下ろした先にいる者が、誰なのか。知りもせずに。


 絶望が――迫り来る。

さてさて、シベリア編中盤戦の山場です。次回で中盤戦はおしまい。そこから一気に展開していく予定です。


戦闘なので、ばったばったと死んでいきます。ボロボロな護くんですが、次回に彼は決定的な現実を見ることになるでしょう。

目の前の現実……アリスのイメージです。彼女は本当に、色々と悲しい人です。


ではでは、感想などを頂けると幸いです。


ありがとうございました!!



P,S

もしかしたら明日、恋愛講座が復活……するかも?

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