プロローグ
静かな夜だった。敵国の軍隊に囲まれているのが、まるで嘘だと感じる程に。
「……わたしたち、どう、なるのかな……?」
不意に、隣から声が聞こえた。そうだな、と、青年は呟く。
「歴史的に見ても、首都を包囲されてから盛り返したなんてふざけた事実はない。……まあ、敗戦だろうな」
敗戦――その言葉を受け、隣の少女は固まったようだった。青年は、ふん、と鼻を鳴らす。
「そもそも、無理があったんだよ。大日本帝国と合衆国アメリカだぞ? 勝てるわけがねぇ。EUも向こうについちまったしな」
忌々しげに吐き捨てる。本当に、この国の上層部はどうかしている。
勝てるはずがない戦争を、どうして、こんなことになるまで――……
「――――ッ」
聞こえたのは吐息だった。見ると、青年の隣で少女が肩を抱き、震えている。
大丈夫か――出かかった言葉を、青年は呑み込んだ。
……大丈夫なわけがない。
今、自分たちは戦争をしていて、敗北を目の前にしている。そして、負けるにしても戦わなければならない。その結果、死ぬことさえあり得る。
それがどういう意味を持つのか……それに対する詳しい説明は、必要ないだろう。
無意味に、殺される。
ただ、それれだけのことだ。
敗北が決められた戦いで、青年たちは戦うことを強要されている。希望さえないままに。
どれほど、理不尽だというのか。
……理不尽。浮かんだその言葉に、青年は唇を噛み締めた。
――そして。
「――大丈夫だ」
青年は、きっぱりと。
断言するように、先程呑み込んだ言葉を、今度こそ紡いだ。
「死なせない。死なせてたまるか」
それがどんな感情から発せられた言葉だったのか、青年にはわからない。
ただ、彼は。
少女に、理不尽に屈して欲しくなかった。
「絶対に、死なせやしない。だから、さ、もっと――そうだな、楽しいこと、考えよう」
「楽しい、こと?」
「ああ。……戦争が終わったら、何がしたい?」
問いかけに対し少女は目を伏せ、少し悩む。そして、それなら、と口を開いた。
「色々な所へ行きたい。わたし、この国しか……ううん、この街しか知らないから」
「いいな、それ。俺も一緒に行っていいか?」
「もちろん」
少女は微笑む。人付き合いの苦手な青年と、人見知りして引っ込み思案な少女。
互いに人と距離を取ってしまう性格だからこそ打ち解けられた二人は、そうして、約束を交わした。
「平和になったら、いいね」
「ああ。本当にな」
青年は呟く。こんなくだらない争いなどすぐに終わって、平和になればどれだけいいだろうか。
隣にいる少女など、銃を握るよりも花を愛でているほうが余程似合うだろうに。
青年は、微笑みと共に問いかける。
「平和になったら、どこへ行きたい?」
「そうだね……えっと、じゃあ――」
微笑み。それと共に、少女が言葉を紡ごうとした瞬間。
――全てを掻き消すような警報が、響き渡った。
少女の、未来を望むための言葉は。
無情にも、打ち砕かれる。
『敵襲!! 敵襲――ッ!!』
叫び声。青年と少女は、ほとんど同時に外を見た。
目に映ったのは、紅蓮。
人の形をしながら、人に非ざる鋼鉄の体を持つ巨体。
古代遺産――〝神将騎〟
「――――ッ!?」
青年が叫ぶ。同時、二人が立つ足場が大きく揺れた。
視界が揺れる。その中で、青年は見た。敵の神将騎が持つ巨大な銃より放たれた一撃が、城壁を粉砕しているのを。
傾く足場。青年は、反射的に手を伸ばす。
怯えた様子の少女へ。
ただ、手を――……
あの日、届かなかった手が。
届けられなかった手が。
世界に抗う、理由となった。
というわけで、お待たせしましたプロローグです。
続いての第一話もお楽しみいただけると幸いです。